Muv-Luv オルタネイティヴ インヘリティド 作:蒼山とうま
「直ちに臨戦態勢!フォックストロット
宮部が悲鳴のような声を上げた。その瞬間、小刻みに大地が揺れ始めて転がっていた小石が赤黒い光に塗られたアスファルトの上で舞い出す。燃える市街地から現れたのはその醜いシルエットからも分かる。幾万もの歩ける地獄、BETAであった。奴らは迷わずこちらへ真っ直ぐ突っ込んでくる。榴弾砲で数はこれでも削れたのだろうか。
数人の衛士が思わず「ひぃッ…!」と裏声のような甲高い悲鳴をあげる。物量で圧倒的に不利な防衛部隊であるが、質量と頭脳戦ならば優っているはずである。
「狼狽えるな、この群に
パピヨン通りを先頭とし、福岡県庁や東公園、山陽新幹線路線、箱崎公園そして真州崎橋と続き、コマンドポストを置く城ノ越山南峰まで、直線距離で延々7.8キロまで伸びる防衛線はまさに鉄壁そのものだ。何十層にも張り巡らされたコンクリートの塹壕はBETAの接近を困難にすると同時に防衛力を格段に飛躍させる有効的な手段でもある。
「中隊長、本当に我々は参加しないんですか?」
「宮部大隊長からの命令だ。逆らえんよ」
最前線のパピヨン通りから少しばかり離れた臨時の補給所に入ったガルラント中隊は、各々が戦術機から降りて休息と補給を受ける。イマイチ納得のいっていない顔を浮かべる江口のいかにも不満そうな声に対して静かに受け応える鳳。自分もできることならば戦いたい。そうしなければならないと胸の内で騒ぎ立っていたが、それを押し殺して、戦線を張る宮部ら第4戦術機大隊を信じた。そうする事しかできない鳳らは無力感を感じつつも、彼らの奮闘を心から願う。しばらくした後に、屋外からは赤橙の光とともに耳が張り裂けんばかりの轟音が木霊した。
「とうとう始まったか…!」
高砂が悲鳴のような声を上げながら発砲音のする方向を振り返る。黒煙が舞い上がる中、戦術機部隊の甲高い飛翔音や戦車のキャタピラ音、そしてどこかの歩兵隊の隊長と思われる男の「早くしろ!」という怒鳴り声が混同しより一層、戦場にいる事を実感させた。
その瞬間、高砂はふと思った。自分は一体何のために戦っているのだろうと。今更にしての疑問だった。
自らの実父母の顔は、幼少期に捨てられたためにわからない。養父母やその家族もBETAによってその体を食い荒らされて殺された。大事なものは全て失った自分に守るものが残っていないのに、一体何の理由があって戦っているのだろうか。
地球のためか。
人類のためか。
そんな大きな理由なんて自分には考えられない、と割り切り考えるのをやめた。
ただ朧げに自分の目の前に広がる殺伐とした世界を、ぼんやりとした遠くを見るような目で眺めるしかなかった。これが現実なのか夢なのかすら今更になってわからなくなってきた。
「中隊長、補給終わり次第出撃する事を進言致します」
江口が鳳の座る椅子の背後からやや身をかがめ、彼に耳打ちする。それに対して鳳は少しばかりため息をついて目線を窓の外に逸らす。黒塗りの衛士強化装備を身に纏った自分の姿が窓ガラス越しに映り、その奥に広がる戦う人類の姿も目に見える。
ここにいる5人全員が早く出たくて堪らなかった。衛士としての
「落ち着け、こんなことしても何も変わらん。我々は宮部中佐から休息を取るように命令されているのだ」
森や三沢の苛立ちに対してトドメを刺すかのように鳳は無情にも言い放つ。その声は普段よりも冷たいもので、とてもあの鳳という男の声ではないようかにも思えた。
台風の影響で大気の状態が不安定な
鳳はバインダーに挟まれた名簿を取り出して眺める。そこには、ガルラント中隊全員の名前と現在の最終状況が書かれていた。
ガルラント中隊名簿
1998年07月11日付
ガルラント01 鳳陸奥 生存
ガルラント02 江口雅弘 生存
ガルラント03 森卜伝 生存
ガルラント04 神木浜機 死亡
ガルラント05 蕪木重次郎 死亡
ガルラント06 中村哉斗 死亡
ガルラント07 高砂瑞貴 生存
ガルラント08 三沢敦士 生存
ガルラント09 田上忠道 死亡
ガルラント10 武田新太郎 死亡
ガルラント11 本田猛左 死亡
ガルラント12 西園寺家望 死亡
死亡した隊員の名を見るだけで堪える。高砂は、とてもその名簿を見る気にはなれなかった。
「中隊長?それは一体…?」
ひょいと名簿を覗き見た森は、すかさず違和感を覚える。塚本軍曹の名が入っていないのだ。ガルラント
「その事か…」
鳳はため息混じりに呟いた。話せば長くなるのだが…。と、口を開いて続ける。
「構いません。どうせ今は出られないんですから、いい話のタネにもなります」
ぶっきらぼうに三沢が、情報の開示に賛同する。高砂も「三沢が言うなら俺も」と続いた。困り果てた鳳は、腕を組んで目を瞑りながら俯いた、仕方ないという風に、バインダーを椅子の前に、設置された簡易テーブルに置いた。
「実は、塚本軍曹の旧名が田上忠道なのだ」
鳳の口から発せられたその情報は、あまりにもスケールが大きい事で、高砂、三沢、森の理解の範疇を超えており、思わず「えっ!?」と声を漏らした。
数秒の沈黙。その間に三発の砲弾の発射音だけが響いた。
彼らが、目玉をまんまるくなってしまうのも無理はない、それは塚本は自分らよりも圧倒的に、上流社会を生きていた男だったからだ。
「斯衛軍の田上家出身だったのだが、約半月前に父親でり田上家の当主、
中隊長の説明を聞いた高砂は、脳内である疑問が浮かび上がった。それはなぜ自分に、ドッグタグを渡すように頼んだのかでも、斯衛軍である彼がなぜ、ここに来たのかでもなかった。彼の中で最も疑問に思ったのは、なぜ彼が、家を出るほどまでに父親と衝突してしまったのかだった。他人の家の事情に首を突っ込むことは無礼だということは、重々承知だ。しかし、恵まれた家に生まれた彼が、なぜ出ていかねばならなかったのか。その疑問が腑に落ちなかった。
「ひとつ質問なのですが宜しいでしょうか」
「どうした高砂?言ってみなさい」
「なぜ塚本軍曹は家を離れなければならなかったのでありましょうか?」
不意を突かれたかのよう表情上を浮かべた鳳少佐は腕を組み、しばらく黙り込んだ。しかしいつまでも黙っていく訳にもいかず、ようやく話し出した。
「衛士になること、家督を継ぐことで揉めたようなんだ。斯衛として戦うと言い出した塚本を榮蔵殿は認めなかった。次期当主なる者を殺させんとするためだ。しかし彼は逆に家督を継ぐことに反発したのだ」
一度も怒ったことのない塚本が、キレるほどの事ということは余程のことだったのだろうか。と、三沢は内心思う。その一方で高砂は、俯きながら、静かに塚本勝の死を悔やんだ。骨一つ持って帰れなくて申し訳ないと心の中で謝罪しながら、彼は誰にも気づかれることのないように冷たい銀の涙を一筋流した。それと同時に、高砂は死の間際に塚本から託されたドッグタグを取り出す。シルバーの光沢の入った冷たくやや重いドッグタグ。
確か、京都の能登和泉という名のガールフレンドに渡してほしいと頼まれたものだったなと、高砂は拳の中にそれを秘めた。
今は生き残って彼女に塚本の最期を伝えてやらなければならない。それが今、自分が彼に出来る弔いなのだと自分自身に言い聞かせた。
「この事は塚本軍曹からはいうなと言われていたんだがな、あいつには内緒にしておいてくれないか?」
鳳の冗談混じりの発言に彼らは笑い、口々に「もちろん内緒にしますよ」と言った。そこに部屋を出ていった江口が戻ってきた。
「中隊長。宮部大隊長より補給完了し次第、第四防衛線の補強戦力として展開せよとのことです」
掌返しの命令が出て何が何だかわからなくなってきていた。
つい10分前に休めと命令して今度は出撃せよと?先ほどと全く違う命令ではないか。ふざけているのかと高砂は怒り心頭に発しそうになった。
「戦況はそれほど良くないものなのではありませんか?」
江口が高砂の内心を察したのか、わざとらしい感じに言葉を発する。
「先ほど、宮部大隊長と通信をいたしましたが、現状は戦況は停滞状態。ややこちら側が優勢ではありますがこれ以上の戦力をBETA側が投入すれば戦線の維持ないしはコマンドポストまでの防衛戦の維持すらままならなくなる可能性が十分にあるとのことでした。戦況の打開とまでは行かずとも、今は一機でも多くの戦術機が必要との事でした」
江口のそれを聞き、鳳は鼻笑の顔を浮かべたかと思うと高笑いを始める。CLTユニット(工事現場などで使われる簡易的な構造物)2つ分の部屋にその高笑いは響き渡る、そして鳳は待ってましたと言わんばかりの勢いで椅子から立ち上がるとそのままドアの方向に歩み出す。森が「中隊長、どちらへ?」と問うと、俺らの撃震だ、と即答で飛んできた。
宮部の言うことは矛盾する事が時々ある。それを見越して、戦術機を降りる前に戦術機の整備士に部下の機体の損傷含め、大まかな損傷具合を伝えてあった。整備員たちは一様に喜び素早く点検に取り掛かっていた
「中隊長?まだ整備も補給も…」
「なぁに、我々が戦術機のとこに着く頃には終わってるさ」
鳳は雨が降り始める中一人撃震の元へ歩みだす。それに引きつらられるように、他の4人も鳳の跡を追った。衛士である以上、BETAとは戦う責務がある。それがどんな状況であっても、やり遂げなければならない。
ガルラント中隊で散々言われてきた隊の掟だ。鳳は今、自分の脳みそをフル回転させて最善の策を練っているのだろう。自分たちも従うだけではなく、各自で自分の最良の選択をしなければならない。果たしてそれが自分にできるであろうか。そんな不安を今更ながらに抱えながらも、遠くを眺めるように立ちすくんでいる撃震を見上げた。
ポツリ、ポツリと顔には冷たい黒い雨が当たり始めていた。
* * *
「小隊長、第四防衛ラインでの発火炎を確認。交戦を認む」
御笠川沿いから福岡湾沿いまで、パピヨン通りを最前線に展開した第四防衛線の兵士たちは、大雨に打たれながらもBETAの殲滅に当たっていた。
「コマンドポスト。こちら福岡県庁屋上、第一狙撃小隊
「コマンドポスト了解。大型種は戦術機および機甲部隊が掃討、援護します」
「隊長、こんなに雨に降られては流石に狙撃も難しくなりますな」
全身が凍るような土砂降りに暴風。全員が微動だにせず福岡県庁屋上から狙撃体制を整える中、葛城の相棒でありスポッターの石田がスポッディングスコープを覗きながらボソリと呟く。
「どんな状態でも狙撃を敢行するのが俺らだ、分かったならさっさと諸元を言え」
「はっ、距離531メートル。風向西に30、風速毎秒17メートル」
葛城は、スナイパースコープを除きながら「しんどいな」と独り言のように呟く。現状、多くの防衛部隊がパピヨン通りに布陣し、中央区や博多区から遥々やってくるBETAを、第四防衛線で迎え撃とうとしている。
しかし、それのみならず、福岡市最北端の志賀島や、西戸崎からも
「小隊長、志賀島防衛隊が全滅したとの報告が入りました」
引き金にかけた人差し指の先に力を入れたその瞬間、携帯型軍用トランシーバーである、AN/PRC-77を背負った1人の兵士が、葛城の元に報告に来る。葛城は、開いている左目をそちらに向けた。彼の顔は焦りと緊張によって、もみくちゃにされたような表情になっていた。その顔を見た葛城は静かに言い放つ。
「焦るな、志賀島はここから11キロ離れている。
その兵士はしばらく黙り込んでおり、やっとのことで「はい」と返事をするとクルリと背を向け、元来た場所に戻ろうとする。それを葛城は「それとー」と声をあげて止めた。
「あんまり緊張するな。本領を発揮したいなら、少し肩の力を抜け」
兵士は、はいっと微笑しながら挙手の礼をすると、すぐに福岡県庁に設置した簡易的な通信室に戻っていった。
福岡市内は、見渡す限り火の海。前線で第4戦術機大隊が弾幕張って、大型種のBETAを食い止めている。こちらも負けてはいられないと、負けん気を出した葛城はすぐさま狙撃を始める。
第一狙撃小隊の主装備は狙撃銃。バレットM82やレミントンM700といった、アメリカ陸軍が使用している狙撃銃を主に使うが、葛城や一部の狙撃手が使用するソビエト陸軍のドラグノフ狙撃銃、日本帝国の64式7.62ミリ狙撃銃といった、複数の国家が使用する狙撃銃を独自に入手、使用していた。そして彼らの主任務は狙撃による小型種の殲滅。正直なところを言ってしまえば、バレットM82は不必要なのだ。しかし小型種だけではなく、大型種の足止めなどの任務を任ぜられる時がごく希にあり、その時を加味して、対物狙撃銃のM82も装備として組み込んでいた。
「おい石田、トランシーバーを貸せ」
「は、はい。どうぞ」
石田は小型携帯トランシーバーのAN/PRC-148を葛城に渡す。
「コマンドポスト、こちら第一狙撃小隊。野砲の支援砲撃が来ていないがどうなっているのだ?この弾幕じゃすぐにでも抜かれるぞ」
「…………」
応答がない。葛城がいくら言ってもコマンドポストは応答しない。入るのは、ザザザと気色の悪い機械的な砂嵐音だけ。
(変だ…。ジャミングによる通信障害だろうか…?だがBETAにジャミングができる種族なんていたか…?)
少し考えただけだったが、なんだかよく分からない寒気に襲われた。背後から何か鋭い視線が送られているような、そんな気がしてならなかった。だが、そんな確証もないような思考に頭を使っているヒマは、ここには存在しない。今はただ、目の前にいるBETAを殲滅することだけを考えればいい。銃口先から放たれる、無数の火花を散らしながら、熱を帯びた音速の矢が、
「命中。さすがです」
「こんな500じゃぁ、そうそう外さんよ」
素早くコッキング、廃莢して、すぐに次の目標に照準を合わせようとしたその時、先ほどの兵士がまた戻ってきた。
「隊長ーッ!大変です…!」
息を切らしながら報告に来たその兵士は、一度深呼吸をして息を整えると葛城に対してこう伝えた。
「コマンドポストが…。コマンドポストが陥落しました…!」
「なっ…!?嘘だろ…!」
コマンドポストの陥落。それは、戦闘指揮系統の混乱を引き起こすということを意味していた。指揮官の御坂中佐を含め、戦線指揮にあたって重要な地位にいる全員が、BETAによって、無惨にも殺されたということを意味している。しかしながら、葛城は未だに信じられなかった。志賀島に上陸したBETAは、ここから11キロも離れている。ましてや、城ノ越山の南峰にあるコマンドポストからなんて、直線距離でも14キロは離れている。志賀島守備隊の全滅から僅か1分足らずでの侵攻。こんな非現実的なことは、起こり得るはずがないと、彼はいまだに信じられずにいた。
「…自らの目でお確かめください」
呆然とする葛城を見て、そう言った兵士は城ノ越山の方を指差した。スナイパースコープの倍率を、最大の32倍にし、山の方に向けた。厚く黒い雲の最下層部を赤色に照らしつける炎。葛城はスコープを持った右手を垂らし、数秒の間放心状態となりながら、燃える城ノ越山を眺めた。
どうも納得できない。志賀島から最短距離で行ったとしても、そう簡単に抜かれるものか。三日月湖の中を進む必要がある。何層にも張り巡らされた監視網を掻い潜るのは不可能。仮に背面から奇襲したとしても、地雷原や全自動迎撃システムが発動し時間を稼ぐはずだ。なのにあんな最短時間で、一体どうやって、コマンドポストを陥落させられるのだろうか。
そうこう考えている余裕はない。コマンドポストが陥落したとなると、パピヨン通りのBETAと、コマンドポストから一気に下山し突撃してくるBETA、そして志賀島を陥落させて博多湾から上陸しているBETAの三群が、東西北の三方向から挟撃してくる。そうなれば最前線から500メートル程しか離れていないこの福岡県庁の部隊も全滅しかねない。そうなれば、防衛戦力の大幅な減少はもちろんのこと、最悪の場合北九州全域の陥落も、十二分にあり得る。そんなことは、断固として阻止しなければならない。葛城は歯を噛み締めて指示を出す。
「第一狙撃隊全員に継ぐ。直ちにこの場から撤収!BETAどもがここに集中する前に撤退だ、急げ!」
兵士たちは狙撃体勢を解くと、ガンケースに狙撃銃を収納し、比較的小型の無線機類を急いで回収。福岡県庁屋上から地上に降り、部隊が保有する装甲車やトラックに次々に乗り込んだ。
「お、おい!第一狙撃小隊が撤退するぞ!?」
「一体何が起こったんだ…!?」
福岡県庁内部に存在する兵士らは、コマンドポストの陥落なんて知る由もない。当然だ、なぜなら第一狙撃隊の人間は誰一人として他の兵士に伝えなかったからだ。葛城は屋上と地上階を繋ぐ階段を降りながら、周波数を変えて、ヘッドクォーターに無線を入れる。
「ヘッドクォーター!こちら第一狙撃小隊、葛城!城ノ越山に配置されていたコマンドポストが陥落、指揮系統が混乱することが予想される、直ちに全部隊の指揮をそちらに!」
「こちらヘッドクォーター。現在司令部にて対策を協議中、別命があるまで待機せよ。繰り返す、現在司令部にて対策を協議中、別命があるまで待機せよ」
「ゴタゴタ言ってる場合か!そんな事やってる間に大勢の兵士が死に絶えるんだぞ!?貴様ら司令部の人間は現場の兵士を見殺しにすんのか、あぁッ!?」
ヘッドクォーターの対応の遅さに苛立ちを覚えた葛城は、思いつく限り、罵倒暴言をヘッドクォーターのオペレーターにぶつけた。
階段を降りながら、無線でオペレーターに対し「司令は何をしている!」と次第に声が荒々しくなりながら問う。数分の間続く怒りの言葉。葛城それを断ち切ったのは他でもない辻司令だった。
「葛城君、少し落ち着きなさい。今から全部隊に通達することだが君があまりにも煩くてオペレーターが困り果ててる様子だったんで、先に君に伝えさせてもらう。全部隊を直ちに撤収させる。君も直ちに第7福岡方面軍本部へと帰投するように」
この戦いはBETAの方が人類より一枚も二枚も上手で、完全なる敗北だった。
コマンドポストの陥落、防衛部隊の異常なまでに早い消耗。トドメを刺すかのように三点から迫るBETA。何もかもが最悪のシナリオだ、最悪だ畜生。叫びたくなったが、これ以上、感情に身を任せる訳にも行かない。それと同時に、逃げることは恥ずべき行為だという感情がら浮き沈みしているのも事実だった。仮に九州が陥落してしまったとしても、生きていれば、またその屈辱を注ぐ日が来る。
ここで死ねば恥を晒さなくても済むが、それはただのその場しのぎにしか過ぎない。生き恥を晒してでも、その日が来るまでは、なんとしてでも生き抜かなければならないと葛城は一人思った。
「葛城少尉!一体どういうことですか!?なぜ第一狙撃小隊を退避させるのです」
階段を降りている途中、福岡県庁に設置した、通信室の司令と思われる男が葛城を見つけて駆け寄り問い詰める。それに対して葛城はやや早口になりながらも答えた。
「城ノ越山にあったコマンドポストが陥落した、このままじゃ三方向から挟撃待ったなしだ。辻司令からもじきに全部隊撤退の命令が出る、死にたくないなら今すぐ撤退しろ」
それを聞いた司令の男は、目を見開き今にも後方へ倒れそうになった。彼らもまた、コマンドポストとの通信が急に途絶えた事を、不審に思っていたがこちらの機器の故障と判断し原因を探っていた最中だった。
「それは本当か、葛城少尉。そうなら早く撤退せねば、ここは一瞬で血の海だ」
「分かったならさっさと撤退しろ、多分他の部隊は俺の部下から現状を聞いて早々に逃げ出してるだろうよ。お前らも早くしろ、死にたいなら残ってもいいんだがな?俺はもう行くぞ」
通信室司令は、通信室のドアを開き部下たちに撤退を命令、彼らは福岡県庁敷地に停車させていた装甲車に乗り込むや否や早々に撤退を始めた。
誰も残っていない事を確認した葛城自身も、装甲車に乗り込もうとする。乗り込む際に、暗緑色の髪は近くを横切った、77式戦術歩行戦術機撃震によって靡かされる。5機の撃震は西方に向かっている。方向的に、パピヨン通りに展開する第4戦術機大隊と合流するのだろう。
「小隊長、早く乗ってください!」
部下の声に急かされて乗り込み、重い鉄板のドアを閉める。重々しいようなエンジン音を響かせながら、彼らは久留米市にある第7福岡方面軍基地へと撤退した。
ほぼ同時刻のパピヨン通り第四防衛線。補給と簡易的な点検を済ませたガルラント中隊5機は、第4戦術機大隊と合流し現在、BETAとの交戦状態に入っていた。
「ちゅ、中隊長!これヤバいですって!どうするんですか!?」
「この数にいつまで持つか…」
高砂は焦り突撃砲を乱射。三沢も普段はかかない汗をかき、必死にBETAの物量を耐え忍んでいた。圧倒的物量に、幾ら大隊と機甲部隊そこに支援砲撃があるとはいえ限界がある。
その限界が今、この瞬間なのだ。
このまま数が増加し続けるならばダムが決壊するようにこの防衛線は破壊され、多くの兵士らが死亡するであろう。
帝国海軍の砲撃支援が受けられない事がここになって響き、状況は刻一刻と悪化しているのをひしひしと兵士らは感じていた。
絶え間なく撃ち込まれる砲弾で四方八方に飛び散るBETA。どんなに目の前を先行していたBETAが吹き飛ぼうがたじろぐこと無くその後ろのBETAは防衛線に向けて一直線だ。支援砲撃もこの悪天候で数が減ってきている、このままでは大多数のBETAが侵入してくるのも時間の問題だった。
「大隊長。博多湾沿岸部の防衛戦が突破されました」
「突破、されたか…」
宮部は遠い空を見るような目で博多湾の方を見た。
何人の上官や同期が逝ってしまったのだろう。痛い痛いと苦しみ、踠きながら
「第7福岡方面軍司令の辻である。全部隊に伝えなければならない事を伝える。コマンドポストが陥落、これにより継戦能力が消失したと考えた我々司令部は福岡市における全戦闘地域の将兵らは至急第7福岡方面軍本部にまで撤退する事。繰り返す。コマンドポストが陥落、これにより継戦能力が消失したと考えた我々司令部は福岡市における全戦闘地域の将兵らは至急第7福岡方面軍本部にまで撤退する事。以上」
辻司令の伝えた内容は全部隊の撤退。これは福岡防衛戦の完全敗北を意味した。複数部隊は既に撤退済み、残るはこの第四防衛戦を含めて3つほどだ。
「第4戦術機大隊全機へ。微速後退、地上部隊の撤退が完了するまで時間を稼ぐ、距離は280を維持せよ」
「了解!」
第6戦術機甲師団は残り98機、そのうち第4戦術機大隊は残り20機の戦力だ。これで残り三層の防衛部隊の撤退の援護。なかなかにキツい仕事だ。
宮部大隊長は師団長の小早川少将に、公開回線で今後の部隊撤退順序やポジションの割り当てなどを、戦闘を行いながら取り合っている。その集中力には思わず呆気に取られそうになる。しかし、一度取られれば今度はBETAに全てを持っていかれる。
こうなってしまえば実質的に味方に殺されたと言っても過言ではない。そんな状況下で高砂や三沢たちは戦い抜いていた。
後方にいた地上戦力の撤退が完了し、第四防衛線の地上に展開していた歩兵部隊がトラックで撤退を開始。支援砲を装備した撃震が数機、
当たるたびに目玉かその付け根からバッサリと割れ、潰れる
撤退開始から一時間。未だに抗戦する第4戦術機大隊は、更に10機の戦術機を損失した。いや、この場合は10機の損失にうまく留められたと言うべきだろうか。
本来ならば新兵ばかりの部隊が、戦闘開始から数時間経過しても殲滅していないのは奇跡に等しかった。それがただただ運なのか、指揮官・宮部の手腕なのかはさておいて。
「フォックストロット
「了解だ。フォックストロット
第6戦術機甲師団撤退順は、フォックストロット
「戦術機高度は50メートル以下だ。可能な限り低く飛べ、さもなくばレーザーの餌食になるぞ」
「聞いたなお前ら!
鳳と江口の指示に従い、ガルラント中隊は他の中隊よりも明らかに低い高度で飛行する。その高度は平均しても10メートル。中隊で一番高い高度でも15メートルなのでどれほど低いかは容易に想像できよう。
「高砂、三沢。中々やるなぁ?」
「あれもこれも中隊長の訓練の賜物です」
感心する江口に三沢が謙遜して返答し、それを無線で聞いた鳳もフフフと笑いながら、先行する中隊機の背中を追い続けた。
鳳は、道という道に地雷をありったけ投下して、BETAが一体も漏れず吹き飛ぶように敷設する。最初に敷設した地雷原に、早速BETAが引っかかり始めるが、所詮は焼石に水。後から次々にやってくるBETA供からすれば、痛くも痒くもない攻撃であった。とうとう地雷原を突破したBETAはガルラント中隊の後方、9キロの地点にまで迫っている。
振り切れないかと歯を食いしばりながら、BETAに背を向け、逃げることしかできなかった。後方からは
飛行する高砂機のスレスレを、青白い光を纏ったレーザーが何度も何度も掠める。
生きてる心地のしない逃走の途中に再び爆発音が響く。また地雷原にBETAが入ったのであろうと思い、ふと後ろを振り返った高砂。すると目を疑う光景が映った。
最後尾を飛行していた鳳が搭乗する撃震の左の
「中隊長…!」
「どうした高砂?」
高砂の声に対して、三沢が不思議そうに後方を見、数秒も経たないうちに状況を理解する。江口、森も直ぐに何が起こったかを把握した。
高砂は、すぐに方向転換して鳳機を回収しようとした。他のメンバーも鳳を救おうとが、「来るな!」と鋭い剣幕の鳳がスクリーンに映り叫んだのと同時に、高砂らの機体が元の方を向き、針路を変えずに飛行している。
「中隊長…ッ!?」
あまりにも早すぎる対応に、高砂は何が起こったのか分からず、コックピット内で暴れることしか出来なかった。
「クソッ!クソクソクソーッ!」
高砂は叫びながらあらゆる方向に操縦桿を倒すが、機体は無反応。他のガルラントの全員がやっても、結果は同じだった。指揮官による制御が作動し、久留米基地に撤退するように進路が設定されていた。
高砂は慟哭した。
たった数回ではあったが共に戦ってきた仲間を、たった一日足らずで7人も失ってしまった。それ以降は誰1人死なせまいと努力し、やっとのことで全部隊の撤退が決まり、生き残った皆で帰還できると思ったその矢先に、目の前で教官であり、中隊長であった鳳が身代わりとなった事、彼を見捨てなければならないというこの状況が悔しくてたまらなかった。
自分の未熟さが腹立たしかった。それと同時に身を粉にして戦い、生き残った江口、高砂、三沢、森の4人を救出の拒絶という形で守ろうとしている鳳陸奥という男に対して悲壮感さえ感じた。
「中隊長ーッ!」
制御の効かない機体の操縦桿を、必死になって動かすが、みるみるうちに、鳳機は黒ゴマほどの大きさまでに小さくなっていき、とうとうレーダーの端に停滞するほどに離れてしまった。
何もできない自分を恨み、泣いた。今の彼には悔しさしかなかった。
「すまない、こんな状態じゃとてもじゃ無いが帰れそうにない。今後の指揮権は江口中尉に一任する。後のことは頼んだぞ、お前たち。生きて事を成せ」
ガルラント中隊を見送った隊長は、ポツリと呟く。
モニターいっぱいに映し出されたBETAに対して4本のマニュピレータに各一挺ずつ、計4挺の87式突撃砲を向け一斉に発砲する。先頭を爆走していた
「これで……。何体目だ…?」
飛翔もできない状況で辺りを見渡す。しかしそれが、命取りとなった。警報が鳴り響き、赤と黄色の左向きの三角形がモニターに映る。そっちを向くと、
「しま──ッ!」
モニターにはデカデカとALERTの赤文字が表示されたことでいよいよここまでかと反撃が間に合わない事を悟り潔く諦めた鳳は、そのまま前腕にコックピットを潰される。
「ふ…じ…さわ…?」
ポツリと鳳が懐かしい人の名を呼んだと思えば、鳳はコックピットごとグシャリと圧縮され、その溶接部からは血が滲み出る。凹んだコックピットは衛士と制御を失い、
* * *
出力最大で逃げ、久留米基地に到着する頃には推進剤もなくなり、結局、鳳も戻ってくることはなかった。
自分らの
「鳳少佐のことは本当に残念だった。心からお悔やみ申し上げる」
宮部はそう言うと深く頭を下げた。
「鳳少佐は自らの命すら投げ打ってでも我々の撤退を援護してくれる人です。どんな状況下でも、彼ならあの行動を取ったでしょう」
宮部は困ったような表情を浮かべ、京極もまた彼らが宮部に心配かけないようにしていることを察した。しばらく江口としばらく今後のガルラント中隊について話し、それが終わると宮部と京極は敬礼をして彼らの
深くため息をつき落ち込む一行。鳳を始め、ガルラント中隊の人間を一斉に失った悲しみが今になって込み上げてきたのだ。暗い表情を浮かべる彼らに、一つの声が聞こえた。
「兄貴は…?兄貴の機体は一体どこに…」
明らかに女性の声だ。振り返ると、軍服姿の年頃の女性が一人立っていた。
「兄貴?」
高砂が首を傾げる。ガルラント中隊に所属している者で下に兄妹がいる者と言えば、と言う謎の答えはすぐに出た。西園寺だ。
意気消沈し俯くガルラントの彼ら。全てを託された江口は、目を瞑り首を横に振った。
「嘘だ…!兄貴……ッ!」
現実を受け止めきれない彼女は、放心状態になってその場に崩れ落ちる。
「お兄さんは立派に戦ったよ…」
江口は彼女の肩を軽く叩いて、那奈海の背中の方へと歩き出す。放心状態のまま身動き一つしない彼女を心配しながらも、自分らも成すことを成さなければならずその場を離れる。
「江口中尉。西園寺軍曹は私が」
「西住伍長か…。頼めるか?」
「は、お任せ下さい」
他の部隊に所属している西住伍長が
江口らと入れ違いで入った西住以外に誰も居なくなったガルラント中隊の
* * *
高砂、三沢にとって地獄のような初陣、他の衛士たちも生きた心地のしなかった福岡防衛戦の敗北から一週間が経過した。その後も局地的な侵攻はあったが、大規模な侵攻はなかった。
江口、高砂、三沢、森の4人は亡き仲間の遺品の整理を大方済ませ、残りは鳳隊長の部屋だけとなった。ノックしてドアを開けると、入ってすぐ右にある机で書類を作成する鳳の姿が幻覚として現れる。それくらい日常だったのだ。彼の部屋を訪れると必ず焚いてあった線香も燃え尽き、白き灰に成り果てていた。
挙手の礼をして一人一人入室し、遺品の整理に取り掛かる。本棚に収められていた分厚い戦術機教本や机の上の額縁に入ったワインレッドのような髪色をした10代後半くらいの女性の写真。そして鳳が大切にしていた黒い小さな箱に入った婚約指輪。
机の引き出しを整理する高砂が1冊のノートを取り出しては机に置こうとした時、封筒が一つヒラリと落ちた。
「ん?何だこれ…?」
不思議そうにその封筒を裏返すとそこには丁寧な明朝体の時で『我が子達へ』と書かれていた。直ぐに3人をよんでその封筒を開くと、3つ折にされた紙が入っていた。その紙を開いて、高砂が読上げる。その内容は明らかな遺書であった。
これを見つけ、読んでいるということは恐らく、私はもう君たちを置いて遠く還らぬ場所へいってしまったと言うことだろう。君たちを置いていってしまったことを許す事はしなくていい。私が取った行動が少なからず君たちに影響を及ぼしている事も、十分に理解している。こうも君たちをやるせない気持ちにさせてしまったと考えると、どうも自分に対して嫌悪感すら感じてしまうが、それでも前に進んで欲しい。
それと、こうもキッチリとしたような、堅苦しいような文章は私は慣れていないから気持ち悪くガタガタして醜いような文章になってしまうかもしれない。私の愚痴垂らしのような文面になってしまうがどうか最後まで付き合って欲しい。
私は君たちに人としての生き方を教えたかった。しかし現実は軍人としての生き方しか教えることは出来なかった。
君たちの教官になれたこと、教え子らの中隊長になれたこと。それはこれ以上無いほどに天運に恵まれたことであり、君たちに教えられなかったことを教えられるチャンスでもあった。だが現実は非情で、君たちがラルラントのメンバーになっても、人としての生き方は教える暇もなく実戦に、或いは訓練に明け暮れる日々。とてもでは無いがそんな事を教える暇なんてなかったのだ。それに関しては本当に申し訳がなく、君たちに合わせる顔がないと
唐突なのだが少し、昔話をしてもいいだろうか?
少しながったらしくなるであろうがどうか我慢してくれないだろうか。
まだ数年も経たないが、私がまだ訓練生だった時に同期だった者の中に
幾ら同期の仲間たちと過ごしても、一人で部屋に居ても、この虚無感は埋まらなかった。幾ら覚悟していたとしても、その日が来ると人は耐えられない。それを私は身をもって知った。大切な人を失ったことによって初めて知ったんだ。だから、君たちにはそんな事は起こってほしくは無い。これは私のわがままだろうが、それでも私は構わない。今、そう思っている。
話を戻そう。私には、君たちに対して心配なことがある。君たちだけでうまくガルラント中隊をやっていけるだろうか、喧嘩して決裂はしないだろうかと。些か心配しすぎな気もするが、許してほしい。本当に君たちの行く末が心配なのだ。
人間誰しも人とぶつかることはある。だがそれを乗り越えて行かなければならない。ましてや、この世の中でも互いに争いをやめない人間という存在、国家という存在。私はこの星は早かれ遅かれ自滅によって滅ぶのでは無いかと思う、それはBETAによるものではなく、明らかな人のために。だから私は、せめて君たちにはそのように自らの手で自らを滅殺する様なことは断じて許さない。
最後の最後でまた我儘を言って仕舞えば君たちにも、藤沢にも怒られてしまうだろうか?
仲間を失うことによって生まれる精神の堕落という痛みから逃げ続けた私を、皆は許してくれるだろうか?
正直に言ってしまえば私はこの後に起こるすべてが怖い。死という概念も、皆からどんな目で見られているかも。いくらカッコ付けて君たちを庇おうが、心は臆病でガタガタと震える一方だ。だが君たちのおかげもあってか、大陸での戦闘から始まった私の衛士としての人生で少しは気が楽になれた。震え続けた私の心身は休まる事を覚え、訓練生時代の精神状態に少しは近づけたと思った。
本当に君たちには感謝しているし、同時に君たちのことを心から愛している。
教官として、隊長として。
私の人生の中では成し遂げた栄光よりも、君たちの存在の方が大きい。何度君たちに救われたことだろうか、その度に頭を下げて君達に感謝したい気持ちでいっぱいいっぱいになった。
本当にありがとう。
まだまだ書きたいことが山ほどあるが、書ききれそうに無いので筆をおくことにする。
最後になってしまったが、ひとつだけ君たちに伝える。
しぶとく長く生きろ。
これを守ってくれ、私の最後の頼みだ。
さようなら。
未来の君たちに幸あれ。
1998年7月10日 鳳陸奥。
中隊長らしいどこか抜けていて、起承転結すらない自由奔放な手紙だった。それはまるで鳳陸奥という男の生き方を、文という形に表したかのようでもあった。
同時に驚いたことに書かれた日付は昨日であり、所々には涙で滲んだような痕が残っている。涙を流しながら書いたのであろうと高砂は推測した。自らの死を悟り、何もしてあげられなかった自分を怨んでの涙か、もう我々に会えない悲しみの涙かはさておいて。
森は耐えられず涙腺を崩壊させて、江口に背中を摩られている。三沢も歯を噛み締めて涙を必死に堪えているようだ。
今は亡き鳳の確かな意志がそこにはあった。鳳の意志を胸に刻み、再び彼らは歩み出す事を誓う。鳳をはじめとし、勇ましくも儚く散っていったガルラントの仲間たちのため、明日の命のために。
ふと高砂が見上げる窓の外は、夕暮れに染まり橙色の夕焼けが部屋を染め上げて自分らの影を引き延ばした。その時「頼んだぞ」と微かに声耳に響いた。その声ははっきりと聞こえ、すぐそばに鳳が居るかのような感覚だった。高砂は胸の内で着任当時と同じようにはい、と返事をして黙祷を捧げる。
山の奥の夕陽がゆっくりとその光を閉ざしていった。
* * *
7月30日。仲間が倒れる中、鳳の命令通りガルラント中隊は4人でしぶとく生き残っていた。この日も出撃しBETAを迎撃、数時間にわたる戦闘ののちに帰投した。
自室のベッドに横になっている高砂の耳にドアのノック音が響いた。
「誰だ?」
「第一狙撃小隊の葛城少尉だ、高砂少尉。入るぞ」
「どうぞ…?」
入ってきたのは歩兵の葛城少尉だった。一体戦術機乗りに何の様だという目で葛木を見つめ、それに気づいた葛木は右手を腰に添えた上で左足に全体重をかけてため息をつく。
「狙撃兵の兄さんが戦術機乗りになんの用でしょうかね?」
「何だ、嫌味か?」
「別に」
無愛想に答える彼に呆れつつ、続ける。
「辻司令からの伝言だ、第7福岡方面軍全部隊の撤収が決まった」
いきなりのことで何がどういう事か分からなかった。しかも衛士よりも先に彼が知っていることに疑念を抱いた。
「なんで俺がお前より先に知ってるか分からないみたいだな。
「まさかお前…!」
「あぁ。辻司令から第一に聞いた、今じゃ司令部も慌ただしくなってるぞ。ここ7日間は転属先の調整でバタバタしてる。ただあと数時間でそれも終わるんじゃないかって話だ」
ここ1ヶ月近くの戦闘で確かに衛士や歩兵、戦車の数は確実に減ってきているがまだ抵抗できるほどの戦力はある。衝撃を隠せない顔を向けられた葛城は一応なぜかと言うことを伝える。
「組織的な抵抗が不可能になってきている現状に頭を抱えた上層部が取り決めた事だ。ついでに言っておくが命令違反は許されんぞ」
高砂は唇をかみ締め、怒りを抑えた。第7福岡方面軍全部隊の撤収。それは即ち、九州が完全にBETAの手中に収まろうとしている事を意味している。軍司令部はこの事態に対してこれ以上残存戦力を失わぬようにする最大限の努力でもあった。
BETAの九州侵攻から既に20日以上の経過。開戦当時は微々たる戦力差だったが損耗をし続けた結果、今や本土防衛軍西部方面部隊とBETAとでは大きくその差が開いていた。これ以上戦線を維持することは難しく、やむを得ない決断を辻は下した。事の次第はそういうことだった。
「…分かった。直ぐに準備し──」
突然彼らを部屋ごと揺さぶった。地震か?とカーテンを開けて窓の外を見る高砂と葛城。窓の外に広がるのは地震では無いことを一瞬で諭させるものがあった。半径100メートルくらいの大穴が地面に開き、その中からウジャウジャとBETAが出てきている。小型種から大型種まで、多種多様なヤツらがノコノコと自分らの家に土足で入り込んできていることに葛城は、血を滾らせた。
「小隊長大変です!基地内にBETAが──!」
「見ればわかる!」
葛城は鬼のような形相で報告に来た第一狙撃小隊の兵士を睨みつける。半秒程度黙り「すぐ行く」と言い残して部屋を後にしようとする。
「少し迂回して行く、ついて来い!」
「あっ、おい何処に行く!?」
「武器庫だよ!お前はさっさと機体出して宮崎港まで撤退しろ!」
高砂は数秒の間固まり、事を理解すると急いで部屋を飛び出す。部屋を飛び出したその時、手に持っていたのは他でも無い鳳の遺書と、塚本が最期に自分に託したドッグタグだった。
「おい高砂、遅いぞ?喰われたんじゃないかと心配したんだが」
「す、すまん三沢…。少し時間かかっちまった…」
激しい息切れをする高砂を見て心配した江口は、高砂に対して衛士強化装備に着替えたあとエンジンが始動するまでの間はコックピットで休むように伝えた。
高砂はすぐに衛士強化装備に身を包み、自分の撃震に乗り込んでシステムチェックを始める。
「いいか、今はとにかく逃げることだけを考えるんだ。戦わずひたすらに逃げて生きろ。これは鳳中隊長の命令だ、必ず守るんだぞお前たち」
「了解」
部隊の再編成も間に合わず、たった4人で中隊となっているガルラントの新たな隊長である江口は鳳の言伝を守るように全員に伝える。
深呼吸をして精神を落ち着かせる高砂。世話になった鳳も、兄貴分だった塚本も、もうこの世にいない。これからは手を引かれてではなく自らの足で行き先を決めて歩む。彼らが自分を生かした理由を自分なりに解釈して納得する。
「回せーッ!」
コックピット内で鋭い叫声を上げ、直後に撃震がタービンが金切り声を上げる。安全装置が解除され、ゆっくりと歩み出し、
「隊長…。塚本さん…。ありがとうございました…!」
小さくなりゆく久留米基地に敬礼した高砂はガルラント中隊の3人と共に撤退先である宮崎港へと飛立っていった。
基地の建物内は戦闘員も非戦闘員も入り乱れて廊下はカオスになっていた。高砂の部屋で、叫んで高砂に基地を脱出するように伝えた葛城は報告に来た兵士と共に走り、BETAを避けるために少し大回りに施設をつたって火器保管庫に向かい、防弾チョッキを身につけて無線機を取りつけ、HK416とグロック17に実弾を装填。それぞれ背中と腰に装備した上でドラグノフ狙撃銃を手に取り3階にある自分の部屋から狙撃を始める。既に襲撃を受けて衛士や整備員、警備兵の死体とBETAの残骸が折り重なり血の川を成す。
「石田!左に3体だ、そっちに行ったぞ!」
「了解…!」
スポッターの石田もレミントンM700を手に取って逸れた3体のBETAに照準を合わせる。内訳は1体の
「よし!次!」
基地内という地の利もあり防衛ラインは維持できている。戦闘員たちは人型でない動く物体に容赦のない弾幕を浴びせ、小型種のBETAを屍に変えてゆく。対戦車ロケットや無反動砲、さらには対物ライフルまでも駆り出して追い返そうとしている。兵士らは火器を手に取り、司令部の人間が機密書類を処分するまで時間を稼ぐ。
「よし!次…!」
石田が照準を合わせた時だった。そのスコープに飛び込んできたのは、充填中の
「逃げろ石田!逃げろーーッ!」
「石田ーーァァァッ!」
砲撃銃撃で維持していた防衛線も、
「葛城少尉。こちらヘッドクォーター、辻だ」
「こちら第一狙撃小隊、葛城」
「戦術機部隊は宮崎港へと撤退させた。貴部隊も基地の防衛をやめ宮崎港へと退避せよ」
「しかし中将、貴方はどうするのですか」
「
葛城の問いに辻は笑って返す。そして命令だと続け、無線を切った。
最高の相棒の戦没に護るべき対象から近衛を拒絶された挙句に撤退命令。しかし、私情を捨てて命令は絶対に守らなければならない。それが軍人としての責務だからだ。
「第一狙撃小隊に継ぐ、これより我々は停車してある兵員輸送車を回収し南門を通り基地を脱出、宮崎港へ向かいその後、船で各自転属先へと移動しろ。以上」
高砂は脱出できたのだろうかと心配しながらも生き残った第一狙撃小隊の構成員45名と合流する。
「これで全員か?」
「は。こちらは3名がすでに戦死しました。負傷者は軽傷が5名ですが戦闘に支障はございません。小隊長の方は?」
「戦死したのは石田だけだ。負傷者はいない」
報告を聞いた葛城は彼らと共に南方を目指して行動を開始した。兵士宿舎から軍司令塔を通り、3階から1階に降りるために階段へと繋がるドアを開ける。慎重に鉄製の重々しいドアを開け、下方へと繋がる階段から視線を落とすと、階段にはすでにBETAが浸透しているのが見えた。第一狙撃小隊の彼らは手榴弾や手持ちのライフルで腰撃ちで掃討しつつ階段を降り続ける。高所からの攻撃なので圧倒的に第一狙撃小隊が有利であった。群がる白いマシュマロのような
「
「今は何も言うなリチャード。宮崎港に向かう、それまでは休め」
助手席に座る副長のリチャード・フラッダリー准尉は一言、「OK」とあ躊躇いながら答えて黙り込んだ。
南門を潜り、そこを離れて500メートルもしないうちに、後方から爆発音がする。輸送車両に乗る狙撃隊員たちがなんだなんだと外を覗き見ると、一番後方を走っていた装甲車が横転させられ、中にいた4人の兵士たちを無惨にも斬り殺し、その死肉を残骸から引きずり出す人型の姿があった。
「葛城少尉!例の人型、
「何…!?ここ最近報告上がってなかった新型か…。全車両全速前進、できるだけ速度を出して離れろ!」
リチャードはガラスを下に提げて身を乗り出し、後方にむくと腰を装備していたアメリカのリボルバー、M327TRR8の引き金に手をかける。8発という大容量マガジンのリボルバーは弾倉を回転させながら銃火を切るための万全な体勢を整える。やろうと思えば.357マグナム弾を横にうねりながら飛ばし、.357マグナム弾を人型のそれに命中させることはできる。が、幸いにも他のBETAが
撤退を指示した直後のヘッドクォーター。辻はオペレーターや作戦参謀らに強制撤退命令を下し、撤退させた。辻は副司令官の早瀬にもこの撤退命令を出したが早瀬は「この基地の副司令として与えられた責務を全うする」と聞かなかったので結局折れ、残した。
もう誰もいない、静まり返った基地にたった2人。骸の折り重なった廊下や敷地、崩れかけた建物など、満身創痍の基地から可能な限り最大限の努力をして部下たちを逃がし、自分らは責任のために司令部に立て籠り抗戦を示した。
陥落する時のために、常時用意していた時差式爆弾を司令部の至る所にありったけ設置し、時が来るまで待つ。
鉄板の扉が
「司令。どうやらここまでみたいですね」
「そうみたいだな…。着いてこなくてもよかったのだぞ?」
「はは、何を今さら。死後もお供しますよ」
護身用だった拳銃の弾薬は底をつき、残るは辻の持つ日本刀と早瀬の持つサーベルだけとなったがそれを握り、
そして設置していた時差式爆弾が辻の戦死から間もなく爆発。BETA共々久留米基地司令棟を木っ端微塵に解体していくのだった。
この久留米基地襲来と呼ばれる第七福岡方面軍の久留米基地が地下進撃ではるばるやってきたBETAによる襲撃を受け、多くの将兵や装備品が失われた挙句基地司令だった辻もこの際に司令室で早瀬副司令と共に自ら刀を手に取りBETAと戦い、戦死した。
彼らもまた、自分の能力の最大を引き出そうとし、自分らの部下を守って死んだ。それは鳳に通ずるものがあり、彼らの行動を無駄にせんためにも奴らに対して抗う闘志をガルラント中隊、第一狙撃小隊の全員に植え付けたのだった。
* * *
命からがら生き延びたガルラント中隊の4人や少数の久留米基地の人間は帝都、京都に向かう事を取り決めた。宮崎港に到着した時、港内は騒然としており中には泣き崩れて仲間の肩を借りて運ばれる者、口に銃口を含み自決する者。取る行動はバラバラだった。
この九州防衛戦で第7福岡方面軍を含む本土防衛軍西部方面部隊が壊滅。組織的な抵抗が不可能となった本土防衛軍のいた九州、四国、中国の三地方はBETAの手に落ち、生き残った衛士たちも、BETAに食われるか、占領されてもなお、その地に留まり戦った。まだBETAの存在しない本土へと撤退する者は、ほとんど居なかった。
「高砂。そろそろ船に乗らなければならないが」
「もうあと1分だけ待っててくれないか?もう二度と、この九州の地を踏めないだろうから忘れないうちにこの景色を覚えておきたいんだ」
「…1分だけだぞ」
江口が高砂を呼びに来たが少しばかりの我儘を言って、それを承諾した。
BETAという存在を忘れることが出来た。
多くの命が志半ばで倒れ、九州も今やBETAの手に落ちんとしていた。無念の敗北を喫した兵士たちは
高砂はポツリと「必ずまた、戻ってきます」と呟いて彼が戦死した方角を向き敬礼をする。敬礼をした後にタラップへと向い、鉄のカツカツという音を立てながらタラップを登ってガルラントのメンバーらとも合流。
警笛を鳴らしながら船が一瞬大きく上下に揺さぶられて離岸。その船は間もなく出航し、先行する輸送船らと合流した。
みるみる離れていく九州の大地はもう二度と踏めないだろうと覚悟した高砂は一人甲板に出る。甲板の手すりに寄りかかりながらただぼんやりとあの懐かしき日々、そして壮絶な戦いの一ヶ月を回想していた。命懸けであるのと同時に仲間とおちゃらけられた一ヶ月でもあった。
潮の香りがする冷たい風が彼を包み込む。それは新たな修羅へと誘う誘惑の風であるかのようだった。