エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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悲報の秘宝、一目散

「冒険なんざ何年ぶりだ?」

 

 手掘りの跡が残る壁面を撫でながら、ナガラジャは地下に伸びる坑道をずんずん進んでいく。

 

「あまり急ぐと、危ないですよ。この明かりも、棟梁の頭上までは届きませんので」

「何言ってんだ。とっとと原因を見つけて、ょごっ」

 

 ノエルの忠告を無視して足を速めた結果、天井が一段低くなったことに気づかず頭をぶつけるナガラジャ。低くなっても通常の人間なら問題ない高さなのだが……流石に二メートル半ばの上背は想定していなかったらしい。

 

「言わんこっちゃない……大丈夫ですか?」

「っ、あぁ。帰ったら天井上げるように言っとくか」

竜人(ドラゴニュート)でも棟梁ほど大きい方は稀でしょう。作業員に余計な手間をかけさせないでください」

 

 竜人(ドラゴニュート)は、龍族の力を受け継ぎきれなかった者達が人と交配して広がった種族。その身に流れる龍族の血は薄まり切っており、中には人間と全く区別できない外見の者もいる。ナガラジャの外見は、特例的に龍族の因子が強く出た結果なのだ。

 

「ほ、ほら。プテリコみたいに、また遺龍種(レムナンツ)を保護するかもしれんし」

 

 ナガラジャよりさらに龍族の血が色濃く出ている者達となると、候補はそれこそ遺龍種(レムナンツ)くらいしかいない。

 

「あんな気難しい生き物、どう働かせるんですか……」

 

 ノエルはそれ以上取り合わず、ナガラジャを追い越して先を照らす。血痕などの人的被害を思わせる変化こそないが、壁際には採石されたばかりの原石が雑に投げ捨てられ、鉱員の慌てぶりを物語っていた。

 作業員にとって採掘した原石とは自身の給与であり、食い扶持そのもの。ノエルは淡く光るそれを拾い上げ、検分する。手の平を目一杯使い、指先が半回りにも届かない直径。間近で見ると、岩石の隙間から力強い濃緑色の光が一層鮮明に溢れる。幻素(エレメント)を長年溜め込んだ、上質な幻鉱石(エレメンタライト)の証明だ。

 

「かなりの値打物です」

「これを投げ捨てて避難、か。本当によっぽどだったらしい」

 

 嫌な空気が、着々と濃くなっていく。

 本能的に前進を拒み、重たくなる足を叱咤して。二人は作業員達の慌ただしい足跡に逆行するように奥へと踏み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

「ここらでドン詰まりか?」

「はい。やはり風使いがいないと、空気の流れも悪い……長居はしたくありませんね」

 

 二人は、足跡の終端部に辿り着いた。ノエルは眼鏡の位置を直しつつ、五メートルほど先に転がった球体を見やる。

 先ほどノエルが拾った原石より、一回りは大きい。恐らくノエルでは掴み上げられないだろう。凹凸のない滑らかな表面は、金色と言っても良いほど鮮烈なオレンジ色に輝いている。ねっとりとした生々しい艶感が、今にも動き出しそうな存在感を放っていた。

 

「棟梁。笑わないでくれますか?」

「おう」

「今、有り体に言うと()()()()ます。私」

「……俺もなんだよネ」

 

 互いに、苦笑いを向け合った。少しだけ緊張が解れたのをきっかけに、ナガラジャが顎を撫でながら一歩踏み出す。

 

「鉄血都市のツートップが、揃って縮み上がる、か。一体何──」

 

 やると決めれば一気だ。ナガラジャは大股に近づき、思い切って球体に右手を伸ばす。

 

「──だっよ、こりゃぁ!?」

 

 しかし次の瞬間、ナガラジャは火にかけたヤカンに触ったかのように手を引いた。しきりに指先を曲げ伸ばす。

 

「棟梁!?」

「おう、平気だ平気。が……幻素(エレメント)を吸われたか」

「吸われた?」

「見てみろよ、ほら」

 

 色を失って駆け寄ったノエルに、ナガラジャは両手を突き出して見せる。

 右手の爪や鱗だけ、老化したように色艶が褪せていた。普段は濃い赤褐色の色味がぼやけ、表面にもシワが目立つ。幻素(エレメント)、及びその生成元である生命力が急速に失われた証明である。

 

「今の一瞬でこれだけの幻素(エレメント)を……」

「よく分からんブツを触っちゃダメだってことだな……君子危うきに近寄らずだ」

「ふふ、棟梁は君子じゃありませんし大丈夫でしょう」

「切り替え早すぎない? 自分は触らずに済んだからってよ……っし」

 

 後頭部をぼりぼりと掻きながら、ナガラジャは右手に力を込める。生成した幻素(エレメント)を充足させると、その鱗は見る間に元通りの血色を取り戻した。

 ……体内の幻素(エレメント)を右手に優先して回しただけであり、吸われた分が戻ってきたわけではない。ナガラジャ自身に軽い倦怠感が伸し掛かった。

 

「で、どうするよ。吸われた体感だが、都市にコイツを持ってくまで俺が十人はミイラになるぜ」

「……持ち帰るのは現実的ではありませんね。この場でできるだけ調べて、地下深く埋めてしまいますか?」

「坑道を潰すのは気が引けるが……」

 

 そう言いつつナガラジャは、先ほど撃退したサーペンタレスを思い出す。またぞろ何かが引き寄せられてくるかも分からない。ウダウダ悩んでさらなる危険を招くより、潔く閉じてしまった方が後腐れもないのは明白だった。

 

「都市を守るための判断だ、と言えば押し通せるでしょう。どうしても坑道を閉じたくないなら、そもそも全員で避難などすべきではないですから」

 

 採掘場の人間は、ナガラジャとノエルに処理を丸投げしたのだ。その場を放棄した奴らに、結果に対して文句を言う資格はない。少なくともこの都市では。

 

「そうだな。ま、俺らもごめんなさいはしねえとだが」

「もちろんですとも。では、早速始めましょう」

 

 帰った後のことも軽く決め、ノエルは謎の球体に手の平を向ける。詠唱と共に、先の尖った土塊が形成されていく。

 

「地に巡れる命の父よ。積もりつ盛りつ一塊(ひとくれ)の尖端を成したまえ──『土杭(アースパイク)』」

 

 言葉が結ばれ、土の杭は勢い良く球体へと射出された。

 反して衝突音はごく軽いもの。弾かれた杭は粉々に砕け、跡形なく消え去ってしまう。衝撃で丁度半回転した球体に、ノエルが眉根を寄せた。

 

「吸収ではなく、拒絶?」

「純粋に硬いだけなら、もっとデカい音がするはずだよな。それに」

「ええ。棟梁の勘、当たったようです」

 

 球体の裏面、その中央に縦長の黒い楕円が走っている。爬虫類でもよく見られ、竜人(ドラゴニュート)にも馴染み深い形の瞳孔だった。そのサイズからして、瞳の持ち主は相当の巨体に違いない。

 加えて幻素(エレメント)の干渉を拒絶する性質。サーペンタレスのように大型の魔物でも、そのような事象は起こりえない。もっと由緒ある、それこそ龍族にすら比肩しうる力を持った存在でなければ。

 

「恐らくこの眼球、龍族にも匹敵する力を持った魔性──魔竜のものかと」

「そりゃ全員ビビるわ……。ここは大昔、ご先祖様達の戦場だったのかもな」

 

 地上を統べた龍族と、それに反旗を翻した幻龍(テュフォン)の眷属たる魔竜。相容れぬ両者の遺物が、これほど近くで発見される。それは互いに爪牙を交えた末、相討った可能性を示唆していた。

 ナガラジャが腕を組み、目を閉じる。顔も知らぬ先祖ではあるが、うっすらと血を引く者として。自分達の住む土地を守ってくれたかもしれない感慨に浸る。

 

「……」

「さ、棟梁。何を掘り当てたかは概ね分かりました。退散しますよ」

「おう。坑道を崩すのは頼めるよな?」

「もちろんです。棟梁は我々が崩落に巻き込まれないよう、周囲を支えていただければ」

「あいよ」

 

 ノエルは魔竜の瞳の周辺を掘り、より地中深い位置へ埋め戻す。さらに坑道を支える地盤を部分的に砕き、人工的な落盤を引き起こす。

 土砂と地下水の織り成す轟音が耳を聾する中、二人は出口へと急いだ。

 

「一件落着、だと良いですが」

「まあこれで、今すぐ悪用されるってことはあるめえよ」

 

 転がるように外へと飛び出した二人は、もうもうと立つ土埃の向こうを振り返った。

 崩落が崩壊を呼び、崩壊が次なる崩落へと繋がる。先ほどまで坑道だったものは完全に土砂で塞がり、先ほどまで奏でていた狂想曲が嘘のように沈黙している。崩すのは一瞬、しかし再生は困難を極める。

 ノエル程の土属性幻素(ガイア・エレメント)の使い手が毎日全力を尽くしても、人が入れるようになるまで数十年を要するはずだ。

 

「なら、これで良しとしましょう」

「急ごうぜ。今なら何とか、日暮れ前に都市に着ける」

 

 傾き始めた夕日を背に、二人は採掘場だった場所を後にする。

 翌日から件の坑道周辺は立ち入り禁止とされ、人の一切寄り付かぬ魔境となっていく。鉱員達も代替地で仕事にありつけ、誰からもナガラジャとノエルを責める声は上がらず、事態は収束していった。

 

 そして、時は五十年後の現在へ。風化しきっていたこの事件を、ナガラジャとノエルは記憶の底から掘り出すことになる。

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