異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
十三時三十分、いやその五分前に廉二郎は約束のJR尾久駅の改札口にいた。
ライトハローはその二分後に訪れた。
朝、爆発していた髪の毛は綺麗に整えられ、衣服も着飾っている。何やらデートのよう。
「お待たせしました」
「いえ、私も今しがた来たところですから」
タクシー乗り場へと歩いていく。
「一応、祖母には客を連れて行くと伝えておきました。トレセン学園のトレーナーだと」
新年度になっていないので正確には、まだトレーナーではないが会わせる理由づけになる。ライトハローの気配りだろう。
「ありがとうございます」
「ですが、祖母は少々気難しい性格の女性です。話をしてくれるかどうかまで保証は出来ませんよ」
それは知っている。聖騎士スレイバーン、王国の騎士であることを誇りとし、異界から召喚された勇者と打ち解けるのにも時間がかかった。戦闘の采配を取るのが勇者の役目であるのに最初は聞く耳持たなかった。勇者が場数を踏んで、ようやくまともな采配を取れるようになってから従うようになった。『いい采配だった』と初めて言われた嬉しさは今も覚えている。
尾久駅からタクシーに乗って十数分、大きな特別養護老人ホームに着いた。
(都内一等地の、こんな綺麗な老人ホーム、ひと月いくらかかるんだよ)
思わず金の計算をしてしまったが、考えようによってはライセイオーが引退後も社会的成功を得ている証でもある。そう思うと安心した。
入館手続きを終えた二人はライセイオーが待つ面会用のラウンジへと向かった。ライトハローは場所が分かっているので廉二郎を先導した。
二階にある広いラウンジ、そこから見える景色も良い。天気が良ければ富士山が見えそうだ。
「お婆ちゃん」
「ハロー、よく来てくれたね」
ライセイオーとライトハローが抱き合う。優しい瞳で愛しい孫娘を見つめる。
「そちらの方かい?トレセン学園の…」
「……」
「………」
見つめ合う二人に戸惑うライトハロー、そして
「ハロー、お願いがあるの」
「なぁに?」
「何も聞かず、彼と二人きりにしてくれないかい?」
「え…」
廉二郎に見ると、彼は静かに頷いた。
「…分かった。じゃあ、お婆ちゃんの部屋にいるね」
「ああ、本当にごめんね」
ラウンジの外にあるテラスのテーブル、そこで廉二郎とライセイオーは向かい合った。廉二郎は静かに、そして万感の思いで名を呼ぶ。
「…しばらくだな、スレイバーン」
「その名で呼ばれるのは、いつ以来かね。何だよ、ズルいじゃないか。お前は若くていい男のまま。私は婆さんになっての再会なんて」
「老いた君も美しいよ」
本心だ。若い女は美しい、老いた女はもっと美しいと言う言葉もある。
「ありがとうよ、孫娘のハローとどうやって」
ビジネスパートナーとして知り合ったと話す廉二郎、一通り聞き終えたライセイオーは
「そうか、再開催されたグランドライブはハローの仕事だったのか。嬉しいね」
「トレセン学園でグランドライブ開催を最初に提案したのは君だったそうだね」
そうグランドライブの発起人はライトハローの祖母ライセイオーだった。廉二郎がそれを知ったのもネットで調べた、ついさっきの話だった。
「ああ、お前が言ったんじゃないか。ウマ娘は走るだけじゃなくステージで歌うと。どうしてもやりたかったんだ」
奇縁だと思った。異世界ラーズでスレイバーンを含む仲間たちにウマ娘のレースとライブを話したことが巡り巡ってグランドライブの起源となるとは。
「どうだい、うちの孫娘は。お前、巨乳のウマ娘が大好きだったろう」
「そんなこと、よく覚えているな」
「あれはレースで全く勝てなかった…。祖母の私だけではなく母親や伯母もGⅠウマ娘だから余計に焦ったのかもしれないね。他のウマ娘の何倍も努力をしたと言うのに結果は故障してターフを去ることになった。だからかねぇ…孫娘の中で一番愛おしいのさ。私が認めるお前の嫁になれば安心だ」
「悪いが、それは約束できないよ。彼女の気持ちもあるからな」
「お前は相変わらず鈍いねえ…。ハローはお前に惚れているよ」
「そうなのか?」
「そうでなければ、ここに連れてこない。少なくとも信頼はされているってことさ」
「そうか…。それは素直に嬉しいな」
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。聞きたいんだろう。ラーズがどうなったか」
「…ああ」
「魔王を討ち自由になった。この後は仲間四人と下野してウマ娘のレースとライブをやる、お前との別れ際はそんな感じの話だったな」
「そうだな」
「叶わなかったよ。それぞれ事情は異なるが下野は出来なかった。そして王国は人間同士の戦争に突入していった」
「やっぱり…そうなったか」
廉二郎を勇者召喚した王国、召喚当時の国王は英邁であったが次代の王となる王太子はとても為政者の器ではないと思っていた。廉二郎が魔王打倒後、すぐ地球の日本へ帰還したのは国王となった元王太子によって『用済み』と処刑されかねないことを危惧してのこと。
「おかしな話でな。人間やウマ娘が共存して手を携えていた世は魔王ザナッハによって保たれていたんだ。人同士は争わず国々は共闘してザナッハの侵攻に立ち向かった。現にザナッハ存命中に人同士の戦争は一度も無かった」
「魔王ザナッハは必要悪だった…と言うことか」
「そうだ。英邁の誉れ高かった先代国王陛下、唯一かつ最大の失策だ。勇者を異界から召喚してまでザナッハを討ってしまった。討ってはいけない存在だったと気付いた時は何もかも遅かった。私を含め、マニッシュベイ、ワグナード、トロンテスタも戦と戦の毎日、疲れ果て…。それに追い打ちをかけるよう王国に疫病が蔓延した。地球にはない、人間とウマ娘かまわず感染する恐ろしい疫病…。私はそれで死んだ。仲間たちも感染していたから死んじまっただろう。あっけないものだよ」
「……」
「そして気がついたら昭和の日本に転生していた。ライセイオーと言う名前ではあるが成長していくにつれ姿はスレイバーンとなっていった。前世は悲惨な最期だったが、この世界はレンジが言っていたウマ娘が駆けっこで一着を目指す世界、そんな世界に生まれ変われたことが、もう嬉しくてね…。幼いころから夢中で走って…。やがて皐月賞を始め多くのレースで一着となり、名ウマ娘と呼ばれるほどになった」
「そっか…」
「グランドライブも楽しかったな…。死んだ仲間たちと歌いたかった」
「そうだな、俺も聴きたかったよ」
「で…レース引退後は、ずっと世話してくれたトレーナーと結婚した。向こうからプロポーズしてくれたんだ」
「よくもまあ、扱いづらい性格この上ない君を…」
「前世は武人、扱いづらい者でなければ務まらないだろう。生まれ変わった世は平和なのだから性格も自ずと変わる。いい男だったよ、私にはもったいないくらいの旦那だった」
「そっか…」
「お前より何倍もいい男だったよ」
「そりゃあそうだ。君が惚れた男なのだから」
「旦那が亡くなって、この老人ホームに来た…。今じゃウマ娘のレース中継を楽しみにしている、ただの婆さんだ」
「いい余生の過ごし方じゃないか」
「……レンジ」
「ん?」
「お前はラーズから地球に自力で転移できた。逆は?」
二人の間にしばらく沈黙が流れた。廉二郎はゆっくりと首を振った。
「……無理だ。地球にはマナがない。魔法自体使えない。使えるのは闘気だけだ」
「そう…」
「使えるのなら、今すぐでもラーズに飛んでマニッシュベイ、ワグナード、トロンテスタを助けたい…。一緒に手を取って魔王打倒の旅をしたウマ娘たちが戦で疲れ切った挙句に疫病で死んでしまったなんて…」
「……」
「苦しかったろうな…。辛かったろうなあ…。仲間のそんな窮地も知らず何が勇者だ…」
「相変わらず優しいね…お前は…。あの頃はその優しさに危うさも感じたが…仲間を思うその気持ち、嬉しく思うよ」
「……」
「さ、もういいだろう。ハローを呼ぼう。気を利かせてくれたが仲間外れは気分がいいものじゃない」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、ライトハローの自宅最寄り駅近くの居酒屋で再び酒を酌み交わした。
祖母と廉二郎が何を話したのか気になるだろうに、ライトハローは一切聞いてこなかった。とにかく席を外してもらったことを改めて詫びた廉二郎は
「ここの支払いは私に任せて下さい」
廉二郎もしたたか。この店の最高額の料理は刺身盛り合わせの千八百円くらいのもの。オグリキャップ級に食べなければ、さほど財布にダメージはない。
「いえいえ、割り勘にしましょう。ええと…」
メニューを見つめるライトハロー。揚げ出し豆腐と鶏のから揚げを注文した。
「ふふっ、ここの揚げ出し豆腐は絶品なんですよ。小皿でお分けしますね」
廉二郎は焼き鳥と鯖の味噌煮を注文した。
「昨日の今日です。今日は酔いつぶれませんので大丈夫ですよ」
「はい、そうしてくれると助かります。今日はそちらに泊まれませんから」
学園は春休み中だが廉二郎には仕事がある。
実を言うとライセイオーの方で席を外させた件について解決させている。
ライセイオーは一目で廉二郎が大事を成す男と見抜いたと言い、かつライトハローが特別な感情を廉二郎に抱いていることも一目で分かった。それで孫娘に相応しい男か見定めたく廉二郎と二人きりで話したかったと告げた。結果、廉二郎は合格と。
ライセイオーのお墨付きがあれば、たとえライトハローの父母が反対しても沈黙するしかない。本人から望んで施設暮らしだが、ライセイオーの娘たちは重賞レースに勝利したウマ娘ばかり。いまだURAに影響力は大きく長老の彼女に誰も逆らえない。
『あれはいい男だ。絶対に逃すな』
と、尊敬する祖母に言われれば自分を外して何を話していたかなんて、どうでもよくなったライトハロー。酒がテーブルに運ばれてくる前に切り出す必要がある。酒の勢いは借りたくない。
「あ、あの…氷室さんはお付き合いしている女性とかいらっしゃるのですか?」
「いいえ、なにしろ仕事が仕事、四面ウマ娘ばかり。彼女が出来ても担当するウマ娘を優先しかねない。だからトレセン学園のトレーナーは独り者ばかりでしょう」
それはライトハローも聴いたことがある。ウマ娘の男性トレーナーは同じ人間の女性と結婚できると思うな、と。家族より担当するウマ娘を優先しかねない。むしろそのくらいでなければ重賞レースに勝利するウマ娘など育成できないのだと。だからトレーナーの嫁は育成されたウマ娘がなることも少なくない。
ライトハローは廉二郎に育成されたウマ娘ではないが、初めて会った時から面構えがいいと思っていたし、歳に似合わない威厳と気品も感じた。さらに一緒に仕事をして、その有能さと仕事に対する誠実さ、女性に礼儀正しく、カネツエックスの脚を治した時の優しく微笑む横顔に痺れた。たづなと同じように『ウマ娘として氷室廉二郎に会いたかった』をライトハローもまた、それを強く思った。
そして昨日、お姫様抱っこされたことは覚えていた。力強かった。本来ならウマ娘であるライトハローの方が廉二郎の何倍も膂力があると言うのに。
(この男性は絶対に逃がしちゃだめだ…。勇気を出すのよ、ライトハロー)
ライトハローは深呼吸をして言った。
「あの…。そ、そ、それでは私を氷室さんの恋人にしてくれませんか?」
一瞬驚いて固まった廉二郎だが、姿勢を正してライトハローを真っすぐに見つめた。
「私でよろしければ、よろしくお願いいたしますっ!」
深々と頭を下げて手を伸ばした。それを掴むライトハロー。さらにテーブルの上で両手を繋いだ。ライトハローの目には涙が浮かんでいた。二人はその後、祝杯をあげた。
はい、実はこの作品の筆頭ヒロインはライトハローだったわけです。
そして彼女の祖母ライセイオーのモデルはハイセイコーです。ライトハローのモデルと言われているムーンライトローズの祖父がハイセイコーなわけなので登場していただきました。
『さらばハイセイコー』は父の持ち歌でしたから、幼いころから名前は知っていました。この令和の世でキャラクターとして書けるとは感慨深いです。