異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
「出来た…」
廉二郎のアパート、秋川理事長からウイニングライブ用の楽曲を作れと指示されて一月、とりあえず三曲ほど制作した。
「便利な世の中だ。パソコンの音楽アプリを使えば楽器が無くても作詞作曲が出来るのだからな」
ただ、演奏は安物の中古キーボードを購入して行った。プリンターで譜面と歌詞カードを印刷。我ながら上出来だと思う曲だった。
「しかし困ったな…。デモ用に誰かに歌ってもらわないと…。ボカロって手もあるけれど、せっかく作ったんだしウマ娘に歌ってもらいたいな」
イッツコーリングに頼めば歌ってくれるだろうが師匠特権を使うようで気が引ける。
「ルドルフ会長に相談してみるか…」
翌日、生徒会に事前に連絡し、放課後に時間を作ってくれるよう願った。
シンボリルドルフとエアグルーヴは快諾し、生徒会室で廉二郎が訪れるのを待った。
相談先をシンボリルドルフにしたのはよい人選だ。彼女はウイニングライブを疎かにするウマ娘はレースに出る資格はないと言い切るほどウイニングライブを大切にしているウマ娘だ。
生徒会室の扉にノックが
「どうぞ」
エアグルーヴが答えた。廉二郎が入ってきた。
「会長、副会長、時間を作ってもらい、申し訳ない」
「いえ、他ならぬ氷室先生から相談があると言われれば」
シンボリルドルフとエアグルーヴも廉二郎から英語の授業を受けるようになって、英会話の上達が強く実感出来るようになっている。廉二郎に敬意を表すのも当然だろう。
室内のソファーに座ることを促された。
「遠慮なく本題からどうぞ」
シンボリルドルフの言葉に甘え前口上抜きで切り出す。
「実を言うと、理事長からウイニングライブの楽曲を作れと指示されてね。三曲出来たのだが、まず君たちに聴いてもらいたいと思ったんだ。そして合格点を得られる曲だったらデモ収録のためウマ娘に歌ってもらえたらと」
「「ウイニングライブの楽曲!?」」
「知っているだろうが、イッツコーリングに楽曲制作のいろはを教えたのは俺だ。でも俺も彼女に教わった。俺が作る楽曲は平成中期ごろに流行ったものに近い。イッツが言うには良い曲だが令和では古いと言われたよ。だから彼女に楽曲制作を教えながら俺も令和に合う楽曲を作れるようになれた」
『BLOW my GALE』
『彩Phantasia』
『BLAZE』
A4用紙に記された歌詞カードを二人に渡す。
「とりあえずボカロに歌ってもらったから聴いてみて欲しい。まずはショートバージョン」
音源は今回の仕事のため急遽購入した安物の中古キーボードだが、それでも使い手が上級プロ並みの腕ならば人を魅了する音楽となる。
三曲を聞き終えたシンボリルドルフとエアグルーヴ、廉二郎は恐る恐る訊ねる。
「ど、どうかな?」
「先生、場所を変えましょう」
「えっ?」
揃って立ち上がるシンボリルドルフとエアグルーヴ、彼女たちの雰囲気がガラリと変わった。何かのスイッチが入ったかのよう。
「あ、フルバージョンとボカロ抜きの曲もタブレットに入っていますか?」
シンボリルドルフが訊ねた。
「えっ、ああ、もちろんだよ」
生徒会室の扉を施錠して向かった先はレッスンルームだった。ダンスレッスンで使う部屋に入ったことはあったが
「そういえば、ボイストレーニング室には入ったことがなかったな。こうなっていたのか」
トレーナーは基本的に歌とダンスのレッスンは専門のコーチに丸投げだ。
「先生、タブレットをその機材に接続して下さい。収録もそれで出来ます」
歌う気満々のシンボリルドルフとエアグルーヴ、マイクをセットしている。
「高そうなマイクだな…」
「マイクを通して歌の練習もしますからね。あー、あー、本日は晴天なり」
マイクテストをするエアグルーヴ、ステージの上ではヘッドセットマイクで歌うウマ娘だが、このレッスンルームはダイナミックマイクしか置いていないので、それで歌う。スタンドにマイクをセット。室内の音響環境も良さそうだ。
「どうした、エアグルーヴ、マイクを三本立てて」
「たったいま、生徒会室にブライアンが来たようですが施錠してあるので、どうしたとLINEが入りました。ボイトレ室に来いと伝えました」
「そうか、ブライアンにもデモ録りを付き合ってもらうか」
「はい、ウイニングライブは基本三人で歌いますから、ちょうどいいかと」
「あの、話を持ち込んだ俺が言うのも何だけど、いいのかい?ここまでしてもらって」
肝心の廉二郎を他所にデモ録りの準備をしている二人に恐縮してしまう。すると
「「もちろんですっ!」」
見事にハモッた。
「先生、この三曲…。万が一にも理事長が採用しないと言うのなら生徒会にいただけませんか。この三曲、すべて素晴らしいです」
「そ、そう?そう言ってくれると嬉しいよ」
「心配ないですよ会長、理事長もウイニングライブに重きを置いている方ですし、この三曲の素晴らしさは分かると思います。あとはURAの判断によるでしょうけど」
「おーい、生徒会室を留守にして何をやっているんだ」
ナリタブライアンがボイトレ室に訪れた。
「おお、ブライアン、待っていたぞ」
さっそくエアグルーヴが事情を説明した。そして
「この『BLAZE』って曲いいな…。私がセンターでいいか?」
「そうだな、いつもはレースでセンターの座を掴み取る我々だが、今日のところは三曲それぞれセンターに立てばいいだろう」
シンボリルドルフの提案に頷き『BLOW my GALE』はシンボリルドルフ
『彩Phantasia』はエアグルーヴがセンターとなる。
歌のパート分けなどは廉二郎そっちのけでシンボリルドルフたち三人が決めた。
さらに数回の練習を経て
「ではルドルフ会長、そろそろ本番いいかな」
「はい、収録の方、よろしくお願いいたします」
「ああ、大丈夫、任せてくれ」
デモ収録開始、この三人の生ライブを観られる廉二郎は何て幸せ者なのだろうか。そして
「採用!」
即決だった。デモの会心の出来栄えもあったのだろうが秋川理事長は廉二郎が作った楽曲すべて採用した。その場にいた駿川たづなも曲を聴き
「素晴らしいです。きっとURAも即採用を決めると思います」
「よかった…」
「多才!君は語学のみならず、音楽にも長けているとは」
「はは…。まあ、何でもやっておくものです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
URA本部内でのこと。ある男性社員が自動販売機前で缶コーヒー片手に同僚と話していた。
「聴いたかい、トレセン学園から提供された楽曲」
「聴いたよ、次期のトゥインクルシリーズから使われるらしいね。ウイニングライブ、さぞや盛り上がるだろうな」
「デモからして豪華だ。シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアンが歌っているんだからな。それにしても、あの三曲をトレセン学園の英語教師が制作したと言うのだから驚きだ。プロの音楽家は立場ないよな、あはは」
「あの」
「「はい?」」
「その三曲って『BLOW my GALE』『彩Phantasia』『BLAZE』のことですか?」
男性社員Aが答える。
「ああ、そうだよ」
「私も本日、ここ本部の視聴覚室で、その三曲を聴いて大変感動したのですが…あの楽曲を作られた方がトレセン学園の英語教師と言うのは…」
「ああ、本当さ。元トレーナーらしいんだけど、勝てるウマ娘は育成できなかったらしいんだよ。誰にも長所短所はあるものだ」
「だけどブリッジコンプはフランスで成功したし、イッツコーリングはシンガーとしてメジャーデビューだ。アクアリバーとアニマアニムスは勝利こそ無いものの入賞はしているし、トレーナーとして無能ってわけじゃないでしょう。そうなら秋川さんの性格ならコレですよ」
首を切る素振りを示す男性社員Bだった。
「話していただけて、ありがとうございました。その方の名前は何というのでしょうか。歌詞カードに記されていましたが見落としてしまったようで」
「氷室廉二郎、かっこいい名前だよな」
Aが答えた。
「氷室廉二郎さんですね。分かりました」
その場から離れてトレセン学園に電話をする。
「あら、もしかして、たづなさん?」
『その声は、もしかして』
「久しぶりです。ライトハローです」
近況を互いに報告し終えるとライトハローは
「氷室さんにお会いしたいのですが…。主な用件は」
ライトハローが廉二郎に会いたい理由を話す。協力してほしいことがあるそうだ。
『ええと…。それを引き受けるかどうかは分からないわよ?彼がその話を引き受けてもいいと思っても学園側が難色を示すかもしれない』
「はい、話だけでも聴いてもらえればと思って」
『分かったわ。ええと、ちょっと待ってね。さすがに今日は無理だけど…』
パソコンのキーボードを叩く音が電話越しに聴こえてくる。
『明後日の十六時なら大丈夫よ。そちらは?』
「すいません十七時なら大丈夫なのですが…」
『調整は可能よ。じゃあ十七時に時間を空けておくよう彼に伝えておくわ』
「分かりました」
二日後、府中駅を降りたライトハロー
「懐かしいわね…」
駅構内にストリートピアノが設置されているのを見た。
「私がトレセン学園にいた時は無かったな」
イッツコーリングがピアニストとセッションしている動画は見た。そのピアニストこそが氷室廉二郎その人なのだろうと。
かつて通った府中駅からトレセン学園までの道のり、感慨深い。校門をくぐるとジャージ姿の後輩たちがターフに駆けて向かっている。かつての自分と重ねてしまう。学園校舎の昇降口に着くと
「久しぶりね、ライトハロー」
たづなが迎えてくれた。
「たづなさん、お久しぶりです」
二人で第一応接室へと歩いていく。
「それにしてもイベントプロデューサーとはね…」
「今は雇われの身ですけどね。いずれ独立したいと考えているんです」
第一応接室に着いた。
「あ、一応私が立ち合いますね。トレセン学園も無関係と言えない用件ですし」
たづな、私から公に切り替えた。
「はい、お願いいたします」
応接室に入ると廉二郎がソファーに座っていた。ライトハローを見て立ち上がり
「トレセン学園で英語教師を務めます、氷室廉二郎です」
「〇〇コーポレーションでイベントプロデューサー務めますライトハローです」
名刺を交換した。向かい合うように腰かける。たづなは廉二郎の横に座った。
「ある程度は駿川さんより伺っています。ライトハローさんは当学園のOGだそうですね」
「その通りです。まあ、よい戦績は残せなかったのですが」
染みる言葉だった。廉二郎が今まで担当したウマ娘もまた未勝利で学園を去ったのだから。
「早速本題ですが…私はグランドライブを再開したいと考えているのです」
「ええ、それも駿川さんを通じて聴かされています。しかし、一介の英語教師に何をせよと」
「先の三曲聴きました。まさにウマ娘のことを深く理解しているからこそ作ることのできた楽曲と思います」
「それはありがとうございます。生徒会長たちが頑張ってくれたおかげです」
「私は英語教師と言うお立場の氷室さんではなく音楽家としてご協力を願いたいのです」
「でもそれはグランドライブ再開の目処が立ってからのお話ですよね。その話、URAは何と?」
ライトハローは首を振った。いい返事をもらえなかったらしい。しかし復活するにあたり賛同者が集まり、その声が学園に溢れれば、少なくとも考慮する可能性は出てくると言う言質をURAの理事から取れたとのこと。
「一年に一回開催されていたグランドライブはトレセン学園に所属するウマ娘が全員ステージに参加していました。そして一人一人が自分のファンに向けて感謝の想いを歌っていたと…」
「どうして今は開催されなくなったのでしょうか」
廉二郎の疑問に、たづなが
「トゥインクルシリーズの規模が以前より大きく成長したからです。レースが増えて、登録ウマ娘も増えてグランドライブの形態ではカバーしきれなくなったのです。元々グランドライブは現在のファン感謝祭と同じくウマ娘たちが独自に行っていたイベント、片手間に準備するには負担が大きくなりすぎてしまったのです」
たづなの言葉に頷き、ライトハローが
「そこでURAから『ウイニングライブ』形式はどうかと提案されたそうです。そもそも応援への感謝であるのならレース後に行った方が効率はいい。レースに紐づければURA側で管理できるし、ウマ娘の負担も減るだろうと」
「うん、URAの提案も筋が通っていますね」
「ウイニングライブはグランドライブ以上の人気を博しました。勝利したウマ娘も敗北したウマ娘も、何より彼女たちのファンも心からセンターを望むようになった。本当にみんなを魅了したんです。グランドライブを忘れさせるくらい」
「……」
「ウイニングライブはあらゆるウマ娘にとって夢となり、トゥインクルシリーズの地位を更なる高みに押し上げる一助になりました。でも…」
「でも?」
「少しだけ思うのです。前提と目的が入れ替わっている子が生まれているんじゃないかって。ウイニングライブは勝者の舞台と言う意識が先行するようになったあまりに」
「…確かに現状の仕組みでは一着から三着にならなければ、ファンへの感謝の気持ちは伝えられません」
考えてみれば、おかしな話だと廉二郎は思った。勝てないウマ娘たちにもファンはいる。
「だから私は彼女たちに今一度グランドライブと言う場所を提供したいのです。ウマ娘たちが素直に純真にファンへの感謝を伝えられる場所を」
「…私が学生のころファンだったウマ娘は未勝利のまま、ここトレセン学園を去りました。ずっとバックダンサーでしたけれど、手を抜かず楽しそうに踊っていて、ステージではずっとそのウマ娘を追ってコールしていました。彼女の歌を聴きたかったと今でも思います。グランドライブが当時にあったなら…」
「その通りです!たとえレースの着順がドベのウマ娘にもファンの人はいるのですから!」
「ふふっ、ところで氷室先生、初めて推していたウマ娘がいたと知りましたが誰なのですか?」
「ムーンライトミューさんです」
「え?」
唖然とするライトハロー、一方たづなは感心したように
「目の付け所が玄人ですね…。数あるウマ娘の中から彼女を推すとは」
「デビュー戦、彼女はドベでした。でも、その時にターフで泣き崩れていて…なんか、その…怒られるかもしれませんが、その泣き顔の美しさに心を撃ち抜かれたのですよ。この世で一番重たい液体はウマ娘の涙と言いますが、まさにそれで。以来ずっと応援してきました」
「泣いたのですか…。あの先輩が」
「知り合いですか?」
「知り合いも何も、私がトレセン学園にいたころ、一番お世話になった先輩なのです。同じライトという名前もあって、とっても可愛がってもらったんです」
「世間は狭いですね。ええ、泣いていましたよ。すごく悔しそうに」
「……」
「引退のレースも観に行きました。結果は八着でしたが…」
「私も観に行きました、そのレース。じゃあ、ずっと観客席最前列で先輩を応援していた学生服の男の人って…」
「ああ、それは私ですね。ムーンライトミューさんも私と目を合わせてくれて微笑みながら手を振ってくれて…嬉しかったな」
「今はご結婚されて二人の男の子のお母さんです。幸せに暮らしています」
「それは嬉しい、推しの幸せに勝るものはありません」
ライトハローさんは好きなヒロインです。でもガチャで出てくれなくて、ずっとR無凸でグランドライブのシナリオをプレイしていました。彼女のSSRを引けたのは三女神編が始まってから。
だが、それがいい。