異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します!   作:越路遼介

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第十四話 先輩たちの『うまぴょい伝説』

都内のスタジオにバンドメンバーが揃い、練習を重ねていた。

廉二郎を除く四名も生粋のウマ娘のレースファン、ライトハローからのオファーも大喜びで受けた者たちだ。これまでのウイニングライブで歌われた曲を制作した者もいる。

 

スタジオにライトハローが訪れた。

「皆さんのステージ衣装が出来ました」

区切りのいいところで練習を止めて休憩に。ドラム担当の堤が興味深く衣装を広げると

「これ作業服っすかね…」

廉二郎が

「これはトレセン学園のトレーナーが着ている作業服に似ています。それをものすごく豪華絢爛にした感じですね…」

ベース担当の大沢が

「へえ、トレセン学園の作業服、いいねえっ!幼稚園のころからウマ娘のレースを観ている俺にとっては、まさに勝負服だよ。ハローさん、早速着てみても?」

「もちろんです」

バンドメンバー五人はお揃いのステージ衣装を着た。

「あっ、ブーツもあるんですよ!」

それもトレーナーが着用する安全靴に似ているブーツだった。豪華絢爛に作られると作業用の安全靴もステージ衣装に相応しい。

 

「氷室さん、これはアクアリバーちゃんの仕事ですよ」

「アクアの…」

「本当にすごいウマ娘を育てたのですね」

「彼女の努力の賜物かと。私の誇りですよ」

「アクアリバーか」

「知っているのか、ライデ…もとい山本さん」

リードギター担当の山本、無類のウマ娘ファンと言うことは知っている。

 

「サイレンススズカのデビュー戦の時に見たよ。スズカに届かなかったけれど、後半すごい差しっぷりを見せてくれた。もうちょっと距離があったらスズカ危なかったろうな」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「しかし、詳しく聞かなかったけれど氷室さんはアクアリバーを育てたトレーナーなのか」

「ああ、一度だけでも勝たせてあげたかったけどな。未勝利のまま終わってしまった」

「いま勝っているじゃないか」

「え?」

「こんなすげえ勝負服を作れるデザイナーになっているんだ。勝者の仕事だろう、これ」

「いいこと言うねえ…。さすが山本、人生ウマ娘と共に在りと言い切るだけある」

リズムギター担当の杉山は腕を組んで感心していた。

「氷室さん、俺を含め、案外多いですよ。勝てないウマ娘を懸命に応援する者は。ちなみに俺はトモエナゲ推しです」

 

「ふふっ、さあ皆さん、その衣装を着て練習をしてみてはどうでしょうか」

ライトハローが言うと

「そうですね、体になじませておきましょう。みな、始めよう」

「「おうっ」」

リードギターの山本に応えるメンバーたち。廉二郎はいい仲間が出来た、そう思いキーボードに着いた。彼が異世界ラーズにおいて唯一心残りだったこと。それは同性の友達が一人も出来なかったことだった。美女かつ屈強のウマ娘四人連れ回していたわけだから無理もない。学園の同僚は仕事の付き合い、学生時代の友達とも疎遠、心から嬉しかった。

(母ちゃん、姉ちゃん、俺、友達が出来たよ…)

 

 

そして、いよいよグランドライブの前日リハーサル、明日から東京レース場で二日間行われる。廉二郎にとっても大舞台だ。裏方のトレーナー希望だったのに、まさかこんな展開が待っているとは思わなかった。気が付けば教師と音楽家もやっている。

 

ライブの監督は、ライトハローではなくURAから長年にわたりウイニングライブの舞台監督を務めている人物が当たる。ライトハローの役目はステージに出るウマ娘たちを送り出すことだ。

 

そのライトハローがキーボードの調整をしている廉二郎の元に客を連れて行った。

「氷室さん」

「ああ、ライトハ…」

「お久しぶりです」

「ムーンライトミューさん!」

廉二郎はキーボードの持ち場から離れてムーンライトミューの前に。彼女はトレセン学園在学中、ライトハローに慕われた先輩で、かつ廉二郎の推しウマ娘だった。グランドライブを観に来ると言うので、その時はサインをもらいたいとライトハローに言っていた。

急ぎ廉二郎はキーボードの傍らに置いてあったバッグからサイン色紙とサインペンを持ち、九〇度の角度でお辞儀をして

「サイン下さい!」

苦笑するムーンライトミュー、色紙とペンを丁寧に受け取り

「氷室様へ、と書けばよいですか?」

「はっ、はい!」

サイン色紙を受け取る廉二郎、涙が出てきそうだった。

「あっ、ありがとうございますっ!家宝にします!」

「いえ、あのころは熱心な応援にお礼も言えず…。結果には繋がりませんでしたが、観客席から聴こえる貴方の応援は本当に踏ん張りどころになりました。感謝しております」

「その言葉を聴けただけで満足です。今も私は貴女を応援しています」

不粋なことにスタッフからの無線が廉二郎の耳に入った。

「お仕事を続けて下さい。お邪魔してすみませんでした。ハロー」

「はい、それじゃ氷室さん、この場はこれで」

ライトハローとムーンライトミューは去っていった。再びキーボードに着き、スタッフと無線で言葉を交わしながら調整をしていると

 

「廉二郎さん」

「やあ、アクア」

彼女が大学在学中に立ち上げたウマ娘勝負服ブランド『AQUA』は無事にグランドライブに参加するウマ娘たちに豪華絢爛な勝負服を届けたのだった。ライブ前日にここにいるのは

「衣装トラブルにすぐ対応できるよう、ライトハロー先輩からお願いされて」

部下も数名連れてきたそうだ。何とも頼もしいJD実業家となっている。

 

「そっか、そういえばつい先日、アニーから手紙が届いたよ」

「手紙…?もうっ、アニーちゃん、私にはメールだけだったのにっ!」

アニマアニムスはアメリカの大学在学中から父親の会社で働き、その語学力を生かして外国企業との交渉を任されているらしい。交渉相手は彼女の高い語学力と聡明さに驚くばかりと言う。廉二郎宛の手紙にはアニマアニムスの両親の手紙も同封されていて『娘を立派な女性に育ててくれてありがとう』と記されていた。

アニマアニムスをレースに勝たせることが出来なかった廉二郎にとって、それは嬉しい言葉だったろう。

 

「大学卒業後、一度日本に来るそうだから、またニンジンサラダとクラブハウスサンドをご馳走してあげないとな。あ、アニーはタマゴサンドの方が好きだったか」

「私も好きだよ、廉二郎さんが作ったタマゴサンド」

「そっか」

「でも…」

「ん?」

アクアリバーはステージと客席を見つめて言った。

「立ちたかったな、このステージ…。アニーちゃんとブリッジ先輩と」

「そうだな、立たせたかった」

「後輩たちがうらやましい」

 

 

「おーい、アクアリバーさーん」

「え?」

「リードギターの山本さんだよ。大のウマ娘レースファンで君のデビュー戦も見ているよ」

「そうなんですか?」

山本が歩み寄ってきて

「歌ってみるかい?」

「え…」

「実は調べたところ、ライトハローさんを含め、スタッフにはトレセンOGが結構いるんだ。揃って羨ましそうにステージ見ているものだから、こりゃあウマ娘大好きギタリストとしてやるしかないだろう」

これは廉二郎も聴いていなかったサプライズだった。アクアリバーが会社から連れてきた部下たちもみなウマ娘だ。かなりの人数がいる。

 

「観客席は本公演に出るキャストと他のスタッフだけで申し訳ないけれど演奏と照明はガチだぞ。やってみないか?」

アクアリバーの顔が紅潮してきた。そしてステージ上にはトレセンOGのスタッフが集まってきた。ライトハローもいる。さらに

「あの、私はたまたまハローと氷室さんに挨拶に来ただけなのですが…」

ムーンライトミューも一緒だった。

 

観客席にあるのは明日からの本公演に出るウマ娘たち。誰に渡されたのかサイリウムを両手に握っている。

「ライブ発案者のライトハローさんがセンターで」

「ちょっ、ちょっと山本さん」

少々押し付け気味のサプライズだが山本が曲名を言うとOGたちの顔つきが一変する。

「うまぴょい伝説」

URAファイナルに優勝しなければ歌えない曲だ。

 

「これ、バンドメンバーと照明で合わせなきゃならない曲だ。ステージにウマ娘がいた方が我々も助かる」

どうせリハーサルで合わせる曲なのだから。そう言われればOGチームは断る理由はない。協力をすると言う形なのだから。各ウマ娘にヘッドセットマイクが渡された。

奈落からステージに上がってくる演出は省くが、センターに指名されたライトハローはアクアリバーとムーンライトミューと手を繋げた。

 

OGチーム総十四名、この曲は廉二郎担当のキーボードから始まる。舞台監督も乗ってマイクで

「最初の『よーいどん』だけライトハローさんで。両翼とバックダンサーは必要ありません」

全員で踊り、走り、そして歌えと伝えた。舞台監督の合図で廉二郎演奏開始、ファンファーレを奏でると同時に廉二郎は感じた。OGチームのウマ娘たちの背中から伝わってくる。これはゲートに入った時にウマ娘が醸し出す雰囲気と似ている。

「面白い…」

ライトハローがアクアリバーとムーンライトミューを交互に見つめ、二人は頷く。

『位置について…よーい…』

 

『『どん!』』

 

『うまぴょい伝説』が始まった。ギタリスト山本の突然の思い付きで始まったサプライズ、OGたちにぶっつけ本番で『うまぴょい伝説』をやれという無茶ぶり。悲惨な結果になりはしないかと思う廉二郎だったが、全くの杞憂だった。というより驚かされた。

「おいおい、どうしてそんな完璧に出来るんだよ…」

OGチームはぶっつけ本番なのに『うまぴょい伝説』の歌と踊りが完璧、エンドステージから花道、中央ステージへの疾駆も息が合ってピッタリ。サプライズを仕掛けた山本の方が驚いていた。

 

“URAファイナルに優勝して『うまぴょい伝説』を歌う”

 

トレセン学園に属するウマ娘すべてが目標とすること。だから彼女たちはずっと練習してきた。ライトハローとムーンライトミュー、そしてアクアリバーも。いまだ彼女たちの体に染みついているもの。だからぶっつけ本番でも完璧に出来た。

そして先輩たちの晴れ姿に対して後輩たちもコールを届ける。

 

『『『俺の愛バが!』』』

 

何より歴代のURAファイナル優勝者でも生バンド演奏で『うまぴょい伝説』を歌えた者はいない。途中でその幸運に気付いたライトハローの目には涙さえ浮かんできた。

 

夢の時間は瞬く間に過ぎた。最後の決めポーズで立つ先輩たちに盛大な拍手を届ける後輩たち。演奏を終えた廉二郎は山本へ歩み

「ありがとう、見たかった。『うまぴょい伝説』をステージで歌うアクアの姿を…」

感極まって涙が出てきた廉二郎、山本は微笑み

「俺の推しのウマ娘はタクティカルワンでな」

「タクティを…」

「彼女のトレセン学園卒業後のブログで言っていた。デビュー戦後のライブ、歌詞とダンスも覚えていないから、わざと負けようとした。スピードを落とした瞬間、後ろにいたアクアリバーに怒鳴り飛ばされた。『その行為が同じレースを走るウマ娘に対して、どれほど侮辱か分かっているのか』と」

「そんなこともあったな…」

「そのブログを見て以来、アクアリバー推しでもある。彼女が作った勝負服でステージに立てることは誇りだ。そんな彼女を育てた貴方に俺は礼が言いたい」

タクティカルワンは現在レースを引退して大学生となっている。今も山本を始め、ファンたちとは交流が続いているようだ。

 

「廉二郎さん!」

アクアリバーが駆けてきた。興奮冷めやらぬ、顔は紅潮して一言。

「最高!」

「ああ、最高だった!」

「本当に最高だったよ、アクアリバーさん」

「ありがとう!廉二郎さん、山本さん!」

 

ライトハローは最後の決めポーズをした場所に崩れて号泣していた。ムーンライトミューを始め、一緒に歌ったOGたちも泣きながら寄り添い、観客席の後輩たち、スタッフ、そして舞台監督まで泣いていた。

 

ムーンライトミューが舞台袖に去る時、廉二郎の前で立ち止まり、深々と頭を下げた。

「最高のウイニングライブをありがとう」

「貴女の『うまぴょい伝説』を演奏できたこと、心から誇りに思います」

廉二郎がムーンライトミューのファンになったのは、彼女がデビュー戦でドベになり、悔し涙を流す瞬間を見たこと。その泣き顔の美しさに心を射抜かれたと。だが

(嬉し涙も素敵じゃないか)

そう心から思うのだった。




シナリオ、グランドライブに登場するライトハローの先輩ウマ娘、ムーンライトミューという名前は私のオリジナルですが、さぞ艶っぽいウマ娘だと思うのですよ。
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