異世界から帰還した元勇者、モブウマ娘を育成します!   作:越路遼介

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本日から一話ずつの投稿とさせていただきます。


第九話 イッツコーリング

ブリッジコンプの才幹はフランスで開花し、優秀な成績を収めて引退した。その後に日本に帰国し、久しぶりに廉二郎と再会した。トレセン学園ほど近くのファミリーレストランにて

 

「そうですか、アクアとアニーはトレセン学園を卒業、レース引退と」

「一度くらい勝たせてやりたかったが…俺の責任だ」

「でもアクアとアニーはそんなこと考えていないのでは?」

「まあ、本人たちはそう言ってくれたけど…。アクアは最後のレース五着、アニーは二着だったがコパノリッキーに大差をつけられて惨敗だ。二人とも大泣きしていたよ」

「リッキー相手じゃ、しょうがないではないですか」

「まあ、それもそうなんだが…」

苦いコーヒーだった。やはりトレーナーはレースを勝たせてナンボだ。

 

「ウマ娘にとっては悔し涙も宝物ですよ。私もサクラバクシンオーにとうとう勝てなくて涙を流しましたが、その悔し涙がフランスでの成功に繋がったと思っています。アクアとアニーは流した涙を無駄にしませんよ」

「そう願いたい。君が言った『人生のレースに勝つ』そうなってくれれば」

「で…今は担当しているウマ娘は誰もいないと?」

「ああ、新年度に入学してくる子をスカウトするよ」

「その新年度から担当するウマ娘は才能溢れる子にする気ですか?」

「いや、たとえ学園側から低い評価をもらおうが、やはり最初から優秀な子を育てても面白くないからな」

「もう、そんなこと言っていると首になりますよ」

「首か…。どうしようか」

「あれほど外国語に通じているのですから通訳とか翻訳の仕事が出来るのでは?」

「うーん、やはりウマ娘に関わる仕事がしたいんだよな。まあ、首になったら考えるよ。ブリッジ、君はこれから?」

「医大に入って、ウマ娘専門医になります」

「ああ、そういえば昔、そんなこと言っていたな」

「はい、トレセン学園時代にトレーナーからある程度のウマ娘医療を教わりましたし、フランスでも勉強は続けていました。すでに医大には合格済み、私も何だかんだトレーナーと同じ、ウマ娘に関わる仕事がしたいのです」

「そうか、数年後は名医となって、色々と俺の担当ウマ娘たちをフォローしてくれると嬉しいよ」

「任せて下さい。その前に首にならなきゃいいですけど」

「ははは」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

トレセン学園は春休みに入っている。実家に戻らず寮に留まり、ターフで汗を流しているウマ娘たちも多い。観客席から、それをぼんやりと眺めていた廉二郎だがスマホのLINEにメッセージが届いた。駿川たづなからだった。『理事長室に来られたし』とのことだった。

「来たか…」

理事長室に訪れた廉二郎、ドアの前に立ちノック

「トレーナーの氷室です」

「入れ」

理事長秋川やよいの声だ。

「失礼いたします」

 

理事長室内のソファーに座るよう促された。駿川たづなも同席する。理事長は廉二郎の前に座り

「失望」

「……」

「正直言うと、君は期待外れのトレーナーだった」

「申し訳ございません」

「三名のウマ娘しか担当せず、途中からは二名だけ。戦績こそ悪くなかったが全員未勝利で終わった」

「はい」

 

「だが、その一方で君の担当したウマ娘は学業でトップを維持し続けた。しかもアクアリバーとアニマアニムスは七ヶ国もの言語に通じていると聞く。教えたのは君と聞くが、それは本当か」

「本当です」

「どういうつもりで、そんなレースに関係の無いことを教えたのだ」

「レースを引退してからの方が人生は長いわけですから、あの娘たちの将来の武器になればと」

「……」

「重賞レースに幾度も勝利したウマ娘が、引退後も過去の栄光を忘れられず、その後の人生で道を違えた事例は一つや二つではありません。理由は簡単です。そのウマ娘はレース以外何も出来なかったからです」

「そうか、担当ウマ娘がレースを引退したあとも視野に入れて育成していた。そう言うのだな?」

「はい」

 

「ここまでは、たづなに聞いていた通りだ。だが氷室トレーナー、トレーナーはウマ娘をレースで勝利させてこそだ。家庭教師を登用した覚えはない」

「は、はい…」

「君は今、担当ウマ娘がいない状態だ。新年度が始まればスカウトをして新たなウマ娘を育成する。その時に君は再び、担当ウマ娘に言語の指導を行うつもりか」

「望まれれば行うつもりです」

「氷室トレーナー!」

駿川たづなが諫める。

「言語の指導のみならず、その子の将来に役立つと思う知識は教えるつもりです」

「……」

「教えて欲しいと言われれば指導者として断ることは出来ません」

 

「新年度から君をトレーナーから外す」

「……」

「学園の英語教師を務めよ」

「……は?」

「免許は持っているのだし」

ウマ娘を育成するトレーナーの資格には教員免許も付与されている。ただし人間の児童や学生の教師にはなることは出来ない。ウマ娘の教師にしかなれない。

 

「た、確かにそうですが…」

「クラスは任せない。中等部と高等部の英語教師として在ればいい」

「せ、せめて一名だけでも担当させて下さい。トレーナーとしての知識と経験を途絶えさせたくないのです。そのうえで英語教師として務めさせていただきます!」

「一名だけな…」

「それなら…」

駿川たづながタブレットを取り出して資料を見せた。

 

「新年度から高等部二年に上がるウマ娘です。名はイッツコーリング、本格化を中等部二年の時に向かえて、恵まれたバ体なのですが、気が強いうえ協調性が無くトレーナーやチームメイトと上手く行かず現在は無所属、今に至るまで未勝利です」

「これは扱いにくいウマ娘であるぞ。氷室トレーナー、どうか」

かつて『ウマ娘として氷室廉二郎に会いたかった』とたづなは思った。理事長に失望と言う評価を受けた今もその気持ちは変わらない。廉二郎なら、そんな不良債権ウマ娘を化けさせるのではと見込んでだ。

 

「喜んで、その娘を担当させていただきます」

「うむ、では、そのウマ娘を育成することを許す。トレーナー室もそのまま継続して用いるがよい」

「ありがとうございます」

「ただし結果は出せ。イッツコーリングが未勝利のままトレセン学園を卒業するようならば、今度こそトレーナーは辞めて教師に専念してもらう。よいな?」

「承知しました」

 

 

当のイッツコーリングは帰省中だ。いま会うことは出来ない。春休み明けにスカウトすることを決めた廉二郎、残りの春休み期間中は他のトレーナーの補佐等をして過ごした。

 

春休み残り一日、トレセン学園最寄り駅である府中駅へ訪れたところ

「おっ、府中駅構内にストリートピアノが設置されたのか」(※本作のみの設定)

元々廉二郎は幼少のころからピアノ教室に通っていた。中学生のころは地域の大会で賞も取っている。そして異世界ラーズにもピアノはあった。地球と構造は全く同じだった。仲間の大盾士トロンテスタが王国一のピアニストでもあったので教えを請い、やがて音楽が特技化した。

このスキルは音楽家として特化したものでラーズはもちろん、地球にも存在する楽器全て上級プロ並みに演奏できてしまうスキルだ。

 

「そういえば日本に帰ってきて以来、ピアノなんて弾いていなかったな」

トレセン学園の講堂にあるが弾いたことは無かった。だが、今は弾いてみる気になった。ピアノに着いた彼は

「よし『うまぴょい伝説』を弾いてみるか。アクアとアニー、URAファイナルで勝利してセンターで歌うんだと言っていたな」

 

『うまぴょい伝説』を弾く前に日本ダービーのファンファーレを演奏、そこから『うまぴょい伝説』の前奏へと繋げていく。駅構内を歩く人々が足を止めて、ピアノを弾く廉二郎を見つめた。いつの間にか多くの聴衆に囲まれていた。手拍子をする人、そして今日トレセン学園の寮に帰るため駅を利用していたウマ娘数人はリズムを取って静かに口ずさんでいる。

 

演奏が終わると、盛大な拍手喝さい、廉二郎は聴衆に頭を下げたあと、ピアノの脇に置いてあった消毒用シートで鍵盤を拭こうとするが

「ああ、ちょっとアンタ『ビューティーランナー』弾けるか?」

それはギターバッグを背負ったウマ娘だった。長い金髪、金色の瞳、左耳に青いバンダナ、トレセン学園の制服がよく似合う。

「ずいぶん古いウイニングライブの曲だね」

平成前期のウイニングライブ曲だった。

「親父がよく聴いていてさ。それを聴いているうちアタシも大好きになっちゃって」

「弾けるよ」

「ほ、本当か、セッションしていいか!?」

だが、ストリートピアノの独占はよくない。二曲続けて演奏するのはルール違反だ。

廉二郎とウマ娘は一旦駅前ロータリーに向かい、ベンチに腰かけた。

 

「アタシはトレセン学園に通っている。たまに、この府中や隣の府中本町のロータリーでストリートやっているんだ」

「そうか、今まで知らなくてすまないな」

「というか、よく見ればアンタの顔を知っているな。ええと…」

「氷室廉二郎、トレセン学園のトレーナーだよ」

「ああ、顔と名前が一致したよ」

「アクアリバー、アニマアニムス、ブリッジコンプを担当した」

「ああ、学業の成績はものすごく良かったけれど、レースでは勝てなかった先輩たちだね」

「辛らつだな…」

「いや、今の言い方が悪かった。すまん。だけど一方で尊敬していたよ。アクア先輩とアニー先輩は七ヶ国語も話せると聞いてさ。アタシはレースも学業も中途半端だし」

「それは良くないな」

「あ、アタシの名前はイッツコーリング」

「やっぱりそうか、先日、君の写真を見たから、もしかしてと思った」

「写真?どういう理由でアタシの写真を見ることに?」

 

廉二郎はたづなと理事長とのやり取りを説明した。結果を残さないとトレーナーでいられなくなることは伏せて。

「おそらく君にも通達が来るだろう。氷室トレーナーに担当してもらうように、と」

「選択の余地なし、てことか。ああ、いいよ」

「そうか、よかった」

「だけど、アタシはアクア先輩とアニー先輩ほど聞き分けは良くないからね」

「ああ、それでいい。そろそろ行くか?」

「ああ、いいセッションしようぜ」

 

廉二郎は再びピアノに着く。イッツコーリングはギターを構えた。そして平成前期のウイニングライブ曲『ビューティーランナー』を演奏、この駅のストリートピアノは歌唱可、イッツコーリングは歌いだす。廉二郎びっくり

「何だ、すごく歌が上手いぞ」

同時にイッツコーリングは廉二郎のピアノに痺れていた。ぶっつけ本番のセッション、自分のギターに上手く合わせて、かつギターの技術が引き上げられていくような感覚、そして歌いやすい演奏、何でこんな音楽の才能に溢れた男がウマ娘のトレーナーなんてやっているのか不思議にさえ思った。

ストリートピアノの周りには多くの聴衆に溢れ、曲を終えると特大の拍手喝さいだった。二人揃って聴衆に頭を下げると、さらに盛大な拍手だった。

 

二人でトレセン学園に帰っていく。超ご機嫌のイッツコーリング、足取りも軽い。そして

「どこまでアタシの情報を仕入れている?」

廉二郎に振り向く。協調性が無く今までトレーナーとチームメイトと上手く行かず現在は無所属で未勝利のままと言うのは先ほど話した。彼女が言っているのはレースに出るウマ娘としてどう伝わっているのかと言うことだろう。廉二郎は闘気の応用で鑑定も出来る。

「芝、中距離、差し、スキルは【外枠得意】【読解力】【中距離コーナー】」

「そこまで知っているなら話は早いね。そう、中等部二年で本格化を迎えたけれど、それ以降は伸び悩んでいる」

「そのようだな」

「頼りにしているぜ、トレーナー」

「ああ」

「でも、たまには、今日のようなセッションしてくれよな」

「ああ、それはいいが、ギター背負って歩いていると言うことはバンド組んでいるんだろう?」

「…たづなさんから聞いたろ、協調性が無いと。そういうことだよ」

「ああ、すまんかった」




イッツコーリングが音楽をやっていると言う設定は私のオリジナルです。
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