出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない)   作:だだちゃ豆

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【12】Epilogue:中途半端

 

 

 数週間前の話をしよう。

 

 初めて花沢家を訪ねた帰り道、勇作は俺に将校になるなら勉強を手伝うと申し出てきた。馬鹿馬鹿しい、世間知らずの言葉だ。

 

「お手伝い、ですか。ええ、それはありがたいのですが。任務に忙殺される下士官に受験勉強の時間などないと思いますよ。残念ながら勇作殿のお手を借りることはできないでしょう」

 

 下士卒はお坊ちゃん学生や将校様とは違う。上等兵ともなれば週番もあるし事務仕事や教練の助手もある。少ない自由時間を割いて下士官になるために学ばねばならないこともある。父母に応援されてゆとりある時間を勉強にあてる浪人生と互角に戦うのはまず無理だ。だからこそ俺は、奥田中将の空手形を当てにせざるを得ないのだ。

 

 俺が難色を示すと、勇作は意外なことに父上の立場をちらつかせてきた。

 

「他の上級将校を頼るよりは、よほど現実味があるとは思いませんか」

 

 勇作はわざわざこちらを覗き込んで来た。近い近い。

 

「花沢中将を抱き込んで、士官学校に裏口入学せよとおっしゃる?」

 

 少し愉快である。勇作は悪びれもしなかった。

 

「そこまで上手くいくかはわかりません。やはり真っ当に召募試験に合格することが一番です。でも、父上を味方につけて悪いことはないでしょう?」

 

 確かに、悪くない話だ。道理を通すなら父上の手を借りるべきではない気もするが、勇作が(こす)(から)い策を講じる様を見るのは気分が良い。

 

「ははぁ、なるほど。軍神の申し子も随分と俗なことをお考えになる」

 

()()()ですからね。将校とは皆そういうものです。立身出世の野望なくして士官学校の門戸を叩くのは、親の意向に流されるままに生きてきた中途半端な人間くらいなもの。そういう人間は、ぐずぐず軍籍に留まっていてはいけないのですよ」

 

 勇作はそう言って俺に背を向けた。珍しいことだ、と思った。

 

 花沢勇作は高潔な男だ。この異母弟の口から他人の人間性を否定するような言葉を聞いたのは、これが初めてだった。親の意向に流されるままに生きてきた人間というのは、それほど唾棄すべきものなのだろう。

 古い侍の時代を打ち破り、諸外国の技術と知識を吸い上げた向上心こそ、列強に比肩せんとする今の日本国を創りあげた高尚な志であるのだと、勇作はそう言いたいのだろうか。

 なるほど、中途半端な人間が護国の将に相応しくないというのは頷ける話だ。とはいえあの勇作が侮蔑を滲ませて言い捨てるくらいだから、よほどどうしようもない将校に心当たりがいるに違いない。いったいどんな人間なのか。

 

 思いを巡らせていると、何故か母の言葉が脳裏に響いた。

 

──立派な将校さんにおなりなさい

 

 ……母の望むまま将校を目指す自分は中途半端なのだろうか。

 

 いや、俺は自分のために将校になるのだから中途半端ではないはずだ。祖父母の反対を押し切ってまで軍に来たのだ。父親の価値を、望まれて生まれた子の価値を、俺の価値を、証明するために。断じて母の望みを叶えるためではない。だから流されてなどいない。

 

 そう、俺は流されてなどいない。立身出世の野望があるからだ。自らの意志で将校を目指しているのだ。

 

「兄様?」

 

 数歩先を行く勇作が、立ち止まって振り返った。いつの間にか足を止めていたらしい。

 

「ああ、失礼いたしました」

 

 特に急ぎもせずに勇作を追いかける。

 

 勇作は俺が追いつくまでじっと待っていた。俺と肩を並べて歩きたいのだろう。わからん奴だ。

 

 

 

 

 

 

 翌週末、勇作は再び俺と父を引き合わせた。

 あまり歓迎されていないと思っていたのだが、勇作の差し金となれば別らしい。再び顔合わせに応じた父上は、前回よりも言葉数が多かった。

 

 「生涯軍に身を置くつもりか」「本気で将校になりたいのか」と父上に問われたので、どちらの問いかけにも頷いた。俺は将校として身を立てることを望んでいる。そう伝えると、父上は言った。

 

「護国の為に身を捧げる覚悟はあるか」

 

 そんなふうに聞かれて否と答える馬鹿はいない。俺は士官学校の召募試験の論述を思い出し、模範解答をなぞるように心中を語るふりをした。

 いつかこの男と同じ場所に立つために、鶴見中尉のことも奥田中将のことも利用してきた。別に父に期待しているわけではないが、使えるのであれば使ってみようと思ったわけだ。勇作が父親と俺の仲を取り持とうと躍起になっているのは都合が良いから。

 

 俺が父上の“ご指導ご鞭撻”を乞うと、父上はため息をついた。

 

「勇作と仲が良いようだが、くれぐれもこの父に恥をかかせる真似はするなよ。報国の志を以て日々精進することだ。さすれば道は(ひら)けよう」

 

 父上は俺の後ろ盾になることを決めたらしい。間もなくして俺は伍長に昇進した。伍勤の上等兵を飛び越えての昇進だ。勇作は我がことのように喜んだ。

 

「本当に良かった。これで兄様も陸士に志願できるのですね。勉強道具を揃えておきましたから、わたしの部屋を好きにお使いください」

 

 いちいち自分や家人に許可を取る必要はない、と勇作は言う。だがそんなことを言われたとて、さすがに一人で花沢家に上がり込むほど厚かましくはなれない。俺がそう告げると、勇作はあっけらかんと言った。

 

「そうは言われましても、私はもう花沢家の敷居を跨ぐことまかりならんと申し渡されてしまったので、兄様おひとりで家にあがっていただくほかないのです」

 

「は?」

 

「実は先ほど、父上に勘当されたのです。それで今日は天気も良いですし、陸軍をやめて東京に行こうかと」

 

「は?」

 

 かんどう?陸軍をやめる?わけがわからない。呆気に取られた俺を見て、勇作は付け加えるように言った。

 

「本当は、後任が決まるまで待つつもりでした。夏が来るまでやめるつもりは無かったのです。しかし連隊長殿のお部屋で口論していたことを聞いていた人がいて、免官を願い出ていたことが父上の耳に入ってしまって。取り下げるつもりはないと言ったら、お前など息子ではないと。父上には申し訳ないことをしました」

 

 俺は耳を疑った。勇作は完璧だったはずだ。いったい父上は何が気に入らなかった?そもそも免官とは何のことだ。

 

「聞いておりませんが。いったい何故……?免官を()()()というのはつまり、なにか重大な事件があったのでしょうか」

 

「ただ終身武官でいることが耐え難くて」

 

 そんな馬鹿な。退役ではなく免官というのは、普通不祥事をおこした将校のやることだ。武官でいるのが嫌だから免官を願うだと。いや、理由なら心当たりはなくもない。確か獅子峪の戦闘の後、勇作は時たま気鬱になることがあった。それも最近は持ち直しているように見えたのだが……。

 

「兄様には、きちんとお伝えしておかなくてはなりませんね。そもそも私は、日露戦争を終えたら軍をやめるつもりでした」

 

 なんだそれは。だったらどうして将校になったのだ。

 

「幼い頃からずっと、荒事が苦手でした。私は大学へ行って、銃後の社会で身を立てたかった。しかし私を軍人にすることは、父の強い望みでありました。ですから親孝行と思って、せめて国家存亡の戦くらいは全うすべく剣を取った次第です」

 

 勇作はそこで何かを堪えるように言葉を切った。

 

「しかし戰場に立って想ったことは、やはり私は将の器ではないということです。故に日露戦争が勝利に終わった今、私は軍をやめるのです。私のような人間が軍に残っても仕方がない」

 

 勇作はそう言って左耳を撫でた。勇作が胸の内を吐露する時、よくする仕草だった。

 

「ははッ」

 

 親の意向に流されるままの人間。ぐずぐず軍籍に留まっていてはいけない人間。勇作が嫌う中途半端な人間。それは勇作だったというのか。だから勇作は父上に捨てられたのか。

 

「兄様?」

 

 勇作は気遣わしげにこちらを見た。俺は少し気まずくなって、誤魔化すように訊ねた。

 

「やめてどうするのです」

 

 別にこいつのことを気遣っている訳ではないが、表面上は仲良くしておいたほうが都合が良いからだ。

 

「東京帝国大学に入ります。入学試験は七月ですから、まだ間に合うでしょう?東京についたら兄様に手紙を書きますね」

 

 勇作はいたずらっぽく笑った。こいつはいったい何を言っているんだ。

 

「帝大とはまた大きく出ましたな。もう三月(みつき)もないというのに、今から間に合うものですか。そもそも一高に入らずに東京帝大に進む道があるのですか?」

 

「無くはないと聞いています。陸軍士官学校だって高等学校相当の教育機関ですから、何とかなるでしょう。それに実をいうと、私は元一高生なのです。第二学年までは修了しているのですよ」

 

 俺は目を瞬いた。聞いた話と少し違ったからだ。しかしなるほど、これまで勇作が一高の話をしなかったのも合点がいく。

 

「おや、落第なさったのですか。一高を蹴って陸士に入ったのではなく?」

 

 落第して陸士に入ったというよりも、合格を蹴って陸士に入ったことにしたほうが格好がつくから、そういう噂を流したのだろう。勇作は嘘をつけないので一高の話を避けていたに違いなかった。

 

「天下の一高にせっかくご入学されたのに、なんと勿体無い」

 

 それにしても、小物じみた見栄を張るとはやはり中途半端な男であることよ。鼻の奥で嗤おうとしたが、何かがひっかかる。

 

「……返す言葉もありません。だから今度こそ、諦めないつもりです」

 

 決意のこもった声だった。こういう時の勇作は、どこまでも真っすぐで透き通った瞳をしているに違いない。

 

「兄様。どうかお達者で」

 

 勇作は強引な抱擁をすると、俺と別れた足で聯隊長の執務室を訪ねて陸軍を辞めた。ろくに挨拶回りもしないまま夕方のうちに旭川を発ったため、翌日の師団は上を下への大騒ぎである。俺も散々人に追いかけ回されてうんざりしたので、物陰で煙草を呑んで人目をやり過ごした。

 

「たかが中尉一人やめたくらいで大袈裟な」

 

 だがそれも、何も知らない将兵にとっては仕方がないことかもしれない。何せ退役ではなく免官だ。いったい裏にどんな事情があったのか、勇作はどこへ消えてのか、特にその行方については連隊長殿すら把握していないのだ。

 

 ふうっと煙を吐く。勇作が押し付けていった敷島(タバコ)はなかなか美味かった。

 

「弟君が失踪したっていうのに、尾形伍長は気にならないんですかぁ?薄情なお方ですね」

 

 隣で煙草を呑んでいた上等兵の宇佐美が嬉しげに相槌を打つ。上等兵だった頃から何かとつるむことが多かった男だが、別に俺から煙草に誘ったわけじゃない。

 あ、いい煙草持ってる!ひとついただけませんか〜、などと(のたま)うので山櫻(安物)の残りを差し出してやったら、酷く嫌そうな顔をしながらも隣で煙草を呑みはじめたのだ。

 

「聞いていたからな」

 

 誰にも口外していないが、勇作が東京に向かったことも本人から聞いている。宇佐美は途端につまらなそうな顔をした。

 

「へぇ。どうせ昨日まで聞かされていなかったんでしょう」

 

 一々癇に障る男だ。

 

「口の利き方がなっとらんぞ。宇佐美上等兵(・・・)

 

 じろりと睨みつけると、宇佐美は表情を消し去って頭を下げた。

 

「失礼いたしました、尾形伍長殿(・・・)

 

 思ってもないくせによく言うぜ。はは、人の嫌がることをするのはなかなか気分が良いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






あと1話で第一部おわります。
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