出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない)   作:だだちゃ豆

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【10】三者面談

 

 

 兄様を客間で待たせている間に、私は父上のもとへ向かった。この頃ひきこもり気味の父上は、今日も書斎で書物をしていた。

 

「父上。勇作でございます。ご挨拶に参りました」

 

「入れ」

 

 入室して扉を閉め、椅子にかける父上のほうに向かって十五度に腰を折る。幼い頃から躾られていたこの礼儀作法が陸軍式のものであることは、陸軍士官学校に入ってから気がついた。

 

 「変わりはないか」と近況を聞かれたものの、仕事の話はしたくないし、何を話そうか。

 この前の休みに部下の遺児と仲良くなったけれど、この話題はNGかな。先の戦争で日清戦争以上に多くの将兵を死なせたことを、父上はかなり気に病んでいるのだ。鶴見に自殺と見せかけて謀殺されたって、誰も疑いやしないってくらいに。

 

「はい、おかげさまで恙無く過ごしております。先日は──」

 

 最近は師団の人との交流も減らしているし、なるべく暗くないエピソードといえば。

 

「──兄様と嵐山を散策してまいりました。兄様が急に立ち止まるので、私はてっきりフクジュソウでも見つけたのかと思ったのです…」

 

 兄様のことしかないよね。

 

 父上だって兄様の話を聞くのがお好きなようですし。相槌はないけど、話をやめろと言われたことがないので多分そう。

 今回も父上はかわり映えのない兄様の日常を最後まで黙って聞いていた。そして私が話し終えると、早々に会話を畳んだ。

 

「そうか。羽目を外してはおらんようだな。連隊副官も良く務めていると聞いている。これからも(おご)ることなく気を引き締めて任にあたりなさい」

 

 待って、あっち向かないで。まだ話終わってない。兄様をお待たせしているのだ。父上をここから引きずり出さなくては。

 

 さっさと机に向きなおった父上に慌てて声をかける。

 

「父上、実はご紹介したい方がいるのです」

 

 父上はこちらを一瞥もせずに、筆を動かしながら背中で返事をした。

 

「誰だ」

 

 日露戦争が終わってから、父上には背中ばかり見せられている気がする。私は少しばかり意地悪がしたくなった。

 

「お忘れですか。私は勇作でございますよ」

 

 父上はくわっと目を開いて振り向いた。

 

「そげんこっ分かっちょい!」

 

 わぁ、兄様みたいな反応。というか、やっと父上と目があったな。

 

「申し訳あいもはん」

 

 謝ったけれど、少し頬が緩んでしまったかもしれない。父上は何も言わずに私から目線を外した。

 

「それで、紹介したい相手というのは誰だ。跳ねっ返りのご令嬢でも連れてきたか」

 

 誰ですかそれは。花枝子さんなら日露戦争中に結婚しましたよ。あんなに私に迫ってきたのは一体何だったのか。こっちから手紙送ってもあんまり返事来ないし。私は(かぶり)を振った。

 

「いいえ、兄様でございます。実はもう、客間にお通ししているのです」

 

(なん)ち」

 

 父上は目をかッ開いて静止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭の緑はしんと静まり返り、掛け軸を背にした父上はむっつりと黙り込んでいる。お茶を出してくれたトラさんが(ふすま)を閉めると、客間は重たい沈黙に支配された。

 

 原作では尾形上等兵が父上相手にペラペラと喋っていた場面があったけれど、あれは雰囲気に流されていたのだろうか。改まった場を用意したせいか、隣に座る兄様は借りてきた猫のように大人しかった。

 

 父上はじっと兄様を見た。

 

「……百之介」

 

 名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。兄様の耳がピクリと揺れ、少しだけ瞳が大きくなった。

 

「はい」

 

「何故ここへ来た」

 

 言い方ァ!

 

 険のない口調であるから兄様の行動を否定する意図ではないことはわかる。私には。でも兄様には伝わらないと思うの。

 私は固唾(かたず)を飲んで兄様の表情を確認した。兄様はほんの少し口角を上げ、やや大きく目を開いて、勝ち誇ったような、諦めたような、ニヒルな微笑みを浮かべて父上を見ていた。落胆、いや諦観だろうか。

 やがて兄様は父上をじっと見つめたまま、開いた目をゆっくりと細めて満面の笑顔を繕った。私にはその動作が、傷ついた心を覆い隠そうとしているように見えた。

 

「……勇作殿が熱心なものですから」

 

「水戸を離れて旭川を志願したのは何故(なにゆえ)だ。私を恨めしくは思わなんだか」

 

 父上は淡々と話を続けた。その目はまっすぐに兄様の目を見ているようでいて、本当のところは鼻のあたりを見つめているのだろう。

 

「恨んではおりませんよ。ただ自分の父親がどういう人間か、少し気になっただけです」

 

 少し??私はこれまでの兄様の言動を振り返った。茨城から北海道まで追いかけてくるその行動力は、毎日私に父上のことを尋ねるその心は、少しと言えるのだろうか。

 

「それで、どう思ったのだ」

 

「母の話していた通り、ご立派な将校様であると思いました。……父上はなぜ、今更私に会おうとなされたのですか。私が第七師団にいることは、ずっと前からご存知だったはずです」

 

「今が時機と思ったのじゃ」

 

 父上は泰然として言った。良かった、私の顔を立てるためにここに来たとか言わなくて。父上が無理矢理に連れてこられたと思われては二人の仲は縮まらないからね。

 

「やはり、勇作殿のお言葉は特別ですか」

 

 しかし兄様は父上の言葉を聞いているのかいないのか、微妙に噛み合わない言葉を投げかけた。いま父上私の話してなかったよね??話聞く前に結論すな。

 兄様は俯き加減になり、半ば独り言のように語りだした。なんか雲行きが怪しくなって来ましたね。

 

「この場を整えたのは勇作殿でしょう。父上にとって、浅草の芸者とその子供は疎ましいものでしかなかったはずです」

 

 兄様は、原作で尾形上等兵が話していたのと同じ、あんこう鍋の話をはじめた。冬になると毎日あんこう鍋を作る兄様の母君。父上が美味しいと言ってくれた過去の思い出に縋って、兄様が獲った鴨を無視して、ひたすらにあんこう鍋をつくり続けた病める女性(ひと)のこと。

 

「父上は、母がどうやって死んだかご存知ですか」

 

 兄様は俯き加減に瞼を伏せたまま、上目遣いで父上を見た。

 

「トメが亡くなったことは勇作から聞いた。だが委細は知らん。……どのような最期であったか?」

 

 父上は表情を変えぬまま兄様に答えた。

 

「ご存知なかった?……ああ、興味もなかったのでしょうね。勇作殿の口から聞くのでなければ」

 

 兄様はまた視線を落とした。先程から兄様の言葉の中に、私への妬みが籠もっているのは勘違いではないだろう。日露戦争を通して打ち解けた気がしたのは私だけで、兄様はまだ私に向ける黒い感情を捨てきれていなかったのだ。いっけな〜い、慢心慢心!危うく背中にアゾット剣を刺されるところだったぜ。

 これは父上が兄様を受け入れても、正妻の子である私が父上の隣にいる限り兄様の心は安まらないというパターン。完全に理解した。やはり陸軍をやめたら、父上とも兄様とも縁を切ろう。そうすれば兄様は花沢家の嫡子になって将校になって、父上に認められる自分を肯定できて、私も跡継ぎとか陸軍とかの花沢家嫡男の責任を兄様に代わってもらえて、みんなハッピー大団円だ。

 

 ひとり将来に想いを馳せる私を尻目に、兄様は訥々(とつとつ)と過去を語りだした。

 

「母は、殺鼠剤を飲んで死んだのです。あれはちょうど祖父母が留守にしていたときでした。母はいつものようにあんこう鍋を作っていました。その日も父上は来なかった」

 

「だから俺は、殺鼠剤をあんこう鍋に入れたんです」

 

 私は父上の顔色を窺った。動揺の色は見られない。よし、いいぞこの調子。

 

「『少しでも母に対する愛情が残っていれば、父上は葬式に来てくれるだろう』『母は最後に愛した人に会えるだろう』と」

 

 でも、と兄様は言う。今度はきちんと顔を上げて、父上のことを正面から見据えている。

 

「あなたは来なかった。──勇作殿のお言葉がなければ、母のことはずっと忘れたままだったのでしょうね」

 

 おっと不味い。これは完全に原作と同じ流れ。流石に黙ったままではいられなくて、私は腰を浮かして兄様の膝に手を伸ばし、兄様の拳を包みこんだ。

 

「そんなことは──」

「そのとおりじゃ。だが貴様も私と同じ。頭のおかしくなった母親が哀れで、疎ましかったのだろう?」

 

 父上〜〜〜!!ちょっとは気にしてたでしょ、ねぇ?そうだと言ってください。

 

 私は腰を浮かせたまま父上の顔にガンを飛ばしたが、父上は私の方には見向きもしなかった。こっち見て。

 

「勇作殿は」

 

 兄様に呼ばれたと思ってそちらを振り向くと、兄様は片手で頭を撫でさすりながら父上の方を見ていた。誰も私を見ていないの。傷つくね。

 

「両親から祝福されて生まれた存在なのでしょうね。妾の子である俺に屈託なく話しかけるあの笑顔。戦友を鼓舞し戦場を馳せたあの勇姿」

 

 せめて重ねた手の温もりが、兄様に届いていて欲しい。きゅっと力の入ってしまった手のひらを緩めて兄様の拳から引き離し、私は座布団に座り直した。兄様は相変わらず父上の方を向いたままだ。

 

「高潔な人物であるのは、きっと愛情のある親が交わって生まれたからなのですね」

 

 ぜんぜん、高潔じゃないんだけどな〜。私は全力で首を横に振った。見て見て兄様、この全否定アピールを。

 ていうか私の人物像だけじゃなくて、父上とトメさんの仲だって兄様の想像とは結構違う気がするんですよ。父上はトメさんが産後うつになる前まではきっと彼女を愛していだと思うんですよ。だって兄様きちんと認知されてるやん。

 籍は尾形家に入ってるけど、私生子じゃなくて庶子になっとるじゃろ。私は確認したんだぞ!なんと兄様の戸籍の父親欄には、きちんと父上の名前が記載されていたのだ。

 

「にも関わらず欠陥があるのは、天は二物を与えないということなのか、それともあなたの愛情が完全ではなかったからなのか。だとすれば、完全な愛情とは何なのでしょう」

 

 出、出〜〜!!兄様禅問答奴〜〜!なんと答えれば良いのでしょう、そんな哲学的な問いかけに。そもそも兄様はその答えにどんな意味付けをするつもりなのですか。こんな風にぐるぐる思考の渦に嵌ってしまうのは、健全ではないと思います。

 

「ふん。私の不徳を責めたいか」

 

 いつの間にか、父上はしっかりと兄様の目を見ていた。座卓を挟んで対峙する二人の顔つきはそっくりで、どこからどうみても親子である。二人とも私のことなど眼中に無い。絵に描いたような親子喧嘩の構図に、なぜか私の心臓が苦しくなる。(たま)らずに口を挟んだ。

 

「お二人とも、お疲れでいらっしゃるのですね。今日はここまでにいたしましょう」

 

 兄様が私を見た。何故だろう、少しだけほっとした。

 

 

 

 




 
 
 
花枝子さん視点で見た勇作さんのムーヴは割とクズです。顔がいいから許されている。
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