エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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第十章 魔竜待つ地は近くて遠く
10-1 季節外れ、風の来る先


「ねえ、棟梁」

「ダメだ」

「まだ何も言ってないんですが……」

 

 魔竜に襲撃されてから、十日余りが経過した鉄血都市。

 まだギリギリ朝と言い張れる時間帯に、ノエルは業務の合間を縫って竜の巣(ドラゴネスト)の一室に赴いていた。

 意識こそハッキリしたものの、ナガラジャは重傷の身で臥せりがち。都市の現状とノエル自身の予定について伝えに来たのだが、反応はご覧の通りである。

 

「今良いところなんだ……あと二時間くらい待ってくれ」

「絶対それ完成まで二時間も要らないでしょう。気に入ってもらえたのは嬉しいですが」

「おう、おかげで手先までキチンと力が利くようになりそうだ。お前からのプレゼントってのもあったが……面白いもんだ、ありがとよ」

 

 ナガラジャがベッドにうつ伏せたまま床で広げているのは、ノエルのコレクションしていたタクティリアの一つ。平らな断片(ピース)を正しく配置するだけのシンプルなタイプで、難易度も然して高くない。それでも不器用なナガラジャは、別の方向で悪戦苦闘しているようだった。

 

「あっ」

 

 長く太い指で挟んだ小さな断片(ピース)が、力の入れ具合によって指先から逃れて跳ねる。落ちた拍子に既に正しい位置にあった断片(ピース)に当たり、完成に近づいていた赤い鱗の遺龍種(レムナンツ)がそのシルエットを大きく散らした。

 ナガラジャは大きく、それはもう大きくため息をつく。

 

「ハァ~……」

「あーあ、見事にやらかしましたね」

「しょうがねえ、何の用だ」

「やっと聞く気になりましたか。魔竜の件で、私も調査に出たいんですよ」

「あぁ……建物の補修やらで手一杯だったってな」

龍涙石(レヴィアサイト)にも関わる以上、テレザさん達には伏せましたが……魔竜の出所、まず間違いなく()()です」

 

 五十年前にとある坑道で掘り出された、魔竜のものと思われる瞳。この都市の近辺で魔竜とアレ以上に強く結びつくものは、ノエルの知る限りない。

 

「俺が言えた義理じゃねえがよ、都市の連中は大丈夫なのか?」

「完調とはいきませんが、ぼちぼちです。私が出張る必要も、もうなくなるかと」

「そうか……悪いな」

「何ですか急に、気持ち悪いですよ」

「気持ち悪いってお前さ」

「今都市が生きているのは、他ならぬ棟梁のおかげなんですから」

 

 傷で動けていないことに負い目があるのだろう、ナガラジャは随分としおらしい。あまりに珍しいその様子をからかいつつ、ノエルは気取った動作で自らの胸に手をかざす。

 背筋をピッと伸ばし微笑むその姿は、あたかも忠実な執事。絵画のようにハマっていた。

 

「後の雑事は、この執務長にお任せください」

「──。おう、任した」

 

 ナガラジャの許可を得たノエルは恭しく頭を下げ、厩舎へと向かい足を確保する。

 かつて頼っていたプテリコは、残念ながら二十年ほど前にこの世を去ってしまった。今跨っているのは、天蹄種(ストライダー)と呼ばれる馬の希少種。ノエルの体重を背負いながら、時速約四十キロで二時間ほど走り続けることができる。

 数十分もあれば、目的地までたどり着けるが……

 

遺龍種(レムナンツ)と比べるのは、酷な話ですがね」

 

 渋いワインレッドに艶めく天蹄種(ストライダー)の背で揺られながら、プテリコの疾走をどうしても思い出してしまう。あいつはノエル(同じ斤量)を背負い、さらに巨漢のナガラジャが乗った馬車を引いてなお同等の速度で駆けて見せた。加えて荒れ地での走破性、耐久性も馬とは一線を画したもの。明確な難点は、餌代が高くついたくらいだろうか。

 一度あの贅沢を知ってしまうと、中々水準を下げられない。プテリコの死後は普通の馬に我慢できず、大金を払って天蹄種(ストライダー)を買い付けているのだが……物足りなさは未だ拭えない。

 

「……?」

 

 と物思いに耽っていたノエルだが、周囲がふっと暗くなったことで現実に引き戻される。上を見れば、高く青く広がっていた空が急速に陰り始めていた。地表から烈風が不自然に吹き上がる。巻き上げられた砂塵の中を、一瞬だが紫電が煌めく。

 通常ではありえない異常気象に、ノエルは手綱を引っ張って馬を止めた。

 

幻嵐(ファンタージュ)? この季節に──」

 

 当たりをつけた瞬間、様子見は終わりとばかり風が牙を剥いた。ノエルの真正面から風圧が叩きつけられ、呼気が口の中に押し込まれるような錯覚に陥る。鞍から引きはがされそうになるのを手綱に縋りつくようにして堪え、嵐が過ぎ去るのを待つ。

 

「……ごほっ、ゲホッ!」

 

 口の中はもちろん、喉奥にも飛び込んできた砂が張り付く。喉元を掻きむしりたくなるような苦痛に堪らず、豊かな鬣に顔を埋めて咳き込んだ。迷惑そうに鼻を鳴らした愛馬に振り落とされなかったのは、日頃の行いのおかげかもしれない。

 

「(日頃の行いが良いなら、こんな目に遭わせないでほしいものですが……っ!)」

 

 必死の形相で手綱を握り締めるノエルとは対照的に、天蹄種(ストライダー)は鬱陶しそうに頭を振るだけ。吹き上げる風もやかましく舞い飛ぶ砂塵も何のその、大根どころではなく太い脚でしっかりと地面に根を下ろし、鞍上の指示を待っている。

 ようやく嵐が小休止に入った。手をしがみつくこと以外に使えるようになったノエルは、周辺の地面へ手の平を向けて唱える。

 

「──土城(ソイルシェルター)

 

 土属性幻素(ガイア・エレメント)を送り込まれた地面から土石の壁がそそり立ち、ドーム状にノエル達を覆い隠していく。

 天蹄種(ストライダー)の体高まですっぽりと覆える高い天井が締め切られると、あれだけうるさかった風と砂塵の狂想曲(ラプソディ)がすっと遠ざかる。暗闇の中、ノエルはどっかりと腰を下ろした。

 

「……何でこんなことに」

 

 周囲に誰もいないからこそ漏らせる、偽らざる本音であった。この時期にここまで大規模な幻嵐(ファンタージュ)に遭うとは、ツキがないとしか言えない。概ね春先に一番多く発生するものだが……二時間ほどはここで足止めだ。

 

「これも魔竜復活の影響、でしょうか」

「ブルルッ」

「おっと、失礼。暗闇は嫌いでしたね」

 

 闇の向こうから聞こえる荒い鼻息に、ノエルは慌てて腰に提げた特製ランタンを灯す。鉄製の円筒に備わった取っ手と引き金を握り込むことで、円筒内を上下に隔てる弁が開く。

 上部に取り込まれていた光属性幻素(ブライト・エレメント)が、底部の幻鉱石(エレメンタライト)と触れ合って発光を始める。前面のガラス部分から放たれる白光は、通常のランタンを遥かに上回る明るさでドーム内を照らした。

 穏やかな光に心癒されると、想定外の運動で胃袋が抗議の声を上げていることに気づく。

 

 ノエルはランタンを地面に置き、馬に載せた荷物から軽食を取り出した。

 今日のは薄く延ばした小麦生地で、極上の脂身を巻いた自信作。脂身の主は荒れ地に住むキャメルシルト。餌不足に備えて尾に脂肪分を溜め込むこの亀の尾は、極めて柔らかくジューシーなことで知られる。

 調理方法は至ってシンプル。切り落とした尾を一本丸ごとカサクサ(香草の一種)で包み、果実酒に一晩漬け込んだ後、塩を振って軽くローストするだけ。シンプルだからこそ、素材の良さがダイレクトに反映される。

 

「それでは、いただきます」

 

 勢い良くかぶりつき、口の中で蕩ける脂身を堪能するノエル。長さ二十センチほどの脂肪分の塊は、軽く炙っただけでジュワジュワと音を立てて脂が滴る際限なき旨味の奔流だ。

 単体ではやがてクドくなってしまう、甘すぎる誘惑。それを果実の酸味、カサクサの辛味と渋味が引き締める。すると、再び脂身の甘さが恋しくなってしまう。カリカリに焼き目が付いた小麦生地は脂と香りを存分に吸い込み、両者の(かすがい)として全体を調和させる。

 

「これぞ本当の()()一体。我ながら最高の出来です」

 

 不幸を蕩かす、至上の多幸感に酔いしれるノエル。外の騒動も、一旦シェルターに籠ってしまえば文字通りどこ吹く風である。

 嵐の間は、どうせ他の仕事も進まない。鼻を寄せてきた天蹄種(ストライダー)に残ったカサクサを分けてやりつつ、ノエルはゆったりと休むことにした。




エレメンターズ豆知識
『天蹄種(ストライダー)』

大変希少な馬の一種。極めて強靭で逞しい肉体を誇り、群れを率いるボスとして君臨する。
突然変異的に生まれるが、ごく一部の馬産者の間では父母に特定の餌や水を与えることでこの確率を上げる方法が伝わっているとの噂がある。
凡人に馴れることは決してない。運よく生まれて喜んだのも束の間、買い手が付かないまま牧場を散々に荒らして脱走した事例も報告されている。
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