異世界盗賊 ~What a wonderful world~ 作:玲寿
ボクの友人に、バロンという男がいる。
これが妙ちきりんなやつなんだ。
陽気で軽くて、ところかまわず歌ったりおどったりする。
いつもふざけていて、おしゃべりで、時々言葉がなまる。
危険なことが大好きなアドレナリンジャンキー。彼の周りは事件だらけ。そのくせ本人はへらへら笑っている。さしずめ台風の目だ。
でもうらやましいぐらい自由で楽しげ。
そして――彼は異世界を自在に行き来する能力をもった泥棒なのだ。
異世界盗賊バロン。ボクは思いがけずその冒険譚を見守ることになった。ここに、その出来事について少し書き残しておこうと思う。
あの日、気がついたらボクは見知らぬ夜道に立っていた。
背後は芝生の公園。街灯下のベンチに、恋人たちのシルエットが見える。
正面にはきらびやかなショーウィンドウの通り。ガラス越しに放たれる白い光がまぶしい。行き交う人の足元には濃い影。
ここはどこだ? ボクはぼうぜんと立ち尽くした。
店々の看板には見たことのない外国語で文字が打ってある。どういうわけかボクには、言葉の意味が理解できた。時計屋、ブティック、宝石店、オーダーメイドの靴屋……高級感にあふれた店ばかりだ。少なくともボクが暮らしていた周辺に、こんな外国みたいな通りはなかったはずだ。
ふと自分の体を見下ろして、ボクはたまげた。スッケスケなのだ。半透明の体の向こうに街灯のあかりが見える。
しばらくあぜんとしたあとで、ようやく理解した。そうだ、これは夢だ。夢ならしかたあるまい。このむちゃくちゃな状況にも納得できる。
その考えに至ったとたん、ボクは落ち着きを取り戻し、せっかくなら夢を楽しんでやることにした。自分の思い通りにコントロールできる夢……明晰夢とかいったはずだ。
まずは街並みをじっくりと見回してみた。
まるでモノクロ映画の世界に迷い込んだみたいだった。
茶色の高い建物が立ち並ぶ道。クラシックな自動車と、馬車が入り混じって行き交っている。男性のほとんどは帽子にスーツという出立。女性の中にはドレス姿の人もいる。街灯はすでにガスではなく、電気が通っているようだ。近現代のアメリカか、ヨーロッパといったところだろうか。
きょろきょろ見物していて、ふと一人の青年が目に止まった。この風景の中で浮いてみえたせいだ。服装がどことなく現代風なのだ。深みのある青のトレーナーに、袖なしの黒いロングジャケットを羽織っている。それから、あざやかな銀髪。海のような青い瞳。
――お察しのとおり、彼こそがバロンである。
バロンは懐から何かを取り出した。タバコかなと思ったら、バナナだった。その場で皮をむいて食べ始める。
すでにこの時点で、ちょっと変なやつだろう? でも、もっとぎょっとさせられたのはこのあとだ。
彼はペロリとバナナを平らげると、近くに停まっているパトカーに近寄った。そして、あろうことか、バナナの皮をパトカーのマフラーに突っ込んだのだ。
「え、ちょっ、おま……」
ボクはうろたえ、思わず声をあげた。パトカーにこんな悪質なイタズラをするとは、なんてやつ。
そこへ、警官たちが戻ってきた。背が高い人と少しぽっちゃり体型な人。ハリウッドのバディものに出てきそうな二人だった。
ボクは夢の中だというのも忘れあわてた。このままではボクが犯人にされると思ったのだ。
「おまわりさんアイツです!」
ボクは路地へ去っていくバロンの後ろ姿を指差し叫んだ。
「アイツです、おまわりさん!」
警察官はボクの声などまるで耳に入らぬ様子で無線に話しかけている。
「マル被出ました。このまま追います」
そして――ボクの体をすっと通りぬけ、パトカーへ乗り込んだ。
「え……?」
ボクの体は透明というだけでなく、実体そのものがないらしかった。感覚ははっきりあるのに、まるで幽霊でもなってしまったかのように貫通してしまったのだ。
体を通り抜けられたショックでしばしあぜんとした。でも、エンジンがかからずに焦りまくる警官たちを見てハッと我にかえった。
変な夢だなあ、と思った。でも夢ってたいがいこういうものだろう? むちゃくちゃで、矛盾していて、わけがわからない。
いまだ目が覚める気配はないと察したボクは、バロンのあとを追ってみようと思った。
どうせ夢ならおもしろそうなほうへ行ってみようじゃないか。
路地へ入ったボクは辺りを見回した。店の裏側は急に暗い。表の華やかさとは打って変わって、道の端にはゴミが散らかっているのがぼんやり見えた。
エンジン音にふりかえる。バロンがバイクを発進させていた。
このままでは逃げられる。でもまださほどスピードは出ていない。がんばればギリギリ追いつけるかもしれない。
ボクは全速力で走った。
なんだか体が軽い。実体がないからかな。……いやもうこれ、走るっていうか、浮いてない?
違和感にようやく気がついて、ハッと下に視線を向けると、やっぱり浮遊していた。そして、必死で追いかけるあまりいつのまにかバイクと並走していた。
ボクは飛べたのである。夢だと思ってたから、なんの疑問ももたずボクはそれを受け入れた。加速を続けても、特に怖いとは思わなかった。
バロンの横顔をじっと見つめて考える。ちょっと童顔に見えるけど、いくつぐらいなんだろう。なんせ外国人の年齢って今ひとつよくわからない。三十になっていないのは確実。大学生ぐらいかな。
ふいに、彼の青い瞳と目が合った。
「なんか用かい?」
……?
ボクは周囲を見回した。時速六十キロは出ていたため、景色が一瞬にして流れていく。誰に向かって言っているのかわからず、ボクは首をかしげた。
「おまえだよ、おまえ。逆にこの状況で他に誰がいんのよ」
エンジンの爆音の中、声を張り上げてバロンは笑った。
「うわあああ!」
「いやこっちのセリフだよ。なんでおまえがおどろいてんねん」
まさか見えているとは。衝撃のあまり、飛ぶ速度が落ち取り残される。あわてて上昇して追いつきながら、ボクはバロンに言った。
「ボクの姿が見えてんの?」
「いーや、見えてはない。ただ気配はわかるぜ。バナナ食ってるときからガン見してたろ? あと声はハッキリ聞こえる」
「霊感とか強い人?」
「霊感〜? そんなもんない。てか幽霊なの?」
「それは……ボクにもわからない……」
「で、なんで俺についてくんの?」
「愉快犯に天罰与えようかと思って」
「ははははは!」
バロンは運転しながら大爆笑した。よく笑うヤツなのだ。
「どうしてあんなイタズラしたんだ?」
「警察官がヤツを追うのを止めたかったんだよ」
バロンはくいとあごで前方を示した。暗闇にテールランプが見える。バイクはずっと、一台の車を追いかけていたのだということに、そのときはじめて気がついた。
警官が言っていたマル被とやらが、あの車に乗っているのか。
「詳しく知りたいんなら、ついてきな。バイク降りてから喋るから。この状態で声出すの、けっこー大変なんだぜ」
なんやかんや気になったので、ボクは黙ってついていくことにした。
やがてその黒塗りの車は、さびれた住宅街で停車した。中から革の鞄を抱えたスーツ姿の男が出てくる。サングラスで顔はよく見えない。
バロンも少し離れた場所にバイクを停め、男のあとを尾行し始めた。
「あいつ、銀行強盗でもやったの?」
大きくふくらんだ鞄に目をとめて、小声で聞いた。
「いいや。数日前からこの町に来て、あちこちの宝飾店で宝石を爆買いしてる、自称バイヤーの男だ」
「爆買いで警察官に追われるってことはないだろ?」
「ちょうど奴が町に現れた時期から、未成年の若者の行方不明事件が多発してる。単なる偶然だと思うかもしれないけど、奴には不審な点が多いんだ。個人の取引にしては、巨額すぎる買い付け。身元もはっきりしていない。海外から来ているらしいけれど、滞在先も不明」
「それで警察にあやしまれて、追跡されていたってわけ?」
「んだ」
こそこそ会話をしながら男のあとを追う。
住宅街はゴーストタウンだった。
《マーカラ通り》
道端の看板に、かすれた字でそう書いてある。
「それなら警察にまかせておけばいいだろ? なんでわざわざ追跡を止めたんだ?」
だんだん霧が出てきた。透明な体がぶるっと身震いする。前を行く男の姿が、霧にまぎれて見えなくなってしまいそうだ。
「この町の警察官じゃ、返り討ちにされるか取り込まれるか、どっちにしても敵わないからだよ。なんせ相手は、この世界の人間じゃないんでね」
どういう意味なんだ、それは。ボクはバロンをちらっと見たが、不敵な笑みでバイヤーの背を見つめるばかり。
しかたなくボクが視線を前に戻したそのとき、信じられないことが起きた。
男の体が、霧に包まれると同時に積み木のごとく崩れ落ちたのだ。本当に一瞬の出来事だった。地面に散らばったのは、人骨。そして霧がまるで生き物のようになって、ずるりずるりと音を立てながら骨と鞄を吸い込んでゆく。
ひぃーっと悲鳴をあげたくなるのを、ボクは必死でおさえた。
「こここの世界の人間じゃないって、つまり、あの世から来た化け物とかそそそそういう類の?」
「ん? ちゃうちゃう、そういう意味やない」
ホラーな光景を前にこの軽さ。それどころかバロンは、骨と鞄を吸収しつつある霧に向かって突撃をかましやがった。
「おぉーい!」
ボクは止めようとしたが、無駄だった。バロンが霧にダイブする。しかしスッと通り抜けてしまった。
霧は骨と鞄だけをのみこんだあと、嘘のように消えてしまった。
「チキショー、やっぱダメか! 一瞬でゲート閉じやがった」
バロンが悔しがってこぶしを固める。ボクは何ひとつついていけなかった。
「何今の得体の知れないモン!」
「おまえその姿で言ったら特大ブーメランじゃね? まあ説明すると……今の霧は《ゲート》。異世界への入り口になってるんだ。犯人はね、この町の子どもたちをあの霧を使って異世界へさらってるんだよ。あのバイヤーを名乗る男は、そもそも人間じゃなくて、真の犯人が人骨から創り出した傀儡なんだ。な? この町の警察官じゃ無理って意味、わかったろ?」
「じゃあ……それを知っているあんたは一体、何者?」
息をのんで尋ねると、バロンは白い歯を見せてニッと笑った。
「俺はバロン。別の世界からやってきた、異世界移動能力者だ! よろしく」
「異世界……移動……?」
聞きなじみのない言葉に、ボクはまぬけな感じになりながら繰り返した。
「で、君の名は?」
名前?
ボクの名前……? 名前は……。
奇妙なことに、このときボクは自分の名前というものをまるで思い出せなくなっていた。
それに、ここに来る前に何をしていたかも、自分がどんな人間だったかも霞がかったようにハッキリしなかった。
それでようやくボクは、ここが夢の中ではない可能性を考え始めた。
まさかガチの幽霊で、死んだときのショックによる記憶喪失なのでは? だんだん不安になってきた。夢じゃなかった場合、ボクって一体なんなんだ?
恐怖で無言になったボクをしばらく待って、バロンは口を開いた。
「名前を言えない事情があんなら、俺があだ名をつけたろ。そうだなー、おまえずっと観察してくるし……『見物クン』って呼ぶわ!」
なんだそのからあげクンみたいなあだ名は……。
ボクは脱力した。全身をめぐっていた不安と恐れがふーっとおさまってゆく。
そして、他に候補もないので、とりあえずそのあだ名を受け入れることにした。
「ところで、さっきの異世界移動能力って何?」
「世界って、本当は星の数ほどあるんだぜ。それを自由自在に行き来するためのゲートを開ける能力、それが異世界移動能力さ」
ざっくりとした説明だが、ボクの記憶に呼び起こされるものがあった。過去に読んできた数々のラノベ。いわゆる異世界転生だとボクはひらめいた。転生とはいえない、中途半端な感じではあるが、まさにその状況にあるのではなかろうか。
さっき見た文字は、日本語ではなかった。さらにいうと、英語でもイタリア語でもアラビア語でも中国語でもなかった。見たことのない独自の言語だ。とすると、ここは異世界である可能性が高い。ならば元の世界に帰れたとき、ボクは自分の名前や、奇怪な透明人間になってしまった理由を思い出せるのでは?
そうであれば能力者である彼についていくのが、元の世界へ近づくための一番の道だと思えた。それに……なんといっても、何もかもわからない場所で、自分の存在すら認識されずに過ごすのは恐ろしい。いろんな異世界を知るだけのことはあるのか、バロンはこんな奇妙な状態のボクを平然と受け入れて会話してくれる。
ボクは決めた。バロンには悪いが、しばらくのあいだ『見物クン』として、勝手についていかせてもらうことにしよう。
――これが、ボクとバロンの出会いだった。