異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
阪神レース場のターフに立つカネツエックス、宝塚記念、初めてのGⅠ挑戦だ。
「ふう…」
初めて勝負服を着て走る。アクアリバーから贈られたものだった。アクアリバーは氷室廉二郎が育成したウマ娘がGⅠを走る時の勝負服を作って欲しいと望まれた。その約束を果たしたのだ。
「体に良くなじむ…。ありがとう、アクア先輩」
トレセン学園のトレーナー室で渡された勝負服、早速着てみた。赤と白が調和したジャケット、母親譲りの美しい葦毛のストレートロング、頭頂部の両耳に黄色と桃色のストライプリボンが映える。ナリタブライアンと同じく鼻に絆創膏を貼った。これは勝負服を着るレース限定の絆創膏、母親の筆で『必勝』と書かれている。お世辞にも綺麗な字と言えないが。
そして彼女自身を表す『X』の炎文字が記されたクロップド黒Tシャツ。大胆にも腹部が露わだ。漆黒の七分丈パンツの側面には母親の勝負服カラーであるブルーとレッドのラインが入り、蹄鉄を装着した赤白カラーのレース用シューズ、等身が映る鏡を見た時にカネツエックスは惚けた。彼女の母親が現役のころの勝負服と様式が似ている。似せて欲しいと頼んだのはカネツエックス自身だ。彼女は母親を心から尊敬して愛している。
アクアリバーは言った。
「貴女のためだけに生まれた勝負服だよ!」
着替えを見ているわけにもいかなかったので廉二郎はトレーナー室から出ていたが、カネツエックスが大喜びしてアクアリバーに抱き着いて二人ではしゃいでいた声を心地よく聴いた。
話は阪神レース場に戻る。控室にはアクアリバーも訪れ、氷室一門悲願のGⅠ初勝利を後輩に託した。観客席一番前を陣取った廉二郎とアクアリバー、ガッツポーズを二人に見せてゲートに歩き出した。
「素敵な勝負服だね、カネツちゃん」
マヤノトップガンがゲート入場前に話しかけてきた。
「でしょ、アクア先輩に作ってもらったの」
「えへへ、私の勝負服とここが同じだね」
おへそが露出していると言うことだ。
「お互い、お腹を冷やさないよう注意しなきゃね」
「冷えるわけないよ」
「ん?」
「今日のレース、過熱しまくってくれるよね。カネツちゃん」
「先代の生徒会長に『まだまだだな』と言われそうだね、マヤ」
「えへへ、やっぱり?」
ゲートに入った。一斉にスタート、出遅れ無し。【先手必勝】【逃げのコツ】【コンセントレーション】発動。バ群に阻まれることなくカネツエックスは先頭に躍り出た。
(逃げ切ってみせる!)
宝塚記念、阪神レース場、天気は曇り、芝2200でバ場良
序中盤で【逃げコーナー】【中距離コーナー】を発動しつつカネツエックスは先頭を走る。中々後続を振り切れない。当然だ。このレースはGⅠなのだから。
レース終盤、第四コーナーに入る時スキル【円弧のマエストロ】【お先に失礼!】が理想的に発動した。体力が回復したうえに加速する。さらに【逃げ直線】が決まった。
(いける、逃げ切れる!)
ゴール板まで懸命に走るカネツエックス、しかし観客席にどよめき、驚異的な末脚で迫ってくるマヤノトップガンだ。【快速】【ノンストップガール】発動。
後ろからの圧、後ろをチラと見たカネツエックス、笑みさえ浮かべているマヤノトップガンがもう間近に。
「やっぱり過熱しまくりいい!最高だよ、カネツちゃん!」
「マヤ…!」
「やああああああああああ!」
「んがあああああああ!」
追うマヤノ、逃げるカネツ、差された。追い抜かれると同時にゴール板通過。
『一着マヤノトップガン、二着カネツエックス』
「はあ、はあ…」
マヤノトップガンはそのまま観客席に両手で手を振っている。その背中を悔しさいっぱいの顔で見つめるカネツエックス、それに振り向いたマヤノトップガンは不敵に言った。
「次に会った時は勝って返す。それがマヤたちの世界の礼儀でしょ」
その言葉に微笑んだカネツエックス
「そうだね…。マヤ、私は礼儀正しいウマ娘だから」
「うん、知っている」
マヤノトップガンはそう言って、カネツエックスにサムズアップのポーズを示した。
カネツエックスも同じサムズアップで返し、二人で観客に手を振りながらターフを周るのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ムッシュ氷室、再会出来て嬉しいです』
ここは成田空港、URAの職員と共に国外のウマ娘を出迎えた。廉二郎は通訳も兼ねていたが、フランスから訪れる二人のウマ娘と会ったことがあるからだ。
ライトハローとの新婚旅行、パリの空港に設置されていたストリートピアノで『ベルサイユのばら』のアニメ主題歌『薔薇は美しく散る』を弾いた時、歌い手となった二人のウマ娘、金髪の美女がモンジュー、茶褐色の肌の黒髪美人がリガントーナ、パリロンシャンレース場で見た二人の走りは忘れていない。あの時はGⅢレースだったが、現在の彼女たちはフランス国内のGⅠレースにことごとく勝利し、モンジューは国内一位、リガントーナは二位とされている。
『こちらこそ、マドモアゼルモンジュー』
再会の握手を交わすモンジューと廉二郎
『リガントーナです。ムッシュ氷室、再会を嬉しく思います』
『日本へようこそ、マドモアゼルリガントーナ』
この二人はジャパンカップに出場するため日本に訪れた。空港で記者会見が行われた。もちろん、廉二郎ではないプロの通訳が就く。
「マドモアゼルモンジュー日本のウマ娘で戦ってみたいのは誰でしょうか」
通訳を受け
『マヤノトップガンとカネツエックスです』
「「おおおおお~」」
納得の答えに満足する記者たち。続けてリガントーナも
『私も彼女たちと戦ってみたい。だが勝つのは私だ。ともに来日したモンジューにも負ける気は無い』
記者会見、後方で壁にもたれて様子を見ていた廉二郎は感慨深い。
(フランスで一位と二位のウマ娘にも名が知られているとは…。やるじゃないかカネツ)
昨日のように思い出す。天皇賞(秋)にカネツエックスは見事一着を取った。マヤノトップガンは出走していなかったが二位に大差をつけて逃げ切った。氷室一門悲願のGⅠ優勝の瞬間だった。レース場にはアクアリバー、アニマアニムス、ブリッジコンプ、イッツコーリングも応援に駆けつけ、第四コーナーからぐんぐんスピードあげて走ってくる後輩に声援を送り、見事一着、氷室一門の四人のウマ娘は号泣し、後輩の快挙と廉二郎がGⅠトレーナーになったことを心から喜んだ。
一生の財となる語学と能力を授けてくれた廉二郎に何の恩返しも出来なかったと思っていた彼女たちはレース後に廉二郎とハイタッチをするカネツエックスに何度も礼を言った。
『ありがとう、廉二郎さんをGⅠトレーナーにしてくれてありがとう!』と。
その後、ジャパンカップに出走が決まったカネツエックス、そして妻ライトハローが言った『それって、フラグ』と言うのが現実になった。そのジャパンカップにモンジューとリガントーナが出走することになったのだ。それ見たことか、とライトハローは得意げに言った。また、ジャパンカップにはマヤノトップガンも出走する。
モンジューとリガントーナの会見も終わった数日後、カネツエックスがトレーナー室に訪れた。
「トレーナー、見てよ!」
テストの結果を見せてくれた。各科目九十点以上、英語に至っては百点だ。
「今回はかなり難しくしたつもりなんだがな、英語は」
「うん、でも何とかなったね」
トレーニングもしくはミーティングの時に一時間から二時間英会話にする。アクアリバーの育成の時から続けているが、これは育成するウマ娘の賢さを大きく向上させるようだ。だからスキルの覚えが早いし使い方も巧みだ。
「トレーナー、ジャパンカップに備えて何か作戦でもある?」
「出来ればスキル【大逃げ】を身に付けたいところだ。マヤはもちろん、モンジューとリガントーナの末脚から逃げ切るために」
「とすると…スタミナ重視のトレーニングだね」
「そうだ。遠泳とダートで長距離を走る。食事は任せてくれ」
「了解、ニンジンサラダとクラブハウスサンド、あとオムライス」
「ああ、何でも料理してあげるよ」
トレーニング後、学園の食堂で廉二郎が調理するオムライスは氷室一門のウマ娘が大好きな逸品だ。最近のフワトロ卵にデミグラスソースではなく、町中華で料理される昔ながらのもの。それが絶品でライトハローもこれで落とされた説がある。
「それじゃ水着をもってプールに来てくれ。コースは押さえてあるから」
「分かりました」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ジャパンカップ当日、無事にスキル【大逃げ】を体得し、体調は絶好調、ランチには廉二郎特製のクラブハウスサンドを食べて気力も十分だ。パドックを経てターフへ。カネツエックスよりあとにパドックに姿を現したモンジュー、大声援だ。公開練習を経て日本でも、その美貌と脚線美で多くのファンを獲得したようだ。観衆に手を振りながらターフへと。リガントーナは静かにターフに立ち、目を瞑り集中している。
カネツエックスは
『初めまして、モンジュー。私はカネツエックスです』
『まあ、流暢なフランス語を』
『よかった。フランス語を師から学んでいますが通じるか不安でした。では通じたところで』
『何でしょう』
『私の影すら踏ませない』
一瞬驚いたモンジュー、しかし不敵に笑い
『その言葉、そっくりお返しいたしましょう』
ジャパンカップ、東京レース場、晴れ、芝2400バ場良
重バ場ならカネツエックス本領発揮となったが、生憎の良バ場だ。
ゲートに入った十五人のウマ娘、スタート、カネツエックスは早くも先頭に躍り出る。
スキル発動は【先手必勝】【逃げのコツ】【コンセントレーション】そして
「【大逃げ】全開よっ!」
(なるほど、言うだけはある。見事な逃げようだ)
モンジューは中盤を保ち、早くも独走状態になりつつあるカネツエックスの背を見つめる。
モンジューの前にマヤノトップガン、後方にリガントーナが走る。
(いつ動くか…)
観客席でレースを見つめる廉二郎
(今の段階で出来るだけバ身差が欲しいが、後方も徐々にカネツに迫る。逃げ切れるか…)
モンジューのスキル【闘争心】【猛追】【円弧のマエストロ】が発動した。
リガントーナとマヤノトップガンも動き、カネツエックスを追う。ぐんぐんと差が縮まる。カネツエックスのスキル【逃げコーナー】【円弧のマエストロ】発動、第四コーナーを過ぎた。その時
『何が影すら踏ませないだ。口ほどにもない』
モンジューが差した。想像以上の末脚だった。
「ぐっ…!」
リガントーナもカネツエックスを抜く。このままではマヤノトップガンにも抜かれてしまう。逃げウマ娘がこうなったら、もう巻き返しは不可能だ。しかし
「あきらめるな!」
廉二郎が叫んだ。
「君なら差し返せる!」
他の観客は失笑した。そんなこと出来るわけがないと。
「あたりまえだ!」
はっきりと聞こえた廉二郎の声、あの人は私の勝利をあきらめていない。だからカネツエックスもあきらめない。歯を力強く食いしばる。彼女の母は追込を得意とする偉大なウマ娘だった。その母の遺伝子がカネツエックスの脚に宿っている。そのスキルが体の内部から告げる。『ウチを使えや』と。
「んがああああああ!」
スキル【直線一気】発動
「追込の…スキル!?」
これは『あきらめるな』と叱咤した廉二郎も仰天したことだった。廉二郎は彼女に追込のスキルを一つも体得させていない。カネツエックスはレース中にスキルを体得して使ったのだ。トレーナーの廉二郎が驚いたのだから、同じレースを走っていたモンジュー、リガントーナ、マヤノトップガンも驚いただろう。抜けると思ったマヤノトップガン、ところが逃げのウマ娘が追込のスキルを使って加速したのだ。
「カネツちゃん、さらに過熱!だけど勝つのはマヤ!」
マヤノトップガン猛然と追走【末脚】発動
「やあああああああっ!」
後ろから怒涛の勢いで迫るカネツエックスとマヤノトップガン
((馬鹿な…!))
マヤノトップガンの末脚は理解できる。しかし逃げウマ娘が抜かれたあとに再度追い込んでくる展開は、さしものモンジューとリガントーナも経験したことが無い。
((これが日本のウマ娘…!))
実況は
『信じられません!いま我々は歴史が変わった瞬間を目の当たりにしております!逃げのウマ娘が抜かれたあと再び追い込みに!ウマ娘のレース史において、これはあり得たことなのでしょうか!さあ、カネツ加速、加速、加速!リガントーナを抜く!マヤノトップガン食い下がる!モンジュー逃げる!モンジュー逃げる!カネツ来た!カネツ来た!カネツエックス差し切ったーッ!』
『一着カネツエックス、二着モンジュー、三着マヤノトップガン』
「はあ、はあ…」
『とんでもないウマ娘だな…。今までの歴史であっただろうか。逃げウマ娘が抜かれたあとに再び差し返すなど…』
『ひい、はあ…。モンジュー…』
『いや、長いウマ娘レース史を見ても無いはずだ』
リガントーナが言った。モンジューは笑い
『歴史的な快挙と言えるな。その快挙を成し遂げた者と戦えたこと誇りに思う』
『よ、よしてくれ…。ぜえ、はあ、い、一着の私が…ひい、はあ、う、上手く話せない体たらくと言うのに…』
精根尽き果てた状態なのに流暢なフランス語で返すカネツエックス、モンジューは吹きだし
『ははは、君は本当にフランス語が上手だ。よほど師がいいのだな』
「「ワアアアアアアアアアッッ!!」」
大観衆が四人のウマ娘の大接戦を称える。モンジュー、リガントーナ、マヤノトップガン、そしてカネツエックスは肩を抱き合い、その拍手と声援に応えるのだった。
廉二郎はカネツエックスが成し遂げた奇跡の逆転劇に涙した。
「カネツ…。君は俺の誇りだよ」
観客席最前列で泣いている廉二郎を見つけたカネツエックスは
『モンジュー、あそこで泣いている人が私のトレーナー兼師匠だよ』
そう紹介するとモンジューは一瞬驚き、そして微笑んだ。
『なるほど、素晴らしいトレーナーに巡り合えたのね』
『うん、最高のトレーナーだよ』
次回、最終回です。