出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない)   作:だだちゃ豆

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この時代、良家の令嬢は身内か婚約者でもなければ文通をしないので、前話の花枝子さんの行為はかなり大胆だったりします。



【4】生きる道

 

 

 日本商船撃沈の報が新聞の見出しを飾った。酒田から小樽に向かっていた二隻の商船が浦鹽(ウラジオストク)艦隊の砲撃を受けたのである。

 え、そんなん歴史の教科書には書いてなかったよね?この世界線ってもしかして正史ではない可能性が……??

 

 津軽海峡の制海権は浦鹽(ウラジオストク)艦隊に奪われ、北海道は本土から完全に孤立していた。新聞を飾る奈古浦丸撃沈の見出しは道民を恐怖に陥れ、北海道は間もなく戦地になると噂された。実際、露西亜(ロシア)海軍によって福山市街地が砲撃されたとの報もあった。父上に真偽を尋ねたら、狼狽えるなと一喝された。福山市街地砲撃は誤報だったらしい。

 

 べ、べべべ別に信じてないし???

 

 でも小樽では女子供をはじめとする多くの人が内陸に避難し、多くの商店が閉鎖したと聞いた。函館では取り付け騒ぎが起こっている。

 

 え、これって北海道はガチで浦鹽(ウラジオストク)艦隊に砲撃されるのでは?ねぇなんか前世の歴史と違わない??北海道めちゃめちゃ戦争に巻き込まれてるし!戦争真っ只中だし!死ぬ死ぬ!203高地とかじゃなくて普通に北海道で戦死しそう!

 なんで私はこんな戦争の只中で陸軍将校やってるんだよ馬鹿野郎かよ馬鹿野郎だよ。足の骨でも折って陸軍サボタージュしようかな。

 

 いやね、わかってたんですよ。戦争の恐ろしさは後方で看護をしていた母上から聞いてたし。花沢家にいれば、日本がびっくりするほど脆い足場の上に成り立つ国家だってことは耳に入る。

 国際社会ではイギリスに負けた清国以下の国として舐められていて、実際金もテクノロジーもないから常に金策に走り回っているヤバい国だってことはわかっていたんです。

 

 それでも私の頭の片隅には、日本は日露戦争で勝つという史実、ロシアが北海道に上陸することは絶対にないという確信があったのだ。

 アムール川の流血や、氷りて恨結びけむ♪二十世紀の東洋は、怪雲空にはびこりつ♪とか呑気に寮歌を歌っていた頃は、仰ぐは独り日東の、名も香んばしき秋津洲(あきつしま)という虚勢が現実になる日は近いと信じていた。

 

 しかし蓋を開けてみればどうだろう。3ヶ月が経ち、4ヶ月が経っても、相変わらず津軽海峡は露西亜(ロシア)に奪われたまま、北海道は孤立を強いられた。

 陸軍で生き残るという私の覚悟はそのあいだずっと揺らぎ続けた。せめて打倒露西亜(ロシア)に燃える事ができれば恐怖も不安も打ち消せたのだろうが、海に出ることの出来ない第七師団は悠々と沖を行く浦鹽(ウラジオストク)艦隊の動向にただ目を光らせることしかできなかった。

 そして7月になると、浦鹽(ウラジオストク)艦隊はついに関東の海にまで至り、日本の汽船を差し押さえた。

 

 これはわんちゃん日本沈没。ここまで来たら覚悟を決めるしかない。

 

 そもそも私が花枝子さんとの結婚を断念したのは、彼女に幸せになってほしいからだった。だから何とかして、日本の敗戦を防がなくては。

 日露戦争を勝たなければ、日本は植民地にされてしまうかもしれない。ここで勝って、亜細亜(アジア)人だって欧米人と同じ知能をもつ人間だと世界に知らしめなければ、日本は国際社会に認められない。

 少し前までは、私一人がいなくてもどうせ勝てる戦争だし、とか思っていたけれど。そんな悠長なことはもう言えない。

 

 「長男なのだから、家を繋ぐのがあなたの役目」「孫の顔を見せて」と母上は言う。しかし母上に甘えて軍をやめても、私は母上に孫を抱かせてさしあげることができない。

 

 「師団長の息子なれば皆の手本となって死ね」「生きては戦場を駆け、死んでは兵の心を駆り立てよ」と父上は言う。さすがに死ぬのは無理だけど、父上の言う通りに皆の手本として士気を盛り上げることはできるはずだ。それに、旗手になれば人を殺さなくてすむ。

 

 だから私は、曲がりなりにも将校になることを選んだのだった。

 

 

カント オㇿ ワ ヤク サㇰ ノ 

 アランケプ シネプ カ イサㇺ

 天から役目なしに降ろされたものはひとつもない

 

 

 原作で繰り返し提示され続けた、アイヌの言葉である。これまで何も成せなかった私にできること。母上、父上、それから旧友や花枝子さんのために。青褪めた顔をしていた一等卒たちや、縋るような視線を向けてくる旭川の市民のために。

 私が花沢勇作としてこの世に降ろされた意味が、きっとどこかにあるはずだ。

 

 

 

 私はこの日露戦争を、連隊旗手として生きて戦い抜く覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……でも日露戦争が終わったら速攻で軍人やめよう。第二次世界大戦とか勝てる気も止められる気もしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月末、第七師団は北海道の沿岸警備を後備兵に任せ、大阪へ集結を図った。事前にご近所トラブル防止のために事細かな注意を受けたから構えていたのだが、第七師団は思いの外すんなりと大阪の町に溶け込んだ。

 

「なんでも第七は言葉がわかりやすいし行儀がいいって評判だそうです」

 

 中田一等卒は誇らしげに胸を張った。

 

「あぁ、それで子供がよく遊びに来るんだね」

 

「はい。あとはアイヌが気になるようで。私がアイヌだと言ったら皆びっくりしておりました」

 

 土井上等兵はにやりと笑ったが、こっちとしては複雑な気持ちだ。まぁ時代的にコンプラ意識が低いのは仕方がなかろうが、人を見世物扱いするのって気分が良くないよね。本人気にしてないみたいだけど……。

 

「そう。土井上等兵は楽しそうだね。だけど松坂伍長、アイヌなら誰でも鷹揚に構えているというわけではないのだから、くれぐれもその気の無い部下が見世物になることのないようによく心がけておきなさい」

 

「はい、心得ております」

 

「うん、頼りにしてるよ」

 

 分隊の兵卒たちと話をしたあと、私は小隊の宿舎を離れて連隊本部へ引き返す道を歩いた。

 

「花沢少尉殿は、随分と下に就く者を気にかけていらっしゃるのですね」

 

 私の隣で今までずっと黙って話を聞いていた江川軍曹が、妙に批判的な口調で言った。なんだなんだ。

 

「うん?最後のは旗手になる前の所属だから、親密ではあるかな」

 

「お見受けしたところ、少尉殿は連隊のすべての中隊に親しく話す兵卒がいるご様子ですが」

 

 すべてじゃないぞ。第一中隊と第三中隊、あと庖廚(キッチン)に出入りしてる兵卒だけだぞ。

 

「買い被りだよ。私はそれほど顔の広い人間じゃない」

 

 だいたい私は連隊旗手とは連隊のアイドルになること(意訳)、と父上や先輩連隊旗手から言われて一人握手会(ファンサ)をしていただけである。

 

「花沢少尉殿。僭越ながら申し上げます。取るに足らない一等卒に一々お心を砕くのはお控えになったほうがよろしいかと」

 

 私は思わず足を止めた。

 

「取るに足らない?」

 

 柄にもなく江川軍曹を睨みつけた。普段ニコニコしている人間から、それも自分よりずっと背丈のある上官から睨みつけられれば、誰でも怯みそうなものだと思う。しかし日清戦争を掻い潜ってきた古参軍曹は真っ向から私の視線を受け止めた。

 

「はい、少尉殿。取るに足らないと申し上げました」

 

 舐められてんのかな、私。別にいいけど。

 

「一等卒とて軍の礎だ。誰も皆同じように命を懸け、同じように魂があってここにいる。取るに足らない存在などこの世にあっていいはずがない」

 

 江川軍曹は今までの無口が嘘のように饒舌になった。

 

「兵士達の心を奮わせるよいご演説だと思います。しかしそれがあなたの本心からのお言葉であるというのなら、ひとつだけ。将校と一等卒の命は同じではありません。魂にも貴賤があります──」

 

「そんなものを私は認めない」

 

 それでは兄様を掬い上げることができない。私は思わず彼の言葉を遮った。江川軍曹は私を見つめたまま二、三度口を開け閉めし、きゅっと口を引き結んで目を伏せた。

 

「差し出がましいことを申し上げました」

 

「……親切心からの言葉だとは分かっているよ。でも私は、そういうことを論ずるのが好きではないんだ。説明はできないけれど、これは理想を論じているのではなくて、私の命綱みたいなものだから。わかってくれとは言わないから、覚えていて欲しい。私の前で──いや、私の目の届く範囲で、魂の貴賤がどうのという話は二度とするな」

 

 鶴見中尉の捻じ曲がった愛では、尾形上等兵を絡め取ることができなかった。

 師団長の息子でなくとも、優秀な兵士でなくとも。妾の子であっても、嫌味であっても。それでも尾形百之介の価値を認めた花沢勇作こそが尾形上等兵のよすがになったのだ。

 兄様を攻略できるのは魂の貴賎を(はか)らず愛を注げる人間だ。私はこの戦場を生き抜くために、そういう人間であらねばならないのだ。私の生死は兄様のお心にかかっているから。兄様が私を愛してくれるなら、私は死なない。

 

 江川軍曹は背筋を伸ばして私の命令を聞き入れた。

 

「はい、少尉殿」

 

「よろしい。では行こうか」

 

 早く帰って明日の準備をしよう。明日は連隊の希望者を募って大阪の名所旧跡巡りツアーがあるのだ。団体120名様御案内、ツアーコンダクターは花沢勇作でお送りします。なぜなら私が発案者だからです!

 正直人が集まりすぎて困った。引率が足りない。助けて小隊長のみんな〜〜!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






安心してください。史実どおりです。
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