Muv-Luv オルタネイティヴ インヘリティド 作:蒼山とうま
サウンドレーダーには、300から500のBETA群が映し出され、視界を埋め尽くすほどの無垢なる炭素の塊が這い出て来て、地を這ってこちらに向かってきている。
「中隊長。敵さんお出ましのようですよ、西方約300です」
サウンドレーダーに目を凝らした森が、距離を特定し、江口に報告する。江口はそれに対して中隊の半数を攻撃態勢に、もう半数を防御態勢に移行するように指示を出した。帝国斯衛第1独立警護小隊、第2独立警護小隊は、VIPを乗せたトラックをそのまま護衛し、舞鶴へと北進する一方でガルラント中隊は、BETAに対する防御網を形成した上で、これを迎え撃つ。
「敵を視認!目標との距離1500m!」
「オイオイ、ここはアルデンヌの森か何かなのか?」
森が約60年前の戦争のことを引っ張り出している最中、江口は静かに指示を出した。
「全機兵器使用自由。
「了解ッ!」
灰色のF-4J撃震12機は、トラック目掛けて横槍を入れようとしてくる
弾倉の中では、巻き上げられるかのように、弾丸付きのチェーンが、ガラガラと金属音を立てながら引っ張られている。ハンマーに薬室を叩かれた弾丸は、薬莢から勢いよく熱をまとって飛び出、瞬時に新たな弾丸を置き換えられる。そのピストン運動は、さながら神速であった。
細かい振動が機体を揺らし、無数の曳光弾が光を帯びてBETA群に突進してゆく。その弾丸の猛烈な突撃を食らった、群れの先頭に位置する
マシンガンであるために、一体につき5から10発を消費してしまうことを避けるため、トリガーを引いては離し、引いては離す指の作業を繰り返すガルラント中隊のメンバー。
目の前のディスプレイに映し出される、暗く暑い雲に覆われた山林の中にあるその特異な存在は、劣化ウラン弾によって確かに生物から骸へと変わり、燃える京都の炎に照らされた空はまるで人類を、日本人を嘲笑うかのように赤黒く染まっていた。
数は数えない。いや、数えたくないというのが本音で、これを可能な限り処理して将軍らの退路の安全を確保する───中隊長である以上、責任重大だ。
やめてくれ、来ないでくれ、早く終わってくれ。
心の中では確かにそう叫んでいる。
死にたくない。死にたくない。
頭の中では確かにそう響いている。
夢なら覚めてくれと、何度願ったことだろうか。しかしながら現実というのは非常に無常。BETAはそんな事を理解事もなく、ひたすらに撃震へと仲間の骸を超えて迫ってくる。
ガルラント中隊の戦術機が次々と弾丸を吐き出し、無数のBETAを薙ぎ払う。それでも、波のように押し寄せる無垢なる炭素の塊は止まらない。
上空には、京都市街地での空爆を終えたであろう爆撃機らしき黒点が、編隊を組んで飛んでいる。恐らく高度は5000ほどだろう。頼めるなら、彼らにここにいるBETAにナパームをお見舞いしてやって欲しいと、江口は内心呟きつつ目の前の掃討に専念した。
「距離100!まだ押し寄せてくる!」
森の報告に、江口は即座に命令を下す。1秒でも早く指示を出す。それが今できる最善の抵抗であり、命存える唯一の方法であった。
「第一分隊前進、
指示を受けた撃震の一機がブースターを吹かし、74式可動兵装担架システムに格納されていた、74式近接戦闘長刀を抜く。刃が鈍く光り、迫りくる
その瞬間、「上空に敵影!降下してくる!」という龍造寺の警告が響いた。
江口が顔を上げると、空を覆う黒い点が急速に接近してくるのが見えた。
「なんだアレは…!?」
江口が乗る撃震の目線の先には味方の爆撃機では無い何かが、反転降下してこちらに落ちてくる。その機動はさながら戦闘機である。数はおよそ30、鋭利な四肢を振るい、戦術機の頭部を貫かんと急降下してくる。
「全機、回避機動!
操縦桿を押し倒して、之字運動のような回避機動をするガルラント中隊。突っ込んでくるその黒い物体はなんの躊躇いもなく、まるで自爆用無人機のように降下する。
血流が半ば強制的に上へと偏る。
視界が赤い。
脳がはち切れそうだ。
森は悲鳴の上がる脳みそを必死に押さえながら、上空に向けて36ミリの劣化ウラン弾を散布した。無数の白橙の光が空からやってくる異形の生物群へと真っ向勝負を挑んでいく。距離は縮まって無数の弾幕が異形のBETA群を掠り、或いは殺してゆく。
「上方警戒を怠るなよ…!戦闘区域はここに留まらせつつ
江口の叫びと同時に、撃震の一機が飛行するヤツの一撃を避けきれず、機体ごと地面に叩きつけられた。赤黒い肉塊が、戦術機の装甲を食い破り、内部の衛士を押し潰していく。無線から聞こえるノイズ混じりの悲鳴は一瞬で途絶え、撃震の動力が落ちた。
一呼吸置く暇もなく「くそっ!」と誰かが唾を吐いた。
「いいかよく聞け!以降、あの飛んでくる奴は
「了解!」
チェーンガンの火は、絶えず吹き続ける。摩擦により、銃身は確実に熱を帯び始め、灰色はやや赤くなり始めていた。
「クッソ…!これじゃ暴発しちまうじゃねぇかッ…!」
高砂は撃震の右手に装備された、87式突撃砲での射撃を止めると74式可動兵装担架システム、ブレードマウントから74式近接戦闘長刀を展開して付近に存在するBETAをところ構わず斬り刻む。
「高砂少尉!敵上方、急降下で突っ込んでくるぞ!」
森が警告するが、飛行級の突撃は想像以上に速かった。だが、高砂は冷静に跳躍。機体を斜め後方へ滑らせるようにブーストをかけながら、右の
「はあぁッ!」
スーッと氷の上を滑るかのように空をなぞる74式長刀が、
「
「現在地はここより北東に約3キロ、山林の間だ!護衛部隊は未だ健在、
森の報告を聞いた上で「皆聞いたな!?もうひと踏ん張りだ!耐え抜けよ!」と江口は仲間を鼓舞した。
「このデカコウモリしつこいぞ!撃っても撃っても捻って避けやがる…ッ!」
曳光弾の緑色と赤色の光が、コウモリのような
「長刀で斬れ!突撃砲を撃っても
森の命令に反射的に「了解!」と返答した彼は、すぐさま74式近接戦闘長刀を装備して、周辺に群がる
躊躇なく突貫する
「こいつ、動きが速すぎる…!」
「
「了解ッ!」
「来い、
その瞬間、
「はぁーッ!」
74式近接戦闘長刀が
斬り伏せた直後、三沢へ
「くっそ…!まずい!」
彼の撃震は傷つき、内部のシステムが次々と警告音を鳴らし、関節部もギシギシと悲鳴をもあげている。しかしながら彼はそれを無視し、すぐに機体を起こして戦闘態勢を取って対峙し続ける。
「これで終わりかと思ったか…ッ!?」
その瞬間、三沢の目に再び次の敵が迫ってきた。飛行ファイター級の群れが、次々と彼の前に降下してきていた。
「中隊長!三沢少尉の方向へ多数の
1人の衛士が叫ぶ。見れば、確かに三沢に一点集中で
「俺は三沢少尉の方に行って、あの
江口の声が無線越しに響き渡る。
ガルラント中隊は、できる限り動揺を見せることなく、再び戦闘のペースを取り戻すべく動き出した。三沢はもう一度74式近接戦闘長刀を振り上げ、機体を動かしながら新たに降下してくる敵を迎え撃つ。江口は機体を旋回して三沢の方に向かう。
その時だった。遠くから唸るエンジンの甲高い音と、暗闇に飛行機雲が数個、遥か遠くに、かすかに見え始めた。石見の爆撃隊だ。B-1AJの編隊が来てくれたのだ。
江口の元へ無線がひとつ入る。それは紛れもなく石見からだった。
「こちら石見、いい報告だ。あと10分すればお前さんたちの戦闘区域に到着。そしたらJDAMのデリバリーだ」
「了解、10分ですか。…それまで耐えてりゃの話ですがね」
江口は石見に対して、少しやや弄れた返答をしながら
「おいおい、駄賃くらい払ってくれてもいいだろ?」
石見はさながら金にがっつく者のような言い様で、「モノだけ取っといて金出さないはないだろォ」と続けた。
「なら代金として36ミリ撃ち込むんで、高度は500で固定してください」
「わーった、今回はサービスだ」
高笑いした石見はその笑い声を響かせたまま無線を切った。一方の江口は深く溜息をつきながら、左右上下に体を引っ張るGに翻弄されながら
「くそっ、弾倉残量40パー切った!」
「何とか持たせるしかねぇ…!」
隊員たちの悲痛な叫びが聞こえる。
江口の目の前には、三沢に群がる
「あと9分半だ、持ちこたえろ!」
「了解ッ!」
森の冷静な声が、通信回線に響き江口と三沢の息が合う。三沢もまた負傷した左肩を気にしつつも長刀を振るい、新たな
刃と肉がぶつかり、金属と炭素の断末魔が戦場に響く。所々で長刀を振るった時の風切り音がし、中隊全員が生存している上で必死に戦っていることを江口は確認しつつ、戦闘を継続した。長刀や短刀で斬る者、突撃砲を鈍器の代わりにして撲殺する者、戦術機の脚で踏み潰す者。弾丸を温存しながら戦う彼らは、もはや手段を選んではいられなかった。
体感20分。長くて、とてもしんどい殲滅戦は、突然として轟音と共に終わりを告げた。
生きた心地がしない血の海の中で、それを聞いた。空中から新たな音が響き渡る。
「新手のBETAか!?」
森が声を張って空を見上げると、強ばった表情を緩ませながら「遅いんだよアホタレ」と呟いた。
空を覆う数機の爆撃機が編隊を組んで、こちらに向かって爆弾を投下し始めた。爆撃機の編隊の一部はBETAの群れを標的にしていたが、江口と三沢はその爆撃機の一群を目にし、心の中で叫んだ。
「やっと来たか…!」
「石見中佐率いる帝国陸軍第34飛行隊のB-1Jです!」
B-1J爆撃機の投下するJDAM2000ポンドのクラスター爆弾が、次々に落下している。
「全機緊急退避、蜂の巣にされたくなければさっさと下がれ!」
江口はすぐさま危険を察知して、中隊を後方約3キロの地点へと後退させた。それもそのはずだろう。石見の投下した爆弾はクラスター爆弾。親爆弾から分離された子爆弾が、さらなる範囲を焼き尽くすのだ。BETAの攻撃にすら耐えられない戦術機がこれを喰らえば、まず大破は免れない。運良く生き残ったとしても、手足を切断しなければならない重症を負うことは、衛士たちは理解していた。
12機のF-4Jは匍匐飛行で山を超えて、ひとまずは安全地帯まで下がった。
山の向こうでは、JDAMが地面に炸裂し無数の子爆弾が散布、BETA群を一掃する光景が広がる。橙と紅が混ざったその禍々しい光と熱は、確かにあの異形のバケモノを焼き焦がした。
その爆音の中で、三沢はさらに息を呑むようにその光景を見つめた。
「いいかよく見ろ。これが大戦だ」
江口が中隊内のローカル無線で告げる。中隊長はそれ以上を発さなかった。しばらくの沈黙が続いた後、森が「敵性反応消滅!」と報告をした。続けて高砂も
「よし、我々もここを離脱し舞鶴に向かう!行くぞ!」
「了解ッ!」
ガルラントの損害は
灰色の機体が、V字に編隊を組み直す。そのまま護衛の任に戻るべく北上するため、機体を傾けたその時だった。一本の無線がガルラント中隊全機に入る。
「──こちら帝国軍嵐山基地所属、斯衛軍第332独立警護中隊、現在指揮官を失い、3名で孤立しています!」
少女の声だ。しかもこの声には聞き覚えがある。京都に来た頃に、江口に連れられてガルラントの生き残り4人でフラリと寄った中隊長の旧友の、あの屋敷の娘の声だった。
「江口中尉、この声って──」
高砂が独り言のようにつぶやくと、“Gallant01”と書かれた水色のカメラオフのウィンドーから、爪か何かをガリッと噛むような音が聞こえた。
「あれは間違いない。唯衣の声だ…!」
絶叫のような中隊長の声を背後に、外部の無線は続ける。
「──こちら帝国軍嵐山基地所属、斯衛軍第332独立警護中隊っ、ヘッドクウォーター、コマンドポスト、近接部隊の何れかは、至急応答願います!」
どうやら、
BETAよ。お前は俺に失ってなお、喪わせるのか。
「中隊長どうしますか。
「今考えている!」
三沢に怒りを無意識にぶつける。意味の無いことなのだが、それでも、それでも、目の前で救えるはずの命を見捨てていいと自分の悪心が囁いている。それが許せないと、自尊心が叫んでいるのを分かっていても、どこか早くここから脱したいと思う自分がいた。
「──近くに他の部隊は居るか」
ひと呼吸おいて、冷静さを取り戻した江口がふと三沢に尋ねる。三沢は自機のGPS情報と、ヘッドクウォーターから送られてくるリアルタイムの各部隊の位置情報を照らし合わせた。
「壬生浪が近くに。距離はだいたい1万で方位は6時の方向。機数は───8、ですかね。相当持ってかれたようで」
壬生浪と言えば大陸帰りの実力派で、
あまりにもむさ苦しく暑苦しい連中だが、この期に及んではありがたい。すぐさま合流しよう、と龍造寺が提案した。
「しかしどうします。このまま将軍殿下の元に行かない訳には…」
1人の衛士が本来の任務を告げる。元は成り行きだったとはいえ、今は将軍護衛隊の端くれ。その任を擲つことは、軍人として耐え難いものであった。
「壬生浪と合流し、状況を伝えた上で第332独立警護中隊を救出するように頼む。そしたら、322の事は真田大尉に任せて我々は急いで舞鶴に向かう。そうでもしなければならないだろうな」
「ヒュー、中隊長の食いしん坊〜」
「冷やかしを入れるな、森中尉」
森は「へいへい」とニヤニヤしながら引き下がり、江口の提案を承諾した。他のガルラントたちも、それ以外に両方を救える方法がないと判断したのだろう。全会一致でこれを行動に移すことで合意した。
撃震はすぐさま方向を180度反転し、ウルフ中隊こと壬生浪と合流すべく、