異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
「欲のないやつだな、このままこちらに留まっておれば富も名誉も思いのままであるのに」
「スレイバーン、俺がそんなものに興味ないことは知っているだろう」
ここはラーズという地球とは異なる世界、長年魔王ザナッハの侵攻に苦しめられてきた人類は異界より勇者を召喚、勇者と四人の仲間たちはついに魔王ザナッハを討伐した。つい、今しがたの話だ。その勇者は召喚された当時は二十二歳の青年であったが、今は三十四歳、魔王打倒に十年以上の歳月を要した。
その十年の中で勇者は自力で元の世界に帰る術を身に付けていた。彼を召喚した王国には戻らずに、そのまま元の世界に戻ると仲間に告げた。
勇者レンジ、聖騎士スレイバーン、格闘王マニッシュベイ、聖槍士ワグナード、大盾士トロンテスタ、レンジは人族、他の仲間たちは全員ウマ娘である。
ウマ娘は魔法を使えないが無双の武勇を誇る。勇者の役目は魔法使い兼ヒーラー、戦闘で陣頭指揮が取れる者。ウマ娘に及ばずとも戦士として一流であること。レンジはそれを全うし仲間たちと共に大願成就を果たした。
死闘のあと、魔王城を出てレンジは仲間たちに別れを告げる。薄々分かっていたのか仲間のウマ娘たちに動揺はない。
「一つ訊ねてよろしいですか」
大盾士のトロンテスタ、二メートルはある巨躯にて怪力無双、筋骨隆々のウマ娘だが公爵令嬢である。育ちが良く言葉遣いも丁寧だ。
「なんだい」
「レンジ殿は自分に送還魔法をかけられる実力は身に付けていたのに、どうして元の世界に帰らなかったのですか?」
「どうしても何も…最初はいきなり召喚しやがってと腹が立ったものだが、ずっと魔王打倒の旅をしていれば、自ずと自分自身の目標にもなるだろう。自分だけ平和な元の世界に帰るなんて無責任だと思った。それだけだよ」
「平和な世界ね…。レンジの世界のウマ娘はどんな暮らしをしているんだ?」
スレイバーンが訊ねた。
「走っているよ」
「「え?」」
いまレンジのいる異世界ラーズ、こちらのウマ娘たちは主に戦闘で活躍している。乱世なのだから当然と言えば当然だが
「俺のいた世界にいるウマ娘たちは駆けっこの一番を真剣に取りに行っている。なんという平和ボケか、と言ってくれるなよ。彼女たちは大まじめでそれをやっている」
仲間のウマ娘たちはそれを聴き、何やら目が輝いてきた。トロンテスタが
「スレイバーン様、それって面白そうじゃありません?」
「おお、魔王を討って明日から何するかと思っていたが…駆けっこを大まじめにやるって面白そうだぞ」
異世界ラーズに在る二足歩行の生物で最速で走れるのはウマ娘だ。
「もっと詳しく教えてくれるか、レンジ」
格闘王のマニッシュベイ、聖槍士ワグナードも興味津々だ。ラーズのウマ娘たちにとっても走ることは本能、ただウマ娘同士で競走をしようと言う概念はなかった。
「ああ、砂地もしくは芝の楕円形のコース、距離は千二百から三千六百メートルくらいか。それを五人から十八人くらいで一斉にスタートして走るんだよ。ウマ娘のレースは迫力があって華もある。そりゃあ大勢の観客の前で走るんだ。ゴール前なんて大歓声だ。普段は可愛らしい彼女たちが最終コーナー辺りでは鬼の形相で走っている。己の誇りを賭けて。だから見る者を魅了する」
「「…………」」
「勝って涙する者、負けて悔し涙を流す者…。俺も元の世界では彼女たちのレースを見ることが大好きだった」
そう、しみじみと語るレンジを他所に仲間たちは互いに手を取り
「「面白そう!」」
「「絶対にレースやろう!」」
と大はしゃぎだった。魔王打倒のあと何をするか全く考えていなかった彼女たちにとって新たな道が開けた思いだったようだ。図らずもレンジは異世界ラーズにおけるウマ娘のレース発案者になってしまったのかもしれない。
「それだけじゃない。レースが終わったら、ウマ娘たちはステージに立って歌うんだ。一着のウマ娘をセンターにしてな。ウイニングライブと言うんだ」
ラーズにも当然歌舞の文化はある。歌と踊りが人を魅了するのは地球とラーズも変わらないのだ。
「最高じゃない。やろうよ、みんな!」
「「おおー!」」
しんみりとした別れは性に合わない。レンジは微笑み
「じゃあな、みんな」
レースとライブをやるという話で盛り上がっている仲間のウマ娘たち、魔力を纏うレンジに気づき
「「レンジ!!」」
「「元の世界でも元気でね!」」
その場からレンジの姿は消えた。元の世界である地球の日本に帰っていったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
勇者召喚前の記憶をたどる。高校卒業後にURAトレーナー養成学校へと進み、中央および地方のウマ娘トレーナーの資格も得た。トレセン学園や地方のウマ娘レース場での研修も終えて卒業、いよいよ新年度よりトレセン学園の新人トレーナーとして働く予定だった。
その初出勤の時だ。学園近くに借りたアパートから出て鼻歌交じりで自転車を漕いでいると突然路上に漫画やアニメで見たような光り輝く魔法陣が出現して、その光に飲み込まれた。異世界ラーズに召喚されてしまったのだ。
路上に倒れている自転車を見る。後部車輪のカバーに貼られたシールには『トレセン学園/氷室廉二郎』とマジックで記されている。自転車は学園からの貸与品だった。
自転車を起こしてバックミラーを覗いてみる。
「二十二歳の姿に戻っている…。本当に不思議な体験をしたものだ。しかし夢じゃない」
トレセン学園初出勤の日、二十二歳の氷室廉二郎に戻っていた。彼が本編の主人公、家族は両親と姉、ちなみに母親と姉はウマ娘である。
「異世界ラーズで三十四歳になった俺が二十二歳から人生やり直しか。損をしたのか得をしたのやら」
自転車にまたがった廉二郎。久しぶりの感覚に涙が出そうだった。
トレセン学園の校門が見えてきた。自転車から降りて校門をくぐる。
「おはようございます、氷室トレーナー」
「駿川さん、おはようございます」
トレセン学園理事長秘書の駿川たづなが笑顔で迎えてくれた。今日が初出勤の新人トレーナーの顔と名前をもう覚えていてくれたのか、廉二郎は恐縮しつつ素直に嬉しかった。
「あら?」
「…え?」
「あの…新人トレーナーの氷室廉二郎さん…ですよね?」
「はい、そうですが…」
「学園に研修へ来られた時と雰囲気が違うと思いまして…」
十年以上、異世界ラーズで数えきれないほどの魔物や賊徒と戦ってきたのだから平和な日本では、まず見られない戦人の顔立ちをしているだろう。前に研修のため同学園を訪れた時は社会経験もない甘ったれた青年だった。
駿川たづなはコホンと一つ咳払いをしたあと
「ウマ娘たちに怖がられないよう注意して下さい。上手く言えませんが何やら恐ろしい顔つきをしています」
「すっ、すみません。すぐに直します」
ラーズのウマ娘と違い、この世界のウマ娘たちは命のやり取りなど経験していないのだから。面構えがいい、顔立ちが精悍と言えば聞こえはいいが、それでウマ娘たちから怖がられたら何にもならない。
駐輪場に自転車を停めて、バックミラーに顔を映す。
「知らん間に気を張り詰めていたか…。向こうでは、こうしていないといつ敵に襲われるか分からなかったからな…。廉二郎、もう戦いは終わり平和な世界に帰ってきたんだ。もっと温和な顔、笑顔だ」
自分に言い聞かせ、そして一寸ほど両手で顔面マッサージしてから校舎へと歩いていった。
制服姿のウマ娘たちが校舎前を歩いている。年頃の娘らしく友達と笑いあい、楽しそうにおしゃべりをしながら。
それをまぶしく見つめる廉二郎、彼の姉はウマ娘、ここトレセン学園のOGである。
トレセン学園の寮に入る前、学園の制服を着て家族にその姿を得意げに披露してきたのは鮮明に覚えている。『目指すはダービーウマ娘!』そう言っていたが夢は叶わず、一度もウイニングライブでセンターに立つことは出来なかった。
引退後は消防士となった。ウマ娘は人間より身体能力が高い。自衛隊や警察官、そして消防のレスキュー隊員となるウマ娘は多い。レスキューのオレンジを纏い、得意げに家族に披露してきたのが、つい昨日のように思われる。ダービーウマ娘の夢破れても人命救助と言う新たな道で姉は活躍している。
ちなみに母親もレースで成績を残せなかったウマ娘だ。トレセン学園を受験したものの不合格となり地方の浦和レース場に属した。いつか中央のターフに、そう夢見ていたが叶わずに引退。改めて大学に進学して、現在の夫と出会い卒業後に結婚した。
母と姉が元レースに出ていたウマ娘であるせいか、幼少のころよりウマ娘のレースは大好きでトレーナーを志していた廉二郎、初出勤の時に異世界召喚と言うトラブルはあったものの幸いに時間は戻り仕切り直せた。
「なに、あの世界での経験はトレーナーとしても役立つ時があるだろう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「期待!」
入学式、シンプルな前口上で始まったトレセン学園理事長、秋川やよいの祝辞。
広い講堂には新入生たちが整然と並び座っている。新人トレーナーの廉二郎もまた新入生の脇に並び祝辞を聴いている。そして密かに
(気術【鑑定】)
試したところ実行できた。異世界ラーズで身に付けた闘気術だ。地球にはマナが存在しないため、いかに元勇者の彼でも魔法は使えない。しかし闘気術なら行使可能だ。想像通りだった。
(これで各ウマ娘の脚質や有しているスキルが分かる。我ながらズルいな、これ)
ウマ娘当人ですら気づいていない潜在能力も見抜けてしまうという。トレーナーなら喉から手が出るほどに欲しい能力ではなかろうか。
(チートと言ってくれるなよ…。これを身に付けるため、どれほど鍛錬したことか…)
そして新入生たち、ある列の最後尾に車椅子のウマ娘を見つけた。
(あらら…。学園合格後に何かアクシデントに遭遇したのか…。まあ、ここにはウマ娘対応の優れた医者もいるしリハビリ施設も整っているからな。本格化の前に治してしまえば問題ないか)
合格したものの入学までの間に思わぬアクシデントで脚に怪我、しかも車椅子を要するほどの。過去に事例がないわけじゃないが該当のウマ娘はその時点で入学を辞退しているのがほとんどである。しかし、その娘はあきらめきれずに、そのまま入学した。その根性は買っていいじゃないかと思う廉二郎。
脚質を見てみると【マイル/差し/芝B】
(スキルは有していないか。正直言うと厳しいが…最初から優秀なウマ娘を育てても面白くも何ともない)
ちなみに現時点の私のチームランクはUE1です。