出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない)   作:だだちゃ豆

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キリが良いとこまで執筆済みです。
よろしくお願いします。



第一部 第七師団
【1】綺麗は汚い


 

 

(……きこえますか…きこえますか…… 花沢勇作です…… 今…… ラスボスと……対面…… しています…… )

 

 あれ、ラスボスって鶴見中尉じゃなくてのっぺらぼうかな。いやでものっぺらぼうは途中で死んじゃうし……

 

「花沢少尉?気になるものでもあったかな?」

 

 ギャーッ顔、声!!

 

 現実逃避をしていたところに整った顔が覗き込んできたので、思わずたじろいだ。直属ではないが上司に当たるこの美丈夫は、鶴見中尉という。私が転生した世界、ゴールデンカムイという漫画におけるラスボス。人の心を弄ぶ悪い男である。

 それにしても上品な色気が滲む良い男。花沢勇作(わたし)とはまた違うタイプのイケメンだ。原作で描写されていた変態っぷりを微塵も見せないあたりはさすが人(たら)し、俺じゃなきゃ赤面しちゃってるね。

 

「いえ。失礼いたしました」

 

 姿勢を正してキラキラ笑顔を取り繕うと、隣を歩いていた鶴見中尉はこちらの無礼を咎めるでもなく会話を続けた。私の動揺に気づいているのかいないのか、情報将校の内心はよくわからない。板張りの廊下を、軍靴を鳴らして二人で歩く。

 

「ああ、もしかして尾形上等兵か?無愛想だが、狙撃の腕が良い。優秀な兵だ」

 

 鶴見中尉は思いついたように窓の外に顔を向けて、流し目でこちらを伺うように視線を投げてきた。

 つられて窓の向こうを確かめると、演習場の方向に敬礼したまま佇む上等兵がいた。烏の濡羽のような瞳がじっとこちらを見つめている。父と同じ、黒目がちの瞳。

 

 私の父は、この第七師団の師団長だ。師団の人間であれば誰でも父の顔を知っている。団内に父の私生子がいるという噂がたつのは自然なことだろう。そう納得できるくらい、その男は若い頃の父に瓜二つだった。

 おそらく鶴見中尉も、私が彼の噂を知らないとは思っていまい。私が異母兄へ向ける感情を図りかねて、迂遠な問いかけをしているのだ。

 

「尾形上等兵……」

 

 父が妾に産ませ、花沢家に迎えられることなく妾の実家に入った同い年の異母兄。原作で“花沢勇作(わたし)”を殺した男。対面すれば足がすくむこともあろうかと思ったが、全くそんなことはなかった。

  湧き上がってきたのは、芸能人に対面した時のような高揚感。感情のない形式的な敬礼(ファンサ)であっても、高鳴る胸を抑えられない。だって本物に会うのはこれが初めてなのだ。あれが私の異母兄。近衛を努めた父上の顔の良さをそっくりそのまま受け継いだ、噂のセクシー上等兵……。

 生きてる、動いてる!アッ待ってあっちいかないで!もっとこっち見て!!

 

「どれ。尾形をここに──」

 

 などとやっている場合ではなかった。

 

「つ、鶴見中尉殿、お気遣いはありがたいのですが」

 

 現実逃避のトキメキ乙女思考を蹴飛ばし、あわてて鶴見中尉を止める。

 

「これは失礼。彼奴(きゃつ)がなにか気に障るようなことをしたのかな」

 

 鶴見中尉は伺うようにこちらを見た。窓から差し込む逆光も相まって、表情が読めない。私が彼を(うと)んでいると思われた?

 や、やめてください死んでしまいます。私は兄様とは203高地で援護射撃をしてもらえる程度の関係性を構築したいんです。くれぐれも尾形上等兵殿には私が兄様を敬愛しているとお伝えください。マジで。

 

「いえ、そうではなく。いきなり将校に呼びつけられては尾形上等兵も驚きましょう。彼とはもう少し落ち着いたところで話をしたいと思いまして。決して彼に思うところがあるわけではないのです」

 

念押しすると、鶴見中尉は喜色の滲む笑顔を見せた。

 

「これは配慮が足りなかった。いや、それにしてもさすがは花沢少尉。尾形はあれで真っ当な男だが、如何せん誤解されがちなのだ。どうか皆の手本となって、噂に惑わされることなく接してやってほしい」

 

「はい、中尉殿。それはもう勿論のことです」

 

 そうかそうか、大変結構、と鶴見中尉は言った。

 

 穏やかな微笑みを形どる横顔には、整えられた眉と、控えめなまつ毛が生え揃った二重瞼が損なわれずにそこにある。ドラマで、漫画で、グロテスクな印象を与えたズル剥けおでこは見当たらない。柔らかな眼差しに思わず見惚れそうになって、慌てて気を引き締める。

 宇佐美に勘付かれたら殺されそうだし、男にデレデレしてろくな結果になったことがないのだ。この時代の男、普通にヤろうとしてくるから。(男同士の)貞操観念がゴミ。ねぇ知ってる?陸軍幼年学校で一番流行ってた本って、恋愛物らしいよ。男同士の。濡場ありの。宇佐美の嫉妬心もあながち杞憂じゃなかったりするのだ。

 というわけで、劇場なんてやらなくたって愛憎渦巻いてる鶴見中尉の人間関係に巻き込まれるのは真っ平御免だ。適当な理由をつけてその場を辞し、菊田さんと合流することにした。

 

 日露戦争まではまだ少し時間がある。兄様とは鶴見中尉に関わり合いのない所で、ゆっくりと距離を縮めていけばいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ───とまあ、そうは問屋が卸さない。

 

 兄様は鶴見の部下なので、鶴見を介さずに兄様に接触するのは至難の業だった。というか兄様、私を避けてない?まだ何もしていないのになぜ。

 

 途中で諦めて鶴見の手を借りようかとも思ったんだけど、なんかアイツ私のこと嫌ってるっぽいんだよな。本気で私を誑しこもうという気概がない。 丁寧で感じ良く接してくるのに、踏み込ませてくれない言動に、心のシャッター降りているのを感じる。

 逃げはするけど私の言動の一々に心を揺らしていることが見て取れる兄様のほうが、私のことを100倍真面目に受け入れていると思う。

 何にせよ、彼が原作で部下たちに向けていたような愛が花沢勇作(わたし)に向けられることはないだろう。べっ別に羨ましくなんてないんだからね!いや本当。

 嫌われている相手に、それもクーデター計画疑惑のある謀略家相手に借りを作るのは良くない。

 

 そうやってしばらくもたついていた私がやっと兄様とふたりでゆっくり話す機会を得たのは、結局鶴見のおかげだったりする。

 

「貴重なお休みをこのようなことに使わせてしまって申し訳ありません。尾形上等兵殿」

 

 私は今、兄様とともに甘味屋に向かっている。お休みついでに甘いもの買ってきて☆と鶴見中尉にパシられていた兄様に無理やり同行した形だ。

 

「いえ。鶴見中尉殿の頼みでありますから。………時に花沢少尉殿。なぜ私に敬語を使われるのでしょうか?」

 

 ほんの少し低くなった声音からは猜疑の色が伺える。

 

「あ、失礼しました、つい」

 

 ほら兄様って勇作殿から敬語で話しかけられてたから、ついそういうものかと思ってしまってですね。

 

「お嫌でしたか?」

 

 しょんぼり顔で惚けてみせると、兄様は薄気味悪い作り笑顔を浮かべた。現時点の好感度は0以下ですね。人生ハードモードです。

 

「僭越ながら、自分は少尉殿に敬語を使われるような立場にございませんので」

 

 兄様の私に対する感情は、想定していたよりもずっと悪い。私をはねつける他人行儀で礼儀正しい上辺の態度。ふとした時に見せる昏い瞳。妬み嫉みはもちろん、恨まれてすらいるのではないかと思うほどだけれど、私はめげない。

 

「己が兄には礼敬を尽くせと言いますでしょう」

 

 だって実語教(教科書)に書いてあるでしょ、という訳である。

 

「………自分は花沢家の人間ではありません」

 

 兄様の回答にはしばらくの間があった。あ、そういえば実語教では兄弟の礼の前に親孝行を推奨する一節があったな。親殺しの前でこの発言はしくじったかもしれない。何かフォローをしなくては。

 

「ご気分を害されましたか。申し訳ございません。私が言いたかったのは、親兄弟の繋がりというものは戸籍の如何(いかん)ではなく仁に基づくもの、即ちその表われ足る礼を尽くすところに始まり、情によって結ばれるものだということです」

 

「……………左様でありますか」

 

兄様の反応は鈍かった。うん、ごめん私も自分が何を言っているのかわからなかったよ。つまりはね。

 

「私はあなたと兄弟になりたいのです」

 

「はぁ」

 

 何を言ってるんだコイツ、という顔をされた。私は本気である。

 

「私のような者を家族として扱うのはお嫌ですか」

 

「いえ、そのようなことは」

 

 この聞き方でNOとは言えないよね、知ってる。

 

「それは良うございました。私はずっとあなたをお慕いしていたのです。金子家との見合いの席では、随分ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」

 

「あれは鶴見中尉殿のご配慮です。自分はただ、命じられた通りに動いただけです」

 

「それでも、理由はどうあれ兄様が私のために動いてくださったことが嬉しかったのです」

 

 実は士官学校にいた時、原作と大体同じような経緯で私の童貞を巡るお見合い騒動が発生した。そして兄様も私の童貞防衛作戦に駆り出されたらしいのだが、原作と違って私は兄様とすれ違うことができなかった。もっと真剣に兄様を探せばよかった。いやあの時はそれどころじゃなかったんだけど。

 

「……兄様というのは」

 

 いっけね。またやっちった。ほら兄様って勇作殿から兄様と呼ばれていたから、ついそういうものかと思ってしまってですね。

 

「失礼いたしました、つい。馴れ馴れしかったでしょうか」

 

「自分は上等兵でありますから」

 

 将校が軽々しく交友するわけにはいきませんよってか。耳にタコができるほど注意されてるけど、つい忘れちゃうのよね。

 

「では、2人きりの今だけでも」

 

「いえ、しかし、」

 

「それとも、私のことはお嫌いですか?」

 

 ずいと詰め寄ると、近づいた分だけ兄様は距離をとった。

 

「そのようなことは」

 

 さすが兄様、NOと言えない日本人。だって私が上司だものね。

 

「ずっと兄が欲しかったのです。お会いしとうございました、兄様。本当は初めて目があった時にお側に寄ってご挨拶申し上げたかったくらいです」

 

「ご冗談を」

 

 兄様の肩が塀にぶつかった。

 

「本心でございますよ。あ、私のことは勇作と呼び捨ててくださってかまいません」

 

「……善処いたします」

 

 逃げ場を失った兄様はそう呟いてもう一度自分の頭を撫でさすった。その答えがムリですという意味であることはわかっている。でもわからないフリで追撃をするしかない。なにせ最後の望みであった、花枝子お嬢様とゴールインして財閥入りを果たすルートを踏み外した私にはもう後が無いのだ。

 まずは兄様に私を勇作殿と呼ばせること。そのためには、とにかく押して押して押しまくれ。命を懸けた兄様攻略戦の開幕である。

 

 まだ二十代になったばかりなのに、戦争なんかで死んでたまるか。人殺しなんかしてたまるか。

 

 

 

 

 

 私は絶対に連隊旗手になって、向ってくる敵をぜんぶ兄様に(ほふ)ってもらいながら、自分の手を汚すことなく戦争から帰還するのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






出来損ないの倅ども(できそこないブラザーズ) 第一部開始







時代考証に矛盾がありましたらお手柔らかにご指摘ください。気が向いたら直します。原作程度のガバ設定は許されたい。
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