Muv-Luv オルタネイティヴ インヘリティド 作:蒼山とうま
福岡市中央区に第三防衛戦の生き残りの捜索を行ったガルラント中隊は、新種の人型と既存のBETAによって構築された包囲網の中に取り残され、それを突破せんとしていた。現在は中央区から博多区に進出、経由し東区へ撤退中である。ガルラント中隊もとても統制を取れる状態ではなく、それどころではなかった。各々が保身のために動き、BETAの檻を突破せんと試みているだけであった。
魚鱗の陣のを組んでBETAの群れの中へ。三角形の形は吶喊には向いているが、一度動きを封じられれば後方がガラ空きなので後ろからどんどん喰われていく事となる。左右の末端もまた然りであり、三角形という形の形質上、横にどんどん広がるようになるために頂点を含め、各段の外側に位置する戦術機は被害に遭いやすくなる。それこそ、死番だ。今回の吶喊では機体数の少なさ故にガルラント中隊全機がその外側に位置していた。
道を鳳中隊長が切り開き、それを他の機体が続く。突撃砲で脳天を撃ち抜き、長刀でそのにくにくしいBETAの身体を叩き斬り、突破する。
やっとの事で異星生物の肉壁を掻い潜った。廃墟と化し、何処も彼処も黒煙を上げる福岡市街地はもはや陥落寸前でもあった。
「中隊長、残存部隊です。東北東、11時の方向」
三沢が目線を向けるその先には、撤退する軍用トラックと軽装甲車があった。
「味方部隊の撤退を援護、総員
「了解」
ガルラント中隊は、楔型に編隊を組むと限りある36ミリ機関砲と120ミリ滑腔砲の併用火器、87式突撃砲を構える。撤退する味方部隊は展開したガルラント中隊の後方3キロの地点を走行中。このままでは食われてしまう。
「来ました。目標正面数8000。距離約6000メートル」
「なんだあれは…。小型種ばかりではないか」
副長の江口が鳳中隊長に距離を伝える。迫り来ているBETAはどれも
「これなら殺れるんじゃね?」
ガルラント
「よくさっき本田が目の前で死んだのに言えるわな…」
コールサインガルラント
そんなことを話している間にも小型種BETA群は死をも恐れて居ないかのようにひたすらに突撃を敢行していた。
「全機兵器使用自由。ここで少しでも時間を稼ぐぞ!」
「了解ッ!」
一気に中隊全体に緊張が走り、それと共に切られた砲火から熱を帯びて打ち出された弾が
BETAは撃たれても尚、次から次へとその屍を越えて接近する。距離はまだ6キロ弱。BETAは交戦開始から僅か30秒ほどで100を撃破。残るは7900、30秒で撃破数が100、今のペースを維持出来ればあとこれを79セットすること、つまりは残り39分30秒でBETAを全滅させられる。
乱射で飛び出す36ミリの鉛玉は遥か先、5キロの
「120ミリ発射!」
120ミリ滑腔砲はいい感じにBETAに刺さり、辺り一面のBETAを巻き込みながら爆発四散する。
「120ミリ残弾4!」
「36ミリ残り6マグ!」
「味方部隊、博多区を離脱!東区第四防衛線に到着とのこと」
先程の撤退部隊がなんとか防衛線に到着にしたことにひとまずは胸を撫で下ろす。今度は我が隊が無事に第4戦術機大隊にたどり着けるかである。
「ゆっくり後退する!いいか、ゆっくりだ!」
臨時の防衛線を構築していたガルラント中隊だが残弾数も少なく、味方の撤退が完了したという報告をヘッドクォーターから受け、ゆっくりと撤退を始める。後ろからは時速80キロで迫る
「うわぁぁぁ!た、助けて!隊長、隊長ーーッ…!」
「ガルラント
森が叫び散らすが時すでに遅し。
しかし現実は常に非情だ。正面から着実に距離を詰めるBETAらに餌食になる者が一人、また一人と現れ始めた。
「うっ!?」
一匹の
「塚本軍曹!」
西園寺がそれを残り残弾少ない36ミリ機関砲を叩き込み振り払う。塚本は西園寺に対して端的にありがとう、と礼を述べて編隊に戻る。
「…っ!」
塚本軍曹は違和感を覚える。ふと思い、自機の損傷状態を確認する。自機の設計図モデルが画面左に映し出されると同時に、右後方の噴進装置が赤黒く塗り潰され、損傷していることに気づいた。塚本は隣を飛行する高砂に無線を繋いだ。
「高砂少尉…。どうやらもう、ダメそうです」
「なっ…!?」
高砂は急な告白に動揺し声を詰まらせる。動揺を隠せない彼に塚本は続ける。
「一つ我儘を聞いてください。これを、京都の衛士養成学校にいる私の彼女に届けてくださいませんか…?」
「お前の彼女にか?」
「はい。名は
そういい、機体をぶつかる程に近づけると、一度機体を止めてコックピットを一瞬だけ開け、自身のドッグタグを高砂に投げ渡した。すぐにコックピットを閉め、再び機体を動かし速度を上げる2人。
「…軍曹、本当にいいのか?」
「はい。どうせもう戻れませんから。身勝手さをどうかお許しください」
深々と画面越しに頭を下げる塚本の最期の願いを、高砂は首を横に振ることはできなかった。
自分の死が目前にまで迫ってきているのにこの落ち着き様。これが死を受け入れた人なのかと実感した。自分よりも2つほど年上、まだ若干19歳で死を迎えるのか。とても若過ぎる。と高砂は感じたが、それは戦場である以上仕方ないと心の中で割り切りそっと、胸の内にその気持ちを仕舞っておいた。
「中隊長、正面奥に新手。大型種の混合群です」
「まずは正面だ、正面に展開するBETAから駆逐しろ!大型種は最前線に来てからで構わん!」
突撃砲の砲火を切り、断続的に銃撃音を響かせる。
塚本はしばらく、必死に機体を制御して同速同高度で飛行し応戦していたがとうとう、右後方エンジンが爆発。一気に降下し、地面に叩きつけられるや否や、ガルラント中隊から置いていかれる形となった。
「鳳中隊長、塚本軍曹が…」
江口が静かに言葉を発するが鳳中隊長は、構わず抗戦を続行する、とだけ発する。
中隊長機のコックピットではあまりの悔しさに唇を噛み、血で口周りが真っ赤になった鳳の姿があった。鳳自身もできることならば見捨てたくはない。が、たった1機のために他の4機を危険に晒す訳にもいかなかった。彼自身にとっても苦しい決断だった。
「畜生がァァッ!」
大型種も合流し、モニターいっぱいに広がるBETAの中に取り残される塚本。36ミリの突撃砲を乱射し小型種のBETAの掃討に乗り移ろうとするが、突撃砲を腕ごと
「く、来るな!来るなぁぁぁぁぁ…!」
「塚本さぁぁぁん!」
振り返り叫ぶ高砂の目にはガルラント
「ガルラント
時すでに遅し。タッグを組んでいた西園寺が幾ら呼びかけようが、塚本軍曹が返答してくることは二度とないのだ。
塚本軍曹が死亡したあとも、一人また一人とBETAによって捕食されていく。無線越しに聞こえるその悲鳴と、セットでくる爆発音。鳳中隊長は隊員の死亡に一々構っている暇などなかった。しかし、高砂は違った。誰かがBETAによって撃破されるたびにその名を叫んだ。
「クソが、邪魔だっコノォ…!」
怒り狂ったガルラント
「あっ、おい西園寺!ポジション外すなバカァッ!」
隣で飛行していた蕪木が咄嗟に名を叫ぶが全く聞く耳も持たない。勇敢に突撃を敢行した西園寺は、一瞬で
「中隊長!このままでは押し切られます!ここは撤退を…!」
ガルラント
インターバル12秒、これを躱せば12秒は撃って来れない。近くにあった建物の瓦礫を遮蔽物にし各個、身を潜めた。青白い魔死の光がひっきりなしに身を掠める。ヒヤヒヤするような十数秒だが、幸いにも命中はなかった。
「これで大丈夫か…?」
蕪木が遮蔽物から身を出すと、一直線にあの光が向かってきた。蕪木は一言「え…?」と呟くと搭乗機の撃震のコックピットを貫かれてうつ伏せに倒れ、そのまま爆発した。蕪木は自身に何が起こったのかすら理解出来ぬままこの世から跡形もなく消え去った。
「おいおいおいマジか!」
森が蕪木機の爆発を見ながらひとり叫ぶ。
吶喊時、10機いたガルラント中隊も包囲網を一点集中で突破し、あの厚い肉壁を掻い潜った戦術機のうち既に5機が存在していない。つまりはBETAによって殺されたのだ。残っているのは鳳中隊長をはじめ、副長の江口、高砂、三沢そして森の5人だけで逆にBETAの餌食となったのは武田と塚本、西園寺、本田、蕪木だった。
「鳳中隊長、指示を!」
江口が叫んだ。その口から発せられる機械的な雑音混じりの声は、鳳中佐に迷いの時間はないという事を理解させる。鳳少佐は一士官として、中隊長として誤れない判断を迫られる。
12機のうちの5割、つまりは6機が撃破されることは部隊の壊滅を意味する。吶喊前に死亡した中村、神木を含めると既にガルラント中隊は7機が撃墜、または衛士が殺害されており、ガルラント中隊の損耗率は約58%であり、この数字から分かるように、部隊の戦闘継続能力は事実上消滅していた。これ以上別動隊としてガルラント中隊を動かしても全滅は確実であり、これ以上部下をむざむざと犬死させるわけにもいかない。
鳳少佐は侵攻方向に立ちはだかり、それを遅らせるためにBETAを自身の戦術機、擊震に搭載されている36mm口径の87式突撃砲で駆逐しながら隊の今後の動きを模索する。何とかその場を切り抜けたとしても、背筋が凍るような醜い姿のBETAは彼らを捕らえんと執拗に追ってくる。戦術機の足なら振り切れないことは無いが、ここで振り切ってしまえば、それまでガルラント中隊が請け負っていたBETAたちが別部隊に攻撃し始める。そうなれば他部隊への負担も大きくなり、損耗率がグンと跳ね上がる事になってしまう。そこに攻撃三倍の法則も加わり守り側は圧倒的に不利だということがより強調される。
台風の影響で波は
せめて部下だけでも助かれば──中隊長の鳳は、一つの無線で考えをまとめた。
「こちら宮部、現在師団規模のBETA群と交戦中。至急援軍を要請す。繰り返す、現在師団規模のBETA群と交戦中。至急援軍を要請す」
大隊長、宮部からの応援要請だった。師団規模となるとその数は少なくとも一万。最悪の事態を想定するならば一万のBETA群が複数師団規模いる。仮に5個師団分だとしても最低5万体のBETAが存在しているということになる。それを立った660余の戦術機で抵抗しているというその事実は、予想を遥かに上回る状況の深刻を暗示し、同時に第7福岡方面軍全体を揶揄するかのようであった。しかも、第4戦術機大隊に所属するその大半の衛士は着任したての新兵。壊滅しているガルラント中隊よりも対峙している事態は由々しいものであった。
「全機に継ぐ。ガルラント中隊はこれより第4戦術機大隊本隊と合流しBETAを殲滅する、全機全力撤退!」
「了解!」
ガルラント中隊の5機は第4戦術機大隊本隊と合流すべく、機体を左へと傾ける。
コックピットにあるカメラ映像の左上に映し出されるレーダーには、自機を示す緑の点の後ろからは数十、あるいは数百かと思うほどのBETA群が追跡してくる。人という存在があるならば、その場所を目指してマグロのように動き続ける。それがBETAという存在だ。
鳳中隊長は、ヘッドクォーターに中央区に存在していた守備隊の壊滅と、中隊規模のBETAが東区へ接近中と通達した。それに加え、彼は端にオペレーターに対し、「BETA群内に
「了解」
鳳中隊長は、ガルラント中隊の列機たちと共に東区に存在する第4戦術機大隊の前衛部隊と合流。同地点にいるBETAの掃討任務に入った。
その頃、福岡第7方面軍司令部、ヘッドクォーター指揮所内では指令が入り乱れている。被害報告が上がっている時でもあり、戦闘部隊に対しての指示を下している時でもある。指揮所は文字通りの雑音で入り乱れていた。
「第2戦術機中隊は南区まで退避、第6戦術機中隊は第2戦術機中隊と入れ替わりで東区第2警戒ラインの防衛に向かってください」
「第34戦車中隊は最前線へ移動、交戦を開始せよ」
「アーマルド中隊全滅!ダガー中隊残存戦力残り6!」
「第124歩兵連隊は防衛ラインまで撤退し補給を受けてください」
「西方、飯盛山北部500メートルの地点にBETA
「全部隊を第四防衛線まで撤退させろ!その際に遠隔操作の地雷の敷設を忘れるな、急げ!」
福岡市内の戦場から後方に33キロ離れた久留米市にある日本帝国軍の基地、久留米基地。そこのヘッドクォーターに所在する早瀬副司令は辻司令の命令を待たずして全部隊の第四防衛線まで後退するように指示を出した。原因は第一戦車軍団を筆頭とした各機甲師団の損耗率が一気に跳ね上がったこと、主力部隊である第2機械化歩兵師団並びに第5歩兵大隊が壊滅したことだった。
「全部隊は第四防衛線に撤退、撤退時に地雷を敷設せよ繰り返す。全部隊は第四防衛線に撤退、撤退時に地雷を敷設せよ」
たった3日の戦闘。4日目に突入したのだが、昼夜問わず行われる侵攻により防衛部隊は疲弊しきっており、このままの多大なる被害を毎日出しながら長引く戦闘を継続しなければならないのならば第7福岡方面軍の全滅も必至であった。
「ヘッドクォーターより第4戦術機大隊大隊指揮官、フォクストロット
「──フォクストロット
「了解、先導は任せましたよ。大隊長」
「副大隊長、フォクストロット
京極大尉の指示を受け、第4戦術機大隊は機体を180度反転。ガルラント中隊を除いた第4戦術機大隊は第四防衛線までの撤退を開始。その後ろを無数の
防衛線に既に展開済みの兵士たちは、戦術機がいるせいで90式戦車の砲撃も、歩兵携行式多目的ミサイルのFGM-148ジャベリンと99式軽対戦車誘導弾(01式軽対戦車誘導弾のような対戦者誘導弾)を併用したミサイル発射も、誤射の危険性がありコマンドポストから許可が降りなかった。
「防衛部隊は何してんだ、何でBETAが居るのに撃たない!?」
「
一人の第4戦術機大隊の衛士が切れ気味に声を上げ、それに対して冷たい声で京極大尉が返す。自分ら戦術機大隊のせいでまともに狙えないのだろうが、せめて小銃程度は撃ってほしいと思った。
第4戦術機大隊の戦術機は御笠川を越えたところに張った第四防衛線の最前線を越えると素早く機体を捻り、装備していた36ミリの突撃砲と120ミリ砲を発射する。砲弾が着弾すると共に、先行していた無数の
「後方安全確認よし、発射ッ!」
最前線に展開していた日本帝国陸軍第89歩兵中隊も99式軽対戦車誘導弾や86ミリ無反動砲を放ち、それに続くように同じく日本帝国陸軍第108砲兵連隊も120ミリ迫撃砲RTと155ミリりゅう弾砲M1と105ミリりゅう弾砲M2A1と第7福岡方面軍が保有している火砲を全面的に運用し、BETAの侵攻を食い止めんとありとあらゆる榴弾を発射、面制圧に乗り出す。
「仰角合わせろ!」
「合わせました!」
「砲弾装填よし!」
「撃てぇっ!」
空へと向けられた鋼鉄の弓から放たれ、放物線を描くように飛翔し落下する砲弾が炸裂するや否や、着弾地点には大小無数のクレーターができ辺りにいたBETAを粉微塵に吹き飛ばす。絶え間なく撃ち出される砲弾と、砲声で地面を左右に大きく揺らす。戦術機も無論大きくゆらされた。
「さすがは砲爆屋…。中々気合いが入ってますね」
「俺らのエモノも喰われちまうんじゃねぇの?」
突撃砲で迫り来るBETAを駆逐しながら二人の衛士が談笑しているのが聞こえる。
「無駄口叩く暇あるなら、目の前にいるBETAをお前らで全滅してきてもらおうか?」
京極の冷たい一言にやや裏声になりながらその衛士らは「はいッ!」と返事をして36ミリ突撃砲でBETAへ射撃する。昔、極東ソビエトに出向いた時にも冷淡な女が居たなと、宮部は唐突にソビエトに遠征に出た時のことを思い出した。
「そういえば、極東ソビエトに行った時にお前のような女士官が居たな。えっと大隊名は確か──」
「ソビエト連邦陸軍第211戦術機甲大隊ジャール大隊。指揮官はフィカーツィア・ラトロワ中佐、副官はナスターシャ・イヴァノワ大尉、でありましたな」
「あぁ、そうだったジャール大隊…。今やもう懐かしいなぁ、ラトロワ中佐と何本もやり合ったのも懐かしい。部下の者どもは皆小生意気な小僧小娘ばかりだったな」
「ラトロワ中佐を容赦なく叩きのめしてましたがね、大隊長は…。20本やって19本。向こうが戦意喪失するまでボコして……」
「ははは、日本帝国の名に泥を塗るまいとしただけだよ。俺は大して何もしていない」
「はぁ…」
「大隊長、我々は何をすれば…!」
一人の衛士が会話に割って入ってくる。砲兵連隊の砲撃により殆どやることの無い第4戦術機大隊に対して、宮部は待機を命じる。少々困惑気味な京極に対し、正面の火玉と飛び散るBETAの肉片を眺めながら、続ける。
「多分、帝国斯衛軍の
「青山、幸可…?一体誰でしょうか」
「元郡上藩藩主、
「会ってみたいものですな、その幸可と言う男に」
ぼんやりと上がる火の粉を眺め、次のBETA襲来に備える第4戦術機大隊は、未だガルラント中隊が帰投していない事に気づいていなかった。
予想していた以上に防衛部隊、特に砲兵連隊の活躍が凄まじく、BETA第一波は師団規模であったにもかかわらず、交戦開始からたった10分で掃討完了した。しかしその僅か3分後には再びBETAが侵攻、今度は地形を崩しながら、玄海国定公園の崖から上陸したという報告がヘッドクォーターからコマンドポスト、交戦部隊の全将兵に通達された。
コマンドポストに存在する前線司令、
「中佐。如何なさいますか?」
一人の男性士官が指示を仰ぐ。
「そうね、最大射程と有効射程を活かすわ。155ミリの最大射程は?」
「はっ。通常弾で24キロ、
「現在、BETA第二波はここより西方に31キロの地点、糸島にいます。BETAの規模は数個師団規模、恐らく第2佐賀方面軍は…」
「佐賀方面軍の事はいい。31キロか…」
「中佐?」
「
「しかし中佐、目標群の諸元が不明ではッ…!」
一人の下士官が御坂の提案の穴となる着弾地点の不明瞭さを突く。しかし御坂は遮るように平然と返す。
「なぁに。既に5機の無人偵察機を上げてあるさ。低空と高空で分けておいた。高空のはBETAの種類の偵察、低空は諸元確保の材料だ」
「それならばBETAの種族も位置も分かりますな!」
御坂という女司令の用意周到さ。それこそ彼女の得意分野であり、また部隊の練度を最大限に引き出す方法でもあった。間もなくして、コマンドポストには無人偵察機から送られてきた映像が示される。
「中佐…。偵察機は全滅しましたが如何なさいますか…?」
「撃墜地点は?」
「撃墜地点はここより西方およそ26キロ、筑前前原駅付近です」
顎に手を添え、御坂は考える。この地点なら通常弾の射程距離に引き込んだ方がいいかもしれない。しかし、通常弾の最大射程は24キロ。この間の2キロ、何もしないのならばそれが命取りとなる。
「
「了解!」
「次弾装填!」
「次弾装填よし!」
「仰角合わせ!」
「合わせました!」
「撃てぇ!」
「テェッ!」
慌ただしく怒鳴るように聞こえる男たちの声。砲撃を続行する野砲は本土を守らんと叫ぶかのように曇天の空に響いた。着弾地点は見えない。完全に勘だけが頼りだ。
厚い雲に反射する、白熱電球のような橙色の光だけが見える。
暫くの砲撃を続けているうちに、5機の戦術機がそれを背景に接近してきた。
「こちらガルラント中隊、ガルラント
ガルラント中隊だ!と誰かが叫んだ。壊滅し各々が四散したかと思われていた彼らがこうして戻ってくる事に皆が興奮した。
「数、少なくありませんかね」
京極がふと呟く。宮部もそれに対して短く「あぁ」と返した。そして2人は瞬時に激戦を掻い潜って来たことを察した。数多の仲間を失い、そして時に見棄てなければならない状況に直面し、やっとのことで合流出来たのは僅か5人だけ。歓喜する兵士たちとは対照的に宮部と京極は悲哀していた。今までどれほど優秀な衛士を失ったことだろうか。この国はBETAによって滅ぼされる運命にあるのか。宮部はまだその自問に対する明確な解答は、導き出せないままであった。
防衛線の奥へと進み、宮部大隊長と京極副大隊長の前に出る鳳中隊長。
「鳳陸奥、ただいま帰投致しました」
「部下のこと心中を察する…」
宮部にはこれ以上言葉が出てこなかった。どうすることも出来ない過去に囚われ、散っていった数多の衛士立ちを思い返していた。
「大隊長。しっかりしてください」
京極が静かに言う。その声を聞き我に返った。今はそんなことを思い返している場合では無い。今はこの九州という地を守らねばならないのだ。散っていった仲間や同期の分も生き抜かねばならない。そう自分に言い聞かせた。
「鳳少佐、貴官らは後方で休め」
「しかし大隊長…!」
「これは命令だ、しっかり休んで体力を回復させよ」
「…了解」
鳳少佐が中隊各機を引き連れ後方へ撤退した直後、BETA出現の無線が脳内を駆け巡った。
「直ちに臨戦態勢!フォックストロット
燃える市街地から現れたのは幾万もの歩ける地獄、BETAであった。