エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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9.5章 過去回想、都市の秘密
古の雫、砂潤して


「なあ、ノエル」

「ダメです」

「何も言ってねえだろ……」

 

 今から五十年ほど前の鉄血都市。竜の巣(ドラゴネスト)の前身となる、三階建ての最上階にて。

 朝から真剣な顔で机の上を見つめる執務長ノエル・エイグドラッセルと、不服そうに天井に向けて息を吹きかける棟梁のナガラジャの姿があった。

 

「今良い所なので、少々お待ちを。……三時間ほどで良いので」

「ふざけんな。暇さえあればタクティリアやってんな」

「面白いですよ、棟梁には不向きでしたが」

「やかましいわ。悪かったな断片(ピース)ぶっ壊して」

 

 タクティリア。多種多様な断片(ピース)を正しく並べ、一つの風景を完成させる遊具だ。

 子供向けのタクティリアは平面の絵だが、今ノエルが取り組んでいるのは立体的なジオラマを作り上げる超高難度版。断片(ピース)の位置はもちろん、順番まで考えないと他の断片(ピース)が嵌まらず、行き詰まってしまう。

 

 土壁も鉄筋もレンガも入り乱れ、色にも一切規則性のない建物。店名が見えるか怪しいほど所狭しと並ぶ看板。そして今は机上に転がっている、煤けてまだら模様になった長い長い煙突の断片(ピース)

 一体どこのどいつがこんな珍妙なジオラマを組み立てさせようと思いついたのか。鉄血都市を知らない者が見ればそんな感想を抱く景色は、現在八割方完成している。

 達成感と解放感が目の前に待っているという状態だ、 待ったをかけるのも(ノエル視点では)無理もない。

 

「そりゃあ、この街か? ちょっと建物が少ねぇ気もするが」

「正確には、私が来た一五〇年ほど前の街並みですね。色々な人に頼んでみたんです、私の描いた絵からタクティリアを作ってもらえないかと」

 

 どうにもこのタクティリア、世界でたった一つ。ノエルのためのオーダーメイド品らしい。

 

「一時期、お前が色んな工房に出入りしてたのはそういうことかよ」

「最終的には、都市の外を頼むことになりましたがね。――えーとこの突起ならこれを……しかし先に嵌めてしまうとあれが……いや違う!」

 

 手が一気に忙しなくなる。中央に穴の空いた建物の断片(ピース)、その向きを変えて嵌めなおす。揃った溝に沿わせるように、煙突の断片(ピース)を差し込む。

 一つの閃きから次々に断片(ピース)が嵌まり込んでいき、ノエルはふっとナガラジャを振り向いた。

 

「一個、余った……」

「余ったな」

「仕方ない、用件を聞きましょう」

「お、おう。そうか」

 

 嵌まらない断片(ピース)が出てしまった。急に浮かんだ答えのまま嵌めると、こうして落とし穴に気づかぬまま失敗する。

 溜め息と共に組みこんだ断片(ピース)を外すノエルの背中に、ナガラジャの声が届く。

 

「じゃあ話すぜ。西の幻素鉱(エレメンタライト)の採掘場があるだろ? そこの鉱員が妙なものを掘り当てた」

「妙な、とは?」

「やっと聞く気になったな。向こうの話をそのまま言うと『黒く禍々しいもの』だそうだ。全員、嫌な胸騒ぎがして逃げたんだと」

「全員が避難? そういう情報は早く言ってほしいものですが」

「お前、俺にさっき言った言葉覚えてるか?」

 

 ノエルの頭から都合の悪いやり取りとタクティリアが綺麗に消え、今の問題にどう対処するかに切り替わっていく。

 というところで、ナガラジャが聞き捨てならない言葉を発した。

 

「これは俺の勘でしかないが。……地下のアレと関連あるんじゃねえかな」

「『龍涙眼(レヴィアサイト)』に?」

「掘り当てた連中が全員ビビり散らすとなると、そのくらいしか俺には思いつかねえってだけだがよ」

「確かに、アレに匹敵するような品ならそういった反応にもなります。あんな代物がもう一つあるかは疑問ですが」

 

 龍涙岩(レヴィアサイト)は、幻龍大戦で命を落とした龍族の眼球を核とする秘宝。溢れた幻素(エレメント)が眼球の周囲で結晶化し、極彩色をした涙の雫に見える。

 鉄血都市にあるのは初代棟梁・ヴェラが偶然掘り当てたもの。値段など付けようもない、超の付く希少品である。

 眼の主が息絶えた現在になっても莫大な幻素(エレメント)を生み出し続けるそれは現在、ノエル達が話し込んでいる建物の地下に埋め込まれている。鉄血都市の発展も、龍涙岩(レヴィアサイト)の潤沢な幻素(エレメント)あってこそ。

 

「鉄血都市の工業力について、表向きは『巨大な幻素鉱(エレメンタライト)の鉱床が地下深くにあり、それが発する幻素を利用している』と説明しています。龍涙岩(レヴィアサイト)の争奪戦を防ぐためにね」

「よくできた作り話だよなあそれ。実際この辺は幻素鉱(エレメンタライト)がよく採れるし、地下から幻素が湧いてるのは本当の話だ。説得力がある」

「裏事情を知っているのは私と棟梁、そして都市の黎明期から店を構えている極一部の工房だけ。棟梁の勘が当たっているなら……」

「ああ。だからすぐお前に話したんだ」

 

 自分達以外にこれの調査をさせるのは、不要な争いの種になる。そう二人の意見が一致する。

 

「鉱員はもう全員都市に向かって出発してる。俺たちもとっとと出るぞ」

「分かりました、灯りを用意しましょう。棟梁は『緊急につき、二人とも留守にする』と各親方へ周知を」

「おう。……そろそろ、No.3を決めてえな」

 

 トップ自ら足を動かして連絡を入れなきゃならんとは、と辟易した顔をするナガラジャ。

 ノエルとしては、自分で動くことに抵抗があるわけではないが。確かに自分達の意思をスムーズに都市全体へ伝えるパイプ役は欲しいところだ。

 

「No.3。いいですね、どんな人材をご所望で?」

「長くこの街に居ついてくれて、それなりに頭が切れて腕が立って、でも荒事は好きじゃない奴」

「それこそ、龍涙岩(レヴィアサイト)級の秘宝な気がしますよ」

「……そうかもなあ」

 

 くだらない現実逃避はやめ、二手に分かれる。

 

 

 

 

 

 ノエルは地下へ続く梯子を降りる。彼が今いるのは『幻泉(ファウンティ)』と呼ばれる、幻素(エレメント)が湧出する地点。直径約二メートル、深さ約二十メートルの穴が掘られ、パイプを入れて土が崩れないように補強されている。

 この穴が龍涙岩(レヴィアサイト)の生み出す幻素(エレメント)の出口となり、熱源や用水、光源など様々に利用されている。みだりに使われぬよう穴は人目に付かぬよう地下に隠され、限られた者にしかその存在を知られていない。

 

 パイプの外側は鉄、内側は銀と幻素鉱(エレメンタライト)の合金が使われており、幻素による浸食に耐える役割を担っている。合金をケチって全て鉄製にしたこともあるが、半年も持たず交換を余儀なくされてしまった。

 

内筒(合金)は二年、外筒()は四年で交換。何とかならないものでしょうか」

 

 前回の交換から一年あまり。少しヒビ割れが出てきた内壁を撫で、ため息をつく。

 内筒一本で金貨百枚ほど。孫の代まで暮らせるほどの金が飛んでいく。実は血剣祭(グラディウス)の売上金もこれに使われていたりする。

 

「巻き上げた賭け金を、都市に還元していると言えば聞こえはいいですが……大番狂わせは起こってほしくない」

 

 巨額の払い戻しとパイプ交換が重なるなど、想像するだに頭が痛い──そんな物思いは、眼下で揺れる燐光に呑まれていく。

 

「都市の原動力には代えられませんか。それに、この景色を拝むための入場料として見れば……流石に高い」

 

 『重属性不活性の法則』により、通常の生物は単一の属性しか扱えない。が、「龍族」に列せられた者達は違う。

 龍涙岩(レヴィアサイト)の生み出す幻素(エレメント)には様々な属性が混ざり合っている。炎が渦巻いたかと思えば、静かに揺れる水面に変わり、次の瞬間には砂煙の中を紫電が走る。

 目まぐるしくうつろい続ける、文字通り人知を超えた絶景。永遠に見ていたい気持ちを抑えてさらに梯子を降り、腰に提げた物を手に取る。

 

「灯りをいただくとしましょう」

 

 都市特製のランタン。粘土製容器の前面にガラスをはめ込み、幻素鉱(エレメンタライト)を中で光らせる。油を燃やす一般的な物と比べ明るく、雨風で消える心配がない。さらに無臭で煤も出ない。いちいち高純度の光属性幻素(ブライト・エレメント)を補充してやらないと使えないのが難点ではあるが。

 

「……よし」

 

 燐光の上で蓋を開けて軽くゆすってやると、鉱石に引き寄せられた純白の光属性幻素(ブライト・エレメント)が内部へと吸い込まれていく。

 

「この量なら、三日は持つでしょう」

 

 灯りは確保できた。ランタンを腰に戻し、ノエルは再び梯子を登る。

 

 

 

 

 

 

 ナガラジャを乗せた馬車……ではない。引いているのは乾燥帯に住む遺龍種(レムナンツ)、あだ名はプテリコ。龍族と爬虫類が交わった生物を起源に持つ。

 頭から首にかけての鱗は分厚く、胴体を覆う鱗は蛇のように薄くしなやか。太く発達した後ろ脚から鉤爪が五本伸び、砂地に食い込んでいる。何より特徴的なのは前脚で、短い腕から伸びた長ーい指の間に膜が張り、翼のようになっている。飛行はできないが。

 

 トサカとは別格の威圧感を与える二本の角と、大きく裂けた口。どう見ても危険生物だが、一度認めた者には忠実に従う義理堅い性質を持つ。

 

「ほんと、良く働いてくれるよなあ」

「拾われた恩返しなら、とっくに終わっていますからね。ありがたいことです」

 

 現在の主は、手綱を持つノエル。彼が怪我をしたプテリコを保護して以来、十年以上の付き合いになる。

 

「ただの動物よりも足が速く、緊急時の戦闘力も高い。あとは舌が肥えていなければ完璧なんですが」

「ロロッ?」

 

 ノエルの言葉に、プテリコが不思議そうに鳴いた。ナガラジャの笑い声が上がる。

 

「『人間より働いてんだから良いモン食うのは当然』ってか。普段は何食ってんだ?」

「イクアインブルです」

「俺より良いモン食ってるじゃねえか! ……精々部位を選ぶくらいだと思ってたぜ」

 

 まさか馬の蹴り脚と速度、猪の牙と突進を両立する怪物を毎日とは。味も狩猟難度も別格である。

 

普通の猪(ワイルドブル)野ウサギ(ワイルドハーレ)もあげたんですが、どうにも。野生の時から食べ慣れているんでしょうね」

「なるほどねえ。流石に遺龍種(レムナンツ)、俺らじゃ測れねえな」

 

 遺龍種(レムナンツ)の名は伊達ではない。プテリコの疾走は止まることなく、通常なら夕方までかかる採掘場へ昼過ぎには到着した。

 

 

 

 

 

 

「こりゃあ……」

「物々しいですね。今すぐにでも魔物が現れそうだ」

 

 よほど慌ただしく避難したらしく、採掘道具や一輪車が置きっぱなしにされた採掘場。地面を掘り下げた穴に蓋もされていない。

 一帯に満ちる不穏な気配が、ナガラジャにもしっかりと感じ取れていた。

 

「ああ。とっととカタ付けようぜ」

「──クソッ! 何でこんな所に!」

 

 ナガラジャがそう言った直後、遠くに悪態が聞こえた。

 鉱員が緊急避難した以上、採掘場に立ち入ろうとする人間は限られる。

 

「俺たち以外にここへ……盗掘の類か?」

「何かに追われているようですね。一応伺いますが、どうします? 棟梁」

「どうも何も、放ってはおけねえだろ。あいつらがやられたら、次は俺たちの番だ」

 

 どのみち調査の邪魔になる。排除するしかない。

 

「助けるついでに、何か聞き出せるかもしれませんしね」

「それもあるな。プテリコ、ここで待っててくれ」

「ロンッ」

 

 そっぽを向いたプテリコは、ノエルを「お前の指示は?」と問いかけるようにじっと見つめる。

 

「棟梁の言う通りです。プテリコ、お願いしますね」

「ロ!」

「テメェ……」

 

 ノエルの言うことは素直に聞く。ナガラジャの視線をよそに、プテリコは周囲の警戒に入った。

 

「さ、行きますよ棟梁」

「もうちょっと俺にも懐いてくれないもんかねえ」

 

 声のした方へ、二人して走る。




エレメンターズ豆知識
『遺龍種(レムナンツ)』

亡き龍族の血を、細々と伝える生物の総称。これまでの研究で、龍族と通常の爬虫類が交わって生まれた生物を起源に持つと考えられている。
本来混じるはずのない様々な爬虫類の遺伝子が混ざった結果、太く発達した足で俊敏に走り回る亀、頭に大きな角の生えた蛇、二足歩行する翼竜モドキといった一般の爬虫類とは全く異なる性質を持つ個体が生まれる。好戦的ではないものの、戦闘力も高い。
食性は様々だが、非常にグルメであることが数少ない証言から明らかになっている。
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