港町の一角で、鈍い衝撃音が鳴り響いた。
乾いた空気を震わせる、重く鈍い衝突音。現代で言うなら、自動車が電柱に激突したような、そんな破壊音だった。
砂煙とともに瓦礫が舞い上がり、魚屋の軒先に吊るされた干物がまとめて吹き飛ぶ。
逃げ惑う人々の間を、焦げた金属の匂いが流れた。
やがて爆煙の中から、ひとりの青年がよろよろと這い出てくる。
服は焦げ、身体のあちこちから蒸気が噴き出していた。
砂嵐に巻き込まれて飛行制御を失い、内部フィルターが目詰まりを起こして墜落したのだ。
命は助かったものの、外装はひしゃげ、皮膚のように見える人工素材が剥がれ落ちている。
そこから鈍い金属の輝きが覗き、光を反射した。
騒ぎを聞きつけた港町の衛兵たちが駆けつけ、槍を構えて青年を取り囲んだ。
「動くな!」
怒号が響く中、青年はぎこちなく両手を上げた。関節から砂がこすれる音が鳴る。
その不自然な動きが人形じみていて、兵士のひとりが顔をしかめた。
「……なんだ、こいつ。」
抵抗の意思がないことを示したにもかかわらず、青年は手錠をかけられ、詰所へと連行された。
彼は無言のまま、整然と歩く。その姿は、まるで人間らしい振る舞いを学習した人形のようだった。
薄暗い取調室で、青年はようやく自分の現在地を知る。
ここはアラバスタ王国。乾いた風が吹き抜ける、砂の国だ。
そして、それは機械の身体にとって最悪の環境でもあった。
窓の外では、砂が絶え間なく流れている。
その微細な粒子がボディの隙間に入り込み、駆動部や関節部、冷却装置の排気口にまで容赦なく侵入していた。
人工皮膚で覆っていても、内部の機構までは守れない。
砂が音を立てて擦れ、まるでこの土地そのものが彼を拒んでいるかのようだった。
「相性の悪い場所に来たな。」
青年は金属が擦れるような音を喉の奥で鳴らして笑った。
巷を騒がす犯罪者、双魂。その名が露見していないのは幸いだった。
だが、破損した建物の弁償ができなかったため、器物損壊および無銭事故者として扱われ、六日間の労役を命じられることになった。
配属先はユバ。かつて砂嵐に飲み込まれた街で、今は国王軍の監督下に再建工事が進められていた。
青年は街路整備班に加わり、延々と石畳を敷き、モルタルを混ぜて固める単調な作業を任された。
太陽は容赦なく照りつけ、地面は灼けていた。
金属の骨格は熱を吸い上げ、内部温度が上昇する。
冷却ファンが唸りを上げ、排気口から黒煙を吐き出した。
それを見た子どもが泣き出し、女たちは祈りの言葉を唱えて逃げていく。
青年は淡々と作業を続けた。
「能力を隠さずに楽をしたいなぁ。」
そんな欲望が心の隙間から顔をのぞかせる。
彼の力があれば、舗装専用の機械を即座に出力することができた。
コンクリートミキサーも、アスファルトローラーも、すべてイメージだけで具現化できる。
しかし、それを使えば目立つ。機械の能力が双魂と世間の常識がイコールになっているかどうかはしらないが、自分で自分の首を絞める趣味はない。
出力装置が不安定な今、逃げ切る保証はない。
だからこそ、あえて無能を装い、不器用に手作業を続けた。
けれども、できることを封じたまま動くという行為は、想像以上の苦痛だった。
知識がある。力もある。だが使えない。
その無力感とストレスが、彼の中枢をじわじわと蝕んでいった。
人は本能的に楽を求めるものであり、一度得た楽を手放すのを拒む。万能の力と誤認するようなものを持っていればなおのこと、余計に使いた使いたくなるものだ。
排熱処理が追いつかず、煙突のように口から黒煙を吐きながら、青年は黙々と石を運び、モルタルを塗り拡げた。
同じ動作を繰り返す単純労働は、思考回路に重い負荷を与えた。
まるで己の存在をすり減らしていくような感覚。
砂利をならすために器具を振り下ろすたび、内部のサーボが軋み、熱暴走を防ぐための自動調整が何度も作動した。
その度に、短い電子音がかすかに漏れた。
一見すれば普通の人間に見えるだけに、その姿は逆に目立った。
夕暮れになる頃には、周囲の作業員たちや遠目で見ていた街の人からは「煙吐き妖怪」と呼ばれていた。
日中、青髪の子どもに声をかけられた記憶がある。
何を言われたのかも覚えていない。
彼はそもそも会話をした記憶も何も無いがどうやら人間の声と呼べるものを出していなかったようである。
夜、牢に戻ると看守に呼び出された。
「お前、本当に正気か?」
怪訝そうな声。
どうやら作業中、彼は一言も人語を発していなかったらしい。さっきの疑問はここで解決した。
口を開けば、漏れるのはエラー音。湯沸かし器の警告音。あるいはどこかのゲームが使いそうな電子的な戦闘音。
ただの機械的な音を垂れ流していたせいで、精神に異常がある、もしくは人の形をしているだけの化け物と思われたかのどちらかだろう。
精神異常者。
その言葉を聞いたとき、彼は内心で小さく笑った。
その判断は、間違いではないかもしれない。
復讐に狂った機構は、人間から見れば異常そのものだ。
異常でなければならない。
己の宝物を失い、壊れかけた機械が、それでも止まることを許されずにいる。
背中に背負ったものの重みは機械の足が支えてしまえる。
だから、歩くのをやめられない。
牢の天井を見上げ、青年は静かに息を吐いた。
小さな排気音が、夜の空気に溶けていく。
笑っているのか、泣いているのか、自分でも判別がつかなかった。
ただ、心臓の代わりに回るエンジンの音だけが、規則正しく響いていた。
砂の国で煙を吐くその青年は、誰にも知られぬまま、機械の夢を見ていた。