筆が載る限りは続けます。
1.緑谷出久:オリジン
Side[緑谷出久]
「無個性で諦めるなんてもったいない。 その志はきっと誰かを救う旗印になる」
7歳の子供が、7歳の子供に向けたセリフじゃないよなぁ。
ふと夢にみた、僕のそれまでとそれからを変えた日のこと。
風の強い日で、夕暮れが彼女の長髪にキラキラと乱反射して。
物々しい装備の、たくさんのヒーローと警察官とスーツの大人たちに連れていかれた、名前も知らない彼女と。
「やあ奇遇だね! 今日からお隣さんだけど、よろしくお願いするよ!」
1週間の後、お隣さんになった明々装(あきあけ そう)、彼女と。
「大丈夫、君はヒーローになれる。 もちろん、君にしかなれないヒーローにさ!」
「……なってみせる! 僕も、僕にしかなれない、ヒーローに!」
あの日と変わらない満面の笑顔に返した、泣きながらも浮かべた自分の笑顔。
これは、僕が想う最高のヒーローを目指した日の物語だ。
――――――――――
人は生まれながらにして平等じゃない。
4歳で無個性だと診断された僕が味わった挫折は、それまで思い描いていた僕の幼い夢を叩き壊すには十分すぎた。
「無個性のクセにヒーロー気取りか! デク!」
掌から爆発が起きる。
顔を庇った右腕に衝撃と熱、腰を抜かした僕に馬乗りになって、頬に突き刺さる拳。
個性という「おもちゃ」を手にした子供が欲しがるのは「チカラを試す対象」だ。
「無個性」という烙印を押された僕は、反撃されることもない都合のいい「サンドバッグ」だった。
毎日のように嬲られては、階段で転んだ、足を滑らせて川に落ちた、なんて誰のためになるかもわからない言い訳でお母さんを心配させた。
小学生になって直接的な暴力は少なくなったものの、無個性というだけで常に嘲笑の的だった。
そんなある日のこと。
「お前、見たことねぇな!」
「この公園はおれらのシマだぜ!出てけよ!」
「こいつも無個性だからケガしてんじゃねーか!?ヒッサツワザ試させろよ!」
下校中、通りがかった公園で聞こえた声に、思わず身体が固くなる。
長年、僕を虐めている爆豪勝己……かっちゃんとその取り巻きだった。
「……あー……少し休んだら出ていくから、放っておいてくれないかな……?」
とてもボロボロで、とても綺麗な女の子が水飲み場に凭れ掛かっていた。
綺麗であったはずの金髪も、きっと純白であったはずのワンピースも、透き通るような肌も、土埃にまみれ、全身に細かな傷が刻まれていた。
今思えば黒く変色したシミは出血の後で、押さえていた脇腹には深い傷があったのかもしれない。
遠い記憶の中の僕は、そんなことにも気付けないでいた。
「ウルセー! おれらのシマに入ってきて、ブジに出ていけると思ってんのか!?」
腕が岩になり、爪が伸び、掌が爆ぜる。
恐怖に竦みあがる僕と違い、彼女はゆっくりと立ち上がりふらふらと公園の外を目指す。
「ヒッサツ! 岩パンチ!」
子供は残酷だ。
他人の痛みなんてわからないし、事情なんて知らないし、その結果なにが起こるか想像もできない。
腕を岩にした取り巻きのひとりが、少女を後ろから殴りつけた。
そのときにはもう、僕は駆け出していた。
痛みや恐怖に竦みあがる僕は居なかった。
ただ、そうするべきだと、僕の憧れるヒーロー達なら、きっと。
「……っ!」
「やめろぉぉぉぉおお!!」
ああ、今思い出しても苦しくなる、あの光景。
無個性な僕は、ただ振るわれただけの攻撃に、自らを盾にすることしかできなかった。
少し背の高い彼女の背中に振るわれた拳は僕の腹へ。
せめてもの防御と思い、構えた左腕の骨を簡単に砕きながら突き刺さった。
「何をしている! そこのガキども!!」
「やっべぇ! ケーサツだ!!」
「早く逃げるぞ!!」
痛みで蹲り動けない僕とボロボロの少女を残し、逃げていく彼らを見送って。
こちらに駆け寄ってくるたくさんのヒーローと警察官。
テレビで見た凶悪ヴィランの逮捕の瞬間のような、そんな場違いな状況で。
「あー……これは、どうかな。 処分かな、わたしは」
少女の消えかけた囁きに弾かれるように僕は立ち上がった。
「こ、この子は……! よく、僕も分からないけど……ここにいたときからボロボロで、なにも、悪いことなんてしてません……!! ケガを、しています……!」
周囲を取り囲むヒーローに、警察官に、痛みを堪えて声を上げる。
こんなことをしても意味なんてないと今ならわかるけれど、僕はきっと、少女が傷ついたまま大人に囲まれて怖い思いをすることを許せなかったんだ。
「……ま、そうだよな。 ヴィランじゃねぇ、重要参考人で、保護対象だもんな」
こんな子供の戯言だというのに、周囲を取り囲む大人たちの緊張は僕の言葉で解けていったように思えた。
「……助かった、のかな……はは、きみ……ありがとう……」
こちらも緊張の糸が切れたのか、その場に倒れこむ少女。
あまりの痛みに意識が朦朧としてきた僕。
ふたり揃って保護され、病院に担ぎ込まれたと知ったのは、それから2時間後に目覚めた時だった。
―――――――――――
「……おお、目が覚めたかな、きみ」
僕を覗き込むとても澄んだ青い瞳に釘付けになって、声が出なかった。
包帯とガーゼだらけでも少女はまるで人形のような美しさで、それでいて歯を見せたニッコリ笑顔のギャップに、子供心ながらときめいたのを覚えている。
「助けてくれてありがとう。 きみの言葉がなければ、きっとわたしは酷い目にあっていた」
「い、いや……僕なんて、なにも……できなかったよ……」
ただケガしただけだもん、と自虐的になっている僕の手を彼女は取ってもっと嬉しそうに笑う。
「そんなことはないさ! わたしにしてみれば、ヒーローだったよ!」
「……そんなこと、ないよ……僕、無個性だから……ヒーローなんて……なれない」
「無個性で諦めるなんてもったいない。 その志はきっと誰かを救う旗印になる」
風の強い日で、夕暮れが彼女の長髪にキラキラと乱反射して。
年不相応な美しさをもつ彼女が、年相応に笑うのを目の当たりにして。
その言葉が、僕のそれまでとそれからを変えた日のこと。
「……そろそろ、いいかな」
「うん、待たせてしまってごめんなさい。 ……きみはきっとすごいヒーローになる。 いつかまたわたしが困っていたら助けてくれるかい?」
スーツを着た大人が数人と、ヒーローが彼女を連れて病室を出ていく。
名前も知らない彼女の言葉に、僕はすぐに返すことができなかった。
少しだけ寂しそうな笑顔になった彼女の背に、僕は。
「きっと! ……きっと、助ける! ヒーローになれないかもしれないけど! 僕はきっと、また君が困ってたら、助けるから!」
彼女とは、それっきり。
僕は、彼女からもらった言葉を心に宿して。
まさかのリカバリーガールに「治癒」されて、お母さんに怒られて、次の日に退院して。
ヒーローになるべく身体を鍛えようとメニューを作って数日後、玄関を出た、その時。
「やあ奇遇だね! 今日からお隣さんだけど、よろしくお願いするよ!」
あの日みたいに風の強い日だった。
翻った金の長髪に青空のように澄んだ瞳。
「明々装! 名乗ってなかったよね!」
「ぼ、僕は、緑谷出久!」
「ふふふ、出久くん! あの日の最後の言葉で、わたしは確信したよ!」
「大丈夫、君はヒーローになれる。 もちろん、君にしかなれないヒーローにさ!」
あの日と変わらない満面の笑顔に返した、泣きながらも浮かべた自分の笑顔。
差し出された手を取った、僕は。
「……なってみせる! 僕も、僕にしかなれない、ヒーローに!」
「一緒になろう! わたしを助けてくれたきみを、わたしも助けるから!」
これは、僕が想う最高のヒーローを目指した日の物語だ。