「! これは……」
ノエルが瞠目し、足を止めた。いよいよ件の採石場跡に到着したのだが……その地形は過去から一変していた。
「……地面が、ごっそり吹き飛ばされてる? しかも、底の方で色々死んでるんだけど」
下馬したテレザは、目の前に現れた巨大な窪地をしげしげと観察する。
地面は単なる荒れ地で通せないほど荒廃し、ボツボツと植物が見える周辺と違い草の一本も見られない。さらに中心部には、魔竜の気配に釣られてきたらしき魔物の死骸が幾重にも折り重なっている。
この地が実り豊かになることは、今後しばらく望めないだろう。
「先ほどの魔物達も、ここの共食いの参加者だった可能性がありますね。それに土に混じっている気配、
「……嫌なこと思い出させてくれるじゃない。というか、大丈夫なの?」
「健康な
「自ら望んで受け入れなければ、問題はありませんよ」
「そっか。じゃ、先導よろしく」
説明を受けてスっと後方へ下がり、シェラを抱き寄せるテレザ。調査隊の護衛とは言っても、優先順位はこうしてハッキリさせておく。
……シェラより貧弱な人間が鉄血都市で生きているはずはない、という一種の信頼と言い換えても良い。
「魔竜は、人の姿をした何者かと行動していました。そいつが魔竜を復活させたのは間違いありません」
「その男、ラインというらしい。魔竜がそう呼んでいた」
「ライン? その名前、どこかで──」
話し込みながら降りるノエルとジークフリート後ろに、調査隊がぞろぞろと付いていく。万が一の時には、最前列の二人が
クラレンスとテレザ、ついでにシェラが最後尾を固め、深さ三十メートルほどの底を目指す。
「今、魔物に襲われたらどうしましょうか」
不安がシェラの口からこぼれる。すり鉢状に抉れた斜面は滑りやすい、手まで付きつつ慎重に滑り降りる。無防備な体勢であることは間違いない。
「平気よ平気。執務長もいるし──ってうわっ、ケイヴォーチ……!」
テレザがそれを笑い飛ばそうとして、死骸の山からゾロゾロと這い出してきた何かに露骨に顔を顰めた。扁平な黒い体が、薄明かりの中でテカって見える。
滑空用と割り切ったように折り畳まれた薄羽。対照的に発達した六本の脚には、細かな棘が幾つも生えている。滑りやすい砂や岩も難なく走破できるだろう。シルエットは一般人にも馴染み深い、水回りやゴミ溜めにいる不快昆虫のそれ。
しかし二十メートルも上から視認できるとなると……
「ぴぇっ、──……」
「シェラ? シェラ!? 今気失ったら死ぬわよっ」
「ぴゃっひゃい!」
口から尻までの先まで、一メートルほど。斜面から転げ落ちかけたシェラだが、テレザの喝でどうにか魂を口に押し込むことに成功する。その眼下では未だ、ケイヴォーチが引きも切らず湧き出していた。
「何匹いるのよ……」
どこにそんな大勢潜む隙間があったのかと驚くと同時、窪地の上を振り返るテレザ。今の位置からならば、すぐに引き返せる。他の隊員も、反応は概ね似たようなもの。
荒事に慣れた
「これから魔竜の痕跡を調べるんだぞ。ゴキブリ風情に怯んでどうする」
「気持ちは、分かってあげてください」
後方の雰囲気を察した先頭の二人。人の身を超えた力を持つジークフリートが軟弱と一刀両断し、人ならざる種族のノエルはその繊細さを
「どうする? また焼き払えと言うならそうするが」
背負った大剣の柄に手をかけ、ジークフリートが問う。不安定な体勢だろうと、眼下の群れを消し飛ばすことなど造作もない。
「できれば、場を荒らさない方法を取りたいですね」
しかし、ノエルはその提案を冷静に否定する。あくまでも本分はこの場の調査であり、魔物の掃討は安全を確保する手段。肝心の現場が焦土になっては本末転倒なのだ。
「退散させる妙案があるのか? 奴らは知能というものがない。俺の威嚇も通じんぞ?」
返事の代わりにノエルは、腰に提げたビンを手に取る。その中には、赤茶けた粗い粉末が詰まっていた。後方の隊員たちに口と鼻を塞ぐよう指示し、ノエルはビンを穴の底へと投げ落とす。さらに拳大の石を一粒生成し、高速でビンへ向けて放つ。
狙い過たず石はビンへと衝突し、ささやかな破裂音と共に中身を地面へとばら撒かせた。
『──!!』
その瞬間、ケイヴォーチ達の様子が一変した。蜘蛛の子を散らすように粉末から距離を取ろうとし、あっという間に窪地から姿を消してしまう。調査隊の中には指示も忘れ、大口を開けたまま呆然とする者も出る。
普段は洞窟や地下などの暗所に潜み、少ない餌を取り合って生きるケイヴォーチ。目の前に積み上がった
「あの粉……討伐したというサーペンタレスの甲殻か?」
ただの虫除けでケイヴォーチを撃退するなど不可能だ。そして、粉末の色味。その正体を察したジークフリートに、ノエルは笑顔で頷いてみせる。
「流石ですね。サーペンタレスは、ケイヴォーチの巣を襲撃することもありまして」
ケイヴォーチには、知能と呼べるものはない。生まれ持った本能に従い、意思疎通の必要もなく群れの全員が同じように行動する。
その連帯感は大きな脅威だが、ノエルはその習性を逆手に取った。
「なるほどな。本能に刻まれた捕食者への恐怖、か」
「そういうことです。人間と違って、実に素直だ」
「……。降りるぞ」
「ええ。またぞろ何かに襲われては堪りませんしね」
ノエルが手で前進を合図し、調査隊は降りる速度を速める。
窪地の底では殺し合った魔物達の体液が混じり合い、頭がクラクラするほどの悪臭が沈滞していた。まずは、そんな死骸の山を窪地の隅へとどけるところから調査は始まる。
ジークフリートは倒れた魔物を適当に大剣・グラムの腹で打ち、生きていないかをチェックしつつ作業を進める。
「武器が傷みますよ?」
大層雑にぶん回されるグラムを目にし、ノエルはため息を交じえて忠告する。近くにいたテレザも、うんうんと同意を示していた。
「移動中も思ったけど、もっと大事に扱いなさいよ」
「テレザさんも、大概扱い雑ですよ?」
ちなみにテレザも、世に二つとない超高級品を使って元気よく死骸の山を殴り飛ばしている。ノエルにバッチリ見られていたことに気づき苦い表情のテレザだが、視線は変わらず、グラムへと一直線に注がれていた。
「その剣、とんでもない業物なんじゃないの? 私の『
精錬に精錬を重ねた銀と
しかしそれですら、グラムの前では霞んでしまう。
現代の金属とは明らかに異なる有機的な艶を持ち、ある種の神聖さすら感じさせる漆黒の片刃。今の素材では再現不可能な、恐らく人に味方した龍族由来の武装。武器としての性能は勿論、歴史的な遺物としても計り知れない価値を持つ。
が、ジークフリートにとっては頑丈な武器以上の価値にはならないようで。
「この程度で傷むナマクラが、俺の炎に耐えられるものか」
「それは、そうかもしれませんが。どこで手に入れたのです?」
「ん? 家宝だ。実家を出る際に持ってきた」
「家宝!?」
衝撃的な回答にテレザは飛び跳ねんばかり。そんな大事な物を外で振り回していようとは……そもそもこんな代物を置いてある実家とは。
「どんな家よ」
「家宝は家宝だ。由来は知らん」
「止められなかったの?」
「いや? むしろ、祖母は喜んでいたな。この剣に相応しい者が出た、と」
「随分、寛大なお祖母さんね……」
そんな名剣に相応しい扱いをしているとはテレザにも到底思えないが……船でも馬車でも鞘そのまま、床に適当に寝かせていたし。
「もう良いだろう。無駄話はやめだ」
どこか不服そうなテレザにそれ以上構わず、ジークフリートはグラムをぞんざいに振り上げる。積み上がった死骸の山が一つ崩れ、地面が露わになった。
「おや、
何かに気づいたノエルが屈みこみ、死骸に覆い隠されていた破片を拾い上げる。
長さは指先から手首辺りまで。厚みは然程でもないが、ずっしりと指にのしかかる重みは純金のよう。毟り取られたのか、縁はささくれが立っている。乾燥し色も褪せたその表面にはひび割れやひっかき傷が縦横無尽に走っており、何者かと激しく鎬を削ったことを示唆していた。
「かなり劣化していますが、魔竜の甲殻に酷似しています」
朽ちかけてなおその破片は、レオントやケイヴォーチといった雑魚のものとは一線を画す迫力を持っていた。ジークフリートもグラムを背に収め、覗き込む。
「あの怪物の外殻がこうまで劣化するか」
「魔竜が墜ちた、幻龍大戦当時のものでしょう。ライン、と言いましたか? そいつはこれを触媒に、地中深く埋まった魔竜の瞳を活性化させ──」
ノエルの仮説を、事態を察して集まってきた捜索隊も興味深く聞いていた。
彼が拾った破片は、約二千年前に空から引きずり降ろされた魔竜のもの。これに宿った憎悪や怨恨を、力の源たる瞳と結びつけることで魔竜は現代に蘇ったというのだ。
「辻褄は合っている、か」
確証はないが、ジークフリートは頷く。魔竜が復活した場所に、墜ちた当時の甲殻が転がっている。偶然では片付けられない因果を感じざるを得なかった。
「どうやってこの場所を特定したのか、古ぼけた甲殻はどこで入手したのか……新しい謎も増えましたがね」
「それは俺達の仕事だ。魔竜を追えば、自ずと分かること」
「では、よろしくお願いします。総員! 都市へと戻る準備を」
ノエルの号令で、調査隊は鉄血都市へと引き返す。斜面を変形させた階段を上りながら、テレザは下を振り返った。
「執務長。行きもこうして?」
「簡単に言わないでください、結構疲れるんですから」
「私より喧嘩強い奴が何言ってんのよ」
彼女の口調は、少し甘えたもの。
エレメンターズ豆知識
『ケイヴォーチ』
ゴキブリを模した魔物。ただしデカい。
洞窟や廃墟等の暗所に集団で潜み、餌を見つけると群れで一斉に飛び掛かる。
生息域は広く、ふとした拍子に巣に迷い込んでしまうことも。
単体の実力だけを見れば青銅級でも倒せる程度だが、群れる性質と外見の生理的嫌悪感で数多の新米幻導士を引退へと追いやってきた。
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