三日後の早朝。テレザは、昨日の夕方にキーン・シャンプソンの店から融通してもらったファイトブルの肉を焼いていた。度重なる闘争によって磨き上げられた至高のかたまり肉に串を刺し、回しながら焼き上げる。
受け皿に滴る肉汁が、香り立つ芳醇な旨味が食欲をダイレクトに刺激する。さらに受け皿にはすりおろした玉ねぎと細切れの香草を放り込み、簡易的な
「はい、シェラ。あーん」
「? あー、ん……っ! わ、口の中で溶けてくみたい……!」
「んー最っ高! しばらく、他のお肉が食べられなくなりそう」
ナイフで肉を削ると、レアに焼けた綺麗な断面が現れる。頬を押さえ恍惚の表情を浮かべるシェラに続き、テレザも自ら焼いた肉を口へと運ぶ。繊維の間に細かく入った脂が口の隅々まで行き渡り、
鉄血都市に移り住んでも、キーンはその人脈を活かして高級食材を買い付けている。この肉は、十年以上も成熟したファイトブルから採れたもの。魔竜の襲撃によって一部の調理器具が破損したため、使い切れない分をテレザ達が譲り受けたというわけだ。
「強烈な旨味だが、臭みもクセも全然ないな。……買えばいくらするんだ?」
「背中周りの肉なら、グラムで
「……そんなものタダで譲って大丈夫なのか、あの店は」
「さあな。だが、食わねば食材にもキーンにも無礼なのは確かだ」
舌鼓を打ちつつ、ジークフリートから相場を聞いてキーンの採算を心配するクラレンス。しかし他ならぬそのジークフリートがお構いなしに肉に手を伸ばすのを見て、食べねば勿体ないと思い直す。
重量にして一キロ程度のかたまり肉は、見る間になくなっていった。
「御馳走様、っと。行きましょっか」
量的にはやや物足りなく感じられたが、これから動くのに食べ過ぎるのもよろしくない。四人はノエルと約束した都市の入り口へと向かった。
テレザ達四人を含め二十名ほどの調査隊は、前回サーペンタレスを討伐した場所で足を止めた。この辺りからは一層警戒が必要だと、目の前の光景が物語っている。
「魔物、が……」
シェラは大きく唾を飲み込み、やっと言葉を絞りだす。その視線は、サーペンタレスの残骸に群がる魔物へと注がれていた。
大口を開けて息絶えた大蛇に、蛇型の魔物がかぶりつく。甲殻の切れ目には蟻のような姿をしたレオントが多数取りつき、体組織を引きずり出している。
過酷な荒野に横たわる死骸が食い荒らされるのは自然の摂理。しかし群がった魔物同士でも争いが起こるあさましい様は、到底見られたものではなかった。
「とっとと潰して、先に行きましょ?」
テレザの言葉が、調査隊の重苦しい空気を照らす。
群れで最も勢力盛んなのはレオントだ。しかし一体一体はシェラでも討伐できる程度、これだけの人数ならば敵ではない。生きたサーペンタレス単体の方が何倍も厄介だ。
「ジークフリートさんとテレザさんを主力に、殲滅します。戦闘準備を」
ノエルの号令で各員が得物を構える。ジークフリートとテレザが一瞬視線を交わし、同時に前へと駆けだした。
最初の仕掛けが戦闘の趨勢を大きく左右する。
「猛き炎神、吼えよ謡えよ高らかに──『
両腕に溜め込んだ灼炎が、遅まきながら彼女へと振り向いた魔物を飲み込む。荒野で鍛えた外殻が焼け焦げ、爆風の衝撃が内部をも破壊する。
「よっしゃ! 先制は貰──」
「退いていろ」
テレザの背後で、魔物なぞ比ではない圧力が発された。先制攻撃の高揚感はどこへやら、急いで右へと跳んで言葉の出所を振り返る。
「──『
テレザと同じ術式を紡ぎ、ジークフリートが細身の大剣、グラムを真一文字に薙ぎ払った直後。比喩でも何でもなく、テレザの視界が
砂地を走る獄炎は、対象を焼き焦がすどころではない。レオントの外殻が何の抵抗もできず、ボロ炭となって地を転がる。テレザの放った熱でのたくっていた蛇に至っては、か細い骨を残して蒸発した。
「……っ!」
テレザは本能的に自身の爆炎を盾にし、ジークフリートが放った炎の余波を相殺した。あれに身を晒すくらいなら、自爆した方がまだマシだ。地獄の釜とすら形容できる熱量がその場を支配し、反比例するようにテレザの背筋は冷え切っていく。
「あのさ。私、巻き込まれかけたんだけど」
が、それはそれとしてテレザには言いたいことがある。味方の背後からあんな大火力をぶっ放すなど、危険極まりない。
「俺は警告した。結果、貴様はしっかりと避けた。何か問題があるのか?」
ジークフリートの答えは淡々としたもの。その反省のなさがテレザの怒りを煽る。
「私が避けられなかったらどうするのよ! 普通の
「何を言っている? 普通には見えんから撃ったんだろう」
「こんのっ……! ~~っ」
燃え上がりかけた心が一旦静まる。ジークフリートも、一応はテレザの実力を買っている……ようにも解釈できる返しだった。
「まあまあテレザさん」
噛みつき方にまごつくテレザの肩を、ノエルの手が軽く叩いた。どうやら、テレザが熱くなっているうちに会話を把握できる距離に来ていたらしい。
「言いたいことは分かりますが……信用されているということで」
「むぅー……」
「ジークフリートさんも、ね?」
「ああ。その歳で、非凡ではあるぞ」
「……。私も、安易にアンタより前には出ないようにするわ」
ムッスーという擬音が聞こえてきそうなほど唇を尖らせつつも、テレザは矛を収めた。
露わになった火力差を鑑みれば、先ほどはむしろテレザがジークフリートの邪魔をしたとすら言える。それを分かって突っ張るのは、いくら何でもダサすぎるというもの。
場が収まったことに安堵したノエルは、ジークフリートのご機嫌を取るようにチラッと見上げた。
「それにしても、一撃で殲滅とは。流石は『
「雑魚をいくら喰らおうが、俺の腹は満たされん。先へ進むぞ」
誰に対しても素っ気なく、ジークフリートは先を促す。
打ち倒した魔物の残骸も、称賛と畏怖の混じった視線を送る調査隊の面々も、獅子は一顧だにしない。
ただ、この先の波乱に双眸を光らせていた。
エレメンターズ豆知識
『レオント』
蟻のような形態の魔物。大きさは中型犬ほどで、大顎に毒腺を持つ。群れで地中に巣を複数作って巡回している。
死骸の発する匂い等を感知して一斉に地表へと飛び出し、瞬く間に平らげる。木の幹や太い枝等を大顎で持ち運ぶ姿も確認されており、魔物には珍しい雑食性の可能性が指摘されている。