出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない) 作:だだちゃ豆
どうもこんばんは。花沢勇作です。今回は生まれて初めてでもないけど、夜のお店にやってきたよ。兄様に連れられて来たので断りきれなかったの巻。
ともに鶴見のお遣いに行ったあの日から、私達はだいぶ仲良くなった。人目のある所では避けられている私だが、二人きりになった時に逃げられたことはない。外出の誘いも、人目につかないものなら乗ってくださるようになった。
今日は初めて兄様からもう一軒どうかと誘われたので、深く考えずについてきたわけですが、蓋を開けてみたらこれ。
曙遊郭だよ!!紛うことなきエッチなお店じゃないか!
道理ですごく歩かされると思った!そりゃ公認の歓楽街であるからにして師団衛戍地の周りにあるいかがわしいお店よりはまともそうだけど……。本音を言うとこういう所はすっごく苦手だ。そもそも女性相手にそういう気分にならないし、女の人にお酌させるのが、なんかさぁ。いやキャバクラだって似たようなものだと思うけど、腰が低すぎて引くっていうか……。
なんかこの時代はThe☆身分社会って感じで落ち着かないよね。下男下女や御用聞きが私に向けるへりくだった態度、秘書のように父に付き従う母上。家族のあり方も前世とは色々違って、家にいても落ち着けない。アットホーム感が来い。
軍に入ってたった一つの良いことは、生まれよりも能力や経験によって序列が決まっていることだ。年功序列はあるけれど、前世みを感じる職場はちょっと落ち着く。
薩長出身の優遇??あ〜、まぁ無いとは言えないですね。でもあれは身内びいきの延長線上にあるというか、薩摩藩士の元帥閣下が会津士族から奥さん貰った時点で藩閥は無くなる方向にシフトしつつあるというか……。そもそもこういう派閥争いってエリート社会ではどこにでもあるでしょ。
とにかく軍の中が外の世界よりほんの少し平等(同時代比)で、ほんの少し柔軟であることは紛れもない事実なのだ。現代人からすると嘘だろって思うだろうし、宇佐美みたいな身分コンプレックスや鶴見みたいな思想家に言えば反論されるとは思う。
それでも、ここには古参の兵卒に敬意を表する将校がいて、長屋育ちの軍曹に扱かれる造り酒屋の一等卒がいて、旗本の跡継ぎと並んで軍刀を引っ提げている農民出の将校がいる。私はそれだけでほっとするのだ。これで戦争に引きずり出されることさえなければ、なんなら一生陸軍で働いても良い。
問題は戦争をするのが陸軍の仕事だってこと。もうすぐ日露戦争始だし、いつか太平洋戦争も起こるだろう。
軍神の息子としてこの世に生まれて二十余年。陸軍士官学校を出て、晴れて少尉となった私は、未だに人を殺すこと、人に殺されることを恐れている。
兄様と仲良くしたいのは、優秀な狙撃手に後方から援護して欲しいから。軍人の鑑として振る舞うのは、人を殺さずにすむ連隊旗手になりたいから。
処女童貞を貫くのはそういうのが好きじゃないってことだけではなくて、弾に当たらないためのゲン担ぎの意味もある。誰の入れ知恵かは知らないが、たとえ兄様の誘いといえど、誰かと共寝するつもりはない。
だというのに、襟元を寛げた兄様がいつになく流暢な口上で女を勧めてくる。連隊旗手はゲン担ぎから童貞が選ばれるとはいうものの、その命を童貞のまま散らしてよいものか、と。
「ようはまわりが童貞と信じていればいいのです」
──違う。
兄様の言葉に、ちくりと胸を刺されたような気がした。部下のためではない。私が死なないためにしているゲン担ぎだ。
「男兄弟というのは、一緒に悪さをするものなんでしょう?」
──
一瞬心が揺らいだ。兄様と悪さをすれば、私は男らしく見えるのだろうか。いや、そうではないだろう。
それに、どのみち私は女性を抱けない。抱けたとしても、こんな怪しい状況で兄様の誘いに乗るわけにはいかない。妙に高そうな座敷、口が堅いという店の者。行儀の良い遊女を3人もよびつけることが兄様の
原作知識がなくたって、裏で糸を引いている人間がいそうなことくらい想像がつく。だいたい兄様は女遊び苦手だろ。町娘を袖にしていることくらい知ってるんだぞ。
「……兄様、申し訳ございません」
頭を下げて、兄様の提案を断った。兄様の口がへの字に曲がる。機嫌を損ねてしまったのだろう。自己肯定感に傷をつけてしまったかもしれない。
私は二人の女に見送られ、裏口から外へ出た。兄様は見送ってはくださらなかった。
◯
はい。死亡フラグが立ちそうなので、今から先日のガバをリカバリーしたいと思います。本日の実況は夜の神社からお送りします。肝試しじゃないよ。
すっかり日が暮れた境内には人っ子1人いなかった。私は兄様と二人きりで、行儀悪く境内の階段に腰掛けていた。私が兄様のお猪口に、兄様は私のお猪口に酒を注いで、二人でぼうっと参道を眺めた。ちなみにこれ上官に見つかったら素行不良で怒られます。グリフィンドール20点減点!
「先日はせっかくのご厚意を無碍にしてしまい、申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ勇作殿に不快な思いをさせてしまいました」
兄様は平坦な口調で言った。ほんとに大丈夫?根に持ってない?
「不快ではありませんでしたよ、兄様にお誘いいただけたことは。ただ、兄様にはお伝えしておかなければいけないことがありまして」
兄様から外出に誘ってくださったのは件の女遊びのススメが初めてだった。だからこそ、あれを最後にしたくないと思っている。私が処女童貞を貫かざるを得ない理由を、1つだけでもきちんと話しておかなくては。
お猪口を空にして、手酌でもう一杯。
兄様が物珍しそうにこちらを見た。
「私は、その。ああいうことが、女性を満足させることができないのです」
ははぁ。と兄様はしたり顔で笑った。
「ご謙遜を。眉目秀麗を絵に書いたようなあなたに言い寄られて悪い気のする女はいませんよ。甘い言葉の一つ二つ吐いてやれば、あとは勝手に盛り上がってくれるものです。そういうのはお得意でしょう?」
えっ。兄様は甘い言葉吐いたことあるんですか?聞かせて……恋のお話?ってちがーう!
「そうではなくて、その」
伝われ!私が盛り上がらんのだ!オチウができないんだよ!!チカパシしないの!!こんなこと乙女に言わせんな、バカ。言わないけど。
「私は跡継ぎを作れないのではないかと」
「……勃たんのですか」
私の言葉を咀嚼すると、兄様は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした。
「二人だけの秘密にしてくださいね。兄様だから言ったのです」
兄様は自分の頭を撫でさすった。
「……勇作殿。今までに女を抱きたいと思ったことはありますか」
正直に言って女性は恋愛対象にならない。私は高身長でアイドル級のイケメンフェイス、制服効果も相まって学生時代は東寮一のモテ男だった。
しかし結局付き合う手前まで行ったのは花枝子さんだけである。花枝子さんにはつい絆されて、まぁ私も婿入して財閥に入りたかったし、試しにキスくらいはしてみたんだよね。
「ありません。きっと今後もないでしょう」
あの時の花枝子さんの潤んだ眼差しを思い出す。ふっくらとした唇の感触、口腔の熱さに昂った心は、性的な行為を自覚した途端に冷めきってしまった。
「男相手には?」
男相手にときめくことは正直言って多々ある。というか恋愛対象は普通に男です。硬派な学生や帝國軍の界隈では男色が流行っていたので、私もよく粉をかけられた。
学生時代は思春期だし羽目外してたし簡単に恋に落ちて、軽く付き合って、でも行くとこまで行くと気色の悪さが先に立って冷めてしまった。
「できません」
死ぬほどきまずかったねアレは。当然別れましたよ。もう二度と男と付き合うのはやめようと思った。で、花枝子さんに走った結果やっぱり同じ道を辿ったというね。ごめんね花枝子さん。一応責任は取るつもりでしたのよ。責任を取るようなコトには至らなかったけど。
兄様は私の返事を聞いて、目を細めた。
「ははぁ。なるほど、わかりました。何、無理をしてまで遊ぶ必要はありますまい」
兄様はすっかり機嫌が良くなったようだった。その日飲んだ酒は徳利一つ分だけだったけれど、私達はとても良い気分で兵舎に帰った。
※明治時代のお嬢様にキス行為は普通に責任を取る事態です。タイムトリップした先の女性と気軽にロマンスするのはやめましょう。