エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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5-6 祭に四名、店に二組

「ふー、お腹いっぱいだわ。帰りましょうか」

「待ってください! 次の勝者が、準決勝の相手になるんですよ!?」

 

 力と力の激突を堪能したテレザは満足げに席を立とうとしたが、シェラが腕にしがみついて阻止した。ベリっと容易く引きはがし、テレザは眉間にしわを寄せる。

 

「あっついじゃない」

「自分の炎は何ともないのに……!」

「私は良いのよ」

「はは……お世話係とは、大変ですね」

 

 二人のやり取りを見たノエルが笑顔で放った言葉の裏には、隠しきれない実感がこもっていた。と、そんな彼に苦労を掛けている張本人の声がする。

 

「お、ここにいたのかノエル」

「そりゃいますとも……逆にあなたはどこで何をしてたんですか、棟梁」

「ここじゃ遠いからな、最前列で見てたんだ。ボロ着てりゃバレねえし」

 

 棟梁のナガラジャはそう言って、先ほどまで着ていた……巻き付けていたらしいぼろ布を見せる。ノエルはため息をついた。姿が見当たらないと思ったらそういうことか。

 

「やれやれ……仮にも主催者なんですから、きちんとしてもらわねば困ります」

「たまには良いじゃねえかよ」

「不思議ですね? 私には、棟梁が貴賓席(ここ)に座って観戦していた記憶がないのですが」

 

 ノエルの冷たい追及にシェラもこくこくと頷く。分が悪いと悟ったか、厄介者(ナガラジャ)は悪戯を見つけられた子供のように頭を掻く。

 

「騙されねえか……」

「あなたに騙されるような頭脳で、ここの執務長が務まるとお思いで?」

「それは流石に思わねえよ」

 

 真顔であっけらかんと答えたもの。厄介者その二(テレザ)がノエルを覗き込む。

 

「皮肉も通じないのか、厄介ね」

「……ええ、全く」

 

 肩をすくめたノエルは、もう疲れを隠そうともしない。その後も何気ない会話は続き、売り子から適当に食べ物を買って食べているといつしか第二試合の時間となっていた。

 

「そろそろ、時間ですね。鎖鎌の男性がバゼットさん、ボウガン使いの女性がウィンファさんです。どちらも中距離が得意で、足も速いですね」

 

 シェラがトーナメント表を確認し、二人の簡単な情報を伝える。テレザはそれを選考会の記憶と照らし合わせ、肯定した。

 

「そうね。選考でも見たけど、二人とも中々強いわ」

「じゃあ何で帰ろうとしたんですか……?」

「オーガスタスほどじゃないもの。その辺の有象無象よりはずっと強いけど、私には及ばない」

「そんなこと言って怪我したのはどこの誰ですかっ」

「あんな誰も知らないような幻素(エレメント)どうしろってのよ、流石にもうあんな想定外は出てこないでしょ」

 

 もう! とシェラが怒る。学習能力が無いのかこいつ……この人は。とシェラが思っていると、ナガラジャが珍しく真剣な顔をしてテレザに忠告した。

 

「ちゃんと見とけ。自信を持つのは良いけどよ、過信に足突っ込みかけてるぜ」

「……はーい」

 

 その言葉に、やけに素直に従ったテレザ。目を丸くしたシェラに、ノエルがすっかりいつもの笑顔に戻って言った。

 

「以前この都市にいたとき、テレザさんは毎日のように棟梁に挑み、負け続けてたんですよ。ちょっとしたトラウマですね」

「ちょ、ちょっと!? 何漏らしてんのよ!」

「そうなんですか?」

「懐かしいなあオイ。都市に来た当初のこいつは、十かそこらのガキだっつうのに、そこら中で喧嘩騒ぎを起こしてたんだよ。で、流石にやりすぎだってんで俺がシメて管理下に置いた。今回の依頼もその縁だ」

 

 不意に過去を暴露され、テレザが珍しく視線をさまよわせる。先ほどまでの強気はどこへやら、どうやら今言われたことは全て事実らしい。弁解も苦しい。

 

「あ、あの時は私もガキだったのよ」

「今でも十八だろが。十分ガキだよ」

「三度の飯より喧嘩が好きでしたからね」

「ちょっと、もう良いでしょ!」

 

 ナガラジャとノエルの攻勢に耐えきれなくなり、テレザが大声で会話を遮った。シェラの前ではここまで『頼れるカッコいい先輩幻導士(エレメンター)』として通してきた……はずだ。それをこんなところで剥がされるわけにはいかない。

 

「ほら、試合も始まるし!」

 

 その顔が真っ赤になっているのも、しきりに仰いでいるのも、決して暑さのせいだけではない。騒ぐうちに、いよいよ選手が入場してきた。気を取り直して両者を見比べる。

 

「さて、どっちが上がってくるのかしらね! 私としては鎖鎌に勝ってほしいけど」

「何でですか?」

「銃器の相手するのは面倒くさいから」

「な、なるほど……」

 

 ナガラジャとノエルが二人のやり取りを聞いて、鎖鎌使い(バゼット)ボウガン使い(ウィンファ)について補足を入れてくれた。

 

「まあ、どっちも過去の血剣宴(グラディウス)での実績は似たようなもんだ。優勝こそないが、上位常連の強豪って感じだな」

「依頼の内容が一般の幻導士(エレメンター)とは異なりますし、一概には言えませんが……幻導士ギルドの階級に照らせば、赤銅級と見ていいはずです」

「そりゃ結構な実力者ね。ただの荒くれ者じゃないとは思ったけど」

 

 試合が始まった。中間距離(ミドルレンジ)を得意とする両者が間合いを計り合い、緊迫感のある立ち上がりになる。鎖鎌もボウガンも飛び道具、ゆえに攻撃を放つ瞬間が最大の隙となる。

 が、ここは弾速の速いボウガンが先に仕掛けた。半身で構えるバゼットの脇腹目掛けて一射目、鎌で防がれると間髪入れずに二射目を顔に向ける。

 しかしバゼットは首をひねっただけで二の矢も回避し、同時に鎌を投擲する。横に転がったウィンファだが、バゼットが鎖を手繰る手首をクイッと捻ると、鎌が意思を持つかのように軌道を変えて追いかける。

 

「──っ!」

 

 首を狩られる寸前、ボウガンが鎌の前に割り込んだ。ガキッと鈍い音がして鎌が弾かれ、バゼットの手元に帰って行く。物珍しい武器を使う者同士、挨拶はすんだと言わんばかりに互いに薄く笑って武器に幻素(エレメント)を込める。

 

「『輝杭(ブライトネスパイク)!』」

 

 ウィンファが光属性幻素(ブライトエレメント)を乗せた矢を撃ちだす。先ほどとは比較にならない弾速、しかも微妙に軌道の違う3連射。簡単にこなしているように見えるが、高い技術が求められる。

 

「『円盾(ラウンドシールド)』」

 

 対するバゼットは鎌から五十センチほど離れた鎖部分を持ち、体の前で回転させることで弾いた。あまりにも回転が速すぎて鎖が見えなくなるが、地面に散った飛沫を見るに、水属性幻素(アクアエレメント)の使い手だろう。超高速で回転する細い鎖に一糸乱れず幻素(エレメント)を敷き詰める、これも負けず劣らず高等技術だ。

 

「へぇ、意外とやるのね」

 

 二人の並外れた制御技術、テレザも思わず舌を巻いた。ナガラジャが注文を付ける。

 

「今のを見てその感想かよ」

「舐めてはないわよ? あれができる幻導士(エレメンター)はそう多くないし」

「だったらもう少し警戒しろよ……」

「あのくらいなら負ける気しないもの」

 

 テレザは真顔でそう答えた。彼女からすれば二人の技術はまだ『あのくらい』と呼べる程度。やれやれと首を振ったナガラジャが言う。

 

「これだから天才ってのは……」

「何よ、試合を見ての感想に文句をつけられる筋合いはないわよ」

 

 テレザが桜色の唇を尖らせる。結局試合は、終始攻勢に出続けたウィンファがバゼットの防御を押し切り、準決勝に進出した。

 

 

 

 

 

 

「毎度あり。もう滞在も残り少ねえんだ、サービスするぜ」

 

 その日の夕方。すっかり顔馴染みとなった店で、シェラとテレザは夕食に目を輝かせていた。

 既に金貨二十枚の大きな収入が入っているため、今夜のメニューはかなり豪勢だ。ウサギの肉を使った熱々のグラタンに、シェラが初めて食べて以来お気に入りの野菜スープ、店主ご自慢のパエリア。野鳥の胸肉のソテーにシンプルなサラダ……他にも大小の皿が所狭しとテーブルに並べられた。

 

「ほんと、何でも出せるのね。メニュー表にないやつまで」

「あたりめえよ。こう見えてキーン・シャンプソンと言えば、料理界じゃ有名だったんだぜ──つっても、凝った料理作るのは久々だがな」

「そうなんですか?」

 

 もったいない、とシェラが聞き返す。キーンは頷き、

 

「ここの連中は、小綺麗な料理は食わねえからな。簡単に量が食べれる店に行きがちなんだよ。おかげで腕を存分に振るう機会も少なく……っと。店の愚痴はいい、召し上がれってな」

 

 少しだけ寂しそうにしたが、すぐに気を取り直す。二人が料理にかぶりつき始めると、それを心底嬉しそうに眺めていた。

 と、そこへ二組目の客がやってくる。

 

「お? 二組目なんざ珍しい……」

 

 キーンの呟きにツッコもうか迷ったテレザだが、その二人組の声には聞き覚えがあった。

 

「ここは本当にうめえんだよ、他人には教えたくねえくらいだ。おーい親父さん! 久々に──あん?」

「ほ~、中々良い雰囲気──お?」

「あっ」

「え?」

 

 今日準決勝で戦っていたアーノルドと、オーガスタスだった。彼らも想定外の先客に目を丸くする。無音になった店内、それを嫌ったテレザが真っ先に口を開く。

 

「何してんのよ」

「いやなに。良い店を紹介してやるってアーノルドに言われて、付いてきたんだが」

「アーノルドさんは、ここの常連なんですか?」

「常連って程じゃねえよ。ただ俺は親父さんの奥さんと一緒に、依頼こなしたことがあってよ。その時に知り合って、ちょくちょく来てたのさ」

 

 シェラの問いに、アーノルドは頬を掻きながら答えた。聞けばキーンの妻は、強く美しいフリーの幻導士で、当時の彼は彼女に憧れのようなものを抱いたらしい。

 

「依頼中に想定外の魔物の群れに遭遇して、仲間を逃がすために一人残って……。まさか、あんな早く逝っちまうとは。っと悪い、親父さんの前で言うことじゃなかった」

「構わねえよ、俺だって、同じこと思ってる。で? 来たからには食ってくんだろ。何が良い?」

「俺はやっぱデザートバイソンのハンバーグだな。特別でけえの頼むわ」

 

 荒れ地に住む野牛の肉を使ったハンバーグ。アーノルドが初めてここで頼んで以来、忘れられない味だという。当時を思い出したかキーンは遠くを見るような目つきをして注文票に書き込む。

 

「あんたはどうする?」

「俺か? 俺は……こいつのオススメらしいし、同じものを。それと、麦酒(ビール)をいただこう」

 

 注文を聞かれたオーガスタスも同じ料理、そして(アルコール)を注文する。

 

「おっと大事なもんを忘れてた! 俺は馬乳酒を」

「あ、あの! 折角だし、一緒に食べませんか?」

「いや、俺は構わねえけど……大丈夫なのか?」

「おいおい見くびるなよオーガスタス。試合に負けた八つ当たりで女の子の誘いを無下にするほど、小さい男じゃねぇって」

 

 シェラの発案で、同じ卓を囲むことにする。テーブル同士をくっつけ、四人で向かい合いながら料理に舌鼓を打っていると会話も弾む。話題は自然と血剣宴(グラディウス)に及び、アーノルドがハンバーグを飲み込んだ。

 

「しっかしテレザはまだ十八か。優勝すりゃ最年少記録だって、話題になってるぜ」

「女の子の年齢を調べ上げるなんて、あまり感心しないわね」

「そこの……シェラの歳なら知らねえぞ? お前の歳は調べたけど」

「へ~ぇ?」

 

 私は女の子じゃないと?

 ピキピキっと顔を引きつらせたテレザだが、アーノルドは宥めるような目をして彼女に素直な賞賛を送った。

 

「やめてくれ。選考会で一目見て、そんな風に見る余裕はなくなったんだ……天才だよお前」

「えっ何よ人前でいきなり」

「本心さ。俺は今年で三八になる。二十歳差だ。なのに、お前は既に俺より高い次元にいる」

「俺も同感だ。俺が麗銀級に上がったのは、二九の時。これでもかなり早い昇進だって、ギルドでは話題になったんだぞ」

「ちょっとオーガスタスまで! 本当にどうしたのよ二人とも」

 

 テレザにとって天才だ何だと褒められるのは初めてではない。ギルドに所属した当初もこういうことはあった。だが麗銀級まで至ると、周囲は本物の実力者ばかり。そのような褒め方をされることはなくなっていった。

 シェラならまだしも、この二人は間違いなく才能を持つ側だ。どう対応して良いか分からずにいると、アーノルドが本音をこぼす。

 

「……気になるんだよ。お前がどこに生まれて、どんな教えを受けて、その才能を磨かれたのか。というか、今まで聞かれたことなかったのか?」

「──」

 

 なかったと言えば嘘になる。単純に同世代の幻導士に立ち回りや術式について話を聞かれたこともあるし、彼女の才能に嫉妬した者達に、どんな卑怯な手段を使っているか暴いてやる、と言われたこともあった。

 だが今のアーノルドのように、テレザの生まれについて詳しく聞いてきた者は記憶にない。

 

「んー……生まれについては、あんまり聞かれたことないわね」

「まあ幻導士の間じゃ、あまり過去を詮索するのは好かれねえからな。興味がないわけじゃねえが」

「鉄血都市の近くの村の出身ってことしか、私にも話してくれてないですよね」

 

 オーガスタスとシェラも興味はあるらしいが、テレザとしてはそう言われても困る。

 

「……よく知らないのよね」

「知らない?」

 

 シェラがオウム返しする。テレザは無意識に目を伏せた。

 

「……私は知らないの。本当の両親も、生まれた場所も。物心ついた時にはあの村にいたし、皆良くしてくれたから、今ではあそこが出身地だと思ってるけど」

「えっ」

「マジかよ……」

 

 シェラとオーガスタスが固まる。地雷の起爆剤になってしまったアーノルドは顔を手で覆い、謝罪した。

 

「……悪かった」

「気にしないで」

「気にしないでってよお……」

「仕方ないじゃない、運が悪かったのよ。それに、私の生まれがどうであれ私は私。美味しい食べ物があれば生きていける、敏腕美少女幻導士よ」

 

 ヒラヒラと手を振って食事に戻るテレザは、先ほどのやり取りなど本当に気にしてはいないようだった。が、一応今の強さの質問には答えを寄こす。

 

「まあでも……育ての親の影響は大きいかも」

「フランベルさんですか?」

「うん。引退してるけどね。私の幻素(エレメント)の制御技術は、あの人譲り」

「フランベルねえ……。鉄血都市の近くに住んでるなら、名前くらい知ってるかもしれねえと思ったが……」

 

 アーノルドがこめかみを抑えて記憶をさかのぼるが、それらしい名前は出てこなかったらしい。それはそうだ、とテレザは情報を追加する。

 

「ああ、知名度は全然ないわよ。村の近くに出た害獣や魔物をちょろちょろ狩ってただけだから。村の人間以外は知らないと思う」

「そりゃまたどうして? お前を育てたほどの男が、小さな村一つに収まってたのか?」

 

 オーガスタスが訝る。彼女が師と仰ぐならば、よほど名のある幻導士(エレメンター)だと思っていたのだが……。

 

「本人が名声とかに興味なかったのよ。で、困ってる人を放っておけない人だった。村の近くに出た魔物なんかをこっそり倒してただけ。報酬も殆ど取らない。私もその影響で、依頼を受けるときに金額は見ないのが常だわ」

「何か、ヒーローみたいですね」

「実際、村の連中にとったらそうだろうぜ。お前さんの昇進の早さは、親父さんの教えのおかげもあるのか……金で態度を決めねぇってのはすげえよ。中々できることじゃねえ」

 

 シェラの素朴な感想に、オーガスタスが頷く。

 貧しい村に危険生物が出た場合、依頼の危険度に対して報酬金が低いという事態が往々にして起こる。当然殆どの幻導士(エレメンター)は敬遠するのだが、彼女の基準は報酬金ではない。いかに差し迫った事態かという点だ。当然、地域の危機を救った評判はギルドにも伝わり、彼女の昇進の大いなる助けになっていた。

 

「こっちの世界じゃそんな奴、狂人扱いだろうぜ?」

 

 アーノルドの少し乱暴な言葉には、はっきりと賞賛が込められていた。

 

「……でしょうね」

 

 金にうるさい傭兵は嫌いなテレザだが、彼のようにその他の価値観を併せ持っている者も、確かにいる。過去に滞在していた頃のテレザでは、その程度の連中としか付き合えなかったのだろう。正しくガキだったわけだ。

 シェラのアーノルドの人柄を感じ取ったか、この都市に来て初めての穏やかな笑顔を見せる。

 

「鉄血都市も、お金が全てって人が全員じゃないんですね。キーンさんみたいに、何かこだわりがあって残ってる人もいるんですから」

「傭兵の奴らは気は荒いけどよ、意外と義理立てはしっかりするんだぜ、なあアーノルド?」

「よせよオーガスタス。褒めても、これ以上は料理の代金出せねえぞ」

「うぉっ、いつの間にこんな食べたんだ!?」

「お前が頼んだんだろうが! その辺の皿全部そう!」

 

 アーノルドがツッコむ。気が付けば、大量の皿が空になっていた。オーガスタスが次から次へ追加したためで、会計を思うと今から財布が軽い……だが不思議と悪い気はしない。

 賞金で懐が潤っているからだけではない。旨い料理をつつきながら他愛ない話に興じる。しかも都市の外から来た人間と。

 払った金以上のものを手に入れているという満足感が、アーノルドには確かにあった。

 

「金はかかったけど、こういうのも悪くねえな」

「お? 今からでも幻導士(エレメンター)になるか?」

「そりゃできねえな。こんな俺でも、慕ってくれる若い奴らがいるんだ。まだ手を離せねえ」

「そうか……お前さんなら良い線行くと思ったんだがなあ」

「お前こそ、傭兵やってみねえか? 見た目はこっち側だろ」

「だーから、人を見かけで判断するんじゃねーよ!」

 

 お返しとばかりオーガスタスをからかって食事会はお開きとなり、会計を済ませて店の外に出た。テレザはアーノルドにしれっと会計を押し付けようとしたのだが、そこは金勘定に厳しい傭兵の意地で突っぱねた。というか、彼の懐に四人分払えるほどの大金は入っていなかった。

 予想通りすっかり軽くなった財布を見てアーノルドは嘆く。

 

「ったく、二人分の代金じゃなかったぞ……」

「はっはっは、ご馳走さん」

 

 一切悪びれないオーガスタス。シェラもテレザも、自分達の財布が痛んだわけでもないから笑顔が絶えない。

 

「美味しかったですね」

「御馳走を皆で心底楽しんだのは久々だわ」

 

 幻導士も傭兵も仕事柄、普段の食事はどうしても手軽さと栄養補給が優先だ。凝った料理を楽しむ余裕などない。滅多にない経験は、四人にこの上ない充足感を与えていた。

 

「そんじゃ、お嬢さん方を宿まで送ってくか」

「あら、良いの?」

「この時間だしな。テレザが付いてるとは言え、シェラのことを考えたら人数は多い方が良いだろ」

 

 店で過ごした時間はテレザの予想以上に長かったらしい。空はすっかり黒く塗りつぶされ、星が煌々と瞬いていた。周囲からの騒ぎ声は朝方のセミのように耳障りで、現在街の治安の悪さは最高潮に達している。アーノルドの申し出はありがたいものだった。

 

「じゃあ、竜の巣(ドラゴネスト)までお願いね」

「あそこ、宿だったのか?」

「いや違う。どういうことだ? というか……」

 

 思わぬ行き先を指定されたオーガスタスの呟きを、アーノルドは否定した。宿泊場所もそうだが……テレザとシェラの店を出る際の姿にさらなる疑問符。

 彼らは同時に尋ねる。

 

「「何でお前ら紐で繋がってんだ……?」」

「ま、迷子対策……」

 

 テレザの小さな声が、喧噪に消えていった。

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