異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します!   作:越路遼介

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第十八話 デビュー戦カネツエックス

「やりやがった、あの女ああああ!」

 

声の主はアクアリバー、先輩に対してそれはどうかと言う台詞だ。

今日、勝負服関係の仕事でトレセン学園に訪れたところ、廉二郎が脳天気に『俺、恋人が出来たんだぁ』と嬉しそうにアクアリバーに告げた。顔を引きつらせながらアクアリバーは

「へ、へえ…。どんな女性なんですか?」

と、訊ねると

「えへへ、ライトハローさんだよ」

「そ、そうなんですか。あはは…」

 

理解不能な感情で震える体、学園の昇降口を出るや冒頭の台詞だった。さらに

「抜け駆けしやがってえええ!」

地団太を踏んだ。一方アニマアニムスとイッツコーリングは廉二郎とライトハローが恋人同士になったことを知っても

「「あ、そうなんだ。おめでとう」」

と、あっさり済んだのだがアクアリバーと同じく廉二郎に走れない体を治してもらったブリッジコンプは

「ふざけんな、あの女ああああ!!」

アクアリバーからのメールでそれを知ったブリッジコンプは医大の食堂内でスマホをぶん投げた。当然ながら壊れた。こういうのは早い者勝ちと分かってはいるが納得できない。

「流れ的に私だろう、普通!」

 

恋人が出来るのは高校生以来の廉二郎は毎日が楽しくて仕方ない。しかも、あんな美人に告白されるなんて、俺は何て幸せ者なのかと。異世界ラーズでは仲間のウマ娘とそういう関係に発展していないので、これは嬉しいだろう。

 

しかし、浮かれてばかりもいられない。新年度を迎え、スカウトしたカネツエックスが高等部に進級、今日から彼女のジュニア期が始まるのだ。

グランドライブ大成功の褒美として、無事にトレーナーに復帰できた廉二郎。トレーナーなら恋人のライトハローより育成するカネツエックスを優先させるもの。それは、かつてレースを走ったウマ娘であるライトハローも納得していることだ。人間の女性ではこうはいかない。だから廉二郎にとってライトハローは理想の恋人と言える。

 

しかし、これに胡坐をかくのは、あまりに愚か。公私は分けて恋人を大切にしなければならない。ライトハローを逃したら、もう結婚できないかもしれない。トレーナーになった時点で同じ人間の女性との結婚はあきらめていたが、今は違うのだ。

 

「我ながら恋人が出来て、より腰が据わったと思う。どこかのドラマCDで『信じて待っていてくれる女がいることは男に取って最後の踏ん張りどころになる』何て名台詞があったけど、何かそれを実感できるな」

そんなことを思いつつ廉二郎はターフへと。すでにカネツエックスは準備運動を済ませていた。

 

「カネツ、グランドライブ以来だね」

「はいっ、よろしくお願いいたしますっ!」

「春休みは楽しく過ごせたかい」

「はい、久しぶりに父と母と」

彼女の母もまた優れた名ウマ娘だ。

「そうか、それはよかった。さて…」

廉二郎はカネツエックスの戦績を改めて確認した。

 

「中等部三年三学期に本格化を迎え、学園推薦で未勝利戦に二回出場するも中位敗退、いずれもダート短距離だが…ダート、および短距離に決めた理由は?」

「お母さんのアドバイスです。やっぱり子供のころから走りを見てもらっているし、自分の走りの質はそうなのかなって思って」

(…カネツの母親、レースを走るウマ娘としては一流だったが典型的な人に物事教えることが下手そうなタイプだったよな…。どうやらトレーナーの才能は低いらしい)

廉二郎の評価は辛辣だった。

 

「…念のため訊くが、次もダート短距離にしようと俺が言ったら?」

「出ます。だけど…薄々は感じているんです。私は芝の中距離から長距離向きなんじゃないかって」

(当たりだ。トレセン学園に入る前から、地域のランナーズクラブで走った経験もあるだろうからな。何となくでも自分の走りに合ったものは分かるだろう)

「脚質もそう。お母さんは先行、もしくは差しが脚質に合っていると言っていたけれど…逃げの方が合っているんじゃないかって」

(それも当たりだ。彼女の母親を悪く言いたくないが、行き当たりばったりのアドバイスは本当に勘弁してほしい)

 

ポケットからストップウォッチを取り出した廉二郎

「準備運動は終わっているな」

「はいっ」

「よし、今から俺の前でダート短距離と芝の中距離を走ってもらう。中等部三年、しかも三学期に本格化を迎えたのでは少々時期も遅い。君は晩成型と思うがダート路線か芝路線か迷っている時間は無い。今日のうちに決める」

「分かりました!」

 

カネツエックスに現在体得しているスキルはない。芝とダートの路線も決めあぐねている状態なのだから無理もない。だが、すぐに身に付けるだろうスキルは分かっている。【道悪】だ。

カネツエックスの治療のさい脚に触れた時に、それが分かった。本人も分かっていないが彼女は重バ場を得意とする。芝でもダートでも大きな武器だ。この特技を生かすにはパワーを身に付けなければならない。さて、カネツエックスは廉二郎の指定した二つのコースと距離を走ったが

「芝で行く。脚質は『逃げ』距離は中距離から長距離だ」

即断した廉二郎を頼もしく思ったか、カネツエックスもまた大きな声で

「分かりました!ありがとうございますっ!」

 

他のトレーナーが複数のウマ娘を担当する中、廉二郎はカネツエックス一人だった。

英語教師を兼任し、そして年度末に開催されるグランドライブに音楽家として参加するため時間を取られる。トレセン学園始まって以来のトリプルフェイスと言えば聞こえはいいが、どうしても担当するのは一人が限界となってしまう。

だが、それが良かったのかもしれない。カネツエックスは廉二郎から濃密な指導を受けられるのだから。そしてやはり…

「トレーナー、特別扱いは良くないかなと今まで言い出せなかったけれど、アクア先輩たちに行った時間を設けて外国語での会話、私も受けたい」

「ああ、いいよ」

 

実はライトハローも同様のことをお願いしていた。デート中に時間を作って、その間だけ英会話にするということ。ライトハローは英語が話せなかったが、廉二郎の教え子のアクアリバーとアニマアニムスが七ヶ国語に通じていると聞き、指導したのは廉二郎と知った。ちなみにそれを知ったのはずいぶんと遅く、告白後のことだった。

イベントプロデューサーとして、より高みに行くためには外国語に通じるのは必須と思ったライトハロー

「廉二郎さぁん、私にもぉ…教えてくれないの、ずるくないですかぁ?」

と、甘えるように言うものだから廉二郎は快くデート中に英会話の時間を設けることに。

ディズニーランドやUSJで廉二郎の腕を抱いて歩くライトハロー、それは楽しそうな顔で廉二郎と英会話をしていたと言う目撃情報もある。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

そして、いよいよカネツエックスのデビュー戦の日が訪れた。未勝利戦三度目の挑戦だ。

九人のウマ娘のレース、これまで種目はダート短距離だったが、今回は芝の中距離。ジュニア期の時間を効率よく使ってトレーニングを積み、現在カネツエックスのスキルは【中距離コーナー】【集中力】そして【道悪】をマスターしている。前日の大雨でターフの状況は『重』になっている。運も味方につけた。

 

「今日から始まるな。君のトゥインクルシリーズ」

「うん」

「カネツ…」

「分かっている、マヤには負けない」

グランドライブでは二人並んで踊り歌っていたカネツエックスとマヤノトップガン。親しい友人だからこそ負けたくない。ステージの上では仲間、しかしターフでは敵だ。

「わざとでしょ、マヤとデビュー戦を一緒にしたの」

「その通りだ」

「上等よ、影すら踏ませるものか」

 

デビュー戦は中山レース場の第六レース、未勝利戦。

重状態の芝を踏みしめるカネツエックスは妙にしっくりと感じた。

 

“重バ場のターフでカネツに勝てるウマ娘はいない”

 

スキル【道悪】を体得した時、トレーナーが言ったこと。褒め過ぎと思ったカネツエックスだったが、いまターフに立ってみるとまんざら的外れでもないと思う。

とはいえ、マヤノトップガンを含め、重バ場に対して動揺するようなウマ娘は見当たらない。こんなバ場状態はウマ娘なら対応できて当然と言う顔立ちだ。

「上等よ…。必ず逃げ切ってやる」

 

ゲートが開いた。スキル【集中力】【道悪】発動、序盤先頭バ群の中に阻まれながらもカネツエックスは一気に先頭に躍り出た。

廉二郎が気付いたカネツエックスの才『重バ場得意』とリンクしたか【道悪】のスキルは途切れない。疾駆の一歩一歩に反映していく。脚が軽い。重い芝に脚が取られない。トレーナーがスピードとパワー上昇のトレーニングを積ませたことが理解出来た。

 

第三コーナーで【中距離コーナー】発動、さらに後続を引き離す。しかし

「やああああああっ!」

マヤノトップガンが第四コーナーに入る前に仕掛けてきた。

「来たか…!!」

ぐんぐんとスピード上げるマヤノトップガン、楽して勝てる相手とは思っていない。

逃げるカネツエックス、しかし、どんどんマヤノトップガンは迫ってくる。スキル【末脚】が発動。デビュー戦時にこのスキルを有していることがマヤノトップガンのウマ娘としての地力が知れよう。加速したマヤノトップガン。後方からすさまじい圧迫感、押しつぶされそうだ。だが負けない、負けたくない。カネツエックスはあきらめない。

「ぬがああああああっっ!」

必死に逃げるカネツエックス、追うマヤノトップガン、体が並んだ。

そしてゴール板の前を通過した。

「はあっ、はあっ!」

精根尽きたカネツエックス、マヤノトップガンは笑顔で観客席に手を振っている。

「差された…。いや」

 

『一着はカネツエックス、二着はマヤノトップガン』

 

「はは…。そうよね、マヤは勝とうが負けようが下を向かない…」

だからこそ恐ろしいと思う。一着の自分の体が思うように動かないと言うのにマヤノトップガンは観客に手を振りながら走っている。ウマ娘のレースに『たられば』は禁物だが、今日が良バ場なら間違いなくマヤノトップガンに負けていた。

「もっと強くなんなきゃ…。何が影すら踏ませないよ…」

 

一方で、ダートではなく芝、短距離ではなく中距離か長距離、脚質は逃げ、これが正しいことが実戦の場でも証明されたことが素直に嬉しかった。

「トレーナーの目は正しかったんだ…!」

回復したカネツエックスは改めて観客席に手を振り、ターフを走るのであった。

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