出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない)   作:だだちゃ豆

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おまたせしました。新章開幕です。



間章
【1】 明日の朝刊載ったゾてめーー!!


 

 御機嫌よう、花沢勇作です。遂に花沢家から抹籍されてしまったので、知り合いの家に住み込んで雑用をこなしています。ニートじゃないよ。書生です。

 

 晩春の東京はまだ寒いという者もいるが、北海道から戻った私にとっては過ごしやすい日々が続いていた。道端に咲く花が雨露で輝き、燕が低く地面を飛ぶ。霞がかった空にかかる虹は美しく、私の前途を祝福するかのようだった。

 三島君の手紙によると、兄様は特に問題を起こすこともなく順調な下士官生活を送っているらしい。花沢邸にもきちんと顔を出しているし、嫌味も減って人当たりも良くなったという。これは良い原作乖離。

 まだ一月(ひとつき)も経っていないから安心するのは気が早いかもしれないが、なかなか良い滑り出しではなかろうか。本当なら念入りに兄様のケアをしてから東京に行く予定だったところを、飛び出すように陸軍を辞めてしまったので心配していたのだ。でもこの調子ならそんな心配は杞憂かな。

 

 

 というわけで命の危機も去ったので、第n次歴史改変プロジェクトをはじめます!!ぱんぱかぱーん。ご紹介しましょう、こちらは私のパートナー。姓は金子、名は花枝子。そうです、花枝子お嬢様です。

 日露戦争と花枝子さんの結婚を機に疎遠になりかけていた私たちは、傷病兵の見舞いをきっかけに再会したのだ。花枝子さんは今、愛国婦人会の中心メンバーとして傷病兵や戦争未亡人への支援を精力的に行っている。

 そんな彼女の最近の関心は金鵄勲章の年金の受給についてだった。このところ新聞で受勲者が報道される一方で、年金の給付手続きには相当の時間がかかることが傷病兵の間で問題になっていた。

 

「つまり、軍ではどうにもできないということ?」

 

 花枝子さんはティーカップを置いて言った。

 

「そうですね。そもそも年金の支給は役所の管轄ですし、傷痍軍人は兵役がないので在郷軍人にも数えられないわけで、もう軍との結びつきはなくなるのです」

 

「もう少し、婦人会の皆さんには頑張っていただかないといけないのね」

 

 花枝子さんは憂いがちに目を伏せた。力強い瞳が瞼に覆われると、花枝子さんの印象はがらりと変わる。短いけれど密に生える下睫毛が際立って、落ち着いた人妻の色気があった。

 

「是非お願いいたします。何せ婦人会には46万も会員がいるわけですから、陸軍が動くよりはよほど力があるでしょう?」

 

 申し訳ないけれど、政府の支援が届かない分、愛国婦人会の皆さんには頑張って欲しいのよね。期待を込めた私の言葉を受けた花枝子さんは、申し訳無さそうに首を振った。

 

「そうでもないのよ。日露戦争で増えた会員のほとんどは市井の人だし、婦人会は内務省の力で成り立っている所が多いの。それに、東北では大凶作があったばかりでしょう?」

 

 第七師団には東北出身者が多いから、凶作のことは印象に残っている。故郷には食扶持が無いからこっちで身を立てたい、と野間君が言っていたっけ。

 

「ままならないものですね」

 

 私はティーカップに目を落とした。外国産の磁器をもつ花枝子さんも、アイヌの埋蔵金の在処を知る私も、決して自由になる金が少ないわけではない。むしろ多いほうだろう。

 しかし膨大な数の傷病兵や遺族を救済するためには到底足りない額だった。原作で鶴見が構想していたような兵器工場やら麻薬畑やらを作るつもりはないが、人々の人生を保証するためには金を産み続ける社会の仕組みを創り出さなくてはいけない。

 けれどもそういう仕組は個人の力で一朝一夕にできるものではなかった。私が鶴見のように優秀な人間であったなら、転生前の知識を生かして無双できていたのかもしれないけれど。

 

「勇作さん……」

 

 花枝子さんはこちらを案じるように呟くと、明るい調子でこう言った。

 

「そういえば、貴方が気になさってた石油屋さん、今度のパーティにいらっしゃるみたいよ。貴方もご出席なさいな」

 

 え?やった!作り笑いではなく、自然と顔が綻ろんだ。

 

「本当ですか?それは嬉しい知らせですね」

 

 いま私が花枝子さんの力を借りて進めているのが、石油業界の人脈造りだった。何を隠そう、この日本の石油業界へのテコ入れが、私がやろうとしている歴史改変なのだ。や、改変っていうほど大袈裟なものじゃないんだけどね。

 ちょうど日露戦争の後に、日本経済発展における運命の分岐点があったからなんとかできないかなーってやつ。なんか根拠はないけどこれは上手くいきそうな気がするね!

 あとこれ、数年ぶりに花枝子さんと一緒にお出かけイベントじゃない??久しぶりのデェトですね、と言うと花枝子さんはツンと顔を背けた。

 

「誰も私があなたにエスコートされるだなんて言っていませんことよ。本当、調子の良いお方ですこと」

 

 子どもみたいに拗ねちゃってかーわい。私が声を上げて笑うと、花枝子さんは顔を赤くしてこちらを睨んだ。かわいい。

 

 

 

 

 あまり美味しくなさそうにジャムパンを齧っていた鶴見を思い出して、私はミルクホールに入ることにした。注文したのはこの店で一番高いメニュー、ミルクセーキだ。トースト2枚分の値段がするけど、大変美味である。

 目の前に鶴見がいなかったら、もっと味わって飲めるんだけどな。まぁ鶴見の奢りだしいっか。

 

「依願免官と聞いた時には驚いた。花沢夫人は君が昔から文官の道を歩みたがっていたと仰っていたが、本当かな」

 

 向かいの席に腰掛けた鶴見は、ココアのカップに手を伸ばしながら話を切り出した。

 

 なんの用事か知らないが、第一師団を訪ねていたらしい鶴見に声をかけられたのは先程のこと。偶然だな、と言われたけれど絶対に嘘。郵便局を張られていたのだろう。

 私は師団の誰にも現住所を明していないが、三島君には局留めで手紙を出すように頼んでいる。そこを抑えられたのだ。下宿先まで押しかけてこられては迷惑だから、ここで鶴見の相手をしているなう。

 

「はい、事実です。どうも私は将の器では無いようですから」

 

 私はにこりと笑顔を作った。連隊旗手を目指していた頃であればいざ知らず、父の面目を保つことさえ諦めた今となってはこの話を隠し通す意味もない。存分に醜聞を掘り返すがいい。

 

 私の言葉に鶴見はふむ、と首を傾げた。

 

「将の器ではない?勇作殿の思う将の器とは何かな」

 

 え、そこ気になるの?ん〜、改めて聞かれると言葉にしづらいね。なんていうかこう……。

 

「父上や、多くの将校のような……自らが先頭に立って動くような、志あって自己を研鑽するような人物……でしょうか」

 

 つまりやる気がある奴がやればいいよってことなんだけど。

 

「おや。私には勇作君もそういう人物に見えたのだがね。君自身はそうは思えなかったんだね」

 

「あれはまやかしの姿ですから」

 

 ほう?と鶴見は呟いた。

 

 余計なことを喋ってしまったかもしれない。鶴見相手に自己開示するつもりはなかったのに。この誑しめが。

 

「ところで、今日はこういうお話をするためにいらした訳ではないのでしょう?どうぞご用向きを仰ってください」

 

 私が話題を切り上げようとすると、鶴見はふるふると首を振って身を乗り出して来た。

 

「いやいや、私は君の話が聞きたかったのだよ。戦争から帰って以来、気丈に振る舞ってはいたものの塞ぎ込んでいただろう?先の戦争は凄惨だった。特に我々第七師団の戦場は。たとえ運良く五体満足で帰っても、心に傷を負った者の中には自ら命を絶つ者もある。私は君が心配なのだ」

 

 心の底から人を案じるように、私を見上げるその眼差しには覚えがあった。

 

──お加減が優れませんか。お食事はきちんと召し上がっておられますか、花沢中尉殿。

 

 あなたの作るライスカレーが一番美味しい。そう告げたら、おめでたい日や落ち込んだ日にはカレーがでてくるようになった。

 

──あなたはご立派でした。あなたが生きているという事実が、どれほど多くの兵の支えになっていることでしょう。

 

 食欲が落ちてくると、スープ粥だの善哉もどきだの、手を変え品を変え食事を作ってくれた。

 

──どうかその苦しみを乗り越えてください。中尉殿、あなたにはそれができるはずです。

 

 普段の無口が嘘のように、江川軍曹はよく喋った。口下手な彼は、汗をかきながら一生懸命気を回してくれた。ありがとう。私のことを案じてくれて。だけどそんな親身になるなよ。

 

──あなたの為に死ねたことは、きっと彼らの幸せでした。皆、あなたに生きていてほしいのです。

 

 せっかく考えないようにしていたのに。

 

 放っておいてくれないか!!

 

 叫びたいのに、声が出ない。何か言おうとすると、泣き出しそうで。こんな、鶴見の前で。人目のある所で、あからさまに動揺している姿など見せたくない。鶴見の、いやこの店にいる全ての人の目から顔を逸らして私は財布に手を伸ばした。

 震えそうな手で掴みだした食事代を、何でもない風を装ってテーブルに置く。

 

「ご心配には及びません。他にお話がないのであれば、これで。お先に失礼いたします」

 

 鶴見の鼻先に焦点を合わせて言葉を紡ぐ。急いで席を立って鶴見の横を通り抜けようとしたところで腕を掴まれ、着物の(たもと)に紙切れを突っ込まれた。

 

「待ちなさい。今日の夕刊……いや、明日の朝刊か?聞きたいことがあれば私はここにいるから訪ねておいで」

 

「……御親切にどうも」

 

 私は鶴見の腕を捻り上げるようにして強引に手を振り解いた。しつこい男は嫌いです。

 

 

 ……あぁ、また兄様とシマリスでも探しに行きたいな。

 

 

 

 

 明治三十八年、八月十五日。

 

 世間は旧暦を用いる所も、中暦、新暦を用いる所も、盆の時期には等しく休みである。しかしもちろん、絶賛戦争中の私に休みはない。小牛田大尉が戦死して以来、第四中隊を預かっている私は慣れない中隊長(代理)の業務に追われてそれなりに忙しい毎日を送っていた。

 ここに鶴見がいれば、年配の鶴見が中隊長代理、或いは中隊長を預かっていたのかもしれない。しかし鶴見は折悪く病院送りになっていた。つまり今、私は鶴見に絡まれることなく兄様に会いに行けると言うわけだ。

 

「で、今日は何の御用ですか」

 

 夕刻、兄様を訪ねていくと、兄様は木の根に寄りかかったまま目だけを動かして私を見た。ここに上官がいたらぶん殴られること間違いなしの不遜な態度だ。眠いんだね。

 

「中隊本部で風呂を沸かしたんです。兄様もいかがですか。1時間ほどしたら下士が上がる頃合ですよ」

 

 菓子が揚がる……歌舞伎揚げ食べたくなってきたな。

 

「それは気が利きますね。いい加減この暑さと蚤の大攻勢には嫌気が差してきた所です」

 

 兄様はポリポリと首元をかいた。なるほど、合点がいった。今朝一時くらいに褌一丁で洗濯をしていた一等卒は蚤退治に勤しんでいたらしい。気でも狂ったのかと思ったけどそうじゃないみたいで良かった。

 

 あ、閃いた。

 

「では、兄様が入浴している間に私が被服を洗濯して差し上げましょう」

 

「やめてください。示しがつかんでしょう。人に頼むならそのへんの二等卒にやらせます」

 

 兄様は私の提案をにべもなく切り捨てた。ひどい。

 

「ばれなきゃ問題ないって言ったのは兄様なのに」

 

「……」

 

 兄様は無言だったが、はっきりと嫌そうな表情をして意思を表示した。

 

「兄様がお嫌なら仕方ありませんね」

 

 私は兄様の隣に腰掛けた。風の音、虫の声、地面に残る日差しの熱。遠くに聞こえる人の声。大陸の夏は朝夜のコントラストが大きくて、日が暮れると別世界の感があるけれど、盆の頃は殊更にそういう心地がする。

 あの世から人が帰って来る季節。ほんの一月前に逝ったばかりの彼らも、もう現世に戻ってきているのだろうか。だとしたら随分忙しない。

 獅子峪の戦闘があったのは七月一日のことだけれど、東京の盆は七月の半ばだ。あの日死んだ兵には東京の者が多かったから、ひょっとすると戦死の公報よりも早く家に帰って、迎えがないのに困っていたりするのだろうか。それとも。

 

「盆の頃に死んだ者は、早く家に帰りたかったのでしょうか」

 

「さぁ」

 

 兄様が気のない相槌を打つ。

 

「私の手当をしてくれた野村上等兵には妻がいて、息子が1人いるそうです。優秀な子どもで将来が楽しみだと言っていました」

 

「……」

 

「今朝、彼の夢を見たんです」

 

 銃雨の中を駆け寄ってきて、私の手当をしたが為に死んだ彼のことを。文字通り、盾となって私を庇ってくれた彼らのことを。

 

「……盆ですから」

 

「盆ですものねぇ」

 

 二人並んででぼうっとしていると、向こうから太鼓の音が聞こえはじめた。兄様が身動ぎするので顔を見ると、怪訝そうな表情をしている。

 

「盆踊りですね。さっき前山一等卒たちが踊っていました」

 

 ついに太鼓を持ち出したのだろう。危機感の欠如〜〜。このところずっと講和の噂が流れてるせいかな。流石に止めなきゃ。

 

「呑気な奴らめ。前哨だぞ」

 

 兄様は苛立たしげに立ち上がった。注意しにいくつもりらしい。こういう所が兄様が上等兵たる所以だと思う。私は兄様を見送ってからゆっくりと腰を上げた。

 

「貴様ら!何をやってるんだ!!」

 

 兄様が声を荒げるのが聞こえて、太鼓の音が止んだ。近づいていくと、ぎゃあぎゃあと言い争いの気配がする。分隊長が見逃したのだから上等兵は口を出すなということらしい。兄様は嫌味な理論武装で反論して火に油を注いでいた。

 薄々こうなるだろうとは思ってた。兄様嫌われてるもんなぁ。私は騒ぎのする方へ足を踏み出した。

 

「非番だからといって、流石に太鼓はやめようか。尾形上等兵の言う通り、少し気が緩みすぎだね。前哨を任された自覚がないのかな」

 

「ゆっ、勇作殿!申し訳ございません」

 

 一等卒らが顔色を変えて姿勢を正した。露骨な人望の差である。兄様の自己肯定感が下がる音がする〜〜。

 

「勿論、踊るくらいなら構わないけどね。講和は成っていないってことを忘れてはいけないよ」

 

「はい、中尉殿」

 

「うん。それじゃあ口煩いのは退散しようか。楽しんでおいで」

 

 私は何か言いたそうな顔をしている兄様の肩を抱きよせて、無理やりその場を後にした。はいはいここで余計なこと言うといらん恨みを買うからやめましょうね〜〜。

 

「勇作殿」

 

 ずるずると引きずられていた兄様が抗議の声を上げる。

 

「うん?」

 

「近いです」

 

「盆だから」

 

「盆だから……?」

 

 兄様は納得のいかない顔をしている。流石に理由が雑すぎた。や、だって理由とかないからさぁ。私は誰かにハグがしたいだけなんじゃ〜〜!いでよオキシトシン!!

 私はぎゅっと兄様を抱きしめた。兄様は抵抗の色を見せたが、無駄な足掻きである。兄様は私より力が弱いのだ。貧弱貧弱ゥ!

 

「さっきのは、良い警官・悪い警官戦術というんです」

 

 今の時代にそういう名称がついているかはしらんけど。私は兄様にべったりくっついたまま語りかけた。

 

「はぁ」

 

「二人組になって、悪玉と善玉を演じるんですよ。悪玉は攻撃的で否定的な態度を取って、人の反感を買う。これによって善玉の同情的な態度が際立ってみえるから、人は善玉に信頼を寄せて協力的になる」

 

「……」

 

「二人組だからできることです。二人で引き出した結果です。一人ずつやっても同じことはできない。兄様がいないとだめなんです」

 

 今西、三上、真田。腕を組み、肩を抱きあった同期はみんな死んでしまった。参戦した頃の旗手仲間も、誰もいない。私だけが生きているのは、何故だろう。私だけが生きているのは、どうしてだろう。

 

「次は、兄様が私を悪玉にしても良いですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 腕の中が妙に心もとない感覚がして目が覚めると、掛け布団を抱きしめて眠っていたらしい。ようやく解放されたと思ったのに、また日露戦争の夢を見たような気がする。絶対に鶴見のせいだ。鶴見といえば。

 

「新聞がナントカ言ってたな……」

 

 ふわぁ、と欠伸をすると、廊下からドタバタと足音がする。スパン、と襖が思い切り開かれて、酒臭い東大生たちがボサボサの長髪を振り回しながら、新聞を手にわらわらと雪崩込んできた。

 人の下宿先にストームとはいい度胸だな。文句の一つも言ってやろうと枕を掴んだ私に、高校時代の友人たちは衝撃的なニュースを(もたら)した。

 

「ゲルサーク!君の親父が死んだぞ!!」

 

 

 

 

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