出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない)   作:だだちゃ豆

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おひさしぶりです。感想評価ここすき誤字報告、ありがとうございます。こんなタイトルですがネタです。タイトルで内容を察してくれた人がいたらぜひお友達になってください。







【3】主よ、人の望みの喜びよ

 

 

 トントン・トントン・ヒノノニトン。おはようございます。一夜明けた今日は、朝からホタㇰパ&瀬太司郎君宅で栗鼠をチタタプしています。

 ちなみにチタタプというのは生肉を短刀(マキリ)で刻んで作るアイヌの伝統料理だ。アイヌ語で我らが刻むものという意味らしい。みんなで作るからチタタプなんだ、とは作中でヒロインのアシㇼパさんが主人公に語った言葉である。

 ということでさぁ皆さん、ご一緒に。チタタプのビートを刻みましょう。トントン・トントン・ヒノノニトン。

 私がチタタプを刻む横で、ホタㇰパと瀬太司郎君は何やら言い争いをしていた。

 

「中学校に行きたい?農事試験場に作ってるあれか?勉強なら高等小学校で充分だろう。イサラニシパだって高等小学校しか出ていないが、和人の裁判だってできる立派なアイヌだぞ。だいたい、中学校なんていくらかかると思ってるんだ」

 

 ホタㇰパの反対は想定内だった。最近は小学校こそ無償化されてほぼ全ての子供が通うようになったが、中学校に通う子供は滅多にいない。なにせ帝大卒が中学教師になる時代、中卒ってだけでエリートの仲間入りなのだ。

 この話を聞いて「え?明治時代チョロ。転生しよ」と思った人は注意して欲しい。明治時代の中学は義務教育じゃないのでべらぼうに学費が高いのだ。あと授業で漢詩とか和歌詠まされるよ。俳句も詠めない現代人に中国語で詩を書くことなどできるわけがないのだった。転生特典が仕事しねぇ。

 閑話休題。中学校とはかように高度な教育なのである。このような教育が開拓時代の北海道に整備されているわけもなく、この広い大地に中学校はたったの4つしか存在しない。そのうちの3つは函館・札幌・小樽に集中しているため、道北と道東の中等教育を一手に担うのが一昨年旭川に開校した上川中学校である。

 真新しい校舎は現在も造成中であり、卒業生はまだ居ない。つまり旭川の一般庶民にとって中学校とは最先端かつ超高度な教育機関であるのだ。

 しかし瀬太司郎君は私立中学の林立する東京育ちの才ある少年。中学校入学はやや現実的な目標だった。

 

「上川中学校なら月に1円50銭で通わせてもらえると先生はおっしゃっていました。それに父さんの遺族年金が80円くらいもらえるはずだし、足りない分は勇作殿が援助してくださるって」

 

 瀬太司郎君に水を向けられたので、私はホタㇰパに頷いてみせた。がんばれ瀬太司郎君。私は君の味方だぞ。なんなら学費は全額私が負担してもいいよ。トントン・トントン・ヒノノニトン。

 

 1円50銭、とホタㇰパは難しい顔で反芻した。

 

「本当に80円も貰えるのか?だいたいその中学校ってやつは卒業までに何年かかるんだ」

 

 80円は貰えます。瀬太司郎君が中学校に入るまでに受け取れるかというと微妙だが、間に合わなければ私が払うのでモウマンタイ。

 

「お金の心配は必要ないですよ、なんなら私の年金を充てても構いませんし。中学校は順当にいけば5年で卒業です。5年というと長く聞こえるかもしれませんが、瀬太司郎君なら高小の第二学年で受験しても受かるはずです。つまりたった3年、高等小学校より長く学ぶだけでいいということになります」

 

 そういや最近の中学校って4月から始まるんだよな。学期始まりが5ヶ月早まったってことは、月謝を払う期間も5ヶ月増えるってコト……?ウッ財布が痛い。

 

「5年も通ったら90円もかかるじゃないか!!そんなに勇作ニシパに頼るつもりだったのか!?」

 

 ホタㇰパは目を剥いた。瀬太司郎君がばつの悪そうな顔をしたので、私はチタタプの手を止めて援護に回った。

 

「そんなに大した額ではありませんよ。最近は私の金回りも良いし、土井上等兵は本当に力になってくれましたから、なにも問題はありません。私は寄宿の費用も出してあげようと思ったのですが、瀬太司郎君はちゃんと遠慮して近文から通いたいと言ったんです」

 

 稼いでるったってなぁ、とホタㇰパは顔を(しか)めた。

 

「どうせ砂金掘りなんか長続きしないぞ。それに勇作ニシパは他の家族の面倒も見てるんだろう。セタシ一人にこんなに金をかけていいのか?」

 

 確かに瀬太司郎には多少肩入れしているが、他の遺族の為の資金もきちんと用立てしてあるから問題ない。あと砂金じゃなくて砂白金だし、私が掘ってる訳じゃない。というのを説明するとややこしくなるのでひとまず置いておいて。

 

「お金はどこでも手に入りますが、幼少期の学びは換えが利きません。キムンカムイからの初めての贈り物もね」

 

 私はマキリの鞘をとりあげて下げ紐を揺らした。そこにはもともと付いていた根付に加えて、先程ホタㇰパに貰った羆の爪が飾られている。

 昨日の熊、つまりホタㇰパの矢を初めて受けたカムイから頂いた爪である。

 

 ホタㇰパはチラッと熊の爪を見て呟いた。

 

「なぁそれ、やっぱり他の場所につけてみないか」

 

「そんなにこのマキリが嫌ですか?」

 

 トントン・トントン・ヒノノニトン。私はリスを刻むマキリに視線を落とした。

 やや大味に施された鱗彫は、彫の深さにも鱗の大きさにもむらがあるし、左右対称の筈の文様はなんとなく歪んでいる。その自然な歪みがチタタプのビートを刻むマキリを一匹の脈動する蛇のように見せるので、私はそれが実に有能(ステキ)だと思うのだけれど。

 

 しかしホタㇰパの意見は違うらしい。

 

「ヒグマは蛇が嫌いだ。まだウェンカムイになったわけでも無いのにそんな蛇みたいなマキリといっしょにするなんて」

 

 そんな否定せんでもええやんけ。蛇って縁起物なんだよ。

 蛇といったら宇賀神。宇賀神といったら弁財天。即ちお金の神様だ。それに蛇と言ったらアスクレピオスの杖だし、ギルガメシュの不死の妙薬を飲んだ生き物でもある。つまり蛇は治癒と不死を司る生物なのだ。

 長生き金持ち無病息災のラッキーアイテム。これって最強なのでは??と説いてみたが、アイヌ的には蛇はあんまり良い生き物ではないらしい。そういう話をアイヌの前でしても理解は得られないだろう、とホタㇰパは言った。

 土井上等兵はこの話を聞いて蛇に関する見方を変えてくれたんだけどなー。ずっと昔のことに思えるけれど、あの会話を交わしたのはちょうど巳年、去年のことなのだ。

 

「私にとってはとても思い入れのあるマキリなんですけれど」

 

 まぁでもあなたがそこまで言うなら、別の場所を考えます。私はホタㇰパにそう告げて、再びまな板にマキリを打ちつけた。トントン・トントン・ヒノノニトン。

 

「とはいえ財布にはそれこそ本物の蛇が入ってますし。どうしたものかなぁ」

 

「アンタ財布でヘビ飼ってるのか!?」

 

 臭くなるぞ!とホタㇰパはぎょっと目を見開いて私から距離をとった。

 

「飼ってませんよ!?抜け殻を入れてるだけです」

 

 あとぜったい臭ったりしないから距離とるのやめて。

 風呂無し洗濯無し汗っかきの戦場でさえ、「花沢少尉殿ってなんかいい匂いがする」と話題になったこの私ですよ?

 

「気持ちわる……。だから勇作ニシパには嫁がいないのか」

 

おじさん(アチャ)、勇作殿に失礼だよ」

 

 そうだそうだ。

 

「これは和人の(まじな)いです。お金の巡りが良くなるんですよ」

 

「気持ちわる……」

 

 ホタㇰパはもう一度同じ言葉を繰り返して言った。

 

「金のカムイなんてやめておけ。金にこだわると人は死ぬんだぞ。セタシの家はそれで無くなったのに」

 

「人はお金がなければ生きていけないでしょう」

 

 トントン・トントン・ヒノノニトン。

 

 お金のカムイだってアペフチカムイと同じくらい大事なカムイだと思いませんか。とは以前口に出して大顰蹙(だいひんしゅく)を買ったので二度とは言うまい。

 

「金があるから死ぬこともある。おれたちのコタンが本当はオサラッペの上流にあるのは知ってるだろ。こっちに住むようになったのは、砂金を採るようになって沢山のカムイに無礼をはたらいて、大勢の人が死んだからだ」

 

 そう言ってホタㇰパが語り始めたのは、一家の来歴だった。今までとった砂金をすべて地獄の穴に飲み込ませて、近文の給与地を貸したり耕したりして暮らし始めたホタㇰパのコタンの村長は、瀬太司郎君の祖父だった。

 ところがセタシの父親が村長になった時、小樽のコタンから一人の男がやって来た。男はセタシの父親にコタンを守るために地獄に飲ませた金を使おうと言ってきた。セタシの父親はその話に乗ったという。……この辺りの話は初耳だな。その割になんか聞いたことがあるような気がするのはなぜかしら。

 

 トントン・トントン・ヒノノニトン。

 

 ホタㇰパの話を聞き流しながら、小首を傾げて手を動かし続けた。

 

「村長になったセタシの父親は他のコタンの村長と一緒に地獄の穴に潜って、金塊を取り戻した。だけどその時、金塊と一緒にたくさんの悪いカムイがついてきたんだ」

 

 トントン・トントン──危険を察知!

 

 私はチタタプしていた手を止めて、ホタㇰパの話に耳をそばだてた。ホタㇰパは私からまな板を奪い取ると、トントンとチタタプを刻みながら話を続けた。

 

「金塊を取りに行った村長たちは全員死んだ。村長の親戚も次々に死んで、遠くに住んでいた土井上等兵(セレマッㇰウㇱ)と、土井上等兵(セレマッㇰウㇱ)の所に家出していたセタシだけが助かったんだ」

 

 はいアウトーー!!これ、のっぺらぼうが誕生した時の話ですよね???瀬太司郎君の実父がアイヌの埋蔵金を隠した人々のうちひとりだなんて聞いてないんですけど!! 

 

「だから、金を集めるのは良くないことだ。金ではなくて他の沢山のカムイを大切にしていれば、こんな町中に来ることも無かった。金で物を買ったり薬をかったりしなくても、何を欲しいとも何を食べたいとも思わず生活ができたはずなんだ」

 

 ホタㇰパが厳かに話を締めるのを聞くや、私は食い気味に切り出した。安全装備が充実、してるのがいいよね。結論:上野に飛んでいこう。

 

「そうですね。お話ありがとうございます。ところで、瀬太司郎君は東京の中学校に興味はありませんか?」

 

 瀬太司郎君の瞳が輝く。

 

「東京に戻れるのですか!?」

 

 ホタㇰパがまな板にマキリを叩きつけた。

 

「そんなことよりセタシにはもっとやるべきことがあるだろう!」

 

 はわわ〜大喧嘩なう〜。

 

 

 





タイトルは某トラックCMに起用されているクラシック曲からいただきました。
実写ドラマのチタタプシーンでヒノノニトンパロとか来ないかな。

とんとんとんと〜んひののにと〜ん
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