異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
シニア級カネツエックス、有馬記念優勝、ターフから観客席に腕をあげて応えた。
母親は喜びを抑えきれず、観客席からターフに降りてきて娘を抱きしめた。
「カネツはウチの誇りや!」
近くにいた廉二郎に
「おおきに!ホンマ感謝しとる!」
有馬記念後の記者会見、カネツエックスは来年凱旋門賞へ挑み、その結果がどうあれ、それを最後のレースにすることを決めていると発表した。それを最初に告げたのはもちろん廉二郎だが反対はしなかった。
「はい、夏までトレーニングと調整、以降はフランス入りして凱旋門賞に備えるつもりです」
記者の質問に淡々と答えるカネツエックス、堂々としたものだ。
凱旋門賞後に引退、それを告げられた時のこと。トレーナー室。
「分かった。ちょうどいい退け時と言えるだろう」
「ありがとう、認めてくれて」
「で…念のため訊くが君は引退後どうする?」
凱旋門賞が終わっても、トレセン学園での生活は半年ほど続く。
「大学受験に備えるつもり。あと最上級生としてグランドライブの準備も色々としなければならないし」
本年度は東京、中京、阪神のレース場でグランドライブが行われる。
「グランドライブの準備は受験に差し障りない程度に。で、どこの大学を受けるんだ?」
「アクア先輩と同じく京都大学です」
難関大学だが、カネツエックスの学力なら問題はないだろう。彼女は学業の成績もよい。
「将来のことは大学で色んなことを学んで考えたいと思う。せっかくトレーナーから語学力を授かったのだし、世界中をまわる旅もいいかもと考えているよ」
「そうか、そういうのもよさそうだな。とにかく今は凱旋門賞に備えよう」
「はい、よろしくお願いいたします」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
凱旋門賞、カネツエックスは三着に留まった。一着モンジュー、二着リガントーナ、フランスのウマ娘二人は『次に会った時は勝って返す』を果たした。
そして、この三人が中央ステージに立ってウイニングライブで歌った『L’Arc de glorie』は大きな感動を呼んだ。カネツエックスは流暢なフランス語で歌い、センターのモンジューを食っていたくらいだった。それを観客席で観ていた廉二郎とライトハロー、ライトハローは涙ぐんで聴いていた。そして
「あなた、これの日本語バージョンを次のグランドライブで披露しない?」
「俺もそう思っていた。フランスのURAに許可もらえるかは分からないけど」
「それは私の仕事よ。任せておいて!」
このステージが終われば、ウマ娘としてのカネツエックス育成は終了、巣立って行く。廉二郎は『寂しくなるな』そう心でつぶやいた。
そして時は瞬く間に過ぎ、カネツエックスがトレセン学園を卒業する日が訪れた。
「トレーナー」
「カネツ、卒業おめでとう」
桜舞うトレセン学園校門、二人は別れを惜しんでいた。
「忘れられない学園生活になったよ」
「元気でな。だけど困ったことがあれば、いつでも相談するんだぞ。俺はカネツエックスのトレーナーなのだから」
卒業証書が入った筒を持ち、廉二郎から立ち去る時、カネツエックスは振り向いた。目には涙が。
「カネツ…?」
「お慕いしております…。廉二郎さん…」
「……」
「カネツエックスは氷室廉二郎さんを心から愛しています」
「…ありがとう」
最後、深々と頭を下げて、カネツエックスは去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学園は春休みに入ったが、教員かつトレーナーである廉二郎は色々と仕事がある。
理事長室に呼ばれた廉二郎、たづなも同席している。そのたづなが
「氷室トレーナー、新年度より三人のウマ娘を担当して下さい」
「分かりました。ずっとカネツ一人だけの育成をやらせてもらったのです。彼女が巣立ったあとは複数と考えていました。しかし…例年では入学してきたウマ娘をトレーナーの方でスカウトというやり方でしたが、その言いようだと」
「その通りです。今回そのスカウトの必要はありません。学園が指定したウマ娘三人を育成してもらいます」
「うむ、氷室トレーナー、その三人のウマ娘は『みちのくウマ娘ランナーズクラブ』出身なのだが東北のアンダー12の大会を総なめにしているほどの逸材なのだ」
理事長が添えた。
「あの名門クラブの…。東北は激戦区、すごい戦績ですね」
「で、晴れてGⅠトレーナーになって、かつ凱旋門賞上位三傑を果たした君に、この三人の担当をしてもらおうと思った次第だ。チームも旗揚げして良いぞ」
今まで廉二郎はチームを結成したことが無い。
「分かりました。新年度より、そのウマ娘三人とチームを旗揚げして育成に当たりたいと思います」
そして迎えた新年度、入学式には希望に胸を膨らませる新入生たち。
入学式を終えると新入生たちはすぐにターフへと。スカウトを待つためだ。
しかし、廉二郎は先の内示の通り担当するウマ娘はすでに決まっている。今季からチームを旗揚げしてウマ娘を育成する。チーム名はとりあえず保留だ。担当するウマ娘たちと相談してから決めたい。
学園から与えられた部室を丁寧に掃除している廉二郎の元に三人のウマ娘が歩いてきた。
「ひっ、氷室トレーナーですか?」
「はい、私が氷室…」
廉二郎はウマ娘三人を見るや箒と塵取りを落としてしまった。その三人のウマ娘たちは廉二郎を見て大粒の涙を流していた。
目の前に在る光景は夢か、廉二郎は思った。いや夢じゃない。
「「「レンジ…」」」
「マニッシュベイ…。ワグナード…。トロンテスタ…!」
「「「レンジーッ!!」」」
「生きていたのか、みんな!」
三人のウマ娘たちは一斉に廉二郎の胸に飛び込んだ。忘れるはずがない。異世界ラーズで苦楽を共にしたウマ娘たち。
魔王打倒後は武装を外してウマ娘のレースとライブをやると決めたものの、それは叶わず王国は人間同士の戦争に突入、戦争に疲れ果てていたころ蔓延していた疫病に感染、格闘王マニッシュベイ、聖槍士ワグナード、大盾士トロンテスタ、勇者レンジの仲間たちは死んだ。死の間際、意識が朦朧とするなかレンジが言っていたことを思いだした。
“俺のいた世界にいるウマ娘たちは駆けっこの一番を真剣に取りに行っている”
“レースが終わったら、ウマ娘たちはステージに立って歌うんだ”
それをやりたかった。駆けっこで一番になりたかった。そしてステージに立って歌いたかった。
だが、その願いが通じたか。彼女たちは死後日本の東北に転生した。今は別の名を名乗っている。
格闘王マニッシュベイはジュエルルビー、茶褐色の肌、黒髪のツインテールがよく似合う美少女。前世のマニッシュベイは短髪だったからこだわりを感じる。
聖槍士ワグナードはディスティネイト、亜麻色のミディアム、透き通るような白い肌、金色の瞳が美しい。
大盾士トロンテスタはリボンララバイ、ラーズでは公爵令嬢でありながら二メートル近い巨躯で筋骨隆々であったが、今は普通の年頃のウマ娘の体躯だ。白い肌と薄紫色の長い髪がよく似合う。
みな魔王ザナッハ打倒時より、だいぶ若い姿だが廉二郎は一目で分かった。かつて背中を預けた仲間たちなのだから。
三人のウマ娘を泣いて抱きしめる廉二郎、こんな光景を見られたら一発アウトだろうが幸いに部室の中、誰にも見られず四人は奇跡の再会を喜び、涙を流した。
「スレイバーンもいるぞ」
そう言うと三人はびっくり。急ぎ彼女のいる老人ホームに連絡をしてアポを取った。
廉二郎はその日のうちに三人を連れてライセイオーが暮らす老人ホームに。
廉二郎との対面と違い、ラウンジではなく自室に。ライセイオーは三人のウマ娘を見るや泣き崩れた。それはウマ娘たちも同じだ。四人は号泣して抱き合った。
廉二郎もまたその光景を見て涙ぐむ。
ようやく再会の喜びから落ち着き、三人のウマ娘はトレセン学園に入学し、廉二郎がトレーナーに就くと知るやライセイオーはとんでもないことを言いだした。
「こんな所で隠居生活なんぞしていられるか、レンジ、私もトレーナーやるよ」
さすがに冗談かと思った。
「ははは、何言ってんだ。お前いくつだよ」
勇者パーティー勢揃い、異世界ラーズで旅をしていた時のような気心の知れた話し方となっている。
「女に歳を訊くんじゃない阿呆が。それに歳なんて関係ないね。あたしゃ、こいつらに凱旋門賞取らせる!」
「お、おい」
「今のトレセン学園理事長は秋川の孫娘だよな。うん、ゴリ押しできる」
三女神と並ぶ生きた伝説の名ウマ娘ライセイオーの名前は今もって絶大だ。URAもそう強くは出られない。と言うより逆らえない。『トレーナーやらせろ』と言われれば理事長の秋川やよいでも拒絶しきれるかどうか。大騒ぎになる。メジロ家の長老がトレーナーになると言い出すようなものだ。
「ちょっ、ちょっと待て、俺がお前の孫にどんだけ怒られると思っている!」
「女房の機嫌くらい自分で何とかしろ」
「「「ええええっ!」」」
「……え?」
「「「レンジ、結婚しているの!?」」」
「ええまあ…。こいつの孫と」
ライセイオーを指した廉二郎を見て明らかに落胆したジュエルルビー、ディスティネイト、リボンララバイだった。
「レンジ一人に任せられるか。誰がなんと言おうが私はトレーナーになる!」
「嘘だろう…」
「よーし、レンジ、早速トレセン学園に戻ってトレーニングだよ!」
ジュエルルビーが言うと他のウマ娘も
「「おおーッ!」」
と応える。ライセイオーも一緒だ。その光景を見て
(変わらんな…。俺が困っているのを他所にウマ娘四人ではしゃいで聞く耳を持たない…。もう見られないと思った光景だ)
「どうしたのレンジ、トレセン学園に帰ろう」
涙ぐんでいるのに気付いたディスティネイト。
「…なに泣いてやがる?」
「いや、またこの光景が見られるとは思わなかったから」
その言葉にライセイオーとウマ娘たちは立ち止まった。懐かしい記憶、自分たち四人で盛り上がる一方、それを困った顔で見ている勇者レンジ、よくあった光景だった。
ニコリと笑ってリボンララバイが言った。
「これから、何度でも特等席で見せて差し上げますわ、レンジ殿」
公爵令嬢トロンテスタの転生リボンララバイ、異世界ラーズの時に見せた上品な口調で廉二郎に言ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
<エピローグ>
「バンドメンバー、ステージに上がって下さい」
次のグランドライブは呼ばれるか分からない、そんなことを思っていた廉二郎だが結局初回から現在に至るまでキーボーディストは彼が務めている。
ライブのプロデュースは産休明けのライトハローが務めている。廉二郎も何だかんだと二人のウマ娘の父親になった。
同じく現在に至るまでアクアリバーの会社『AQUA』がグランドライブのステージ衣装を制作している。今日はアニマアニムスらと共に氷室一門で観に来ている。
今回のグランドライブは一つの悲願が達成されて、ある曲が初披露される。
『L’Arc de glorie』の日本語バージョンを作らせてもらい、グランドライブで歌いたいとフランスURAに要望したところ、同局は拒否。この歌は凱旋門賞を勝利した者が歌える歌、安く見るなと。使用条件は日本のウマ娘が凱旋門賞に勝つことだった。
そして、それを成し遂げた者たちがいる。一着から三着が日本のウマ娘だった。現地でも見事なフランス語で歌い、そしてグランドライブにて日本語バージョンで歌う。日本語バージョンの歌詞は廉二郎作だ。
奈落で開演を待つのは、その凱旋門賞で一着から三着だったウマ娘たち。
ジュエルルビー、ディスティネイト、リボンララバイ、四着のヴェニュスパークを大きく引き離して、三人のウマ娘大接戦、普段は穏やかで可愛らしい顔立ちの彼女たちが最終コーナーから鬼の形相だった。仲間だからこそ負けたくない。三人の意地がぶつかり合った結果、ハナ差でジュエルルビーが一着を取った。
一着から三着が日本のウマ娘と言うのは史上初の快挙だった。その快挙を成し遂げたウマ娘三人をステージに送り出すのはサブトレーナーとして彼女たちを支えたライセイオー。
「お前たちの晴れ姿を観られるのは、これが最後かもな…」
年寄りくさいことを言う。リボンララバイは吹きだし
「ご老体、昨年も同じことを仰いましたわよ。もう騙されませんわ」
笑いあう四人、二着だったディスティネイトは
「いいかい、ジュエル、今回はセンター譲ってやる。だが来年はセンター立てると思うなよ」
「はいはい、まあ来年は影すら踏ませないけどね」
「抜かしやがったな、こいつ」
「盛り上がっているところすみませんが来年の凱旋門賞は私がいただきますわ」
アクアリバーが後輩の彼女たちに作った勝負服もまた映えている。
各自前世の正装に近いものを自ら絵に描いてアクアリバーに願い出た。格闘王マニッシュベイの生まれ変わりジュエルルビーは武闘着、聖槍士ワグナードの生まれ変わりディスティネイトは槍術使い伝統の道着を『AQUA』の服飾技術を生かして、より豪華絢爛にしたもの。
大盾士トロンテスタの生まれ変わりリボンララバイは公爵令嬢らしいドレスをデザインしたが、アクアリバーはそのデザインを見て『ずいぶん大昔のドレスのようだけど』と言ったが、それでいいと。
何せ前世は二メートル近い巨躯で筋骨隆々だったトロンテスタ、体に合うドレスは無く、現世で叶えることに。古いデザインであるが『AQUA』で、むしろそれを美点とし疾駆に何の支障もない勝負服ドレスが完成、大満足のリボンララバイは胸に自分の誇りである盾のブローチを付けた。
スタッフが
「奈落、上がります」
ステージに並ぶ三人、ライセイオーは離れ
「さあ、楽しんできな!」
「「「おうっ!」」」
凱旋門賞のファンファーレから前奏に繋がる。奈落からステージに上がった三人のウマ娘、廉二郎の前に立ちスポットライトを浴びるジュエルルビー、ディスティネイト、リボンララバイの後ろ姿が。
勇壮な演奏をする廉二郎とバンドメンバー、三人は舞い、そして歌う。
舞台袖で、それを見つめるライトハローとライセイオー。
「お婆ちゃん、念願の凱旋門賞を取れたんだから、もう大人しく元の老人ホームに」
「嫌なこった。こんな面白い仕事を辞めてたまるかい」
「もお…。ひ孫までいるってのに」
「そんなことより見ていてやりな。お前の愛しい旦那の晴れ舞台でもあるのだから」
「そうね…。ああ、素敵」
キーボードを弾く廉二郎の姿にうっとりするライトハロー、ライセイオーも仲間の晴れ姿を観て
(惜しむらくは…あいつらと同じ時代に生まれ変わることが出来なかったということかね。一緒に走りたかったし、そして同じステージに立ちたかった。ま、あいつらの鬼コーチでいるのも悪くなかったがね)
異世界ラーズで死んだ四人のウマ娘が日本に転生し、廉二郎と再会した。
異世界ラーズで仲間として紡いだ絆が、この世界でも。
“レースが終わったら、ウマ娘たちはステージに立って歌うんだ。一着のウマ娘をセンターにしてな。ウイニングライブと言うんだ”
そして、ついに彼女たちは夢の大舞台に立ったのだ。
廉二郎はまた涙が出てきそうになった。こんなに涙もろいとは思わなかった。
「この奇跡と呼ばれる必然は」
「長く険しい旅路の先、届いた」
「「「栄光の門へとーッ!」」」
壮大な終奏に舞い、そしてダンッ!最後の決めポーズを取る三人に
「「ワアアアアアアアアアアアアアッッ!!」」
レース場が揺れるほどの万雷の拍手と大声援だ。ジュエルルビー、ディスティネイト、リボンララバイの目にはうっすら涙が。
(本当に特等席で見せてくれたな…。ありがとう!)
無事に大団円を迎えることが出来ました。もし外伝など閃いたら投稿したいと考えています。ゲームでもこちらのペンネームと同じく『遼介』と言う名前でプレイしています。チャンミなどでお会いした時はお手柔らかにお願いします。