エレメンターズ冒険記 ~源の龍を追って~   作:テルー

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10-3 嵐、幻、惑いし都市

 幻嵐(ファンタージュ)は当初の予想よりも長く、三時間ほど続いた。時折砂に混じる激しい雨音や、飛来するボタ石の衝突音にシェラは冷や汗をかいたものの、再び外に放り出されるようなことはなかった。

 シェラは幌の外を覗き、馬の安否を確かめる。水に濡れて艶めく顔を振り振り、馬は感謝するように一声嘶いた。

 

「良かった……」

「む、ぅ……?」

 

 晴天を告げるようなその嘶きで、クラレンスが目を覚ました。発汗も収まり、唇も綺麗なピンク色に戻っている。

 

「おはようございます。顔色、良くなりましたね」

「すまない、世話をかけた。シェラは大丈夫か?」

「はいっ、この通り元気です!」

 

 笑顔でクラレンスに力こぶを作る。輝毛布団(ブライトンケット)を維持し続けた分の消耗はあるが、重傷を立て続けに治療したわけでもなし。クラレンスの方を心配する程度の余裕はある。

 

「何よりだ。御者が起きたら、すぐに出られるように……馬車の点検をしておこう」

「点検……? な、ナニ、ミル」

「っ、ク。そう身構えなくても良いだろう。簡単な所しか見ないさ」

 

 これまで便利に使ってはきたが、シェラは馬車について「動物に引かせる車輪付きの箱」以外全く知識がない。突然無知の知を得てカタコトを発した少女に、クラレンスは堪えた笑いを喉から漏らしてしまった。

 

「良い機会だ、簡単な構造だけでも覚えると良い。馬車には、今後も世話になる」

 

 しっとりと水を含んだ土を踏みしめ、二人は外へと出る。先ほどまでの荒天など綺麗さっぱり水に流し、雲の一点すらない蒼一色の空の下。横倒しになった馬車の底面をじっくりと見る。

 

「馬車をひっくり返して見るの、初めてです」

 

 ひっくり返った馬車自体は、シェラが初めて鉄血都市に向かった際、マーブルウルフによって無惨に破壊されたものを見たことがある。

 あの時は先を急いでいたこと、何より近くに凶暴な魔物がいたことで、馬車の構造に目を向けている場合ではなかった。

 

「確かに、中々ないだろうな。俺たちが見るのは二点だけだ。車輪が歪んでいないかと、車軸が曲がっていないか」

 

 クラレンスが指差したのは鉄製の車輪と、車体を横断するように固定された車軸と呼ばれる真っ直ぐな棒。車軸は車輪の中央を貫く形になっているが……シェラは違和感に気づく。未だ幻嵐(ファンタージュ)の余韻に浸っていた風が強めに駆け抜け、車輪を揺らしたのである。

 

「わ、こんなグラグラに……!」

「いや、車輪の付き方はそれで良いんだ」

 

 慌てて車輪を抑えようとしたシェラの肩に、クラレンスの手が乗った。

 

「ほぇ?」

「遊びと言ってな。車軸と車輪との隙間で、地面の凹凸を踏んだ衝撃を吸収する。」

「人の、膝や足首みたいなものです……?」

「まあ、そうだな。車輪がガタつく分だけ、馬や中の人間が揺れなくて済むということだ」

「へぇ~……!」

 

 まじまじと車輪を見つめるシェラ。これまで何の気なしに乗せられていた木の箱だが、意味を知った今少し親しみが湧いてしまう。

 

幻嵐(ファンタージュ)に遭って、ちょっと得した気分です」

「そ、そうか……そうかもな」

 

 素直に到着できるのが一番得だろう。そう思うクラレンスではあったが、シェラの見える世界が広がったなら喜ばしいことだ。

 車輪がキチンと円形を保てているか、車軸がひん曲がっていないか、適当に車輪を空回りさせて確認する。回転が目に見えて不自然にぶれれば故障を疑うべきだが……少なくとも二人の目で分かるほど大きな損傷はなかった。

 馬車に戻ると、丁度御者が目を覚ました。三人で馬車を立て直し、日没前の鉄血都市入りを目指す。

 

 

 

 

 

 

「美味いな。クセになる」

「お店のにも負けてませんよ、これは!」

「良かったです。テレザさんも、これは自信作だって」

 

 出発してしばらく。三人はテレザ自家製の燻製肉(ジャーキー)に舌鼓を打っていた。野山で鍛え上げられた筋繊維を奥歯で噛みちぎる。凝縮された肉本来の旨味が舌の上で跳ね回る。

 野兎(ワイルドハーレ)のモモ肉を薄くスライスして塩と香草をまぶし、麦酒(ビール)に漬けこんだら、水気を切って(いぶ)す。

 チップには鉄血都市特産のオリーブの木を使い、柔らかく甘い香りで塩気を丸めている。脂が少なく淡白なウサギ肉の良さはそのままに隠れていた野性味(コク)を引き出したその出来映えは、思わずジョッキで乾杯したくなるほどだった。

 

「都市で会ったら、作り方を聞いてみるか」

「私は見せてもらいましたけど、お肉の状態に合わせて細かく火加減を変えるみたいでしたよ」

「本気すぎる……。肉焼き職人にでもなるつもりか?」

「言ってました。『現役引退しても、この燻製肉(ジャーキー)を売れば安泰よ』って」

「……そう、か。まあこの出来なら、儲けも出るだろうな」

 

 シェラの口真似に、クラレンスの口元も緩む。幻嵐(ファンタージュ)の脅威から解放され、胃袋も落ち着いた二人の心は少なからず踊っていた。

 御者も背後の笑い声を楽しそうに聞いていたが……ふと前方が気になって遠眼鏡を覗く。

 

「ん?」

 

 速い。何者かが乗った馬が、彼の馬車に恐ろしい速度で向かって来ている。御者は慌てて馬を左へ進路変更させつつ、背後へ声をかけた。

 

「お客さん! 前から何か来ます!」

「分かった」

 

 短く答え、クラレンスは蒼色の槍と盾を持って背後の幌から飛び出す。疲労を差し引いても、三人の中では彼が最も直接戦闘に長けている。

 

「天駆ける気高き風よ。ひた走る我らが背を押したまえ──『順風(テイルウィンド)』」

 

 追い風を纏い、爆発的な加速で馬車を追い抜く。近づいてくるのが賊か否かは不明だが、賊だった時には馬車から遠い場所で相手取りたい。

 急速に鮮明になる相手方のシルエット。渋いワインレッドの大きな馬体が躍動しているのが見える。煌びやかな金髪を陽光に晒した鞍上の手元が動き、敵意がないことをアピールするように大きく手を振ってきた。

 クラレンスも順風(テイルウィンド)を解き、地面を滑りながら制動をかける。クラレンスも金髪の持ち主ではあるが、目前に迫る彼に比べればその色味はくすんで見える。華やかなカーキ色とでも言えば良いか。

 三メートルほどの間を空け、互いの速度がゼロになる。鞍上の男は馬の背から身軽に飛び降り、クラレンスへと歩み寄った。

 

「奇遇ですね、クラレンスさん。少々お疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「ええ、幻嵐(ファンタージュ)に巻き込まれまして……執務長は?」

「私は土属性ですから、被害は軽いものです。無駄な足止めは喰いましたが」

 

 鉄血都市の執務長(ナンバー2)、ノエル・エイグドラッセル。二年ほど前、武者修行とコネ作りを兼ね都市へと流れて来たクラレンスとは面識がある。

 クラレンスの腕(と真っ当な人間性)を買って|血剣祭(グラディウス)の選考役としてオファーを出したのも、このノエルに他ならない。ただしお尋ね者も多い都市の風潮として、過去は詳しく調べないこととしている。

 

「私はこれから野暮用ですが、貴方は都市へ?」

「はい。鉄血都市を経由し、エールイングへ向かう予定です」

「エールイング? 魔竜は、あの帝国に逃げ込んだと」

「王都へ報告へ向かったテレザから、そのように」

「ふむ……」

 

 クラレンスがテレザからの手紙を見せると、大まかな事情を把握したノエルは何度か頷き、考えをまとめた。

 

「分かりました。私も予定を変更しましょう」

「と、いうと?」

「私も一緒に都市まで戻ります。忙しいところ申し訳ないですが、少々手伝っていただきたく。もちろんタダでとは言いません。便利な足が付いてきますし、魔竜の行動に関するヒントにもなるはずですよ」

「魔竜の……分かりました。明日以降に仔細を相談、ということで」

「そうしていただけると助かります」

 

 クラレンスの一存で手伝うかは決められないが……魔竜について何かしらの知識を仕入れる機会だ。それに実入りの良い仕事を振ってくれるノエルの提案を無碍にはできない。

 二人で話し合っているうち、様子を窺っていた馬車が追い付いてきていた。

 

「おや、お客さんのお知り合いだったんですな」

「ああ、鉄血都市で世話になっている。都市まで、馬を貸してくれるそうだ」

「ありがたい! 正直、馬の調子が思わしくなくて。では早速……いや眼福ですな、天蹄種(ストライダー)だなんて──」

 

 クラレンスと御者が馬車の用意をしている間に、シェラはノエルの元へ挨拶に向かう。

 三カ月ほど毎日顔を合わせていたせいだろうか。約半月ぶりに見たその美貌は、十四歳の少女にとって随分懐かしく感じられた。

 

「お久しぶりです、ノエルさん」

「……? あっえぇ。お久しぶりです」

 

 逆に二百年以上生きてきたノエルにとって、二週間程度の時間経過はつい昨日と大差ない。ややすれ違った両者だが、どちらともなく笑って誤魔化した。

 

「帝国へ行かれるそうですね、シェラさん」

「はい。医療術者として、頼りにしてるって」

「大変になるとは思いますが、私も持てるだけの情報はお渡しします。どうか、頑張ってきてくださいね」

「はいっ! 任せて……クダサイ。ガンバリマス」

 

 威勢よく胸を叩いたシェラの語尾が、急速に勢いを失う。正味のところやっぱり怖いし、自信もない。良くも悪くも分を弁えてしまう少女に、ノエルは一層柔和な笑みを向けた。

 

「大丈夫。鉄血都市で三カ月生き延びたんですから、帝国だろうとやっていけますとも」

「自分で、言っちゃいます……?」

「はっはっ。まあ、酷い環境なのは事実ですので」

 

 ノエルの快活な笑い声が響く。丁度馬車の準備も終わったらしく、身軽になった馬がパタパタと地面を踏み鳴らした。

 

「さあ、行きましょう。天蹄種(ストライダー)の乗り心地、テレザさんに自慢してあげてください」

 

 重荷から解放された馬の軽快な足取りに、天蹄種(ストライダー)は馬車を引きながら苦も無くついて行く。それまでに倍する速度で進んだ一行は、空が赤く染まり始めた頃鉄血都市の門をくぐった。

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