異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
アクアリバーの肉体がレースに対応できるウマ娘として本格化を迎えた。
今日もターフで廉二郎のトレーニングメニューをこなしていく。
「本格化を迎えて、よりスピードが上がってきたな」
「はい『差しのコツ』というスキルも得られましたし」
「いいスキルを得たな。で、どうだった?今日も短距離と中距離を走ってもらったけど」
「はい、やはりマイルが私の脚質だと思います。何度模擬戦をしても短距離では差しどころが掴めないままレースが終わってしまいますし、中距離ではスタミナが持ちません」
「うん、アクアはいい先生に巡り合えたな。君を幼いころから教えてくれた先生に俺は感謝しかないよ」
「えへへ…」
「今日はこれからダンスのレッスンが入っていたね。クールダウンして上がりなさい」
「はいっ」
ターフを軽く走るアクアリバーの背を見つつ、廉二郎はその場をあとにした。
校舎内の自室に戻る途中、チームを立ち上げて早くも部室を確保した同期トレーナーがいた。スカウトしたウマ娘たちと部室入り口にチームの名が記された看板を取り付けていた。
「おめでとう、松本トレーナー、チーム旗揚げですか」
「ああ、氷室、ありがとう」
トレーナーにとってチームを旗揚げして部室を得ることはトレセン学園内外に実力を認められた証と言える。
「君はまだアクアリバーのみだが…彼女だけに集中してスカウトを怠るのは良くないぞ」
「ええ、分かってはいるんですけど…いっぺんに複数のウマ娘を育成できる力はまだありませんので、おいおいに」
「そんなのはやっているうちに身に付くものさ。ずっと一人だけじゃ、そのうち駿川さんに怒られるぞ」
「肝に銘じます」
いいウマ娘たちをスカウトしたものだ。同期トレーナーの眼力も中々だと思いつつ、その場をあとにした廉二郎。複数のウマ娘を育成できる力はないと言ったものの、実を言うと四人までなら現時点でも面倒を見られる自信はあった。異世界ラーズで四人のウマ娘と共に魔王を打倒したのだから。
校舎内を歩いていると前から一人で廊下を歩くウマ娘と会う。項垂れていて元気が無い。
「確か…アニマアニムスだったかな。アメリカからの留学生だと聞いていたが」
ついでに鑑定したところ【中距離A/ダート/差し】スキルは【ウマ込み冷静】【外差し準備】を有している。
容貌は濃い桃色のセミショート、左耳に水色と黄色のストライプリボンをつけている。
「どうした、赤点でも取ってしまったのか?」
「……?」
「ああ、アメリカからの留学生…。まだ日本語に不慣れか。『どうした、赤点でも取ってしまったのか?』」
と、廉二郎は流暢な英語で話しかけた。これは勇者のスキル【言語理解】である。廉二郎はどんな言語も流暢に話せて書くことも可能だ。
異世界ラーズでも地球同様に国ごとに言語が異なる。魔王打倒のための情報を得るためには必須のスキルだった。これもまた血のにじむような勉強と鍛錬によって身に付けたスキルだ。
アニマアニムスは、その流暢な英語に驚きつつも答えた。
『い、いえ、違います。入学してからしばらく経つのに全然友達も出来なくて…それでつい落ち込んでしまって…』
『ああ…。英語が話せるウマ娘は限られているものなぁ…』
『スカウトもされません。私からアピールしても英語だと避けられてしまって…』
『英語が話せるトレーナー…。樫本代理や桐生院さんは話せたと思うが…』
『はい、話は聞いてくれて走りも見てもらいましたが…』
(ああ、実力がないと判断されたか…。そりゃ、リトルココンやビターグラッセ、ハッピーミークと比べればなぁ…)
『あの…』
『ん?』
名札を見ている。『氷室廉二郎』という名前が読めないようだ。
『貴方はトレーナーなのですか?』
『ああ、そうだよ。今年から入った新人だけどね』
『私をスカウトしてくれませんか?友達が出来ないことは留学前からある程度は覚悟していたのですが、担当トレーナーが就かずに無為に時間を過ごすのは耐えられません…』
『いいよ、俺でいいのなら』
『え?』
あっさり引き受けたことに逆に戸惑っているかのよう。
『とりあえず、君と意思疎通が出来るだけでも他のトレーナーよりアドバンテージはあるだろう。それに俺はまだ一人しか担当していないからね』
『あ、あの…。自分で言っておいて何ですけど私は樫本代理と桐生院トレーナーにも見込みはないと判断されたウマ娘で…』
『失礼な言い方かもしれないが、最初から優秀なウマ娘を育てても面白くないよ』
『ありがとうございますっ!これから私の走りを見てもらえますか?』
『ああ、いいよ』
『ジャージに着替えてきます!』
再びターフに向かう廉二郎、途中でアクアリバーと会った。
「トレーナー、どうしてターフに?」
「ああ、ついさっき一人スカウトしたので走りを見ることにした」
「えっ、じゃあ私も…」
「いやいや、ダンスレッスンに行きなさい。デビュー戦後はステージに立つんだから」
すでにデビュー戦は決まっている。たとえドベでもバックダンサーとしてステージに立つ。出来ませんでは済まないのだ。
「はぁい…」
「あ、そうそう、アクア」
立ち去ろうとしたアクアリバーを呼び止めた。
「スカウトした子はアメリカからの留学生であるアニマアニムスと言うウマ娘だ。まだ日本語は話せないが、俺が英語を話せるから問題ない。それで提案だが…」
「はい」
「トレーニング中、限られた時間内だけアクアも英語で話してみないか?それだけでもだいぶ英会話能力が上がる」
「は?」
「たとえ君がどんな好成績を残すウマ娘になっても、いずれは引退して社会へ出ていく。その時に英語が話せる話せないでは大きく違…」
「おっ、教えてくれるのですか!英語!」
食いついたアクアリバー、もちろんトレセン学園の授業に英語はある。
しかし人間も中学高校で六年も英語を学びながらも英会話が出来ない者は大多数だ。トレセン学園の英語の授業内容もそう変わらない。どんな名ウマ娘でもターフを去って社会に出る。その時に英語が出来れば、どれほど心強いか。
「ああ、教えさせてもらえるか?俺は英語の読み書き出来るけれど人に教えたことは今までない。俺の修行も兼ねて頼むよ」
「はっ、はい!喜んで!」
よほど嬉しかったか、アクアリバーはスキップをして校舎へと。
ターフに着いた廉二郎、すぐにアニマアニムスもジャージ姿でやってきた。
『よし、さっそく軽く走ってみてくれ』
『はい、あの私は芝ではなく…』
『ああ、ダートだね』
『はい、故郷のランナーズクラブに属していた時、コーチに私の脚質はダートだと指示されました』
『よし、ではアップを始めて。体が温まったらマイルと中距離を走ってくれ』
『分かりました!』
『ああ、アップは俺も付き合うよ』
『えっ、一緒に走るのですか?』
『アップだけな、軽く走ろう』
『はい』
砂のターフをアニマアニムスと一緒に走る廉二郎、層の厚い砂地を走ると
『よく、こんな重いバ場をあんな速さで走れるな』
『ふふっ、でも日本のトレセン学園のダート場は整備が行き届いて走りやすいです』
一周走り、そして二周目に入ったころ
『トレーナー、私はアメリカのトレセン学園に落ちたんです。留学生と言えば聞こえはいいですけど実際はアメリカから日本に逃げてきました』
『言うのは心苦しいが、君はアメリカのウマ娘としちゃ小柄だ。アメリカの人たちがウマ娘のレースに望むのは体躯が大きく筋骨隆々なウマ娘たちが見せる迫力満点のレースだ。今の君ではバ群の中に埋もれて怪我をしてしまうのがおちだろう』
『建前ではウマ娘であれば身長体重に基準は設けられていないのに。でも、どうしても私はレースに出たくて母の故郷である日本に来ました』
『ではお母さんは…』
『はい、日本のウマ娘です。浦和レース場に属していたと』
『浦和!へえ、そりゃ偶然だ。俺の母も浦和レース場に所属していたんだよ』
『そうなんですか!?ふふっ、もしかしたら同じレース場でライバルだったかも!』
アップが終わり、軽いストレッチを始めたアニマアニムス
『トレーナー、私、ウイニングライブでセンターに立ちたいです』
『うん、もちろん目指してもらう』
『でも一つ問題が。私は日本語で歌えません』
『俺が日本語を教えるよ。一着から三着のトリオで歌うのがウイニングライブ、一人だけ英語で歌っては他の二人が迷惑だからな』
『よーし、頑張っちゃいますよ!最初はマイルでいいですね!』
アニマアニムスがアメリカからの留学生と言うのは私のオリジナル設定です。