エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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2-4 小鬼に策、美醜の狭間 前

 寝ているゴブリンの頭を籠手で砕き、作り出した木の杭で喉を抉る。

 入り口に近い奴から順に、四人はゴブリンの数を減らしていく。

 流石にゴブリンも気づいたか、巣穴の奥から俄に叫び声が大きくなりはじめた。見れば作りの粗い棍棒や槍だけではなく、整備された鍬や鎌を持った影が近づいてきている。

 

「ここまでで十匹。上出来だ、戻ろう!」

 

 カインは合図と同時に手にしていた松明を前方に放り捨て、

 

「『木杭(ウッドパイク)』!」

 

 枝を多数射出した。だがそれはゴブリンに届く遥か手前で落下し、地面に転がる。ゴブリンどもは「下手くそー」と言いたげにゲタゲタと笑い声を上げ、四人を追撃してくる。が、カインは些かも慌てることなくシェラに指示を飛ばす。

 

「これで、火元はよし。シェラ、足止めを頼むよ!」

「はい! 貴き光よ。迷える我らを、天頂に輝きて導きたまえ──『閃光(フラッシュ)』!」

 

 シェラが詠唱した瞬間、構えた杖から白光が迸る。眩しい以外に効果は無いが、暗さに目が慣れきった今のゴブリンにとっては下手な攻撃より凶悪だ。まともに目を灼かれ、のたうち回る。

 

「逃げるよ!」

 

 目の前でのたうち回る者には止めを刺すが、駆け出しのシェラにとって、術式はそう何度も連射できるものではない。ゴブリンの視界が回復しないうちに、カインの声で四人は急いで巣穴の外へと引き返した。

 戦闘、というほど激しく戦ってはいないはずだが、全員の息が弾んでいる。特に先陣を切ってゴブリンを叩いていたピジムは、全身にびっしょりと汗をかいていた。シェラが気遣う。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「だいじょーぶ。初めてだから緊張しちゃったけど、まだやれるし。今のうちに入り口を塞いじゃおうよ」

 

 幸い、ピジムにはまだ笑顔を浮かべる余裕があった。彼女が巣穴の入り口に土を盛り始める一方、ゴブリンどもはまんまと人間に出し抜かれたことに怒り狂い、大騒動となっていた。

 あの忌々しい人間ども、目が回復したらすぐに追いかけて殺してやる! 男は八つ裂き、何人かやられた分は、二人の女を苗床としてこき使って増やせばいい。そんな殺意が巣穴の中に充満していた。

 だから彼らは気づかない。卑劣な人間どもが落としていった枝が、不穏な音を立てていることに。

 

「……ギャ?」

「グ!?」

 

 「松明」「松脂」という言葉通り、松は数ある樹木の中でも良く燃える。ブスブスと煙を立て、ついに松の枝が着火したのだ。ゴブリンの目に、今度は煙が沁みる。

 急速に白く煙っていく視界、ゴブリンたちは我先に身を沈めて巣穴の出口へと走っていく。が、入り口に辿り着くと、先頭の一匹は前方が何かで埋められていることに気づく。土で、巣穴の口が塞がれていた。試しに押してみるが、彼の力ではびくともしない。

 

「ギャガ、ギロ!」

 

 後ろの奴から「早くしろ!」と殴られた。俺のせいじゃないと言い返すが、後ろがつかえているのは事実のようで、煙から逃れてきた連中が大渋滞を起こしている。

 あの人間の仕業か! とっさに土の壁を睨みつけると、上の方は塞ぎ方が甘いことに気づく。

 あそこから出られる! 手をかけ、体を引き上げる。それを見た後ろの連中から喝采が上がった。よしよし、と顔を外に覗かせた彼を待っていたのは、拳を振りかぶる小麦色の色をした女。

 

「いらっしゃいっ!」

 

 ピジムの右フックが頬にめり込み、その軽い頭を首から千切り飛ばす。

 上を塞いだまま動かなくなった仲間にいら立ちを募らせたゴブリン達は、そいつを引きずり下ろして初めて、人間が何を考えているかを悟った。

 

 

 

 

 

「巣穴の中が静かになったね。まだ奴らは入り口付近にとどまっているが、むやみに外に出てきてはくれないみたいだ」

「それじゃ、叩きようがないよ」

「そうだね……。よし、作戦を変えよう」

 

 カインの分析にピジムが不満そうにこぼす。するとカインは素早く頭を切り替え、三人に落ち葉を集めるよう指示した。

 

「これ、どうするんですか?」

 

 どう見ても可燃物をかき集めているようにしか見えないが、シェラが狙いを聞く。するとカインは当然と言わんばかり、想像通りの答えをよこした。

 

「もちろん、燃やすんだよ」

「作戦変更とは……?」

「変わってるさ。炎は囮のつもりだったけど……今度は本当に焼き殺す」

 

 カインは懐から即席幻素(インスタンス・エレメント)と呼ばれる、微量の幻素(エレメント)を詰めた道具を取り出した。あの赤褐色は炎属性幻素(フレアエレメント)か。

 それなりに高価なうえに使い切りだが、手っ取り早く火を起こせるため、多くの幻導士たちに重宝される一品である。この勝負手で、ゴブリンどもを一掃する。

 

「集めた落ち葉を巣穴の中へ。逃げる間もなく一気に燃やすよ」

 

 突如ゴブリンの頭上から、バサバサッと何かが降ってきた。

 

「ギギャ! ギャー!」

「ギギャウ!」

 

 何の攻撃かと思って色めき立ったゴブリンだが、それがただの落ち葉であると分かり、せせら笑った。大方びっくりさせて、煙の濃い巣の奥へ追い返そうというのだろう。

 何故なら巣穴を塞いでいる限り、奴らの方だって巣穴の中に踏み込むことはできないのだから。このまま巣穴の中の火が収まるのを待ち、奴らが痺れを切らして穴の蓋を取れば、こちらの勝ち──

 と考えていた彼らの耳に、涼やかな甲高い音が届いた。音とほぼ同時に熱風が駆け抜け、首筋が、肩が焼ける。

 

 先ほど人間が落とした落ち葉が、燃えていた。上から落ち葉が追加され、炎はさらに勢いを増す。悲鳴をあげて逃げようとしたが、入り口付近はごった返していてろくに進めない。押しのけられて転び、背中の火傷を砂利まみれの足で踏まれ、火ぶくれになった皮膚がずるりと剥げた。

 

「ギャァアーーー!!」

 

 痛みのあまり絶叫して暴れ、それが他の奴らを転倒させ、何匹かは同じ目に遭う。

 逃げ出せたのは、最後尾で奥からの煙に咳込んでいた数匹だけ。多くのゴブリンはむき出しになった肉をあぶられながら、その後ろ姿を恨めしそうに睨みつつ息絶えていった。

 

 

 

 

 

「ごほっごほっ。ひ、酷い臭いですよ」

 

 グラシェスが顔を腕で隠す。一体巣穴の中はどうなっているのか……あまり見たくはないというのが本音だ。

 

「……じゃあ、壁壊そっか」

 

 ピジムが、あまり気乗りしない様子で壁に手を伸ばす。塞ぐときは土属性幻素(ガイアエレメント)を使ったが、幻素(エレメント)はできる限り節約したいと考え、壁を崩すときは人力だ。

 やがて元通りになった巣穴の入り口には、二十匹以上のゴブリンのミディアムステーキに、落ち葉の燃えカスがトッピングされていた。

 

「うえぇっ、~……」

「敵ながら、酷い光景だね」

 

 視覚と嗅覚双方に大ダメージを受けて今にも嘔吐しそうなグラシェス。カインも流石に顔を歪める。

 

「……死んだふりは、いないでしょうか」

 

 酷い死体というなら、シェラは先日これより酷い、しかも人間の死体を見ているし触ってもいる。一匹一匹杖で喉を突き、反応が無いのを確かめた。その様子に、カインが驚いた表情を見せる。

 

「……意外って言ったらすごく失礼だけど、頼もしいね。巣穴の突入で十二匹、ここで死んでるのが二十三匹。生き残りは、多くて十匹ってところかな」

「でも、どうすんの? これじゃ巣穴の奥まで行くのは無理だよ」

「ちょっと、燃やしすぎたね。まあ、燃えなかったよりは良いと思おう」

 

 ピジムの言葉に、カインが頭を掻く。

 落ち葉ならすぐに燃え尽きてしまうが、最初に投入した松はまだ燃えているようだ。ここまでしっかりと煙が漂ってきている。

 

「でも逆に言えば、ゴブリンだって火元には近寄れない。生き残ったゴブリンが、きっとこの近くにいる。まずはそれを潰そう」

 

 そうカインが言った矢先だった。ペタリぺタリと音がして、巣穴の奥から四匹、ゴブリンが歩いてきた。全員が酷い火傷を負っており、立っているのが不思議なほど。

 身構える三人だが、グラシェスだけはやりにくそうに彼らを見ていた。ピジムがゴブリンから目は切らないまま、尋ねる。

 

「どしたの?まだ気分悪い感じ?」

「ひ、酷い怪我です。そ、それに怯えてます。み、見逃したって、もう害にはならないんじゃ……」

 

 確かにゴブリンは武器を構えるでもなく声を上げるでもなく、体を寄せ合ってこちらを見つめるだけだ。とても略奪行為をしそうにはない。

 だがカインは、それはこの場限りだと冷徹に断じる。

 

「ダメだよグラシェス。こいつらは、人間じゃない。あの火傷も遠からず完治する。そして治れば、またこいつらは村に危害を加える。今の姿は、君のような人を騙すための演技なんだ」

 

 途端。

 余計なことを、と言わんばかりにゴブリン達が一斉に飛びかかってきた。が、手負いの上に頼みとするほどの数もない彼らに勝ち目はない。ピジムに頭を割られ、腹を潰され、カインによって壁に叩きつけられ、あっという間に死骸へと変わる。

 

「……」

 

 その様子を見たグラシェスは、ただただ無言で立ち尽くしていた。カインは普段の笑顔を封印し、問う。

 

「僕たちが受けた依頼は、何だい?」

「ゴ、ゴブリンの討伐です」

「そう。だから、殺すんだ。慈悲をかけていたら、こちらが殺される。グラシェス、君の優しさは美徳だ。けれど、それを魔物にまで適用してはいけないよ」

「は、はい……す、すみません」

「アンタ、昔っからやさしーもんねー」

 

 シェラにとっても、このやり取りは重く受け止められた。武器を構えこそしたものの、ゴブリン達に躊躇なく攻撃することはできなかった。

死体ならば良いが、生きて動いていると、思わず同情が先に来てしまう。

 そんな甘さはいつか命取りになる。このゴブリン達は貴重な教訓となった。




エレメンターズ豆知識
『即席幻素(インスタンス・エレメント)』

 少量の幻素を特殊な鉱石で作った瓶に詰めた物。属性に関係なく火が起こせたり水が出せたりする。
 便利な道具だが詰め方が杜撰だとすぐに幻素が霧散してしまうため、一定の実力がある幻導士でないと売り物にすることはできない。
 慢性的な品薄状態なため、引退後の腕利きが副業として即席幻素作りに手を出すことがままある。
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