出来損ないの倅ども (旧題: 勇作は手を汚したくない) 作:だだちゃ豆
明日も投稿します、少しだけ
おめでとう! ユウサクは チュウイに 進化した!
願いも虚しく和田さんは大尉になり、私も中尉になった。
「晴れて貴様は正式な連隊副官だ。これまでよく副官代理を務めてくれたな」
ありがとうございます連隊長殿。全然うれしくありません。
──連隊旗手あがったら俺とヤんない?
死んだ戦友の言葉が蘇る。簡単にいうけど、できないんだよ。いざそういう雰囲気になるとだめなのだ。あーきっとこれから男も女もみんな言い寄ってくるんだろうな。
ねぇ兄様、どうすればいいと思う?とたずねると、兄様は少し面倒くさそうな顔をしながらも真面目にとりあってくれた。
「誰か言い寄られる心当たりがあるのですか?」
「誰、というのはありませんが、死を前にして思い切った行動をする人はいるものでしょう」
兄様は私の左耳を見た。何かと思えば、無意識に左耳を触っていたらしい。何だかあの時のことを兄様に見られていたような気がして、ちょっと恥ずかしい。
「いえ、ただのからかいだったのかもしれませんが……。その、私はどうも人からその気があると思われやすいようで」
言い訳めいたことを口にすると、兄様はしらけた顔をして言った。
「でしょうな」
「エッ」
「ご自分でおっしゃったのでしょう。自覚がおありなら誰彼かまわず馴れ馴れしい態度をとったり、犬に噛まれて頬を赤らめたりするのをおやめになっては如何か」
「犬に噛まれるってなんですか」
「噛まれたでしょう、夜襲の前に」
見とったんかい!
「兄様の助平」
と言ったら、ギッと睨まれた。
「助平はあんたでしょうが。俺の目の届くところでやらんでください」
でもあれ、兄様からはかなり遠かったよね。私のことずっと気にしてくれてたんだ?ちょっと嬉しいので兄様ageとこ。
「兄様は本当に目が良いのですね。この前の戦闘でも、敵将校の頭がちらと見えるや眉間に一発。勇作は感服いたしました」
兄様は自分の頭を撫でた。
「乱戦の最中にいくら銃で敵将を撃ちとったところで、私の戦果だとは認められませんよ。狙撃は臆病者の技だそうですからな。まぁ、あながち間違ってはおりませんが」
「兄様ほどの技量であれば、見る人が見れば誰が仕留めたかなど一目瞭然です。旅順攻略の糸口を白兵戦にしか見い出せていない今は、将校も兵卒の士気を高めるために肉弾戦を称えざるを得ないのでしょう。けれどもこれからは兵器による戦が主役の時代です。狙撃手の評価も変わりましょう」
「先の長い話で。まずはこの戦争を勝つ必要がありますな」
そう、それが問題です。なんだか史実と違いそうな日露戦争で、史実通りに勝つことができるのか。そして私たちは無事に北海道に生きて帰れるのか。
ていうか、連隊旗手やめても人を殺さずにいられるんだろうか……。幸い私は隊長ではなく副官だから、前線で指揮を取る機会は少ないはず、多分。ワンちゃんねこちゃん殺しも殺されもしないで戦争を終えられるのでは?確か日露戦争の山場って二◯三高地だったよね?
私は生きてるし、誰も殺してないし、鶴見の前頭葉も飛んでないし、いい感じに原作ブレイクできたんじゃない??
───という幻想はものの見事に打ち砕かれ、奉天でも結構な数の将校が死傷した。鶴見も吹き飛ばされて頭飛んでるし、相変わらず少佐レベルの将校も決死隊に駆り出されて死んじゃうし、私も何度か死んだと思った。まぁ私、兄様に愛されてるから?生き残りましたけどね!!
後から知ったことだが、奉天会戦の一週間で陸軍は二十五万人のうちから七万人もの死傷者を出したらしい。誰だよ日露戦争の山場が二〇三高地って言ったやつ。私だよ。そりゃあ史実からずれた世界で前世の知識なんて当てにならないよね!
そして我が第三軍は、この戦いで最も恵まれない装備でありながら、クソみたいな迂回をさせられてまでも最も多くの死闘を行い、最も多くの屍と引き換えに、最も大きな成果を挙げた。
にもかかわらず、参謀本部から届いた電報がこれ。
第三軍の今日の運動はすこぶる緩慢なるを覚ゆ。はなはだ遺憾とす。貴官は命令を厳格に実行せしめ、攻撃をなすべし
サボってるんじゃないの?ちゃんと働け!である。おまけに死ぬほど頑張って奉天会戦の勝利に貢献したのに、名誉ある奉天入城の瞬間は第二軍にかっさらわれた。
後者はともかく、前者は本当に意味がわからない。どう考えても一番頑張ったのは
そちら様の作戦がうまくいかなかったから、うちが途中から主攻部隊にならざるを得なかったわけですよ。
というわけで、第三軍司令部では参謀本部への不満が噴出した。あたりまえ体操。旅順の時からみんな上層部に思うところは沢山あったのだ。
参謀本部からのクソ電報の内容はあっという間に私の属する連隊本部まで伝わってきて、我々が不当に評価されているという不満は気づけば第三軍の末端の将兵まで伝播していた。
なかでも全師団のうち最も消耗の激しかった第一師団の恨み節はすさまじい。
「メッケルの太鼓持ちめが偉そうに。貴様は陸大に染まるなよ、花沢中尉」
連隊長殿に愚痴をこぼしていた第一師団の参謀が、急に私に話をふってきた。はわー、この酔っぱらいついに元帥閣下の批判まで始めちゃったよ。同調したくないけど反論もしたくないなぁ。適当に答えておこう。
「は。将校服に相応しい立派な武人になれるよう精進いたします」
連隊長殿、そろそろこの上官批判止めてあげて。あなたの同期でしょう。私が目配せすると、連隊長殿は酒坏を飲み干して口を開いた。
「うむ。御父上をよくよく見習うのだぞ。耄碌爺の戯言など聞き流せ。やれ元帥だなんだともてはやされてはおるがな、権威の上に居据わった高邁な精神よりも、よほど師団長閣下のほうが───」
はい、止める気ありませんね連隊長殿。そうねあなたは例え頭をかち割られても前線で指揮を執るほど、父上に心酔しているのだものね。連隊長殿に限らず、第七の将兵ってみんなこんな感じ。
兵卒は命令に拠って戦うのではない。指揮官に拠って戦うのである。
これは将校に伝わる用兵の鉄則であり、帝国陸軍における指揮官先頭の原則はこの理論に基づいている。現場を知りもせずぬくぬく安全圏で指揮を執る将校のために、いったい誰が命を懸けたがるのかというド正論である。耳が痛い。
例えば私たちが参加した白襷隊の夜襲を提言した将校は、少将の地位にありながら自ら前線に立って指揮を執り、重傷を負った。
父上もまた、その少将と同じように将校の本分を不言実行する人だった。現場の声を軽んずることなく、常に自らが手本となる。第七師団は父上のそんな在り方に心酔する将兵によって並外れて高い士気を維持していた。参謀本部のために命を懸けた将兵など一人としていなかったのだ。
そこに参謀本部からのあの電報である。
海の彼方の帝都から、前線を見たこともないお偉方に己の献身と心のよすがを否定されて、平常でいられないのは将校だけではなかった。
「口惜しいです、勇作殿」
唇をかみしめて滂沱の涙を流す一等卒に、私はなんと声をかければいいのだろう。働き手のない家族を貧苦の中に置いていくこと、己の命を捨てること、人を殺すこと、その全てを受け入れざるを得なかった人だ。地獄のような理不尽の中で、ただ自らの名誉と父上への敬慕に身を捧げることだけに光を見出していた人だ。
私が参謀本部の理不尽に感じた憤りも反発も、彼のような兵卒のそれに比べればほんの僅かなもの。これこそが、原作において鶴見中尉に付け入る隙を与えた、第七師団の鬱屈なのだ。
では、もしここで私が鶴見より先にこういう兵卒の希望になることができたなら。私のために命をかけてくれる手駒ができるのではないかしら。
悪魔的な発想が脳裏をよぎった。ええ、よぎっただけです。そんなあくどいこと、実行しようなんて思わなくなくもなくもない。ようは本人が救われたって思えばいいってことでしょう?……なーんてね。
いやまぁでも、ちょっとはほら、心のケアを、ね?
勇作さん<知ってる歴史と違う
歴史の先生<授業ちゃんと受けようね
安心してください。史実どおりです。