エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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9-9 白き守護者、予感の船出

 王国首都・フレーレキ。その王都とその周辺一帯を潤す大水路、シェベック川が流れている。

 穏やかな水面を、ゆったりと船が行く。丈夫な樫材を緻密に組み合わせた幅広の船体には、ちょっとやそっとでは転覆しない安定感がある。その船上には、周囲を物珍しそうにキョロキョロするテレザ・ナハトイェンの姿があった。

 

「おっきー……!」

 

 背中まで伸びた桃色の毛先が、彼女の心を映したように軽やかに踊る。現在彼女は鉄血都市へと向かうべく、川を下り始めたところ。

 

「これ、人工の川なのよね?」

「ああ」

 

 気のない返事をするのはジークフリート・レイワンス。彼は既に何度もこの水路を利用しているし、然して興味も持っていない。席にどっかと腰かけたまま、目を閉じてただ時間が過ぎていくのを待っていた。

 こいつに話を振っても無駄だと早々に学習したテレザは、恰幅の良い漕ぎ手を見る。視線に気づき、よく日焼けしたその顔がテレザを向いた。

 

「えぇ! このシェベック川は、東の山地から引かれてるんです。作られたのは、いつだって教わったかなあ。でも、軽く二百年以上は前です」

「二百年? 二百年かぁ……」

「俺が小さい頃には、改修工事があってですね。傷んだ岸を直したり、川幅を広げたり。もう大変な騒ぎになりました」

「あ、ここの出身なんですか?」

「王都じゃないですが、近くの街です。工事で使う資材が思うように運べないってんで、道が渋滞しちゃって」

「そっか、水路で物を運べないから」

「そうそう。やれここに物を置かせてくれだの、作業員を一晩泊めてくれだの……子供心に、川を恨んだもんです。まあ今じゃ、足向けて寝れませんがね!」

 

 漕ぎ手の男は人懐っこく小さな目を細め、さらにシェベック川について教えてくれた。

 

「そうそう。この川、実は運ぶだけじゃないんですよ」

「? どういうことですか?」

 

 水を、人を、物を運ぶ以外に何があるのか。きょとんと首を傾げたテレザだが、探すまでもなく答えの方がやってきた。

 突如、周辺の水面が不自然に揺らめく。船の下に、巨大な何かが潜り込んでいる。ジークフリートが目を開き、船底に寝かせてあった得物(グラム)に手を伸ばした。

 テレザも即座に籠手(ガントレット)を嵌め、臨戦態勢を取る。

 

「何なの!?」

「こりゃ珍しい! ご心配なく、川に住む護爬獣(ガーディマ)様です。幻導士(エレメンター)さんには、ヴァンディブルと言えば伝わりますか?」

「住んでる? 聖獣が!?」

 

 思わず敬語も忘れたテレザに構わず、漕ぎ手は(パドル)を置き、額の位置で両手を合わせ目を閉じる。周囲の船も続々と航行をやめ、乗客乗員が同じようなポーズを取る。

 それに応えるように、騒ぎの主が水面下から顔を出した。

 

「──」

 

 その白さ、美しさにテレザは息を飲む。現れたのは、その鼻先から大顎だけで五メートルほどある巨大なワニ。瞼の上辺りから、大きく湾曲した角が生えている。

 凹凸さえ優美な装飾とする純白の外殻。爬虫類とは思えぬ慈悲と知性を感じさせる深緑の瞳。水面で巨体が揺れるたび、飛び散る飛沫と反射光が交わり虹色に映える。それら全てを完璧に着こなし、陽光の下で高貴な存在感を余すことなく主張する佇まい。

 これまで見た生物の中でも別格の完成度に、テレザは圧倒される。無意識で漕ぎ手の姿勢を真似てしまうほどに。

 

【……】

「は、ぅわっ」

 

 近づかれる気配。波飛沫に気づいたテレザが恐る恐る顔を上げると、巨大な護爬獣(ガーディマ)の鼻先が目前に迫っていた。

 驚愕はしたが、邪気や悪意は微塵も感じられなかった。単に興味を持ったから近づいてきたのだろう。スケールが違いすぎてテレザが過剰に平伏してしまっていただけだ。

 漕ぎ手が目だけをテレザの方へ向け、成り行きを見守っていた。その顔には畏れ多さと、間近で聖獣を見られる喜びが入れ代わり立ち代わり。

 テレザは意を決して姿勢を解き、真っすぐに相手の目を見つめる。と、不意に頭の中に声が朗々と響いた。

 

【聞こえておるな?】

 

 声帯から出たものではない。周囲には聞こえていない……思念のようなものだろうか。やられるテレザの側からすると正味のところ、気色悪かった。

 

【……気色悪いは、流石に初めて言われたぞ】

『ご、ごめんなさい……』

 

 意識を読み取られる以上、内心を誤魔化しようがない。聖獣ヴァンディブルは拗ねたように鼻孔を膨らます。先ほどは我が美しさに感動しておったくせに……とでも言いたげだった。

 

【それで、お前】

『はいっ』

【我ら聖獣は、先祖の記憶や知識の一部を継いで生まれてくるのだ】

『あ……へぇ~』

 

 何が言いたいのかは不明だが、テレザはとりあえず相槌を打っておく。

 

【お前とは、何故か初めて会った気がしなんだ。どこかで見たような……お前を知っている、そんな感覚がある】

『……どこを見てそう感じたか、教えてもらっても?』

 

 そこまで聞いたテレザは、一転して鋭く疑問を飛ばした。歴史を知る者に妙なことを言われたのは、初めてではない。辺境のギルドで、エンシャロンから出た言葉がテレザの脳裏に浮かぶ。

 

『何となくじゃが、君の雰囲気は奴に似て……』

 

 聞いた当時は深く聞かなかったが、今は()……幻龍(テュフォン)の眷属たる魔竜が出現する異常事態だ。それに、テレザ自身のルーツにも関わるかもしれない。

 

【むむむ……。我の方から話しておいてなんだが、直感的なものに過ぎん。正解かは分からぬが──】

 

 テレザの真剣をダイレクトに受けたヴァンディブルはそう前置きし、自らの感覚を言語化してくれた。

 

【お前のその、桃色の髪。生まれつきだな?】

『はい』

【それに、惹かれたように思う】

『髪、ですか』

【それ以上は、分からぬ。我も聖獣としては若輩故な、許しておけ】

『いえ、ありがとうございます』

 

 会話は終わり、ヴァンディブルは水底へと帰っていく。テレザは自分の髪をひとしきりわしゃわしゃした後、毛先を顔の前に持ってきた。

 エンシャロンにも、この髪について触れられた。確かに珍しい髪色とは聞くが……

 

「いやーお客さん、ありがとうございます!」

 

 そんなテレザの物思いは、喜色満面の漕ぎ手に中断された。

 

「あんな近くで護爬獣(ガーディマ)様を見られたのは初めてで……美しかったなあ」

「え、えぇ……やっぱり、珍しいんですね。あんなこと」

「もちろん! 人の多い昼間に姿を見ることなんて、ほとんどできませんから」

 

 あったとして、遠目に角が見え隠れする程度。それが間近に寄ってきたのだから、漕ぎ手としては興奮も当然である。

 

「何故、聖獣がここに? 元々の生息地でもないのに」

 

 テレザは先ほど聞きたかった疑問を思い出した。聖獣は、龍族に次ぐ力を持った存在。自身の定めた聖域(テリトリー)の内で生涯の大半を過ごし、聖獣が住む土地は様々な恩恵を受けることができるという。間違っても、人間ごときの陳情で住処を移すことはない。

 漕ぎ手は興奮を収め、船を進めながら答える。

 

「それはですね、ゲーゲンス様のおかげなんです。今の陛下がお生まれになっていない頃、東の地で聖獣ヴァンディブルを助けた。その礼として、卵を賜わされたんですって」

「へぇ……その卵を孵して、この川に?」

「そうです。護爬獣(ガーディマ)という役職の名も、ゲーゲンス様が考えたそうですよ」

 

 だからこの一帯は聖域(テリトリー)として豊漁・豊穣。また水質汚染や水棲の魔物による被害も少ないらしい。

 

「ゲーゲンスさんに聖獣のお話、詳しく聞いてみたかったです」 

「ああ、やっぱり。王宮へ入られたんですね」

「はい。陛下に……」

「──おい」

 

 ずっと黙って目を瞑っていたジークフリートが、テレザの口を止めた。

 

「仕事の話を軽々しく漏らすな」

「こ、これは失礼しました!」

「……貴様に言ったわけではない、安心しろ」

 

 そんなつもりは毛頭なかったのだが、元々の強面と冠位食む者(グランドイーター)という名声も相まって、意図した以上の威圧感がのしかかってしまったようだ。しどろもどろに頭を下げる漕ぎ手。

 テレザは漕ぎ手を制しつつ謝罪する。

 

「ごめんなさい。私が、迂闊でしたので」

「テレザ。この件は、貴様が今まで受けてきた仕事とはわけが違う。忘れてくれるなよ」

「……。気を付けマス」

 

 言うべきことを言ったジークフリートは再び目を閉じる。晴天と新鮮な景色で明るかったテレザの表情は、一転どんよりとしたものに。話し相手を失った漕ぎ手の、寂しく水を掻く音ばかりが場を支配する。

 船はややペースを上げ、川を下っていく。ひとまず目指すは動乱の原点にしてエールイング帝国への中継点、鉄血都市。

 世界の歩みは、新たな局面を迎えようとしている。

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