異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
『make debut!』サイレンススズカがセンターを張って熱唱して踊る。二着のアクアリバーと三着のタクティカルワンはスズカの両翼につき、センターを押しのけて自分たちが目立とうというパフォーマンス。それにサイレンススズカが『ちょっと!』と怒りつつ、改めて三人が並んで歌い、舞う。
タクティカルワンは彼女自身が危惧していた通り『make debut!』の歌詞と踊りを完全に把握しきれていなかった。それに対して、やはりフォローをしたのはセンターのサイレンススズカを始めとする同じレースを走ったウマ娘たち。
タクティカルワンは一人一人に礼を言い、改めてレース中の愚行を詫びるのだった。
ウイニングライブは大成功で終演した。このライブはアクアリバーにとって初舞台だったが堂々としたものだった。
ちなみにトレーナーの廉二郎は舞台袖ではなく客席から観て、サイリウム両手にコールしていた。ウマ娘のレースとライブも大好きな男なのだ。
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「アクアちゃん!最高のライブだったよ!」
レース場からの帰り道、興奮冷めやらぬアニマアニムスが言った。
「ありがとう、もう何だろう、目の前に広がる光の海をみたら感動しちゃったよ!」
大興奮のアクアリバーとアニマアニムスだった。
「本当に今日、眠れるかなぁ!ふふっ」
交通事故で脚に大怪我を負い車椅子生活となったアクアリバー、走ることを諦めていたウマ娘、だが気が付けばサイレンススズカと勝負する場所に立たせられた。そんな彼女の背中を見て
「本当、最高のライブだったな。コールしすぎて喉が痛いよ」
「トレーナー!私、もっとレースに出て…次はセンターで歌いたい!」
「ああ、すぐにスケジュールを組む。アニーも来週にデビュー戦だ。次は君がステージに立つ番だ」
「はいっ!」
翌日、アニマアニムスが廉二郎のトレーナールームを訪ねてきた。
「あの、トレーナー」
「ん、どうした?」
「すいません、数学を教えて下さい。このままでは期末テスト、赤点を取りそうなんです」
トレセン学園の授業内容はウマ娘ならではのカリキュラムがあるが、国語数学英語など人間の学校と教育科目はそう変わらない。
そして人間の中学高校にある『赤点を取ったら部活動はさせない』が残念なことにトレセン学園にもある。教育方針は『文武両道』のトレセン学園、赤点を取ればレースに出してもらえない。
数日前に行われた小テストの結果を廉二郎に見せるアニマアニムス、目も当てられない点数だった。
「どうしてもっと早く言わなかった…」
「すみません、まず日本語をマスターしてからと思い後回しになってしまって…。今はもう数学の授業について行けず…。ぐすっ」
「分かった。今日は軽い調整をしたあと勉強をしよう。大丈夫、日本語もかなり早く上達したアニー、地頭はいいんだから」
「はい、あ、あの明日の祝日も教えてもらうこと出来ますか?」
よほど切羽詰まっているらしい。
「ああ、いいよ。さっ、とりあえずは軽い調整を始めよう。ターフに行くぞ」
「はいっ」
アニマアニムスは中等部の二年、ちょうど数学も難しくなるころだ。
廉二郎も忘れかけていた数学ではあるが、さすがは元勇者と言うところか。異世界ラーズにおいて数多の戦いで得た経験は賢さも上昇させる。難解な魔法理論も理解していた彼にとって中等部の数学など易しいものであった。
軽めの調整が終わり、アニマアニムスがシャワーを浴びている間に教科書を読んで教えられるほどになっていた。もしかしたら基礎からダメなのかもしれないと思い、中等部一年の教科書も図書室から引っ張り出して、そしてマスターした。その予想は見事的中した。
「中等部一年の数学からやり直す」
「ううう~、すみませーん…」
何度も記すが異世界ラーズにおいて戦闘の指揮を取っていた廉二郎は教え方が上手い。それはウマ娘の育成にせよ、勉強にせよだ。
地頭はよい、そう評した通りアニマアニムスは一度理解すると忘れない。中等部一年の数学ドリルをやらせたら合格基準の点数は取れた。
「よし、今日はこれまで。明日の祝日も、ここトレーナー室で午前午後勉強、その出来次第で夕方から少々負荷のあるトレーニングをする。使用許可は取っておくから」
「分かりました!ありがとうございますっ!トレーナー!」
「ん、今日はゆっくり休みなさい」
「はい!」
トレーナー室を出て行こうとするアニマアニムスだが
「あ、あの、トレーナー」
「ん?」
「トレーナーの教え方は本当に分かりやすいです。これなら赤点取らずに済むかも。明日もお願いいたしますっ!」
「ああ、明日もがんばろう」
トレーナー室を出て行ったアニマアニムス、廉二郎も帰り支度を始めた。
思い出した言葉がある。懐かしさに思わず笑みが
“お前の指導は分かりやすいな!”
異世界ラーズの仲間たちにも、そう言ってもらえたことを思い出す。戦闘は勇者が指揮を取る。パーティーを組んだ当時は戦闘後に『なんだ、さっきの作戦は!』と怒鳴られることはしょっちゅうだった。実戦で経験を重ね続け、ようやく仲間たちに認められるほどの指導力を身に付けたのだ。
(役に立っているな…。ラーズでの大冒険は。嫌なこともたくさんあったが今にして思うと得難い経験だった)
駐輪場に向かう途中
「氷室トレーナー、いまお帰りですか?」
「駿川さん、お疲れ様です」
「よかった。担当の二人のウマ娘から怖がられていることはないようですね」
「ええ、あの時の指摘は感謝しておりますよ」
「それと…」
「はい」
「アクアリバーさんには英語、アニマアニムスさんには日本語を教えていると聞きます」
「ええまあ」
「理由を訊いても?」
「アニマアニムスの場合は日本語を話せないのは不自由だろうし、英語を話せる私がトレーナーに就いたので指導するのが自然かと。アクアリバーに英語を教えるようになったのはアニマアニムスのついででしたが、レース引退後の財産になってくれればとも思ったからです。ターフを去ってからの方が人生は長いのですから」
「………」
「『トレーナーはウマ娘の人生を預かる』養成所で繰り返し指導されたことです。ならばターフを去った後も視野に入れておかなければと思った次第です」
「そうですか。理解しました。今後も続けて下さって結構です」
「はい、それでは」
駐輪場に向かう廉二郎の背を見つめる駿川たづなは
「ウマ娘として彼と出会いたかった…」
そうつぶやいたが廉二郎には聞こえなかった言葉だった。
翌日は祝日だったが、アニマアニムスと約束がある廉二郎はトレセン学園に出勤した。自転車をのんびりと漕いでいる。
廉二郎は現在独り暮らし、実家は北関東の片田舎で父母が住んでいる。異世界ラーズから帰還したあとも帰ってはいない。
アパートはトレセン学園からほど近い。トレセン学園は生徒の寮はあってもトレーナーの寮は無いのだ。自転車も学園からの貸与品を使っている。
駐輪場に自転車を置くと校舎ではなくターフへと歩いていく。
アニマアニムスが軽く走っていた。
「おーい」
「「おはようございますっ!トレーナー!」」
走っていたウマ娘は一人だけではなかった。
「おいおい、なんでアクアまでいるんだよ」
「私も数学がピンチなんですぅ!」
アクアリバーも中等部の二年生である。教える内容が同じことは幸いか。廉二郎に手を合わせるアクアリバーだった。
「チミたちね…。そう言うのもちゃんと俺に報連相してくれ。トレーナーに隠しても始まらんぞ」
「「はぁい…」」
軽く走ったあとにシャワーを浴びて、二人はトレーナー室へと。
室内に入るとアクアリバーとアニマアニムスは綺麗にお辞儀して
「「今日一日、ご指導願います!」」
「うん、教えさせてもらうよ。まずは朝食としようか」
「「はいっ」」
出勤前、廉二郎が調理したお弁当だ。昼の分もある。朝食はシンプルにニンジンサラダとクラブハウスサンドだ。虫の知らせか、多めに作っておいて良かった。アクアリバーたちは廉二郎作のニンジンサラダが大好き、ドレッシングはお手製、ニンジンサラダにピッタリ、野菜たっぷりの鶏肉クラブハウスサンド、いくらでも食べられる。胃袋を鷲掴みにされていた。
美味しそうに食べる二人を満足げに眺めている廉二郎、当の彼は握り飯だけだったが。
異世界ラーズで魔王打倒の旅路、野宿することも多かったが料理をしていたのは勇者レンジ、ウマ娘がどんな料理を好み、それを食べることで戦える体を作り上げていくのか知りつくしている元勇者の廉二郎なのだ。
朝食後、さっそく数学を教えていく廉二郎、アクアリバーは
「やっぱりと言うか…。アクア、君も一年生のドリルからやり直しだ」
「うう…。すみません…」
「頑張ろう、アクアちゃん!私もそこからスタートさせたんだから!」
「うんっ、頑張る!せっかく脚が治ってレースに出られるようになったんだもの!赤点なんか取ってたまるか!」
私も中学二年あたりに教わる三角形の合同条件と言うのが全然分からなくて苦労しました。テストに出されても答えが書けず、頭に来たので『俺が白と言えばカラスも白い。よってこの三角形は合同、以上!』と書いて、教師にこっぴどく怒られたことを覚えています。