異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します! 作:越路遼介
「唯一のスキルである『コーナー加速』に体がついていっていないな」
トレセン学園ターフで改めてブリッジコンプの走りを確認する廉二郎だが
「先の多重転倒、同じ逃げの戦法を取っていたサクラバクシンオーに差をつけられて、焦った状態でそのスキルを使ったことが理由かもしれないな」
「はい、思いっきり猛省しています」
「それじゃ展示する。『コーナー加速』を使った上手いコーナーリングは」
「て、展示!?」
「ああ、もちろん速さは君たちウマ娘には及ばないが見せることは出来るぞ」
廉二郎はバインダーとストップウォッチを置いて
「いいか、ブリッジ、君が有する『コーナー加速』のスキルはとても良いものなんだ。磨けば『曲線のソムリエ』という上位のスキルとなる。その体得も目指そう」
「はいっ」
廉二郎がターフを駆けてコーナーを曲がった。人間のランナーとしては速いがウマ娘にとってはスローもいい所、だからこそ動きを落ち着いて見ていられる。ブリッジコンプは
「も、もう一度よいですか」
「もちろんだ」
廉二郎は走りつつ
「ブリッジ、君は短距離だから、このスキルはもう最初のコーナーで使っていい。逃げならなおさらだ。第一コーナーから後続を引き離すつもりで使うんだ」
「はい」
二度の展示を見てブリッジコンプはコツを掴んだようだ。
「では、見て下さい」
「よし、俺は第一コーナーに立っているから指示通り、ここで使って見せてくれ」
「はいっ」
廉二郎の走行フォームで『コーナー加速』を使うと、スピードが一気に上がった。
短距離レース一本分走ったブリッジコンプは廉二郎の元へ駆けていき
「スキルを上手く使えたら、こんなに加速するなんて!」
「すごいな、二度見せただけなのに」
「えへへ」
「よし、なら今の走りを続けてスキルの練度を上げてくれ」
「分かりました!」
トレーニングを終えてトレーナー室に行くと、アクアリバーとアニマアニムスが宿題を頑張っていた。
「そろそろ目処がつくか?」
「「はいっ」」
入れ替わるように、今度はブリッジコンプが宿題にかかる。教科書とノートを広げつつ
「トレーナー、私にも英語を教えてもらえますか?」
「ああ、いいぞ。それじゃ次のトレーニング、もしくはミーティングから始めよう。一時間から二時間だけ全て英語だけでやり取りする。これだけでだいぶ違うから」
「はい、ありがとうございます」
「ブリッジ先輩、トレーナーとの英会話は本当に身に付くのでお勧めですよ」
アクアリバーはもう流暢に英語が話せる。文字にするのは少し時間を要するが。
「楽しみね。私はトレセン学園卒業後、海外のレース場に属したいと思っているから英語は必須だもの」
「「宿題終わり~!」」
二人とも数学と国語の宿題、廉二郎がチェックする。その間にアクアリバーとアニマアニムスはロッカー室へと向かい、ジャージに着替えてくる。
「だいぶ学力が上がったようだ。見ろ、アニーの漢字、日本人でもこんなに綺麗に書けるものではないぞ」
「本当ですね、つい最近まで日本語が話せず他のウマ娘とコミュニケーションが取れなかったなんて嘘みたいです」
「ブリッジ、さりげなくアニーを気にしてくれていたんだな」
「ええ、フォローしてあげたい気持ちはあったものの、その時の私は自分のことだけで精一杯だったものですから」
「そっか、ブリッジも勉強で分からないことがあったら俺に言ってくれ。高等部の勉強くらいなら教えられるから」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、俺はターフに行ってくる。一人にしてすまないな」
「いえ、むしろ落ち着きます」
「と…。さっき卒業後は海外のレース場に属するつもりと言っていたけれど、どの国だ?」
「フランスです」
「そっか、じゃあ英語のあとフランス語も教えるよ」
「えっ!話せるのですか?」
「ああ、話せるし、もちろん文字も書けるよ」
「ぜひっ!」
「ああ、いいよ」
そう言って廉二郎はトレーナー室を出て行った。その後ろ姿を見て
「本当に伯楽に出会えたわ…」
そう思い、ブリッジコンプは宿題に取り掛かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらく月日が流れた。廉二郎はアクアリバー、アニマアニムス、ブリッジコンプを担当するがチームは立ち上げず、地道に彼女たちを育成していく。
そして、残念ながらブリッジコンプはサクラバクシンオーに勝利出来ないままトレセン学園卒業を迎えることになった。ここは空港、フランス行きの飛行機に乗るブリッジコンプ、すでにフランス国内のレース場と契約済みだ。これもブリッジコンプの地道な努力、そして廉二郎の奔走によって成就したものである。
「君は本格化が遅かった。晩成型、これから開花する」
「はい、ありがとうございます」
空港に見送りに来た廉二郎、アクアリバー、アニマアニムス、別れを惜しむ二人の後輩、妹のように愛おしい。三人で抱きしめ合う。
「トレーナー」
「ん?」
「貴方はレースだけではなく、英語とフランス語を始め、様々な知識を私に教えてくれました。上手く言えませんが…例えウマ娘のレースに勝利できなくても人生のレースに勝利できる…。そんな自信となる知識を私にくれました。本当に感謝しています」
「それがトレーナーの仕事だ。ブリッジ、君のフランスでの成功を心から願っている」
「はいっ、アクア、アニー」
「「ぐすっ、はい」」
「私たちは本当に恵まれているの。お金は使えば無くなるし、時に卑怯な奴から奪われる時もある。でも知識は宝、誰も奪えないし使えば使うほど磨かれる。学園卒業までレースを通してトレーナーから、うんと学びなさい」
「「はいっ!」」
そうしてブリッジコンプは廉二郎の元から巣立った。後の話となるが、これから数ヶ月後、ブリッジコンプがフランスの短距離GⅡレースで見事一着となった。流暢なフランス語で勝利者インタビューに堂々と答える様子は日本でも話題になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すまなかった!ついに君たちを勝利者に出来なかった!」
アクアリバーとアニマアニムスがトレセン学園卒業の日、トレーナー室で廉二郎は二人に詫びた。不甲斐ないトレーナーですまないと。慌ててアクアリバーとアニマアニムスは廉二郎に頭を上げてくれと言う。
「トレーナー、貴方の責任ではありません。私たちに実力が無かったのです」
「アクアちゃんの言う通りです。私とアクアちゃん、トレーナーをGⅠトレーナーにしたいと思っていたのですけど…ダメでした」
しかしながら、オープンリーグやGⅢレースにおいて、ほぼ二着から五着に入賞はしたのだから、けして実力が無かったわけではない。彼女らと同じ時代にサイレンススズカやコパノリッキーと言った実力者がいたことが不運だったのかもしれない。
アニマアニムスは卒業後アメリカに帰国して名門大学に入る。レースからは完全に引退だ。大学卒業後はおそらく父の経営する会社で働くことになるだろうと。アニマアニムスは現在七ヶ国の言語に通じている。娘であることを抜きにしても喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
アクアリバーもレースから引退し、京都大学に入学することが決まっている。これも中等部のころから廉二郎に勉強を教わっていた成果だ。ちなみに彼女も七ヶ国の言語に通じている。アクアリバーとアニマアニムスは中等部三年、そして高等部の三年間、学業成績が常に一番と二番だった。
レースには勝てなくても学業ではトップだったのである。
「ブリッジ先輩の言っていたことが、よく分かります。たとえウマ娘のレースに勝てなくても、人生のレースに勝てる、そんな自信が持てるようになりました。私たちにとってトレーナーは最高の名伯楽です」
「私もアクアちゃんと同じ思いです。トレーナーに会えてよかった。教えられた知識は私の今後の人生で宝物です。本当にありがとうございました」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
涙が出てくるほど嬉しい教え子の言葉だった。トレーナー室から去った二人、しかしアクアリバーだけ戻ってきた。
「トレーナー」
「ん、どうした。忘れものか?」
「…いえ、廉二郎さん」
「……!?」
アクアリバーの瞳から大粒の涙が溢れていた。そして
「私の脚を治してくれてありがとう、また走ることが出来るウマ娘にしてくれてありがとう、ご恩は一生忘れません」
知っていたのだ。本当は廉二郎に何も告げずに去ろうとしていたが堪え切れなかった。どうしても礼を言いたかったのだろう。
驚いた廉二郎、とぼけようかと思ったが目に涙を浮かべて礼を言う教え子を前にそれは出来なかった。
「…どういたしまして」
最後に深々と頭を下げてトレーナー室から出て行ったアクアリバー
静寂のなか、廉二郎は
「礼を言うのはこっちだ、アクア…。ありがとう」