「なぁ、ゲンさん。私は、来るのだいぶ遅れたんだね。」
ベルメールの亡骸の頬をなでて、凍りついた顔で淡々と呟く。
ナミとノジコにはさんざん罵られた。
どうして、どうして、あと一日早く来てくれれば。
言ったあとに、謝りながらも逃げていった。
彼女たちが悪いところなど何一つ無いのに。
わかっている。
自分が痛いほど、それをわかっている。
自分は、きっと疫病神だったのだ。
欲しいなどと、望まなければ。
自分は、いつもおいていかれる。
「手配書付きの旅人にそうひょいひょい越させるわけにもいかないだろうよ。あいつもそれは納得してた。最後に、娘たちを頼むとさ。」
帽子の上の、風車。
風も吹かないのに、右にくるり、左にくるり。
まるで、人が弄ぶかのように。
「前々から聞いてたよ、なんかあったら頼むって。元海軍が、犯罪者によ。呆れた話だって、巫山戯た話だよな。」
地面には、水たまり。
機械の悪魔は、今ばかりは人であった。
友であった女の死を、噛み砕く時間はそれほどない。
預けられた者を、自分ではどうにもできない。
自分の手は血で汚染されきっている。
あの子たちまで、私の地獄に巻き込むわけには行かない。
「ゲンさん。俺なりの約束、果たしてくるから。ナミとノジコをよろしくね。」
だから、自分の得意なことで解決しよう。
ゲンさんの引き止める声に、誰かの声が重なった気がした。
背中の声が、一つ増えた。
足元の声も増えた気がする。気のせいだ。
夜道をひたすらに走る。
一歩進むごとに背中からは熱が噴き出る。
体内で発生する核融合反応はどうしようもない激情を糧としてエネルギーを生み続ける。
畦道を走り抜ける最中も背中から吹き出す熱気は、水田に降り注いで軽い水蒸気爆発を起こした。今年のココヤシ村の米ははきっと不作だ。
ふと眼前に、人影が現れた。
人にしてはずいぶんと大きいし、唇がなんか出っ張ってる。
「アーロンさんのこういうときのカンはよーく当てになるもんだ、チュッ♡」
キスの魚人。
名前はどうでも良いし、そもそもゲンから相手の顔も名前も情報もらってなかったな、と。
ボケっとした瞬間に、口から放たれた水球が顔を直撃した。
かに見えた。
体内の動力により蓄積された熱エネルギーは小さな水球ではまともに傷をつけることもできず、蒸発してしまった。
背中から噴き出す熱気がだんだんと黒く染まり、仏頂面はゆっくりと殺意の色に変じ始めた。
丁度いい、変身せずに処理してやろう。
「なあ、魚人。一つ聞かせろ。」
「冥土の土産にってやつか、チュッ。非力な人間に大サービスで何でも答えてやろうじゃねぇか。あのメスの死に様でも聞きてぇか?」
「歯、磨いてんの?臭いぞ。」
「ぶっ殺す」
煽り合いを制したのはソウジ。
デリカシーが無かっただけとも言う。
「とっとと蜂の巣になりやがれ!百発水鉄砲!」
「子どものお遊びならよそでやってくんないかな。」
マシンガンのごとく降り注ぐ水の弾丸。
本来当たりさえすれば木の幹を削り取り、遮蔽物を粉々に砕く程度の出力の有る技であった。
が、極度に加熱された金属製の体は、当たるよりも早く水を蒸発させる。そもそもその程度の威力であれば素の耐久力で凌ぎきれる程度には硬い。
中距離特化のチュウに対し、基本的に弾丸がまともに効かないソウジ。
魚人の腕力もまるで未来でも観ているかのごとくく微細な動きで躱されてしまえば有効打には繋がらない。
当たりさえすれば、当たりさえすればこんな人間なんて簡単に殺せるのに。そう考えたチュウの心を読んだのだろうか。
あっぢぃ!
ソウジの額に直撃したチュウの拳が、いい音を立てて焼き焦げた。指先がほぼ感覚がない。拳も握ったまま開けない。
一方のソウジは微動だにしない。
殺意のあまり嗜虐心に満ちた笑顔を向けている。当たった結果がこれだぞ、ほら、次は何をしてくるんだ。ほら、さっさと次を見せろ。そう幻聴が聞こえてくるほどには。
打つ手なし、とチュウは悟った。自分とこいつは致命的に相性が悪いのだ、と。内部に衝撃を通せるクロオビかアーロンさんならなんとかしてくれるはず。
せめてひと泡ふかせてやろうと田んぼに口をつけ、水を吸い上げる。
腹がぼこりと膨れ上がり、さて放とうと前を向いた瞬間。
「アスタ・ラ・ビスタ、ベイベー!」
両手をチュウに向けて叫んだソウジがそこにいた。
そして、光が。
太陽と見紛うほどの熱と、光。
かつて掲げたシンボルが、目の前に。
そうして、一山の灰がそこに出来上がった。
そしてソウジは両手を火傷した。
両手を機械にして核熱レーザーを放ったのは良いが、イメージが強すぎたことにより、アーロンパークの門まで焼き焦がしたのだ。
当然、その両手もただでは済まなかった、というわけだ。まぁ組み直せば直るのだが。
手首を落とし、両腕を地面に突き刺せば一瞬で新しい腕の出来上がり。こんな光景を見ては覚醒したパラミシアはほぼロギアであるとも言える。
灰を踏み潰し、門からわらわら出てきた魚人の群れを眺める。
特になにかこう、感傷めいたそれはない。
仇ではある。
けれど、いつも通りにいこう。
いつも通り、鏖殺だ。
ラビット!タンク!
ベストマァーッチ!
遊ぶつもりはない。
けれど、ハザードの無機質に飲まれて暴れ狂うのは、少し違う気がする。
だから、初心に帰ってベストマッチでかたを付けよう。
飛びかかってきた魚人の噛みつきを、タンクアームで受け止める。
硬度の違いで歯が砕け散り、怯んだところをラビッドレッグの膝蹴りが頭蓋を砕く。
一人の死体ができたことで、精神的動揺がゆっくりと染み始める。
ゴリラ!ダイヤモンド!
及び腰になりながら振り抜かれた刃は綺麗に折れ、ぐるぐると回し続けていたゴリラアームが溜めから解き放たれる。
腹部に突き刺さり、そのままの衝撃で壁にぶち当たる。壁にあたったトマトのように弾けた。
魚人は、選ばれた種族のはずだった。
人の10倍の力を持ち、海底1万キロの水圧に耐えられる。
なのに、どうして目の前の人間は俺等より強いんだ…?
投網のようにして放たれたタコの触手が何人も絡め取り、高電圧と高熱で焼き焦がされる。今度は黄色とピンクの姿。捕まったら一巻の終わりだと逃げ回る中、海牛をけしかけようとしたやつがいた。
電撃で焼き焦がされながらも海牛モームをパークに突っ込ませる大貢献を果たした。
果たしたはずだった。
白と水色、そして黒。三色カラーのフォームに切り替えた怪物は、ロケットを水色から発射し、モームの鼻面にぶち当てた。激痛で悶絶するモームを目の前に、ベルトのハンドルをくるくる回し始める。
舐め腐ってやがる、と怒り狂った魚人を無視して放たれたのは超高機動の乱打であった。大きな爪で片っ端から魚人と海牛を纏めて切り刻み、そして最後は頭部めがけてドロップキック。
巨大な海牛の頭蓋を穿ち、地面に降り立つ血まみれ脳まみれの怪物。スプラッター映画でもここまでやんねぇよ!とお声がかかりそうな惨状を作り上げ、変身を解く。流石に汚れが鬱陶しいらしい。
誰しも、勝ったときは油断するのだ。