異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
グランドライブ当日、東京レース場に繋がる府中本町駅は多くのウマ娘ファンで溢れていた。グッズ売り場は長蛇の列、人気のウマ娘の等身大パネル展示ブースにも撮影待ちの列が。
レース場のエリア内には多くの屋台とキッチンカーが露店を展開、もはやお祭りだった。
天候は快晴、雲一つない。天気にも恵まれた。
チケットの倍率はすさまじく、発売から数分で完売。ライブビューイングが全国の映画館で上映することが決定し、かつネット配信もされることに。
出走するウマ娘たちはトレセン学園を出て貸し切りバス数台で移動、バスの中ではライブへの期待が抑えきれず、バス内のマイクで歌いだすウマ娘まで。
それをスタッフがカメラで動画撮影、後々こういう映像がライブ後に販売されるライブBDに特典として付けられる舞台裏映像に役立つ。
東京レース場に到着した。バスを降りてレース場に入っていく様子がレース場の巨大モニターに映されるとファンたちは大歓声を上げて、各々推しているウマ娘の名前を呼んだ。
そんな周りの喧騒とは他所に廉二郎を含むバンドメンバーは静かなものだった。もはや演奏は完璧な状態、各楽器の最終調整も済んだ。廉二郎は控室でお茶を飲みつつ新聞を読み、開演時間を待っていた。
一方グランドライブのステージ衣装を担当したアクアリバーとその部下たちは忙しかった。やはり土壇場でサイズが少し違うと言うのは一つ二つ出てくるもので、その対応に追われたが、全て対応しきれた。
開演時間が迫る。舞台袖に歩いていくウマ娘たち。勝負服を着たバンドメンバーも一緒だ。初陣で大舞台を迎える廉二郎だが不思議と緊張はしなかった。異世界ラーズで数多の修羅場を潜り抜けてきた成果か。
途中、アクアリバーと会った。部下と共に招待席に向かう前に廉二郎と会いたかったようだ。
「廉二郎さん、勝負服すごく似合っている」
「当たり前だ。君が作った勝負服なのだから」
ハイタッチをする二人だった。
開演直前、シンボリルドルフを中心に円陣が組まれた。中心に向かい全員が腕を伸ばしている。バンドメンバーも一緒にだ。
「私たちも楽しみ、ファンの人たちには、もっと楽しんでもらおう!」
「「「はいっ!!」」」
安堵する廉二郎、円陣を組んだのだからシンボリルドルフが『エンジン全開』とか言い出さないか不安だった。士気が激減するからやめてくれと祈っていたが通じたらしい。普通に鼓舞をしたのでエアグルーヴも胸を撫でおろしたようだ。
「トレセーン!」
「「「ファイ、オウ、ファイ、オオオオオオオオオーッ!!!」」」
腕を空へ突き上げた。グランドライブ開演だ。
舞台裏、シンボリルドルフが音頭を取っての鼓舞の声が観客席まで響く。超満員の東京レース場、大歓声が湧いた。スタッフが
「バンドメンバー、ステージにあがって下さい」
メンバー一人一人、ライトハローとハイタッチしてステージへ。最後尾にいた廉二郎に
「氷室さん」
「はい」
「ついにこの日が来ましたね!」
「ええ、ライトハローさん」
「はい」
「俺をこの舞台に連れて来てくれてありがとう」
廉二郎はニコリと笑い、ステージへ。ライトハローの顔は少し紅潮していた。
舞台はまだ暗い、バンドメンバーが持ち場に着いたことは観客にはまだ分からない。
そして『うまぴょい伝説』が始まると大歓声、奈落から静かに上がってくるシンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアン。シンボリルドルフがエアグルーヴとナリタブライアンと手を繋ぎ、そしてシンボリルドルフが
『位置について…よーい』
『『『どん!!』』』
ウイニングライブと異なり、バックダンサーがつかない。エンドステージと中央ステージ、そして花道にウマ娘たちが立ち、全員で踊り、歌い、走るステージ。
『『うまぴょい!うまぴょい!!』』
途中の間奏で出走するウマ娘が自己紹介をして、それが終わると『うまぴょい伝説』はさらに盛り上がっていく。
招待席でライブを見つめる秋川理事長は
「見事!バックダンサーなしと聴いて危惧していたが、こちらの方が盛り上がるではないか!」
頷くたづな
「最初の『よーいどん』はルドルフ会長ですが、その後は全員がセンターのようなものです。ステージは楕円形ですから」
「うむ、それにしてもあれだけステージを駆けまわっても誰一人衝突しないのはさすがだ」
「みんな猛練習していましたものね」
まぶしそうにステージを見つめる駿川たづなは
(私もあの場所に立ちたかった…)
と、心の中で思うのだった。
ライブは大盛況で進み、そして一旦終演となるが東京レース場と各ライブビューイング会場は『アンコール!』の大音声が響いた。
そしてステージには勇ましいファンファーレが
『Wow Wow Wow Wow』
『Wow Wow Wow Wow』
隊列を整えてステージに入場してくるウマ娘たち。そして
『『やっとみんな会えたねーッ!!』』
『GIRLS’LEGEND U』が初披露された。圧巻だった。東京レース場は熱気と光の海に包まれた。広いステージを縦横に走って歌い、踊るウマ娘たち。
ファンたちは思うだろう。これは人間ではできないパフォーマンス、ウマ娘だから出来得るライブなのだと。だから見る者を魅了してやまない。汗だくになってサイリウムを振りコールを届けるファンにウマ娘たちは、いつも応援ありがとうと気持ちを伝えた。
フィナーレは再び『うまぴょい伝説』超満員のファンのコール『『俺の愛バがッ!!』』は東京レース場が熱く揺れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夢の時間はアッと言う間だ。グランドライブ初日は大成功を収めた。
控室に戻る廉二郎、すると中等部三年のウマ娘が隅っこで泣いていた。ライトハローが慰めている。最初はライブ大成功の感動で泣いているのかと思ったが違うようだ。
「ライトハローさん、彼女は?」
「ラストの『うまぴょい伝説』で走っている時に右足首を挫いてしまったようで」
「右足首を…」
「これでは明日の千秋楽は…」
「嫌です!私はステージに立ちたい!」
泣いて訴えるが、これは立つのも困難そうだ。明日も出走が予定されているウマ娘。どんなに注意していても挫く時は挫く。右足首が真っ赤に腫れ上がっている。本格化を最近迎えたと廉二郎は知っていた。この捻挫の自然治癒を待っていたら明日のライブどころか高等部進学と同時に始まるジュニア期に大きく後れを取るかもしれない。
「カネツエックス」
「ぐすっ、はい…」
「診させてくれるかな、本職ではないけれど、ウマ娘医療は学んでいるから」
「えっ、お、お願いします!私、明日のライブも絶対に出たいんです!」
藁にもすがる思いなのだろう。右足首と足の甲に触れた廉二郎
(治癒闘気をバレないように…ん?)
彼女のポテンシャルに気付いた廉二郎、触れずとも闘気の応用で鑑定すれば分かるのだが触れると、より詳細が分かる。
(中距離と長距離向き、脚質は逃げ…。しかも重バ場を得意とする…?)
「あの…氷室先生?」
「いや、何でも無い。ちょっと痛むよ」
「は、はい」
それらしく捻ると同時に治癒闘気をカネツエックスに施した。
「いたっ」
「治ったよ、立ち上がってごらん」
恐る恐る立ち上がるカネツエックス、右脚に体重をかけてみるが
「いっ、痛くない!すっ、すごいです!」
ぴょんぴょんと跳ねても痛くない。その様を微笑み見つめる廉二郎の横顔をライトハローは頬を紅潮させて見つめていた。
「ありがとう、氷室先生!」
仲間のところに駆けて行こうとするカネツエックス、それを呼び止め
「あ、ちょっと」
「はい?」
「確か君は無所属だよね」
「はい、そうです。今まで本格化を迎えていなかったし、高等部に入ってから各トレーナーに売り込もうとしていました」
「俺が元トレーナーと言うのは知っているかな」
「もちろんです。イッツ先輩を育てた人だと」
「俺は新年度からトレーナーに復帰するんだ。どうだろう、君を担当させてもらえないか」
「………」
反応が良くない。ダメか…。と思っていたところ
「すっ、すいません。まさかこの場でスカウトしてもらえるとは思ってなくて、つい驚いてしまって」
「えっ、カネツエックス…それでは」
「はいっ、よろしくお願いいたします!」
「よかった…。あ、呼び止めてすまなかった。仲間のところに行っておいで」
「はい、新年度からよろしくお願いいたしますね!」
「見事な腕前です。少々ウマ娘医療を学んでいても、どうにか出来る捻挫ではなかったと思いますが…」
ライトハローがそう思うのも無理はない。廉二郎は
「ウマ娘の姉が少女期のころ、よく捻挫していました。それでいつもあれで俺が治していたんです。最初はテレビで見た施術の見様見真似でしたけれど何故か上手く行ったんですよ。姉にこき使われた少年時代が役に立ったわけです」
「ふふっ、何でもしておくものですね」
「全くです。ははは」
「あの、カネツエックスをスカウトした理由、教えてもらえますか」
「ああ、今はもうセクハラになってしまうので出来ませんが、大昔のトレーナーは実際にウマ娘の脚に触れて素質や脚質を読んだと言いますよね」
「ええ、そのようですね。確かにそのやり方ならトレーナー側に伝わる情報は多いかもしれませんが私には無理です」
「で、私はたったいまカネツエックスの脚を間近で見たうえに触れました」
「あっ、あの一瞬固まったような時ですか?」
「そうです。分かったんです。ああ、この子は磨けば光るぞ、と」
先の捻挫治療の説明といい、我ながら、よくこんな嘘を呼吸するように言えるものだと思う廉二郎だった。触れたら闘気術によって分かったなんて言えない。
ともあれ、ライトハローは納得してくれたようで安堵した。
怪我が治り、仲間のウマ娘たちと明日のライブについて楽しそうに話しているカネツエックスを見つめる廉二郎。磨けば光るは嘘じゃない。ステージでも十分輝いていたが
「ターフでも輝かせてみせる」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グランドライブはその日のうちにSNSのトレンド入りを果たした。その中に
『あのキーボーディスト、マジで化け物。神演奏を目の当たりにした』
『氷室廉二郎だろ。ライブの楽曲も多く制作しているし、何で今まで無名だった』
と、少なからずキーボーディストの廉二郎を称賛する声もあった。
もっとも当人はそんなツイートに興味は無い。朝はいつもの通りアパートで目覚めた。窓を開けて体を伸ばす。
昨日のグランドライブDay1は廉二郎も興奮した。楽しかったの一言では済まない。ラストの『うまぴょい伝説』の間奏でバンドメンバーがシンボリルドルフに紹介された。
『キーボード!氷室廉二郎!!』
大歓声が自分を包んだ。初めて味わう感動だった。それを今日再び味わえると思うと自然に笑みがこぼれてしまう。
「さて、朝食の準備をするか…」
電気ポットでお湯を沸かしつつ、スマートフォンを確認するとアニマアニムス、ブリッジコンプ、イッツコーリングからメールが届いていた。アニマアニムスはネット配信でグランドライブを観たようで『トレーナーがあんなにキーボード上手いなんて話、聞いていない!』と文句を言いつつ感動したと記してあった。
ブリッジコンプは会場に来ていたようで、キーボードを担当しているのかトレーナーだったので驚いたと。
イッツコーリングは『何でアタシが在学中に開催しなかった』と青筋マーク入りのメールを送ってきた。
「仕方ないだろ。俺だってグランドライブの存在を知ったのはライトハローさんに会ってからだし」
朝食後、愛車の自転車に乗ってトレセン学園へ。
各ウマ娘、最後の調整をしているのか学園敷地内に入ると教室から音楽と歌声が聴こえてくる。自分の作った曲をウマ娘たちに歌ってもらえる。音楽家になるつもりは無かった彼だが、これはこれで嬉しく思う。
「さぁて、今日のライブも楽しみだ!」
カネツエックスは私のオリジナルのモブウマ娘ですが、ちゃんとモデルがおります。名前ですぐに分かってしまうでしょうけど私が競馬をやっていたころに活躍していた競走馬です。おそらく今後もウマ娘になることはないだろうと思いますので登場願いました。