エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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9-5 綴り、頬張る。王都にて

 ひとまず報告の顛末をギルドに伝えるために、テレザはジークフリートと共に宿屋に移動し、手紙をしたためる。

 のだが……

 

「誰と一緒に行こうかしら」

 

 ポツリと呟く。魔竜を相手に、誰の協力を仰ぐべきか。

 単純な戦力として見ればオーガスタス、カミラ、サイラス。ギルド最高峰の面々が欲しい。しかし、辺境のギルドは鉄血都市と比べて戦闘に長けた者は少ない。彼らをまとめて引き抜くと、街が魔物の残党に襲撃された際、困る可能性は否定できない。

 と悩んでいると、珍しくジークフリートからテレザに話しかけてきた。

 

「別にどいつでも構わん……とは、いかんのだろうな。二度も失敗したとあっては俺の沽券に関わる」

「そこで自分の面子をまず気にする辺りが最高にアンタらしいわね」

「俺の敗北は俺だけのものではないからな。『ジークフリートすら敗れた』という事実が与える影響は大きいぞ?」

「はいはい、有名人は大変ですこと」

「物分かりが良くて何よりだ」

 

 皮肉も通じやしない。しかめっ面を隠すように机に向かうテレザだが、その背中にまた声がかかった。

 

「俺の方から人選の希望を言わせてもらえば……クラレンスは欲しいな」

「もちろん候補にはなるけど……理由は?」

「あいつも、帝国で仕事を受けた経験があるはずだ。向こうでの行動に幅が出るかもしれん。腕もそれなりに立つ」

「オッケー。じゃあクラレンスは確定として、あと誰かいる?」

「あまり大人数で行くのもな。だがお前の側にいた……シェラだったか。あいつは、医療術者か?」

「一応ね。でも新米だし、連戦は──」

「新米だろうと、あれの芯の強さは買いだ。医療術者は信用できる者を連れて行きたい」

 

 これ以上させたくない。というテレザの言葉を遮って、ジークフリートは淡々と言う。

 確かに、シェラの心の強さは目を見張るものがある。しかし体力的に見ればまだまだ十四歳の駆け出し相応。テレザは渋る。

 

「むー。頼めば『疲れたので無理です』とは言わない子だけど……」

「魔竜は既に去った。ある程度は休めているだろう。こなせる課題を取り上げてはタメにもなるまい?」

 

 そう言われ、ギルドを離れてからゆうに一週間以上経っていることをテレザは思い出す。出会ってから今まで、シェラとここまで顔を合わせなかったことはない。

 

「……そうね。過保護も、良くはないか」

 

 魔竜が王国から帝国へと飛び去ったらしいこと。そして帝国へ向かうため、ギルドからの応援を要請する旨を書き記したテレザは、ジークフリートと共に伝書家禽(レターフォロウ)を管理する禽舎(フォロウハット)へと手紙を預けに行く。

 二人とも鎧姿ではない。テレザは白いウールのワンピースをひざ丈にひらめかせ、足元はこげ茶の革サンダルという開放的な出で立ち。とはいえサンダルは指をつっかけるものではなく、足の甲を複数のベルトで覆い、足全体をホールドするタイプ。有事にも動きやすいテレザらしいチョイスだった。

 

「デカい荷物を持ってきたかと思えば、服と靴か」

「緊急事態とは言え初めての王都、鎧じゃ嫌でしょ。文句あるの?」

「いや、俺にはよく分からん世界だと思っただけだ」

「……にしても、その服装はどうなのよ」

 

 ジークフリートはと言えば黒い長袖のチュニック、肩口に金色の獅子を象った刺繍を申し訳程度に入れている。下はダボダボで、長い足が台無し。生地も縫い目も粗い安物で、とてもではないが王宮に仕える者の私服とは思えない。

 

「誰に見せるものでもあるまい。王宮ではどのみち鎧しか身に着けんしな」

女の子(わたし)が見てるんだけど?」

幻導士(きさま)に見られたから何だというのだ」

 

 徹底的に噛み合わない。服装の話は諦め、テレザは別の話題に切り替える。

 

「しっかし……賑やかね、ここ」

 

 流石に王国の首都だけあり、人口はテレザが今まで見たどこよりも多そうだ。手紙を預けるのも少々待たされ、出てくる頃には西の空が赤く染まり始めていた。しかし夕暮れになっても、人々の足音が絶えることなくテレザの耳に届く。

 

「この通りは王都の中でも、主だった店が集中しているからな。はぐれるなよ」

「女の子をはぐれさせたくないなら、手でも繋いでくれればいいんじゃない?」

「貴様に繋ぐなら首輪とリードだろう」

「どつくわよ」

「手を出しながら言うな」

 

 テレザが右へと突き出した肘鉄をこともなげに左の手の平で受け止め、ジークフリートは感情の読めない声で続ける。端から見ると、強引に腕を組もうとするように見えなくもない……というか。まさか肘鉄を打ち込んでいるとは思うまい。

 

「王都を満喫するなら今のうちだぞ。伝書家禽(レターフォロウ)なら、辺境までそう何日もかからん」

「こちとら来たばっかで、どこに何があるか知らないのよ。頼りになる案内人なんでしょ?」

「それは帝国での話だ。俺は宿へ戻る」

「待・ち・な・さいっ」

 

 がっしりと力強く、テレザは足を早めたジークフリートの腕を掴んだ。振り向かせることこそかなわないが、想定外の力にジークフリートの歩みが止まる。

 

「大した握力だな」

「見直した?」

 

 ……へそを曲げられてもかなわんか。とのぼやきは、雑踏に紛れテレザの耳でも拾えなかった。

 

「何がしたい? ぼちぼち夕飯もありだが」

「向こうからいい匂いがするんだけど、何?」

 

 何やら、テレザにとって思い出深い匂いが漂ってきた。王都に来るのは初めてのはずなのに、この匂いはよく知っている。そんな気がする。

 

「この時間帯は……そうか。キーン印の屋台だな」

「キーン、って──」

 

 その名前、テレザには聞き覚えがある。鉄血都市にあって、ひと際輝きを放つ思い出。

 

「キーン・シャンプソンのこと?」

「知っているのか?」

「ちょっとね。仕事先でお世話になったの」

「そうか。まあ本人ではないが……独立した弟子たちが、王都で屋台を開いているらしい」

「なるほど。どうりで……」

 

 惹かれるわけだ。彼の弟子なら、腕は疑いようもない。

 

「行くか?」

「あら、乗り気じゃない」

「あそこの料理を素通りしては、『冠位食む者(グランドイーター)』の名が泣くだろう」

 

 あの料理は確かに、食べることそのものが一種の栄誉と呼んでも過言ではないかもしれない。

 

「……気に入ってるのね、そのアダ名」

「通り名と言え。まあ、悪い気はせん。幻導士としての勲章だな」

 

 二人して、匂いのする方へと歩き出す。周囲の人も遅れて匂いに気づき、さらに通りが活気づく。それに乗せられるように、自然と早足になってしまっていた。

 

「わっ……」

「ほぉ」

 

 屋台に着くと粗挽肉が深めのフライパンで炒められており、そのそばには所々に赤みの混じった焦げ茶色のソースが添えられている。鍋を振るっていた男がソースを鍋へと落とすと、水気とフライパンの熱が衝突し、土砂降りの夕立を思わせる音が景気よく上がる。ソースの中でブレンドされていた香辛料が水分から解放され、続々と牛肉に絡んでいくのが見えると思わずテレザの喉が鳴った。

 

「いらっしゃい! 『キーンのポケット』へようこそ――って、ジークフリートさんじゃないですか! 別嬪(べっぴん)さん連れてどうしたんです? ついに春が来たりしました?」

 

 元気よく二人に声をかけてきたのは、鼻の周りにソバカスのある女性。口調からして、ジークフリートと同年代なのかもしれない。

 

「お前の頭ほど春爛漫ではないぞ、ソシエ」

「んまあ、酷い! そんなこと言うから顔も財布も良いのに独り身なんですよ!」

 

 手際よく椅子を並べながら、ソシエと呼ばれた女性はジークフリートにも何はばかることなく物を言う。テレザは困惑気味に尋ねた。

 

「知り合いだったの?」

「キーンは王宮にも時折出入りしていた凄腕だ。ソシエはキーンの弟子で、その縁でな」

「そうなんです! 師匠が突然『俺の看板は任せる』とか言って出ていっちゃって……私達で、師匠の味を引き継いでるんですよ」

 

 王族、貴族に出すような高級料理を担当する者や、屋台で大衆向けに腕を振るう者。それぞれの適性を活かし、弟子たちはキーンの料理を広めているらしい。そう聞いたテレザが感心して頷いていると、鍋を振るっていた男が振り向いた。

 

「おーいソシエ! タネがあがるぜ、席の準備は?」

「オッケーだよモラン! よし、お二人様。ご注文を」

「俺は、牛肉と香草のサンドを」

「私は……何これ。シチュー、パン?」

「ああ、それはですね! 硬めに焼いたパンの中をくり抜いて、中に濃い目に煮たビーフシチューを詰めるんです。試しに出したら、大人気になっちゃって」

「やだ美味しそう。これで!」

「かしこまりました。持ち帰ります? こちらで食べます?」

「一応仕事が控えているのでな、宿に戻って食べさせてもらおう」

「そうね、残念だけど……」

「はーい! では、少々お待ちください」

 

 そう言って屋台の方へ小走りに駆けていくソシエ。モランが頷き、厚切りのトーストに先ほど炒めていたものを挟み込んでソシエに手渡した。次は丸いパンの頂上部を切り取って濃厚なシチューを流し入れ、切った部分を再び蓋として湯気まで閉じ込める。

 

「お待たせしました!」

「……ほとんど、待ってないわね」

 

 再び目の前に来たソシエ。だがテレザは目の前のご馳走以外に、実に理に適った店のやり方に感心しきりだった。

 小腹の空く夕暮れ時に出店し、仕込みの音と匂いで客を寄せる。集まった注文をパンに挟むという簡単な調理法で一気にさばく。味だけではない、どうしたら大衆に売れるかを計算した経営。

 

「では二品で、お会計ワンズ石貨二十枚(二十ワンズ)、ちょうだいします!」

 

 一人頭、十ワンズ。一般人が一か月暮らすのに必要な金額がスワード銅貨五枚(五スワード)ワンズ石貨(二百ワンズ)ほどと考えると、軽食としてはそれなりのお値段だ。しかしそこは「キーンの味」という最強のブランド。テレザたちの会計が終わるのを周囲の人々が今か今かと待ち構えていた。

 

「はいっ、これで」

 

 テレザはほいっとソシエにお代を手渡したが、ジークフリートは珍しく焦ったような素振りを見せる。

 

「む……すまん」

「謝らなくていいわ、細かいのがないんでしょ?」

「いや。宿に財布を忘れたようだ」

「謝り方に誠意が感じられないわ」

「本当にすまない」

 

 結局テレザが二人分支払い、宿でジークフリートの帳尻を合わせることにした。

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