Muv-Luv オルタネイティヴ インヘリティド 作:蒼山とうま
九州、中国、四国地方の完全陥落から3日。江口中尉率いるガルラント中隊の残存戦力4名は帝都防衛にあたり船で移送されその船は大阪の大阪港に入港、迎えの車に乗り込み帝都・京都を目指す。大阪港から京都の中心、京都御苑まで51キロ余り。車では1時間20分あれば容易に着く距離だが先のBETA侵攻で神戸まで進行を許してしまっている状況。警戒せねばならず安全策をとり大きく迂回するルートを取ったので、京都には3時間以上もかけて到着する結果となった。道中にある山々の紅が美しきこと。BETAが九州に上陸しその国土を蹂躙しているということを忘れさせてくれるほどに見蕩れる高砂は、いつの間にか車内で眠りこけてしまっていた。
「運転手」
江口の声で目が覚めた高砂は目をゴシゴシとかいて目を開ける。
「ここで降ろしてくれ」
彼の声が木霊する車内、その声で高砂は完全に目覚めた。帝国軍が保有している民間車両の助手席に座る江口が一件の屋敷の前で車から降ろすように頼む。その屋敷には黒塗りのセダンやワゴン車など5台が止められており、なにやらただ事ではないような雰囲気を醸し出している。
下車した4人はその立派な門の前に行き、表札には篁と立派な明朝体で書かれており、江口はその表札を見るや否や、門の前に立っていた二人のスーツを着た男に止められた。
「止まれ、何者だ」
「ここの主人篁様の知人、
「生憎だが、当主は今留守にしている。中佐に取り次いで言伝は伝えるが?」
「いえ、自ら伝えます。どうか通行の許可を」
「今報告し、返答を待っている。危険物の所持がないかだけ確認させてもらおう」
屈強な男たちが4人のボディチェックを始める。頭から足の先まで念入りに触り確かめる。ここにいるガルラント中隊のメンバーらは衛士なので小銃や爆弾はおろか拳銃すら持ち合わせていない、文字通りの丸腰状態だ。
「こちらは何ももちあわせていませんでした」
「こちらも同じく」
全員のボディチェックが終わり、何も危険物を所持していないことが確認された直後にこのSPたちの護衛対象と思われる者からの返答があり、通行を許可してくれるとの事だった。通ってよしと言われ、反射的に敬礼をし「ありがとうございます」と返す江口。半秒遅れで高砂、三沢、森の三人も敬礼した。敬礼を解き、江口が先行して屈強なSPが両端に立つ門をくぐってそれに続くように高砂、三沢そして森も篁の門をくぐる。石畳の道を歩き、いかにも一昔前のような引き戸の屋敷の玄関の前に到着した。
「すみません、どなたがいらっしゃいますか?」
江口が戸を叩くと中から「はーい」と女性の声が聞こえ、戸が開いたと思えば中から顔を出したのはまだ18にも満たない少女だった。見た感じは高砂や三沢と同い年かやや年下くらいの少女で、その目は輝きに溢れていた、まだBETAと血で血で洗う修羅の場所と化す地獄のような戦場の惨状を知らないようだった。
「江口の兄様ですか!?」
その少女は目を丸くし江口を見ると、「母様!母様!江口の兄様がいらっしゃいました!」と急いで玄関を上がり母親を呼びに戻る。それを見た後ろの三人は何が何だか分からず、状況も理解出来ぬまま、高砂と森は口をあんぐりと開けて互いに顔を見合せて三沢はやれやれとため息を一つついた。
1分も経たないうちに彼女は彼女の母親とその後ろから娘と同じくらいの歳であろう少年を連れて玄関に戻って来た。とても美しく凛々しい女性だと高砂は内心思い、ここの当主は嘸かし幸せなのだろうと同時に想像した。
「あら、江口さん?遠路遥々ご苦労様です。後ろの御三方は護衛ですか?」
江口に挨拶するその女性はふと江口の後ろにいる軍服姿の野郎三人組に目を向けてポカンと首を傾げる。彼女には自分らは護衛に見えているのだろうか。格好が格好だからそう見えるのも無理は無いが、実際は護衛というより部下と言った方が正しい。
「こちらは、現在私の率いる部隊の部下で右端から──」
「高砂瑞貴、17歳。階級は少尉です」
「三沢敦士。17歳、同少尉です」
「
挙手の礼をしながら3人は名と名乗り同時に年齢と階級も伝えた。男が既に少なくなっているこの状況で男が、ましてや衛士が京都に存在することは異様と言っていいまでに珍しく、居るとしても教官の任に着いている人だけ。衛士養成学校に通うその大半も女性で、彼女にとっては珍しいことであった。
「立ち話はあれなので良ければ上がってください」
凛々しいその女性は
彼女らに案内されて入ったのは立派な日本庭園が見える客間。その客間の縁側には既に先客が居たようで、体つきから男だということを直ぐに理解した。その男が振り返ると左額から左唇に掛けて特徴的な傷跡が残っていたので、江口は誰なのかすぐに理解した。
「おっと、誰が来たと思えば君だったのか。江口中尉?」
「は、ご無沙汰しております」
江口の声に一瞬で力が入る。歳で言ってしまえば明らかに向こうの方が年上だろうが、にしても余りにも力が入りすぎな気がしてならない。声だけじゃなく肩や背中、足に手の先までありとあらゆるところに力が入っていることに三沢は気づくと、彼の肩にある階級章に目を移す。星が2つに横線も2つであることから彼の階級は中佐ということが容易に想像出来る。道理で江口の声も普段通りではなくなるわけだと、三沢は一人納得した。
栴納に「どうぞおかけください」と言われ進められた座椅子に「これはどうもご丁寧に」と返す江口は身を引きつつも彼女に勧められて結局、座椅子に座る。篁の3人はお茶を淹れるために部屋を離れ、中には中佐とガルラントの生き残り4人合わせて5人の男だけ。横一列に並んで座るガルラント中隊の隊員たちは何を話していいのか分からず戸惑うが、江口が「自己紹介をしろ」と命令を出す。それに従い先程と同じく軽い自己紹介を行った。
対面する男は
「しばらく会っていなかったが、江口中尉は元気にしていたか?」
「そりゃ勿論この通りです、部下もヤンチャな奴と人が掴めない奴と影の薄い奴とまぁ…。統制は大変ですがね」
暴馬、理解不能、空気。生き残ったガルラント中隊の下3人はそんな風に中佐に紹介されるのは流石に頭にきて、今にでも江口を3人で半殺しにしそうな雰囲気。その紹介を聞いた巌谷は「それなら君はマゴチかな」と言う。マゴチはコチの一種であり日本全国や奄美大島以南の太平洋、インド洋、地中海オーストラリア東部までの広い範囲に生息する魚である。自分よりも大型の獲物を捕食することもあるが、無理に喰らおうとして死んでしまうこともあるそうで、普段から大型のBETAにすぐ喰らいつく江口にぴったりな渾名だった。
「マゴチですって中尉?」
「う、うっせ!」
ニヤつきながら高砂は江口につけられたあだ名で弄り倒し、それに対して江口は顔を赤くしながら彼に奇声のような声をあげる。
「君は確か九州に配属だったはずだが…」
「それが九州が陥落しちまったもので部隊の残存率いてこっちまで逃げ帰ってきた状態でして…」
不意な巌谷の問いに言葉を濁しながら江口は答える。それを聞いた巌谷は考えを巡らす。部隊員を連れて訪ねるときはその部隊の長が、つまりは鳳がいるはずであるが彼がここにいない。つまりはそういう事だ。
あの男はあの地でBETAに。
巌谷は「すまない事を聞いた」と述べ、江口は少し言葉を被せるように「こちらに気を遣わずに」と返す。気まずい空気から始まったしばらくの雑談ののち3人が戻ってくる。母親の方はお盆に5杯お茶を載せ、娘の方は和菓子を、そして従兄弟の方は洋菓子をそれぞれ持ってきて彼らに差し出す。
「私どもは家業の方がございますので何かございましたらお呼びください。ほら唯依、修武。行くわよ」
「巌谷の叔父様や江口の兄様と一緒にいてはいけないの?」
「そうですよ叔母様、我々はもうじき衛士になるのです。今更子ども扱いなど…!」
彼女らの質問はそこに座る若い方の男4人を仰天した。これから話すのはBETAに対する防衛戦略や今後の話、そして九州の惨状だ。幾ら篁の家の次期当主とはいえとても女子である彼女に聞かせるわけにもいかない。しかし、幼い頃から篁の二人のことを知っている巌谷と江口は自分らに関することを彼女が一度でも言ったら聞かない事を知っていたので、仕方なく栴納に承諾して欲しいと頼み込んだ。
中佐は彼女らの言葉に笑い飛ばして承諾しようとし、彼女は困り果てた様子で左頬にてを添えながら考えてしばらくして「あなた方のお願いでしたら」と承諾してくれた。娘を部屋に残して、彼女は静かに部屋の引き戸を閉じた。
「まず先に断っておくが唯依。これから話すのは戦術機とかBETAとかそういう話だ、それでもいいか?」
「勿論。私だってあと少しで衛士になるから今のうちから戦場がどんな風なのか知っておきたいの」
熱心な次期当主殿たちだこと、と森は密かに思う。隣に座る江口は中佐と顔を見合わせて考え込んだ。数多もその命を儚く散らした衛士らの話に、唯依は耐えられるかどうかが不安である。いくらこの二人が衛士養成学校に通っているとはいえ教官たちが教えに受けている風なことよりも圧倒的にグロテスクな話だ。ドロドロとした国際情勢の話もするだろうから、男の修武は兎も角、あまり女の唯依には聞かせたくなかった。
「本当のいいのか?」
「構いません」
二つ返事の即答。彼女の柔らかな表情は一転し覚悟を決めた表情になる。黙り込む江口は困り果て、巌谷に助けを求めるように彼に視線を向けた。巌谷は溜息ひとつ付いて篁に話を聞く事を許可するが、条件としてどんなに話が過激なものになっても最後まで聞く事を条件とした。2人は承諾して大陸での戦闘、そして壊滅した九州での数多の戦闘、見聞きした第1長崎方面軍や第2佐賀方面軍のことを話し始め、とうとう自分らが経験した第7福岡方面軍の話となった。
「どこから話せばいいのかわからなくなるから結構割愛することになっちゃうけど許して欲しいかな。
まず、俺たちは久留米基地に本部を置く本土防衛軍西部方面部隊隷下部隊の第7福岡方面軍第6戦術機甲師団ってとこにいて第4戦術機大隊ガルラント中隊って12人の部隊に所属。中隊長は鳳陸奥少佐で副長が俺。ここにいる3人もガルラント中隊のメンバーであの戦いを生き抜いた猛者たちだ。
7月7日から始まった北九州防衛戦は、たった2日で第7福岡方面軍の損耗率は30%近く。戦車は砲塔をもぎ取られて
俺たちは3日目の10日にまた出撃、この日こそ一度たりとも忘れたことはない最悪の日だ。俺たちは午前8時50分に第6戦術機甲師団の総力を上げた出撃に参加した。
──なぜ3日間も連続出撃をしなければならないか、交代の出撃じゃなくての出撃で衛士らは疲弊していないのかだって?唯依、ここ3日間の激しい戦闘で皆疲弊しきってるのは分かっていたがな?それでも出撃しなければBETAに蹂躙され続けてしまうんだ、断固として阻止するべくの出撃だ。そこはしっかり理解して欲しい。
話を戻そう。鳳少佐率いるガルラント中隊は第4戦術機大隊──言わば宮部大隊と別れて第1戦車軍団や第2機械化歩兵連隊、第5歩兵大隊が配置されている第三防衛線の応援として派遣された。しかし到着してみたらどうだ、戦車はなぎ倒されこじ開けられたハッチには肉片が転がって、近くのビルの壁には血痕がベッタリだ。人の姿なんてどこにも見当たらなかった。しばらく捜索して、民間人が4、5人居てそいつらの容態を確認するために神木っていう衛士が、コックピットから降りて向かった。その間、他の10人は皆全周警戒だ。
一人足りないがどうしたのかと言うと、ソイツは会敵の時に高度を上げすぎた結果撃墜されたよ、散々中隊長から高度は基本20メートル以下にしろって言われたのに。高度を上げすぎたんだ。その結果
江口の話を隣で聞く高砂には、あの日の記憶が蘇る。鳳少佐が一人BETAの肉壁の中に取り残されて、いくら制御装置が作動していたとはいえその光景を目にしながらも置いて逃げ帰ったことを。
「中隊長ーー…ッ!」
自分が必死になって叫んだあの声が脳内に響く。それと同時に見たことが無いはずのグチャグチャに彼の機体の輪郭が歪んでいき、無造作にコックピットが潰されてゆく惨劇の一部始終も目に浮かんだ。
(何だ今のは…。鳳少佐の最期か…?だとしたらなぜ…)
「どうした高砂、大丈夫か?」
右手を額に当て見るからに具合を悪そうにする高砂を見た森は、江口に目で合図する。それに気いて目線だけ向けた江口は座机の下に手を回しハンドサインで一度退出するように指示し森は「了解」と小さく呟き、高砂を連れて客間を出た。
「どうしたんだ瑞貴。気分が悪いのか?」
「大丈夫です森中尉…。ただ少し、変な幻覚が見えただけで」
「変な幻覚?」
血の気の引いたような青い顔をした高砂は森に自分が見た鳳の最期を伝える。森はにわかに信じ難いと言わんばかりの高砂の言葉に驚きを隠せない顔を浮かべるが、すぐに本当であると確信した。高砂の異常なまでにかいた汗と、さっきまで何ともなかった彼が一瞬でここまで疲弊しきっていたのがその根拠だ。
「俺とお前の仲だ、信じよう。だがこの現象は少し上にあげる必要があるかもしれない。下手したら五摂家、なんなら国防軍総司令部にお前のことを上げなければならなくなる」
「それはまたなぜ?」
「そんな異能は人間じゃ基本的に考えられないからだ。となると、必然的にお前がBETAであると騒ぐ奴らが出てくる。変に人に話すなよ、他言無用だ」
「りょ、了解…」
細く呟き黙り込む彼に、森はため息をついて橙色がかった蒼天を見上げる。イメージする秋の夕暮れと同じような涼しい風に紅の楓、そして沈む夕日。この美しい風景を、そして日々を失わぬように彼らは今、身を粉にしてでもBETAを一掃しユーラシア大陸全土を取り戻すことが必須。今までに犠牲になった日本帝国国民や衛士らの犠牲を無駄にせんためにも戦うことが責務である。
東西冷戦も休戦し共通の敵、BETAを地球から撃退せんとアメリカとソ連が共に手を取り合って戦っている。自分たちも遅れをとってはならない、そう思いながら操縦桿を握るのだ。
しばらく涼しい外の空気を吸って落ち着いた2人は再び客間に戻る。戸を開けると巌谷と江口、そして篁の2人が話しており、従姉弟関係の2人が熱心に聞いている。
重々しい話だったはずだがいつの間にか明るい雑談になって夢中になって話しているうちにあっという間に夕暮れどきになっていた。
「おっと、もうこんな時間だ。軍務に就かなきゃ司令に怒られちゃう、そろそろお暇しようかな」
目線を向けられた壁にかけられた時計は、午後5時45分を指し示す。
巌谷は、もう少ししてから仕事に戻るという事だったので、江口は礼をすると、部下3人を連れて先に部屋を出ることにした。警護兵たちにも敬礼をして、外に待機していた車に乗り込む一行は、帝都にある日本国防軍総司令部京都司令所に赴かんと、同地を目指して再び車を走らせ始めた。
篁家の屋敷から京都司令部まではら車で10分とかからない所に位置し、多少の寄り道も何も問題はなかった。そして、京都着任は午後7時と書面にも記載してある。まだ1時間15分もの余裕があるのだ。
第7福岡方面軍において、日本国防軍帝都防衛部隊に編入されるのは本土防衛軍西部方面部隊の九州方面軍や中国、四国方面軍の残存部隊、東部に展開する帝国陸海軍の一部部隊である。
「帝都にまでBETAが迫っているとなると相当な難民が出るでしょうな…。戦術機はともかく、歩兵部隊の装備は大丈夫なのか?」
「ウチではソ連軍のKPV重機関銃も取り扱ってますがね、恐らくヤツには効かないでしょう」
高砂が京都に迫るBETAを危惧しながら聞くと、運転手の男は被った帽子のツバを軽く掴んで少しばかり下に引っ張る。ミラー越しに見える感情が綻びた無愛想な笑いを浮かべる彼を見て、無感情になった高砂は江口に司令所に急ぐように伝える。江口は、彼がこんな運転手とは、一秒たりとも一緒に居たくないと思ったのだろうと察したのだ。
車窓の外に映る景色は紅葉した紅葉や楓の木。その下で笑い合いながら歩く学生や行き交う車、そして赤紅の幻想的な夕暮れである。
10分も立たずのうちに、司令所の正門にたどり着いた。ゲート前に停車して門兵が車窓の隣にやってくる。ガラス越しに江口がIDカードを見せると、それを確認した門兵、は手を下から上へ振り上げるように指示を出し、その後にゆっくりと正門のゲートバーが上がって、その下を車で通過する。
帝都中心部とはいえ、さすがは帝国軍の京都司令所だ。何から何まで規模が桁違いで、自分らがいた久留米基地の数倍はある敷地面積はあるであろうと思った。この近くに衛士養成学校もあるというのだから、京都防衛部隊の装備や設備の充実さも窺えた。司令部があるA棟の前のロータリーに車が止まり、降車すると正装を着た軍人が20人ほど並んでいた。
「ようやくお越しかい?江口中尉」
「予定より30分ほど遅れた。許してください」
「なぁに、たかが30分程度なんざ戦闘でもブリーフィングでも無い限りは問題ない。っと、申し遅れたな。私は
出迎えてくれたのは、
「本来ならば司令と副司令が出迎えるはずだったのだが生憎、双方が皇帝陛下の召集を受けておられるので、小官が出迎え致す。ようこそ、京都司令所へ」
敬礼をする彼らに返礼する江口以下3名の衛士は、かの者に案内されて司令部内に歩を進めた。
「貴官の所属はどこです?」
すると彼は帝国陸軍第34飛行隊だと答える。中佐で飛行隊所属という事ならば、ポストはひとつしかない。飛行隊長の座だ。彼が衛士なのか、それとも普通のパイロットなのかはさておき、いずれにせよ、航空支援として彼らは活躍してくれであろう。その事が衛士にとって、どれほど貴重なことであろうか。
近々勃発するであろう京都防衛戦でも、たとえ
「本日
江口を前に、後ろに高砂、三沢、森の順に並び挙手の礼を向ける。臨時の司令官や他の参謀の人間もそれに応える。司令達が敬礼を解いてから2、3秒経ってから彼らも敬礼を解いた。
「遠路遥々ご苦労。九州防衛戦は鬼畜であったと聞く、今日は早く休むといい。明日にもう一度ここに来てくれ、明日に配属部隊と任務、その他諸々の説明をする」
「はっ!」
司令に再び敬礼をして退出した。司令官執務室を出た途端に、砲声が廊下を揺さぶった。
高砂と森が、何だ何だと近くの窓から外を覗くと、90式戦車や74式戦車の発砲とともに歩兵が装甲車と共に前進、敵陣地を制圧せんと頻りに銃を撃っていた。
「おー、やってるやってる」
「ありゃ第九戦車中隊だな。実戦訓練か?」
日本帝国国防軍の帝都基地周辺には、帝国斯衛軍衛士養成学校や実射訓練場などの設備が充実している。訓練には困らないであろうが、いざBETAと戦闘が始まれば、どれほどその訓練で培った技術が生かされようか。
自分よりも実戦経験もあり、数々の修羅場を潜り抜けてきたあの精鋭の鳳少佐でさえ、戦死するような戦場だ。
一体この基地の何割が死ぬのであろうか?
そう江口は思った。
武田や西行寺らのような少し後から部隊に参加して、苦楽を共にしてきた連中のほとんどが、一瞬で死ぬBETAの圧倒的物量。兵站という概念がないアイツらに、一矢報いる方法はないのか。江口は苛立ち無意識に自分の親指の爪をガリッと噛んだ。
「江口中尉?」
三沢がキョトンとした顔で、隊長の顔を覗くように見つめ、はっとした江口は反射的に彼に対し顔を向けて、何でもないと言葉を発し、心配させないようにした。
隊長なのだから、鳳少佐の後継人なのだから。自分がしっかりしないでどうするのだ。
その思考が鉄鎖となり、江口をきつく縛り付けている。
体がずっしりと重くなるような感じがした。
その錘は鳳陸奥という男が創りあげた、このガルラント中隊を潰えさせないようにできるのか、鳳を知り彼の最期を見届けた
手が震える。息も上がる。その時、彼の部隊に入隊したての頃に彼が発した言葉が脳裏を過ぎった。
「例え最後の希望が消えそうであっても決して逃げるな。今ここで誓ってくれ。BETA供に隊が蹂躙されようとも、私は身を盾にしてでも、君たちを守る。隊長としてでもなければ上官としてでもない。一人間として、君たちを守り少しでも光を見続けさせてやりたいんだ」
綺麗事を並べたあの言葉はカッコつけて言っただけ、その場限りであって、実際に味方部隊が蹂躙されればすぐに逃げ出すと思っていた。
だが、今になってやっと理解した。
歴代のガルラント中隊の衛士が遺した無数の希望、正義を果たすその日まで受け継いでいく必要があり、そのために初代ガルラント中隊の中隊長はあのモットーにしたのかと、江口は彼らを眺めながら思った。紅い夕日が峯に照らされてなんとも美しき情景を成していた。
* * *
8月3日の夜。高砂は三沢の運転するジープに乗って山奥にある、一件の建物を訪ねていた。ドアを叩いて「誰か居ないか!」と大声を上げる。何せ広い敷地に広い建物だ、もう既に夜9時を回っているので誰かが気づく事がほぼ運であって、いつ出撃命令が下るか分からない以上は、一刻も早く事を済ませたいという焦りもあった。しばらく戸を叩き続けてようやく誰かが気づいたのか戸を解錠した。
「どちら様ですか?」
戸を半開きにして、覗くのは長い黒髪に大きな赤いリボンをした女子。彼女はポカンとした顔で目の前に立つ一人の男を覗き込むように見ていた。
「高砂瑞貴、第4戦術機大隊ガルラント中隊所属の衛士、階級は少尉」
堅苦しい自己紹介に「は、はぁ…」としか返すことの出来なかった彼女は、何の御用でしょうか?と続ける。
「能登和泉訓練生に用がある。至急取り次ぎ願いたい」
「少々お待ちください。今お呼び致します」
彼女はそう言うと身を玄関扉の奥へと引いていった。暫くしてから、ツインテール姿の眼鏡っ娘が戸を開けた。
「私が、能登和泉です…」
(なるほど。確かに塚本軍曹が好むのも頷ける)
オドオドし、内気な能登は、世話焼きな塚本にとってお似合いな彼女であると一目見るうちに理解した。彼女を見つめながら胸ポケットに閉まっていた、彼氏の遺品を彼女に手渡す。
「これは?」
彼女が目線を上げて手渡した男の方を、まだ何も知らない輝く目で見つめる。
「塚本───田上忠道軍曹の遺品だ」
その瞬間、彼女は何も信じられず、彼の手から恋人のドッグタグとペンダントを奪うように引き剥がし、それを見つめては涙を流した。
向ける彼女の背を見た高砂は歯を食いしばりまた、拳を握りしめ小さくそれが震えた。
「彼氏さん。勇敢な人だったよ」
高砂は彼女に背を向けながら言い残し歩き出す。背後では、よろよろと歩き寮内に戻って、その中で泣きさけぶ彼女の声が響き渡る。その背から響く声を聞きながら考える。こんなのでよかったのか、と。
「どうした高砂。浮かない顔だな?」
声のする方に顔を上げると、やはりそこに居たのは運転席に腰をかけて地図を広げている三沢だけ。
「誰か来てたのか?」
「あぁ。篁のお嬢さんと連れの兄ちゃん」
端的に答える。地図にひたすら向けられる彼の目は、軍略家の目だ。
「なに地図ばっか見てんだよ?」
三沢は地図をしまうと、乗れ、と言わんばかりに顔で合図した。高砂がそれに従って乗ると、彼はジープのタイヤを回す。
「BETAが帝都に侵入した時の布陣と有効的打撃法を模索してただけだ」
高砂は疑問符を頭にうかべたような顔をしながら、人差し指で自身の頬をかく。布陣や防衛作戦の立案は帝国軍参謀本部が行うはずだ。ましてや、一部隊の少尉が立案なんて聞いたことがなかった。
士官は、参謀本部から立案された作戦を実行するためのいわば歯車。その歯車が機械的ではなく、自律的に動き出すことなど、軍にとってあるまじき行為。仮にそれが提示するためでなかったとしても、高砂はなんとも言えぬ不快感を抱いた。
「お前って奴は…」
「何も考え無しに突っ込むよりかはマシだろ?どっかのお偉い衛士さんとは違って」
「そうだな」
単調に会話を続けながら、吹き抜ける風を顔に浴びてゆく。今宵のなんと静かなことだろうか、高砂は1秒でもこの時間が長く続いて欲しいと夢物語のようなことを切に願った。
* * *
出撃に備えてガルラント中隊は、
「おーい三沢ぁ、何してんだー?」
手をメガホン代わりにして作業中の彼に呼びかけると、三沢は高砂かぁ、と言い、かご付きリフトから降りてきた。
彼の機体の左肩部には、黒の縦線が三本刻み込まれている。それは亡き鳳と同じ印であった。
「誰かが鳳少佐の意志を継がないとガルラントはガルラントじゃ無くなると思ってな。せめてもと思って鳳少佐の機体マークを入れていた」
2人で戦術機の前で話しているところに江口が割って入る。
「お前ら、ブリーフィングだ。さっさと降りて来い」
「了解」
江口に敬礼した2人は急いでタラップを降り、ガルラント中隊の部屋まで向かった。
部屋に入ると江口と森、それ、から見慣れない男女の衛士たちが、机を囲むように座っていた。空いている2席に座った彼らを確認すると、江口は「これよりガルラント中隊のブリーフィングを始める」と静かに言った。
北九州防衛戦後のガルラントメンバーは、12人中わずか4人。本営もこれを危機的と判断し、ほぼ壊滅状態であった小隊を解散し新たに部隊を再編成、結果としてガルラント中隊は残りの8名の人員を確保し、江口中尉を中隊長とした、新たなガルラント中隊が結成された次第であった。
「現在BETAの別動隊は淡路島経由で大阪に到達、帝都防衛第一師団と斯衛第二連隊が現在交戦中ではあるが、いつこれが破られ帝都に迫るか分からない状態にある。本隊においても神戸を突破したBETAが、すぐ目と鼻の先まで迫ってきている。そこで我々は帝国軍総司令部、
総司令部の指示では反対は出来ない。しかし、防戦に徹するということはすなわち、帝都内における戦力を帝都外に派兵する事の裏返しでもある。
帝都内は、我々ガルラント中隊と帝国近衛軍、そして僅かな陸軍戦力しか残らないことだろう。帝都の放棄は避けられないところまで来ている状態にある。
しかしながら、極東国連軍が、帝都防衛に援軍として駆けつけてくれるという内容の伝達もある事を、江口から伝えられた。国連軍が出てくならば、多少はBETAの侵攻速度を落とすことが可能になる。
侵攻速度が低下すれば、その分時間が稼げ、日本帝国における反攻作戦の準備に充てることも可能だ。そうすればこの地獄も早期に終わらせることが出来ようか。帝国軍と国連軍の帝都防衛。少なからず国連による政治的影響は受けるだろうが、明日を掴む上ではやむを得ない。
「グラスカール、ファルロット、レリックの三隊は京都駅から京都御所周辺の防衛。その間、我がガルラントは、嵐山周辺に展開して日本帝国本土防衛軍第96砲兵大隊の援護とBETA接近時の近接戦闘を任務とする。他部隊は舞鶴神戸間第二防衛戦の各陣に布陣し、国連軍協力の元、防衛陣を敷く。我が陣もしかりだが、戦線が仮にBETAの激しい侵攻により崩壊しかねない場合は、石見中佐以下B-1AJ、フランカー隊が各戦線に爆撃による支援攻撃を行う。爆撃支援座標はデータリンクで共有されるが、念の為に発光筒または発煙筒で座標を指定しろ。白リン弾とクラスター爆弾を石見中佐が届けてくれる。質問がある者は」
アメリカの爆撃機を改良したB-1AJ、それに加えて搭載できる爆弾、しかも白リン弾に
そうとくれば、恐らく、アメリカから貰った爆撃機も爆弾も、独自に研究開発したものだろう。もはや何でもありだなと三沢は心の中でボソリと言った。
「砲兵陣地からどれくらいの距離が離れているのですか?」
ガルラントの新入りが右手を挙げて質問する。
「砲兵陣地から2キロ北部、嵐山のコマンドポストからは5キロ東に陣を敷く。部隊の方針としては、砲兵陣地からの支援砲撃要請があれがあれば直ぐに撃てるようにな。森は得意だろう?支援突撃砲の砲撃は」
「しっかり
「分かっているさ。他に質問は?」
しばらく部屋の中を見渡し、質問がないことを確認した江口は指揮棒を掌で鳴らすと一言。
「解散」
ガルラント中隊の一同は、敬礼をして部屋を後にする。明日には出撃、BETAは文字通り帝都のすぐ側まで迫ってきている。琵琶湖には小沢長官を司令官とした、日本帝国海軍連合艦隊、と、極東国連海軍も存在するが、射程的にも帝都内と少し過ぎた西側しか届かないであろう。
艦艇数も戦術機の数も、圧倒的に困窮している中で起こり得る帝都防衛戦。帝都の陥落はBETAへの損害に対して割に合わないことは分かっている。
避難民の誘導は既に開始されているとの報告が、数日前にあったが政府首脳はまだ退避していないとの事だった。そうなれば、この防衛戦はあくまでも帝国政府が皇帝、そして政威大将軍を逃がすまでの時間稼ぎにしかならなく、我々衛士はいわば捨て駒だ。
こんな理不尽なことがあっていいのか。他人に自分の生死すら、運命づけられていいのか。そう
この戦争はいつまで続くのだろうか、人類は、再びこの星に安寧を求めることが出来るのか。
ましてや、こんな状況でも人間同士で争うことを厭わない人間とは一体何なのか。
頭の中で浮かんでは沈む数多の思考を巡らせるうちに、いつの間にか高砂の目の前は真っ暗になっていた。