出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない)   作:だだちゃ豆

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【5】旗手のおしごと

 

 

 11月中旬、二十七連隊はいくつかの船に分乗し、戦地へ向けて大阪を出帆した。街の人々に派手に歓送されて、下士卒たちは号泣していた。東京でも泣いてたよね?ちょっと涙腺弱すぎない??

 

 11月25日、第七師団は清国において勅語の奉読式を行った。そして翌日、第三次旅順総攻撃が敷かれ、連隊にとって初めての実戦が行われた。第一師団(の()れの果て)のバックアップとして、松樹山の夜襲に参加したのだ。杉本佐一が参加した、白襷隊の突撃である。

 なおうちの連隊のうち、第三大隊は留守番だった。ところが私は連隊長の行くところついてゆかねばならないし、そもそも旗手って突撃の際に隊を鼓舞するのがお役目だし、決死(ガチ)の突撃に強制参加である。誰か代わってくれ〜〜。

 というか連隊長自ら前線に出るな!大隊長だけでよくないか。

 えー何、前線を指揮する将校が足りなくて兵卒の士気が下がっている?そもそも一等卒だって足りてないでしょ!補充しても補充してもいなくなる人員!こんな戦やめようよって言えないブラック企業はこちらです。これがホントの死の行進(デスマーチ)

 

 まあ、言うて連隊旗手は連隊長の隣りで記録つけたりするのがお仕事なので、突撃でもない限りは連隊長と一緒に後方待機なんですけどね。旗手がいつでも最前線で旗を振り回していると思ったら大間違い。普段は安全圏の司令部に引っ込んでいる。というか、そうじゃなきゃ旗手なんてやってらんない。

 連隊旗手になれなかった少尉のみんな〜〜!これからも最前線で頑張って♡“大変そうだからちょっと仕事代わってあげる”とは口が裂けても言えないけど許してね!

 

「いよいよ初陣だね、今西」

 

 私の代わりに最前線で戦ってくれてありがとう。頼むから命大事に生きて帰ってきてくれよな〜〜。という思いを込めて、同期に話しかける。笑みを浮かべようとして、口の端が引きつったのが分かった。

 

「おう。いつまでも二番手に甘んじる俺だと思うなよ。あんな山の一つや二つ、まるっと分捕っておまえより先に昇進してやるから覚悟しな」

 

 今西はいつものように調子よく軽口を叩いた。冬用の戦時服に真っ白な襷が映えている。

 その白い襷が、夜闇に浮きあがる目印となって、ロシア軍の恰好の的になることを私は知っている。知っていたのに、何もできないままこの日を迎えてしまった。

 

「はは、そんなこと言われたら素直に応援できないよ」

 

 うまく笑顔を作れない私とは対照的に、今西は普段と変わらないように見えた。

 

「つれねぇな。連隊旗手なら派手に俺を景気づけてくれや」

 

 景気づけ……何、お酒?でも夜襲前に酔っ払うのは困るし。

 

「えーっと、煙草いる?」

 

「持ってねぇだろ貴様」

 

「あっ、そうだった」

 

 こないだ将校煙草をもらったんだけど、そういえば菊田さんに貢いじゃったんだった。私は軍では珍しい非喫煙者なのだ。

 今西は呆れたように笑って私の肩を抱き寄せた。なぁ花沢、と今西が内緒話をするように囁く。なぁに、と首を傾げて今西の方に耳を寄せたが、今西は何も言わない。からかわれているのかと思ったら、なんの脈絡もなく耳を噛まれた。

 

 は?

 

 混乱している間に今度はべろりと耳を舐められる。

 

「な、」

 

 何が起こっているんでしょうか。

 

「連隊旗手あがったら俺とヤんない?」

 

 濡れた耳に、今西の湿った息が柔らかく吹きかかる。……ちょっと待て、今このイケボ野郎とんでもねぇことを言わなかった?

 

「ば、莫ッ迦じゃないですか君!」

 

 かーっと顔に熱が集まる。なんで私が恥ずかしくなるんだ。恥ずかしいこと言ったのは今西なのに。

 肩を抱く腕を思い切り振りほどくと、今西は惚けた顔で私を見ていた。

 

「え、もしかして脈アリ?」

 

「あるわけないでしょ!!この破廉恥漢!!」

 

 何なのコイツ?今までずっと一緒に品行方正貫いてきたのは何だったん?貴様がこんな事するとは思わなかったよ!!連隊旗手諦めたんですか??

 

「えーちょっとだけ試してみない?俺さ、そんなに下手じゃないと思う」

 

「聞いてないし!一人でやって!」

 

 びっくりしたびっくりしたびっくりした。お陰で恐怖は吹き飛んだけど。

 

「悪かったっておい、ちょっとからかっただけだろ」

 

 許さん。覚えとけよ貴様。

 

 

 

 

 

 

 

 そして1時間後、兄様との挨拶もすませた私は連隊長に付き添って戦場へ向かった。遮るもののない松樹山で、夜闇に映える白い襷をかけた私達は照明弾の光の下に無防備にさらされた。

 銃弾降り注ぐ中で、先陣を切って飛び出していった兵卒は地雷に吹き飛ばされ、かろうじて鉄条網にたどり着いた者も感電したり、鉄条網の切断に手間取っていたりするうちに射殺された。夜襲ははじめから失敗だった。

 作戦の主役であったはずの第1師団はすぐに壊滅し、私達の連隊はあっという間に前線に投入された。はわわわ。突撃の号令と共に最前線に立たされる私。やめてください、死んでしまいます。

 

 悪いことは重なるもので、白襷隊の司令である少将閣下が斃れた。待って司令部も全然安全じゃないってこと?指揮官がやられたんだから撤退しないかな〜、やっぱしないか〜〜!!うちの連隊長が代理やるってさぁ!!

 

 戦線は一進一退。屍だけが増えていく。しかし我が軍の劣勢は次第にはっきりと表れた。形勢極めて不利と見た連隊長代理により、連隊旗を引っ込めろと伝令される。命拾いした私は連隊旗と共に少し後方に戻り、司令副官の代理をしていた連隊副官の代理となって、司令の代理である連隊長殿の(かたわ)らに(はべ)った。いやもうわけわからん。

 

「これが各隊の現状です。大佐殿、ご決断を」

 

 白襷隊の司令代理を預かる連隊長殿は、眉間のシワを深くした。帰ろう?ねぇもう帰ろう?撤退命令出してよ。

 

「やむを得ん。第一集合地まで全隊を後退させるぞ」

 

 ヤッター!〇二三〇 後退ヲ命ズ、と。日の出前には帰れるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて戦闘は止み、遺体収容の時間になった。互いに白旗を掲げて、この時ばかりは日本軍も露西亜軍も互いを傷つけない。束の間の平和の中で、私達は急いで死傷者の確認を行った。

 昨晩の攻撃で我が連隊は中隊長三人、小隊長三人、そして特務曹長三人を(うしな)った。まだ初日なのにこれだけの被害を出して、この先日本は本当に勝てるのだろうか。下士官以下の死者も膨大で、死体みたいな怪我人も含めると五百人くらいいた。その中には正月に喧嘩ごまをして遊んだ伍長もいた。

 

 今西は白襷隊の生き残りを集めて激励し、敵の塹壕へ飛び込むに至った。その勇猛果敢なふるまいから、彼は我が連隊で唯一感状を授けられた。

 いつも私の背を追っていた今西。下町育ちの恐ろしく優秀な男。いつだって首席を飾っていたのに私と同じ連隊に配属されてからは万年二番手で、それでも腐ったりはしなかったけれど、時々本気で悔しがっていたのを知っている。

 

 事前の言葉通りこの戦場で誰より早く手柄を立てて、一番乗りで勲功と感状をもらった今西君は、この日私に勝ち越したのです。きっと彼は満足な死に方をしたに違いありません。

 

 私は今西に(ねぶ)られた耳をなぞりながら、彼の家族に宛てる手紙にそんな綺麗事を書き連ねた。

 

 私が事細かに連隊の戦績を把握しているのは、これが連隊旗手のしごとだからである。連隊長の秘書でもある旗手の元には、昨夜の被害状況や、将兵の活躍(・・)が事細かに報告されてくるのだ。

 

 戦闘が終わっても、私の仕事は終わらない。将兵の家族構成や経済状況を思い浮かべながら、延々と報告書を読み込んでいく。脳裏に彼らの人生を描く。戦闘中に書きつけた記録と照らし合わせ、彼らの活躍を清書する。

 美辞麗句でもって煌びやかな死に際を書き綴るのは、死者に勲功を与える為だ。勲章があれば、遺族は年金を受け取ることが出来る。たとえいたずらに散らされる命であっても、戦場に名誉があると思えばこそ、将兵は気力を繋いで明日を迎えられる。

 私が取りまとめた報告書が、日露戦争実記の原稿が、生ける戦友には明日の戦場を、死せる者には戦死の報いを与えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感傷に浸るまもなく、私たちは次なる戦場に向かった。第七師団が属する第三司令軍は、夜襲の失敗を受けて作戦方針を修正した。二〇三高地奪取に専念することにしたのだ。

 船頭多くして船山に上る様相を呈していた上層部は、遂に意を一つにしたのである。初めからそうしてください。無駄な戦闘させんじゃねぇよ。

 

 11月30日、私たちはついに二〇三高地に投入される事になった。二十七連隊は第一師団の後備という話であったが、既に定員の三割も満たせないような第一師団が持ち堪えるはずもない。数時間もすれば最前線に立つのは私達に───

 

 あれ待って、花沢勇作が殺された“203高地”ってここじゃない??早くない?思ったより早くない?ねぇ私の好感度足りてる???

 

「花沢少尉殿。三島です。お食事のご用意ができました」

 

 おっといけない、もうこんな時間。

 

「ありがとう。入っておいで」

 

 将校幕舎に入ってきたのは三島一等卒だ。兄様の分隊からスカウトした私の従卒である。男色の餌食になりそうな美少年だと思って保護したのだが、今のところそういう被害にあっている様子はない。

 

「それで、兄様はお元気かな」

 

 私は彼から飯盒(はんごう)を受け取り、兄様の近況を訊ねた。戦場に出る前にお話できるかしら。急いで好感度稼ぎたい。

 

「はい。変わりなくお過ごしです。しかし多少ひりついているご様子でした」

 

 へぇ。兄様ピリピリしてるんだ。やっぱり普通の感性の持主だよなぁ。こんなとこでヘラヘラしてるのなんて宇佐美と前山一等卒と宮苑中尉と……あれ、いっぱいいるな。ともかく。

 

「君が戻るついでに、私も鶴見中尉と話をしてこようかな」

 

 という体で兄様に会いに行くの巻。あんまりちょくちょく兄弟を訪ねていくのはダメだよ、と注意されてしまったので最近は色々と理由をつけることを覚えた。今日の言い訳は日清戦争を経験した古参の中尉にアドバイスを貰いに行く、である。

 さっそく鶴見小隊を訪ねると、鶴見は将校幕舎にいると聞かされた。でしょうね。でも兄様に会いたかったから敢えて無駄足踏んだのよ。

 兄様とおしゃべりに興じていたところで、鶴見がやってきた。誰かが呼びに行ってくれたらしい。余計なお世話やめて。兄様に逃げられちゃったじゃないの。

 

「仲の良いことだな」

 

「ふふ、そうでしょうか」

 

 それ、菊田さんにも言われた。傍からみても順調に好感度があがってると見て良いのかな。やったぜ。

 

「それで、相談とは何かな」

 

 耳に心地よい、落ち着いた調子で鶴見が問うてきた。別に大して聞きたいことはないのだが、一応質問は用意してある。私は鶴見を人気のないところに誘った。

 

「先の総攻撃で、旗手というのは旗手であることだけ考えていれば良いものではないと思い知りました。もちろん、連隊長殿をお支えするということは考えていたのですが、尉官の損耗度は将校の中でも極めて高い。私にも隊を率いる機会が巡ってくるやもしれません。そこで、隊長の心構えというものをお伺いしたいと思いました。鶴見中尉殿は日清戦争でもこの戦場をご経験なされ、露西亜の事情にもお詳しいとか」

 

 意訳:生き抜くコツを教えてください。いやまぁそういう風には聞こえないようにきちんとオブラートに包みました。

 

 鶴見は私の言葉にじっくりと耳を傾けてから言った。

 

「私の助言が欲しいと。……いいかね、花沢少尉。日清戦争の体験談を当てにしてはいかん。ロシアの旅順は清国の旅順とは違う。技術の進歩が戦法を、いや戦争を変えたのだ。それがわからん奴らが兵をいたずらに損耗させる。故に私は日清戦争を経験した者としての助言はせん。あえて露西亜の事情に通じる者として教えることがあるならば、敵の弱味は士気の低さにあるだろう。此方の兵卒を奮いたたせ、敵兵を慄れさせることを心掛けなさい」

 

 父上とおんなじこと言う!!私に死んでほしいんですか。そうですか。そういえばそうでしたね。というか勝機が士気って。なに、根性論??

 

「なぜ敵軍の士気が低いのです。いえ、士気の低さがそこまでの弱みと成りうるほどの状況なのですか。士気に差が開けば彼我の損耗に差がつくのですか。それで──。……いえ、何でもありません」

 

 それで、ベトンの要塞に穴が空くのか。他にもっと、なんかないの。言いかけたけれど、顔色一つ変えず、瞬き一つせずにじっとこちらの話を聞く鶴見の顔を見て我に返った。

 やべぇ勇作さんキャラ崩壊させちゃったぜ。私は光の花沢勇作。ヒステリーなんてしないし、人に不満をぶつけたりしない良い子ちゃんです。

 

「作戦命令を下すのは我々の仕事ではない。中少尉の仕事は現場の指揮だ。花沢少尉、貴様は旗手の本分を全うするのだ」

 

 反論を許さないような静かな口調、抑えきれない苛立ちの滲む瞳に、私は鶴見中尉の内心が原作で描写されていたのを思い出した。紙屑のように人の命が吹き飛んでいく戦場の音を、“この無駄な攻略を命令させた連中に間近で聞かせてやりたい”と思っていたことを。

 私が鶴見にかけられた言葉は、鶴見自身が何度も自分に言い聞かせてきた、そして言い聞かされてきた言葉に違いなかった。

 

「はい、鶴見中尉殿」

 

 私は大人しく反省するそぶりを見せた。鶴見はそれ以上私を追及することはせず、世間話をふってきた。

 

「時に花沢少尉。最近お父上にはお会いになったのかな」

 

 ん?これ世間話か?師団長に顔繋げってこと?多分ムリだと思うよ。

 

「いえ。身内といえど中将と少尉でありますから、軽々に交わるようなことはあってはならぬのでしょう。むしろ他の者に示しがつかぬ、と避けられているようです」

 

「なるほど。では貴様がここを訪れているのは些か不味いことではないのかな」

 

 鶴見の口調はからかい混じりの口調で、兄様がいる方向を見ながら言った。私はふふふと笑った。不味いでしょうね、でもこれはあくまで鶴見への相談に来ているだけですから。

 

「おや、私が鶴見中尉殿にご相談をするのはご迷惑ですか」

 

「いやいやとんでもない。少し意地悪をしてしまったね。またいつでも来るといい」

 

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 兄様に私の殺害を唆したのは鶴見だ。鯉登少尉(キチガイオタク)のようには振る舞えないが、保身の為にヤれそうでヤれない女くらいの距離感は維持しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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