向かった先でナガラジャとノエルが見たのは、必死の形相で二人の方へ逃げる茶色のローブを着た男達。顔を隠すためのフードも脱げ、恐怖と焦燥に駆られているのがありありと窺える。
そのすぐ後ろから、巨大な影が男たちを追っている。過去には人里を襲ったこともある、この一帯に住む人間ならば知らぬ者のない魔物。
全体のシルエットは、超巨大なサソリと言っていい。赤茶けた甲殻に覆われた全長はおよそ十メートル。
「サーペンタレス! 本当に、何だってこんな奴が」
素直にサソリの名が付いてないのは、その尾が中ほどから蛇へと変わっているから。人の二の腕ほどある毒牙を携えた大蛇が、獲物にかぶりつく瞬間を今か今かと狙っていた。
苦い記憶が蘇る。ナガラジャが棟梁に就任するきっかけが、他ならぬこの魔物だった。次々に住民や家畜を喰い殺し、鉄血都市近辺を恐怖のどん底に陥れたこの魔物を討伐し、その功績を以てナガラジャは棟梁へと推された。その強さ、凶暴性はよく知っている。
「まずは私が足を止めます、棟梁はその隙に救助を」
「任せたぜ。──オイお前ら、気合入れろ!」
「~~ッ!」
ナガラジャの活に反応したか、今にももつれそうだった盗掘者の足に少しだけ力が戻る。
「穿て、『
ノエルの足元から、大量の砂礫が舞い上がる。
潤沢な
縮まる一方だった盗掘者との距離が、一瞬だけ開いた。
「あらよっと!」
着弾と同時に盗掘者に向かって跳んでいたナガラジャが、息も絶え絶えな二人をまとめて脇に抱えて安全圏へと救出する。ノエルの弾幕が晴れる前に残る一人に駆け戻り、今度は放り投げて難を逃れさせる。
……投げ方が雑だったか、あまりよろしくない落ち方をしたらしい。不細工な落下音と悲鳴、小さなうめき声がナガラジャの耳に届いた。まあ、命は助かったようだから良し。そう気持ちを切り替えたナガラジャに、ノエルが石片を指先で弄びながら並び立つ。
「流石ですね、棟梁」
「よせよ。お前の援護あってこそってな」
「救出ついでに怪我をさせ、逃げ足を封じるとは。感心しました」
「そんな性格悪いこと考えてねえよ!」
サーペンタレスが態勢を立て直した。まずは目の前の障害を排除しようと、携えた前脚を大きく振り上げる。
暴れる獲物を押さえ込むフォークとして、毛皮や鱗を切り裂くナイフとして。その巨大な鋏は見た者を無条件に緊張させる迫力に満ちている。
が、それはあくまでも食器。真の脅威は別にある。
「今毒もらったらおしまいだ、慎重にな」
「サイズからして、『三十年物』といったところですか。前に噛まれた棟梁なら、何とかなったりしませんか」
「ならん。死ぬ」
サーペンタレスを真に脅威たらしめるのは二種の毒液。口元からは、捕らえた獲物を舐め溶かす強酸を滴らせる。尾から伸びた大蛇の牙は出血毒を操り、人間ならば十歩と進めずくずおれる。
屈強な肉体を誇る
「酸には無力だが、一応な。──『
ナガラジャの巨体を、プレートアーマーのように金属が覆っていく。
腕刀の部分にはエッジが張り出し、尾の先端部からは鎖に繋がれた巨大な球体が形成される。竜人特有の鋭い爪はしっかりと外に出たまま、分厚い鎧が頭から足先までを覆い尽くした。
元が幻素ゆえに体力の持つ限りの即時修繕、さらに体調や環境に合わせた調整まで可能な、本人による本人のためだけの
今回の志向は、サーペンタレスの毒牙を通さない頑強さ。並の幻導士ならば歩くことすら難儀する重量だが、ナガラジャの身体能力ならば問題なく着こなせる。
「お着替えは終わりましたか? 盗掘者の拘束もしておきたいのですが」
ノエルが急かす。ナガラジャが鎧をまとう間、彼の弾がサーペンタレスを牽制し続けていた。
「悪い悪い。おかげで準備万端だ。行くぜ!」
上体をトカゲのごとく伏せ、ナガラジャが一気に距離を詰める。腹下まで潜り込めば、酸も鋏も怖くない。
が、その狙いはサーペンタレスも察知していた。突進を見るや大股でバックし、間合いを計って左の鋏を被せてくる。
「っと」
右足で地を蹴り、余裕をもって回避。背後で豪快に砂地が掘り返される。
一旦止まってサーペンタレスの様子を確認すると、右の鋏は手元でタメを作ったまま。左の鋏が素早く元の位置に戻ってくるところだった。
「分かっちゃいたが、戦い慣れしてやがる」
安易に両の鋏を放ってくるようなら、がら空きの口元に飛び込んで手痛い一撃をお見舞いしてやろう──そう考えていたナガラジャだったが、大きく当ては外れた。
このサーペンタレス、相手の攻めを待つことを知っている。防御面は鉄壁の甲殻、攻撃面は鋏と毒の
「そりゃズルだろ。人間だったら、都市にスカウトするところだ」
飛び込む隙を窺いつつ、愚痴る。ナガラジャも世間一般からすれば十分にズルい体格・体力の持ち主ではあるが、流石に大型の魔物とは比ぶべくもない。
しかし、時間をかけていられる状況でもない。そもそもサーペンタレスはその強大さと引き換えに生育が遅く、個体数も少ない。及ぼす被害の甚大さゆえの悪名だが、実際に人間と出くわすことは少ないのだ。
そんな魔物が、人の手で開かれた土地に堂々と足を踏みいれている時点で相当の異常事態と言える。
「何かに、惹きつけられた? いや今考えても仕方ねえな」
思考を打ち切る。原因が何にせよ早くサーペンタレスに対処しなければ、次に何が起こるか分かったものではない。
ナガラジャは覚悟を決め、あえてゆったりとサーペンタレスに向かって歩を進める。ナガラジャといえど、この巨体を強引に崩すのは難しい。急がば回れ、焦れて手を出したところを仕留める。
サーペンタレスはそのサイズ故、細かいステップでの距離調節は苦手とする。大きな鋏を小刻みに揺らし、迎撃のタイミングを計り始めた。
「どっちの肝が太いか、度胸比べといこうぜ」
サーペンタレスに声帯はない。しかし傍目では分からないほど僅かに、鋏の揺れが大きくなってきた。対照的にナガラジャはゆったり、ゆっくりと息を吐きながら進む。眼前の敵に恐怖がないわけではない。湧き上がるそれをただ押し殺すのではなく、そっと勇気で蓋をする。
鋏の間合いに踏み入り、なおナガラジャは歩みを止めない。重装甲の裏で、自らの鼓動ばかりが大きくなっていく。そろそろ、来る。
「──」
無音のまま、サーペンタレスがついに動いた。左の鋏が風を切って伸びてくる。が、とりあえず出しただけの雑な攻撃。
ナガラジャは一歩踏み込み、両手で分厚い鋏の分かれ目を上下からホールドする。引き戻されるより、追撃の右が振り下ろされるよりなお早く。
「ぬぅぉおりゃぁ!!」
渾身の力でサーペンタレスを前方へと引き倒しにかかる。いかな巨体の六本足といえど、生物である以上重心からは逃れられない。前のめったところでナガラジャは手を離し、一気に口元へ。
その手に携えるは眩いばかりの銀弾。最早口に押し込むと言った方が正しいほどの至近距離で撃ち込んだ。
「『
硬い何かがひしゃげる音に、不吉な水音が混じる。ナガラジャは撃った反動を敢えて腕だけで吸収せず、上体が後方へ流されるに任せた。天を見上げた視界に、陽光を受けた水滴が瞬く。サーペンタレスが被弾直前に吐き出した強酸だった。
「あっぶねえ──っお!?」
地上へ降り立とうとするナガラジャへ、今度は尻尾の毒蛇が喰らいつく。咄嗟に腕甲を噛ませたが、毒牙が通じないと判断した蛇は瞬時に頭を大きく振り回した。
「んガッ……痛えなチクショウ!」
砂地へ一直線に叩きつけられたナガラジャは、自らの鎧に全身を打たれつつ地面を転がる。装甲を固めたことが仇になった形だが、そもそも装甲がなければ噛まれた時点で死んでいる。この痛みも必要経費といったところ。
「ま、相手はそれどころじゃあねえだろ」
口元に痛撃を貰ったサーペンタレスは、大顎の片方が根元からへし折れていた。口内を砂や乾燥から守るための弁も破れたのか、絶え間なく強酸が
「・・・・・・」
「まだやるか?」
睨み合うこと数秒。
グルリと背を向け、サーペンタレスは撤退していく。
「これ以上消耗してまでは、って感じだな」
あっさりしすぎにも見える引き際に、ナガラジャはそう呟く。少なくともサーペンタレスにとって重要な何かがここにあった、というわけではないのだろう。
「流石ですね、棟梁」
「おう。奴ら、どうだった?」
盗掘者を任されていたノエルも、ナガラジャの元へ戻ってきた。ナガラジャの問いに、彼は首を横に振った。
「単純に、作業者がいなくなったから来ただけのようです」
「そうか。まあそうだわな」
何かしらの計画を彼らが立てていたとして、それはサーペンタレスに襲われた時点で頓挫しているだろう。盗掘未遂は、また後で処理すれば良い。
「さ、行こうぜ」
ナガラジャは、採掘場の地下へ続く穴を覗きこんだ。いよいよ本命の調査に乗り出す。
エレメンターズ豆知識
『サーペンタレス』
巨大な蠍型の魔物。幼体は生まれてすぐに親元を離れ、砂に潜って暮らす。
尾に宿る蛇の由来は不明だが「巨大な蠍に喰らいつく大蛇」の目撃報告が極稀に上がる辺り、相利共生的な関係性ではないようだ。
尾の大蛇を漬けた酒が、どこかで製造されたこともあるらしい。