死せる英雄∞生ける冥王   作:千里亭希遊

2 / 3
生ける冥王

 次の日朝から星見の間に集まった時、そこにはお前も居た。

 そしてめちゃくちゃ他人行儀に話すだけ話して消えて行った。

 

 ……昨日お前を狙ったカードを俺が受け止めたせいで妙な雰囲気になったから、それに気を遣ってくれたんだろうか。

 

 あるいは、共に歩める者かどうか見定めるとか言っておきながら馴れ合うつもりはないのか。

 だって俺はあくまであの時離反した人間だ。いくらそれまで三人でしばしばつるんでたくらいの親友だか悪友だか(俺だけそう思ってたんじゃないことを祈る)だったとしても、今はよく思ってない可能性は捨てきれない。

 

 あの未曾有の危機にあって、俺は背負いがちなお前を支えていく道を捨てた。どうしても多すぎる人々を犠牲にできなかった俺は、その我が侭で、きちんとそれに向き合ってたお前から目を背けた。

 我が侭でもあるが……何か妙な胸騒ぎがしてたんだよ。それ以外に方法がないのは分かってたとはいえ、どうも何か……何か、良くないモノな気がした。

 そんな曖昧な感覚で皆を説得しようとなんてできるわけもなく、しかも代案も何もなかったから、俺には離反するくらいしか選べなかった。

 そしてお前とは今生の別れになるだろうなとは思ったのに、俺は逃げるように首都を発った。

 

 ……本当は、追って来てくれないかなって、都合のいいことを思ったりしたんだ。

 俺が一人で突っ走ってた時はたいていヒュトロダエウスは力添えしてくれて、尻拭いはお前がやるはめになって。それでもずっと一緒に居てくれたから、お前も嫌じゃなかったんだと思ってた。

 だから、俺がむちゃくちゃしそうなら来てくれるんじゃないかって、ほんの少しだけ、期待した。

 ……そしたらその良くない予感のするモノからお前を遠ざけられはしないかと。

 でもそんなの、『一緒に来てくれ』って言うのが怖くてできなかったんだから、お前は責任感が強い奴なんだから、俺も本当は私情で連れ出していい奴じゃないのは分かってたから、小さな小さな『もしも』でしかなかった。

 エーテルを辿れるお前なら勝手にどこかへ行った俺を追うのは不可能じゃない。

 けどそれをしなかったお前の決意は本当に固かったんだと、半端なく覚悟を決めてたんだと、そう再認識するだけの結果になって、そして……お前らしい真剣さと真面目さがとても眩しかった。

 

 ……そういえばヒュトロダエウスはあのあとどうしたんだろう。

 俺と同じで死んでしまったんだろうか。

 二人してお前だけ残してさっさと死んだんなら、腹立たしく思ってたりするかもしれない。多分お前がそんなふうなのの原因になるような肝心な時にそばに居なかったんだよな。その居なかったのがより悪い事態を引き起こしてないとも限らない。

 何せ毎度毎度わざわざ殺しに来てたくらいだ。俺に何か責があったって驚きはしない。もしそうだとしてそれを雪げるかどうかも、話をしてくれなければ分からない。

 

 もしくは。

 本当は、やはり、偽物なのか。

 

 ……だってあの道化た雰囲気本当になんなんだよ。記憶の中のお前とは違いすぎるのに顔はそっくりだから混乱する。

 

 俺は細く長くため息を吐く。

 ……今うじうじ考えてたって仕方がないのかもしれない。

 

 お前は聞く耳を持つならいつでも真実の淵から語りかける、なんてキザったらしく言い捨てて行った。

 

 なら、聞けば答えてくれる気はあるんだろう。

 

 今はとにかくラケティカ大森林というのに向かう支度だ。

 ムジカ・ユニバーサリスに設えられた呼び鈴でフェオを呼ぶ。彼女がリテイナーの無意識に接続して物のやりとりを助けてくれるわけだが、イル・メグをひととおり見てきた今は何か悪戯されないか多少の不安がないでもない。

 

「お前ティターニアになったんじゃないのか?」

「ふふふ、この身体は分身みたいなものよ若木。気になる?」

「いや、俺の分身作られそうで怖いから知らなくていいや」

 

 こいつのことだからどんなもんか教えるとなるとまず作ってみせそうな気がする。

 ミニオンみたいに小さい俺がなんか甲高い声で喋りながらちょこちょこ動いてるのが想像されて、げっそりしつつそんなことを言うと、フェオはころころと心底おかしそうに笑った。

 

「なぁんだつまんない。お見通しなのね?」

「ははは……」

 

 俺が引きつり笑いを浮かべていると、彼女はそれじゃあねと言って帰って行った。

 なんとなく胸をなでおろしていると、傍らにふと気配を感じる。

 

「……エメトセルク」

 

 座を呼ぶが奴はじっと見てくるだけだった。だからこっちから話しかける。

 

「声をかけるって言ってたもんな。……今なんか聞いたらちゃんと答えてくれるのか?」

「次の大罪喰いは倒しに行かないのか」

「今はそれの準備中だ。ちょっと装備とか消耗品とか揃えたかったし、多分出発は午後になる。話くらいは出来るだろうよ」

 

 そう言うと奴は思案気な顔をした。

 

「……ふむ。だが場所が悪い」

「場所が悪い?」

「この街は水晶公の領域だ。聞き耳を立てられてないとは限らない。……聞かれて困るのは多分お前だろう」

 

 そう言われて俺は苦笑した。

 

「気を遣ってくれるのか」

 

 奴は少しむっとしたような顔になって黙り込む。こういう時はそうと意図してなくても否定はできないと思ってる時なんだよな。雰囲気もだいぶ俺の記憶と重なる。……やっぱり偽物じゃないんだよな。何でか少し淋しいような切ないようなよくわからない気分になった。

 

「街の外なあ……ああ、ラクサン城址なんてどうだ。そう離れてないし人も居ない」

「そんなところで準備とやらは済ませられるのか」

「装備やら消耗品やらは自分で作るんだよ。材料はもう全部鞄に入れた」

「……相変わらず器用なことだ」

「何言ってんだ。あの頃みたいな創造魔法は使えないみたいなんだぞ」

「……それはそうだろう」

 

 俺は相変わらず苦笑してたが、エメトセルクは渋面を作った。なんだか気になるが何をどう聞いていいのかよく分からない。

 これから話をしてくれるらしいから、それで何か分かることはあるんだろうか。

 

「んじゃ俺は勝手に行ってるから、お前も勝手に来い」

 

 俺がそう言うと、エメトセルクはゆったりと背を向けて歩き去っていく。

 まあ、こんな人の多い所であんな消えかたをしようものならひと騒動確定だし、この街で動きづらくなるだろう。それを気にしてるということは、まだこの街に来る気があるんだなと思って少しほっこりした。

 俺のほうは、テレポは一般的な魔法なので人に見られようが構うことはない。そのままジョッブ砦に転移して、そこからは飛行した。

 

-----------------------------------

 

 俺は基本行き当たりばったりだから着いてからどこにしたものかと考え込んだ。とりあえず真ん中を進んで、一番でかい建物の前で辺りを見回していると、背後で最早聞きなれた空間を震わせるような音がする。

 振り返るとエメトセルクがゆったり歩いていた。

 

「……どこにするかは決めてなかった」

 

 俺がへらっと笑いながら言うと、奴はちらりと俺に視線を遣ってから黙って横の階段を上り始めた。

 ついて行けばいいんだろうな。

 上につくと古びた扉に奴は手を当てていた。

 

「ああ、今は建付けでも悪くなったのかもう開かないらしい。こういうとこ勝手に壊したくないしこのへんで適当に話すか?」

 

 こういう古い城跡は後世に調査が入ったりする。今だって誰かやろうとしてるのかもしれない。

 その時に無駄に壊れた姿に遭ってほしくなかった。

 

「……相変わらずお優しいことで」

 

 ちらりと俺に視線を向けて無表情にそう言うと、彼は上方に視線を遣ってふわりと浮いた。身ひとつで飛行できるのはなんだかうらやましく見えた。レビテトという魔法なら似たようなことができるのかもしれないが、俺は習得してない。

 こちらは一人では飛べないから、水色とピンクなミニドラゴンに来てもらった。こういう極端な色の組み合わせはともすればくどくて目に悪いが、こいつについては見た目の可愛らしさもあってあまり違和感はない。

 エメトセルクを追ってふよふよと上に飛んでいく。在りし日には美しい庭だっただろうことが想像されるバルコニーに奴は降りていた。

 

 薄紫の植物しかない今の姿も情緒がありはして、やはり俺なんかより場所選びとかは上手いよなと思う。

 塔のようになってる建物の裏まで行って、エメトセルクはどこからか背のないシンプルな椅子を出すと、優雅に脚を組んで座った。そんな様子はやはり俺の記憶とは重ならない。ウリエンジェが言ってたようにソル帝をやってたんなら、その時に身についた仕草なのだろうか。

 俺はその前で製作道具を広げる。

 

「その椅子どこから出したんだよ」

 

 カバンに持ってたにしては大きいし、折り畳みとかではなさそうだ。

 

「創造魔法に決まってるだろう」

 

 俺はぽかんとして手が止まる。

 

「……お前は使えるのか。俺どう頑張っても無理だったんだけど」

 

 俺が首を傾げていると、奴はとんでもないことを言い出した。

 

「私はあの時のまま生きてるからな。分かたれてもいない」

「……え?」

 

 何を言ってるのかよくわからなくて俺はまたぽかんとする。

 

「アシエンを何人も消滅させた上に世界をまたいでおいて、そのあたりを理解してないのか……」

 

 エメトセルクは面倒臭そうに嘆息した。

 

「さすがに世界が十四に分かたれてるのはもう分かってるんだろうな?」

「ああ。何回かそれは聞いたけど……」

「だからヒトも十四に分かたれてる。霊災で統合していってるから原初世界についてはだいぶ濃くなってはきてるが、それでも魂は未だに矮小で愚かで弱いなりそこないにすぎない」

「……」

 

 矮小で愚かで弱いなりそこない。辛辣な言い様に俺は眉尻を下げる。

 

 俺は多分、『十四に分かたれた』というのを土地が分割されたようなイメージで捉えてたんだろう。だから各個が細切れになってると思えてなかった。自分の想像力のなさというか、誤った認識でい続けたことに情けなくなった。

 

 ただ人々をそうこき下ろすことについては納得がいかない。

 しかしなんかこれ以上このことについて話していると無駄に険悪になってしまいそうな気がした。

 今は、口論してる場合じゃない。だから、今は、これ以上触れない。

 

「……じゃあお前もずっと転生してるとかじゃ、なかったんだな。あれからどれくらい経ってる? ……どれだけお前は生きてるんだ」

「一万二千年以上は過ぎた」

「……」

 

 かなり長いような気はしてた。毎度毎度長じるより前に殺されてたからひょっとしたら考えてるよりは短いのかもしれないと思ったりもしたけど、そんなことはなく、そして想定以上だった。

 当時を思えば、それだけ生きてても不思議は、なくは……あるが……。

 そんなに長く何かを抱えてる……?

 

 ……そんなの、どんだけ酷だっていうんだ。

 

「……他にそのまま生きてる奴いるのか?」

「……もうエリディブスしかいない。ラハブレアの爺さんはお前が殺したしな」

「……!? あれは本当に爺さんだったのか……?!」

「気づいてなかったのか」

「……だって、あんな雰囲気じゃなかっただろう」

「……。爺さんはどんどん擦り切れていったからな。そうか。お前が気づかない程だったか」

「……」

 

 俺は本物の爺さんを殺してた。

 厳密にいえばアスカロンで取り込んだのはトールダンだが、そんなことなんて言い訳にもならない。

 

「……アシエンって名乗ってたのは……本当に委員会の皆だったのか……? てことは……転生組は死んで生まれ変わった奴らで……オリジナルって言われてるお前らは、そのまま生きてた、のか……。……あれ……? エリディブスは、ゾディアークの核になったんじゃ……」

 

 俺は、どれだけかつての同胞を、殺してきた?

 

「あいつは我々が心配だと言ってゾディアークからこぼれ落ちてきた」

「……。そっか。なんかあいつらしい、な……」

 

 眉尻を下げながら苦笑いしてる俺を、エメトセルクはただ黙って見つめてる。

 

「……お前らいったい何を抱えて来たんだ。世界を救ったお前らにしてはやってることが人類の敵でしかない。あのあといったい何があった……!」

「世界を救った?」

 

 エメトセルクは鼻で笑った。

 

「……まだ救えてなどいない。世界は壊れたままだ」

「!」

 

 俺は瞠目した。

 ……世界は十四に分かたれて、かつてできたことができなくなってて……エメトセルクは人々が矮小だと、言う。

 

「じゃあ、じゃあ……! アシエンが世界の統合を計ってるのは……! ずっと……あれから、ずっと……! 世界を、救いたいと……それを一万二千年以上も抱え続けてるのか……!?」

「……どうだかな」

 

 エメトセルクは暗く笑った。

 

「お前たちにしてみれば我々はむしろ世界を滅ぼす者だろう」

「……っ」

 

 確かに……そういうものだとしか見えていなかった。

 だが、今は。

 

「何で、何で……っ! 何で、お前いちいち俺を殺しに来たんだ! 俺だって、お前たちに」

「お前は、離反した」

「……!」

「生かしておけば、そのうち成長してどうせ我々を邪魔しに来る。それは面倒なんだよ。欠片でしかないとはいえ曲がりなりにもかつて十四人委員会の一角を務めた奴だ。虫刺され程度にはなるかもしれなかったしな」

 

 ニヤリと悪そうな顔で笑う。……お前がそんな顔してるの見たことねえよ。

 

 俺が邪魔すると思ってるってことは、ゾディアークに更に人を捧げる気なんだろうか。

 

「そんなこと考えてる奴が殺したあとあんな顔しないだろ……」

「……何だ? 即死した身体が視界を維持できるわけがない。願望だかで何か見た気になったか?」

「……」

 

 奴は肩を竦めてしらじらしく嘲笑う。

 そんなんじゃねえよ。お前分かっててそんなこと言ってるだろ。

 

 だってきっと、こいつが即首を折って来たのは俺を苦しませないためだ。そしてあの悲壮な顔を見てたのは多分物理的にじゃない。何せ瞬間的に転移だか物質化だかで現れたにしろ、こいつが正面から来たことなんてほぼなかった。確実に殺りたいんだったら当たり前だ。

 俺は倒れた俺を見下ろすお前をどこか遠くから見てたんだ。あれは魂が身体から抜けるとかそういうことだったんだろうか。

 それをただの思い込みだと言われたら、魂だのなんだのは俺にはよくわからないから、否定出来なくはあるが……。

 

 俺は……何も言葉を重ねきれずにただ表情を歪める。

 代わりに、聞く。

 

「……何で今回は殺しに来なかったんだ」

「単純なことだ。お前がどこかで生きていることに気づかなかった」

「……?」

「今のお前は忌々しい光の加護を抱えてるようだからな。それが目眩ましになってたらしい。本当に面倒臭い」

「……」

「まあさすがに直に視れば分かった」

「……気づいた時に殺せばよかっただろう」

「言っただろう。殺しにかかるのではラハブレアの爺さんと同じ轍を踏むかもしれない。成長するのを野放しにしてしまったお前は思った通りアシエンをことごとく殺してきてる。七つ世界を統合したんだから多少強くなってきててもおかしくはないんだからな」

 

 エメトセルクは肩を竦めながら飄々と言った。

 ……そうだな。俺は……みんなみんな、殺して、しまった。

 本当にお前らなんだとは気づいてなかったことなんて……思いたくなかったことなんて、抱えてきたものを分かっていなかったことなんて、言い訳には、ならない。

 

「というわけで私はお前を見定める。せいぜい歩みを進めてそしてお前が取るに足る者だと示して見せろ。話はそれからだ。まあ聞きたいことがあるならちょくちょく答えてやってもいいぞ? その時は遠慮なく声をかけるがいい。今はさっさと三体目を倒しに行く準備とやらを終わらせろ。ではな」

 

 そう言ってエメトセルクは立ち上がると、ぱちんと指を鳴らして椅子を消した。

 そしてくるりと背を向けるとひらひらと手を振って消えていく。

 

 俺はこれ以上ないくらいに表情を歪めながらも、言われた通りに製作の手を進めた。

 

 

 

 かつて俺は確かに離反した。

 そして何も分かってないまま皆を殺してきた。

 だから今更何も言えたことじゃないんだろう。

 けどさ……けど……。

 今お前の抱えてるものをどうにかすることはできないのか?

 

 ……取るに足る者かどうか見定める。

 そう言ってるなら、そういう道があるかもしれないと信じてもいいのか?

 お前らが今を生きる人々を、世界を、滅ぼそうなんてしなくなってくれるのか?

 

 ……核心に触れるようなことは結局なにも教えてくれないまま奴は去った。

 話は大罪喰いを全部倒してからだと言うのなら。

 今、俺には前に進む以外できることはないんだろう。

 

-----------------------------------

 

 俺は、お前の期待に応えられなかった。

 それでもお前と嘘がヘタクソな友人とを追って、海の底に来た。

 どうにかして独りで来てたとしたら本当に壊れ果てて罪喰いになってたかもしれない。

 暁の皆には本当に世話をかけっぱなしだ。

 

 そこに在ったのはかつての首都そのままの姿をした街だった。

 海底では、光の加減が地上と異なる。そのせいで多少は異なる様子をみせてはいても、それ以外は完璧にあのアーモロートだった。

 海底のところどころに散在してた残骸からして、こんなにきれいに現存してたはずはきっとない。

 だから……きっとエメトセルクが創ったんだ。

 なんてとんでもないことをする。でも、お前ならできても不思議はないんだろうな。

 

 けどどれもこれも、懐かしい姿をした道行く人々も、異様にでかい。今の俺の三倍はありそうだ。

 お前は今の世界と人々を、矮小だと言った。

 何もかも、サイズすら縮んでたのか……分かたれたあとの世界はお前の目に、いったいどんなふうに見えたんだろう。

 

 途中、ヒュトロダエウスに会った。

 声も雰囲気もかつての彼そのまま。でも彼は自身を影だと言った。

 ……色んな淋しさが胸に来る。

 

「懐かしく新しいキミ。キミは……そうか。あの頃を覚えているんだね」

「……でも、災厄の時に俺はたぶんすぐに死んだ。だからきっと何も知らない。あいつのことも、お前のことも」

「……そっか」

 

 影なんだとしても、この様子なら事実と異なる情報を与えられているはずはない。だから、お前があの時どうしたのかを知りたい。そう暗に示したのを彼は。

 

「彼らがきちんと災厄を退けられたのは知っているかい?」

 

 ……流した。

 そうだよな。影を自称するお前が、それを語ってくれるわけはないんだ。

 

「……! あいつは……エメトセルクは、まだ救えてないって……」

 

 ヒュトロダエウスはふっと苦笑するような息を吐いて、言う。

 

「……彼らしいのかもしれないね。なんでもかんでも背負っちゃって」

「……っ」

 

 そして俺は、そんなあいつのそばに残る道を捨てた。

 

「退けられはしたんだけどね、それでも星は滅びに瀕していた。災厄で傷つき壊れに壊れてしまっていた。だから、残った人類の半分が更にゾディアークに命を捧げたよ」

「……!」

「そして再び命は芽吹き、巡り始めた。それでもね、ソディアークはあまりにも強大だと、枷をつけるべきだと言っていた人たちが、自分たちの命からハイデリンを創り出したんだ。キミは誘われてたらしいから知っているかな?」

「ああ。そういう意見が出てきてたのは知ってたし、実際勧誘もされた。あと今の世界にはハイデリンって存在が確かに在るように見える。だから本当に召喚されたんだろうとは思ってた」

「……人々が今後どうやって星を守っていくか考えてた中、十四人委員会は、世界を育み、それが再び十分に満ち足りたときに、いくらかの生命をゾディアークに捧げて、力として取り込まれた同胞たちを、地上に復活させ……皆でまた、世界を管理するって結論を出したんだ。ハイデリンを創った人たちはそれに反対してね。ゾディアークに命を捧げるのをやめ、新しい世界は、生まれ来る命たちに任せるべきだと言った。それで、人類は初めて二つに分かれて戦った。……結果は知っているかな?」

「……」

 

 俺は目元を片手で覆って天を仰いだ。

 

「ハイデリンの一撃で世界は十四に分かたれた。それなら……ゾディアークは……十四人委員会は……それに賛同してた側は……敗けた、ってことになるのか?」

「そうなるんだろうね」

「……っ」

 

 俺は息を詰まらせた。

 人類自体が真っ二つになって、戦うことに、なったのか。

 なんでそんなことに……。

 

 大昇降機の前でエメトセルクが、どうしようもなく人々の意見が対立した場合について、皮肉気に語っていたのが思い浮かぶ。

 

 皆穏やかで、争いなんて起こりそうになかった。それなのに、何でだ。

 力で解決しようなんて人がいたとはあまり考えられない……考えたくない、のに。

 

 俺は細く長くため息を吐く。

 

「……しかし、毎回毎回エメトセルクが俺を殺しに来てた理由はなんとなく分かった気がする。ゾディアークに今の命を捧げてかつての人々を復活させるのを念頭にしてるなら、霊災がどうのこうの以前に……あの頃人の命を捧げることに納得せずに離反した俺が、アシエンの邪魔になると思ってたのも納得だ」

 

 やっぱり更にまだ人を捧げる気だったんだ。

 

「毎回毎回? ふふ、相変わらず生真面目だね」

「生真面目に殺される身としてはたまったものじゃない」

「そうだね」

 

 ヒュトロダエウスは悲しそうに苦笑した。

 

「でもさ……毎回毎回、苦しそうな、つらそうな……悲壮な顔をするんだ。だからそれだけが本心じゃない気が、する……」

 

 俺は背を丸め腿の上で手を組んで、それに顔を埋めた。

 ため息しか出ない。

 

「キミをそんな顔をしながら殺して……何を独りで抱え込んでるんだろうね。……根っから真面目な彼のことだ、厭だ厭だと言いながら、背負ったものを、誰にも託せなくなっているんだろう。 ……残酷な役回りだよ、本当にね」

「……」

 

 俺は自分の手の甲に突っ伏したまま眉間に深く皺を寄せる。

 

「独り、か。あいつは……ラハブレアの爺さんは身体を換えすぎて擦り切れたと言ってた。エリディブスも記憶を失くしてってるって……あの頃のまま変わらず生きてたのは、あいつだけ、なのか、な……」

 

 ヒュトロダエウスはそれには答えなかった。

 まあそんなのはっきり答えようもないよな。

 

 でもそうだとしたらさ。

 ……残して先に逝ってしまったのはほんとに……ほんとに……。

 

「……ああそうだ、最後にもうひとつだけ。キミのそばには……多分もうひとり、いるだろう?」

 

 そしてヒュトロダエウスは最後だと言って爆弾発言を残していった。

 

 ……アルバートは……あいつも俺と同じで、あの頃の『アゼム』の欠片、だったのか……?

 

-----------------------------------

 

「……大の大人がぼろぼろ泣くな。みっともない」

 

 腹に大穴が空いたエメトセルクが言う。

 

 何でだよ。

 結局殺し合いにしかならなかった。

 

「まだ肝心なことはなにも教えてもらってない……!」

「お前は取るに足るものだと示せなかったからな。話はお預けだ」

「……!」

 

 エメトセルクは肩を竦めて飄々と言う。

 

「……何も知らない愚か者なりに、我々が生きた時代をしっかり覚えていろ。記憶があるんならそれくらいはできるだろう?」

 

 片方だけ眉を跳ね上げるようにして皮肉気に奴は言う。

 

 涙がとめられないぐしょぐしょのみっともない顔のまま、俺は頷いた。

 すると奴は……奴は……。

 

 ふわりと。

 昔と変わらず素直じゃなさそうなしかめっ面ではあれ、なんだか満足気な顔で笑って。

 

 ……光になって消えて行った。

 

 後ろから皆が駆け寄ってきている気配がする。

 しかしアルフィノがやり遂げたふうな労いの歓声のようなものを向けてくれていたっぽいのは、俺にはどこか遠くにぼんやりとしか聞こえていなかった。

 

 膝から崩れ落ちた俺はそのまま腕を地面に叩きつける。

 

「ほかの……ほかの道はなかったのかよ! 何でなにも教えてくれないんだ! 俺は……俺は……! 俺が、光を制御できてたら……! できなくてごめん、結局何もできなくてごめん、俺、は……」

 

 泣くなと言われたのに、俺は声をあげて泣いた。

 情けない。

 情けない。

 いつだって力不足のまま、大切な仲間は失ってばかりだ。

 

 あの頃死んだ時にも俺はお前に謝ってた。そして今も虚しく謝ってる。でもそんな言葉何になる。

 俺はお前に何もしてやれなかった。

 何かしてやれるなんて傲慢ではあるかもしれないけど、でも、友達だっただろ、俺たちは、友達だっただろ、お前だってそう思ってくれてただろ、だったら力になりたいと思っても当たり前じゃないか。

 でも、力不足だった。俺にはできなかった。

 

 あの頃は確かにお前から逃げた。

 でもそんなだからこそ、今度こそ、お前を独りにしたくなかった。

 

 ……でも結局独りで死なせた。

 

 お前が独りで背負ってたものから、お前を解放してやれなかった。

 

 ……こんなこと悔やんでても、きっとお門違いなんだよな。

 俺はお前の敵として、お前の願いを屠った敵として、お前の歩んだ道を断たった敵として、お前をこの星の物語の悪役にした敵として……この世界は終わらせない、どこまでも、この冒険を、続けていく。

 お前と違う道を行く。

 俺が選んだこの道を、お前の敵として最後まで全うしよう。

 それが甘っちょろい理想を貫き通した俺の責任だ。

 

 だから……。

 

 だから。

 

 お前はもう、休んでろ。

 

-----------------------------------

 

 ……まったく、お前は……。

 私が逐一殺しに行くようになる前、世界に混乱を撒き散らして属性を偏らせ、そうして鏡像世界を滅ぼして統合に繋げようとする我々の前に幾度も立ち塞がった。

 生まれるたびに。何も思い出さないまま。

 そして弱い弱いお前はいつもいつも私の目の前で死んでいく。悔しそうな顔で、あるいは絶望の表情で。

 

 人々の命を捧げることに反対したようなお前は、それと全く変わらない信条で人々の命を繋げるために走り続ける。

 まあそんな性分なのはよく知ってる。分かり切ってる。

 

 それが分かたれてまで変わりゃしない。

 

 本当に、面倒すぎて……厭になる。

 

 どうせこの手で殺すことになるのなら、お前が懸命に足掻くのを目にする前に命を手折る。

 あんなものずっと見せつけられてたら情が移りかねない。

 それは悲願の妨げでしかない。

 

 いちいち殺しに行くのは本当に面倒だった。

 そしてお前が目の前で死ぬのも、私がお前をこの手で殺してるのも変わらない。

 欠けてるとはいえ真なる世界では友人だったんだ。私にも心はある。だからお前が『あんな顔』とか言ってた、恐らく情けない顔をしてしまってたんだろう。

 

 ……だいたい、幾度も殺されたのだと、それを知っていて、どうしてああいう接しかたができる……?

 

 ……。

 

 はあ。本当に厭になる。

 

 だったというのに、今回は見失ってしまった。殺し損ねた。

 本当にハイデリンが忌々しくてたまらない。

 おかげで私は見事にあいつに殺された。

 ……本当に、厭になる。

 

 しかし、お互い全力でぶつかった結果であるのも事実。

 ……己のすべてを懸けてでも叶えたい願いがあった。

 それはほとんど何も知らないままとはいえ、あいつも同じだっただろう。

 その結果がこれだというのなら、まあ……悪くない。

 

 結末は既にこの手を離れた。きっとそう遠くない内にあいつとエリディブスはぶつかることになるだろう。

 今はもうどうして立っているのか分からない役者と、今は未だどうしたら立っていられるのか迷っている役者は、この後どういう舞台を演じるのだろう。恐らくそれはほんの僅かな未来で静かに幕を上げるのだ。

 

 お前の手で壇上から降りた私は、既に役を解かれている。

 少々疲れた。

 冥界に誘われるエーテルの流れの中、自身の演目を振り返りながら、観客席にて彼らの舞台を待ち望む。

 

 このあとに待っているモノは果たして大団円か悲劇的結末か。あるいは期待外れの大コケか消化不良のままか。

 

 ──ご覧あれ、この物語のエピローグを。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。