帰還後、テレザとシェラは連れ立ってメイドゥンという
メイドゥンは
「悪いわね、急に押しかけて」
「また、お世話になります」
「キハハ。構やしないぃよ」
元々はテレザよりやや高いくらいの身長がありそうだが、腰も背中も酷く丸まっているせいでメイドゥンの目線はシェラと同じくらい。日に焼けた肌は血色が悪すぎて、不気味に紫がかってすら見える。「医者の不養生」という言葉がこれ以上無くぴったりな風体であった。
二人の目的は、過去の労働に対する未払い給与……ではなく、彼の元で治療を受けている一人の患者。
「目当てはヤン、だぁね?」
「うん」
「焼いた私が言うのもなんだけど、生きてるんでしょ?」
「ひでぇ火傷だぁし、何かよく知らん病気も持っとるぅね。昏睡させて病苦を遠ざけてるけぇど……それでもちょくちょく暴れたことがあってぇね。手も金もかかる、糞みたいな患者だぁよ。いっそ殺しといてくれた方が良かったぁよ」
「……」
二人の表情が一応取り繕っていた笑顔から、一気に無表情になる。
容体を見抜く確かな眼力と、有効な薬品や治療法をすぐに導き出す明晰な頭脳。生死の境を彷徨う患者を任されるに相応しい腕前を持つ反面、その人格はシェラの師匠などと紹介できたものではない。
「まっ
彼なりに、何か信念はあるらしい。鷲鼻の頭を引っ掻いて、メイドゥンはニカッと口角を上げる。
「おいでぇよ。寝たきりだけぇど、最近は随分マシにはなってるぅね──」
種々の薬、あるいは血液か。前衛的に彩られた白衣の裾が、床を擦った。
「ここだぁよ」
ヤンは、奥まった部屋のベッドで寝ていた。肥大しきっていた肉体は人間サイズまで萎んでいるが、一度膨れた皮膚は元に戻らない。顔には深いしわや弛みが見られた。
因果応報とも言える末路ではあるが、その痛ましさにシェラは思わず目を伏せてしまう。下がった視線の先に、毛布の下から覗く太い革ベルトが見えた。
「あれ、拘束具ですか……?」
「うん。発作的に暴れることがあったからぁね。渋々付けてるぅよ」
「渋々?」
「怪我人が出て儲かるかと思ったんだけどぉね……むしろアッシが怪我しちゃったぁよ」
そう言って左の袖を捲り、うっすらと残る痣を見せるメイドゥン。こちらはシェラにすら一切同情してもらえない負傷だった。
「まっアッシは右利きだぁよ。大事ないけどぉね」
「頭でも殴られた方が真人間になったんじゃないの?」
いくら腕が立とうが、あまり尊敬はしたくない。加減一切なしのテレザに、メイドゥンも遠慮なく言い返す。
「キハハッ。まるで自分は真人間みたいな言い方よしなぁよ。コイツの足ぶった切って目を潰したのは誰だろぉね?」
「アンタね──」
「おっと悪かったぁよ!
沸騰しかけたテレザを取りなしつつ、メイドゥンはそれまで貼り付けていた薄ら笑いを引っ込める。
「……アッシの仕事は、壊れた人間を診ることだぁよ。それだけは真剣、信じて欲しいぃよ」
代わりに現れたのは、シェラには見覚えのある凛々しい眼差し。眼前の強敵に挑みかかるテレザと、同質のものだった。
対象は違えど、これと決めた物に没頭する。この顔を見せられたら、テレザも押し黙るしかない。メイドゥンは丸テーブルに置かれた薬瓶を手に取ると、眠っているヤンの口へそっと流し込む。
強烈な気つけ薬だったのか、深くゆっくりとした呼吸を繰り返していたヤンが咳き込み、意識を取り戻した。
「……ァ。何、だ?」
長らく寝ていたせいか、ヤンの発した声は細く掠れていた。メイドゥンは横たわる彼に目線を合わせる。
「おそよう。君にお客さんだぁよ」
「キャ、く?」
「あぁ。テレザって、覚えてぇる?」
「……」
焼け爛れ塞がった瞼が、もぞもぞと動く。嫌な記憶を押し殺すような仕草の後、ヤンは静かに頷いた。
「彼女がぁね、お見舞……いや違うぅね。君に聞きたいことがあるそうだぁよ」
「久しぶりね。具合はどう?」
「ソ、うか。まあ……予想はつくぜ」
少し会話にも慣れたか、ヤンの声は幾分聞き取りやすいものになった。メイドゥンは「じゃぁね」と胡散臭い笑みに戻って別の部屋へと去って行った。彼が見ていなくとも問題ない程度に、容体は回復しているということだろう。
「で、用件なんだけど──」
「俺の持ってた、
「そう。あれはどこで、誰から手に入れたの?」
ヤンが
「南のベイジャーで貰った、真っ黒い粉を飲んでから俺は変わったよ。相手は名乗らなかったし、フードで顔も隠してたが……依頼の報酬だ」
「真っ黒い粉……飲んじゃったんですね」
シェラの眉が眇められたが、ヤンは悪びれるでもなく返した。弛んだ口元に、不気味な笑みが浮かべられる。
「ああ。何としても
それについて彼には、微塵の後悔も見られない。
シェラがチラリと見上げたのに気づき、テレザは僅かに頷いた。確証はないが、魔竜の体組織を飲んだ可能性は十分にある。
「馬鹿なことを……喧嘩で勝つ前から命縮めてどうすんのよ」
「天才様にゃ俺の気持ちは分からねえよ。これでも、若い頃から努力してたんだぜ──」
ロクに見えないはずの目で、ヤンはどこか遠くを見つめる。
「でもなあ。見つけた
「家族がいるの? 尚更馬鹿やる前に帰れば良かったじゃない」
「合わす顔がねえんだよ!!」
気だるげだったヤンが、突如怒号を轟かせる。流石に気圧されたテレザに、ヤンは再度吐き捨てた。
「言っただろ、天才様にゃ分からねえって」
「……分かんないから、聞いたのよ」
「仕事に夢中で、金だけ送って養った気になってたのが俺だ……。子供から届いた初めての手紙が、嫁の訃報だった」
どうしようもなく愚かな男は父親としての名前を捨て、身元不詳の傭兵「ヤン」を名乗るようになった。
その生々しい告白は、テレザとシェラの身にも沁みる。ロクに帰省していないのは、二人も同じだ。
ただ彼と違うのは、二人は寝る間も惜しんで働くような無茶はしていないということ。
「お子さんは、今……」
「今となっちゃ分からねえ。生きてたとして、俺を恨んでるだろうな……俺が、全部壊しちまったんだ」
シェラのぶつけた疑問は、抜け殻のような弱々しい返事となって跳ね返ってきた。
家族に裕福な生活をと必死だったはずの日々は、塞がることのない傷となってヤンの心を苛んでいた。この痛みに比べれば
「……話を戻すわ」
あまりにも重い空気を吹き飛ばすように、テレザは手を叩く。
「確認よ。ベイジャーで貰った、真っ黒い粉。それがあなたの服用した
「そうだ」
「オッケー。それで棟梁達に報告しとくわ。協力感謝、ってね」
「あ。罰則の心配も、ないそうですよ。『
「そうかい。どっちでも良いがな」
二人はヤンに別れを告げ、診療所を出た。とりあえず瓦礫をどけただけの道を、どこへ行こうか思案する。
「……あの」
シェラが、上目遣いにテレザを見た。垣間見たヤンの事情について、一つ心当たりがある。テレザも同じことを考えていたか、ゆっくりと頷いた。
「ヒンギスの追っかけてきた『お父さん』でしょ?」
「はい。それ……ヤンさんなんじゃないかって」
傭兵の父親を追いかけ、鉄血都市までやってきた女性を二人は知っている。ギルドで働いているならば、一匹狼を貫いていたらしいヤンとの接点は恐らくない。それに、お尋ね者も多いこの都市で他人の過去をみだりに喋ってくれる人物はほぼいない。父親探しは、難航しているとのことだった。
唯一関わりを持てそうなのは
「深くは聞かなかったけど、その可能性は十分よね」
「出発までの間に、何とか会ってもらえないでしょうか」
「そうね。少なくともヒンギスには、話しておきましょう」
ヤンはともかく、ヒンギスは父親に会いたくてこの都市にいる。二人は、傭兵ギルド「
「あ、シェラ。武器の用意はしっかり……してるわね」
「はいっ」
テレザが忠告するまでもなく、シェラは目一杯険しい顔をして杖を胸の前に携えていた。
傭兵の集まる酒場に、美少女二人でフラフラ行けば恰好の的だろう。前回の滞在で得た経験が、シェラに警戒心を芽生えさせていた。
「えらいえらい!」
本人は真面目なのだろうが、その姿は新しい家で周囲を威嚇する子猫のように愛らしくテレザの目には映ってしまった。
「こうしろって言ったのテレザさんじゃないですかー!」
わしゃわしゃと頭を撫で回され、可愛い後輩は憤慨する。
エレメンターズ豆知識
『魔物を食べた兵士の昔話』
数千年も昔のことです。とある山の砦が、魔物の大攻勢によって水も食べ物も断たれてしまいました。
飢えに耐えかねた守備隊は討ち取った魔物の肉を焼いて食し、血を飲み干してしまいます。魔物はとても不味いものでしたが、お腹を満たせた守備隊は見事に魔物を追い払いました。
戦いに勝利したと聞いた大臣達は砦にお祝いに来ますが、そこで不思議なことに気が付きました。
砦の中から誰も出迎えに来ないし、砦の壁にも何故か内側から叩き壊された痕があるのです。
そして、何かを叩く音が途切れ途切れに聞こえてきました。
恐ろしくなった大臣達は慌てて山を下り、折角守った砦も使わないまま捨ててしまいました。
その砦が今どうなっているか、知っている人は誰もいません。