異世界盗賊 ~What a wonderful world~ 作:玲寿
「ただいまー」
小声でバロンは言い、重い木のドアを押し開ける。ブラウンストーンのアパート最上階にある部屋だ。すでに深夜、おそらく他の住人は眠っているだろう。
「おかえり。遅かったな」
奥の闇から現れたのは、日本のお坊さんだった。彼の名は陽楽。丸めた頭に袈裟というザ・坊主スタイルは、西洋風のアパートに似合わないことこの上ない。でも陽楽は、どんな世界でも基本的にこのスタイルを貫いている。
「こちらのお坊さんは?」
ボクがたずねると、バロンが一言「友達」と答えた。その声に、陽楽が不思議そうに振り返る。
「何か言ったか?」
「いいや? ただのひとりごと」
陽楽にボクの姿は見えないのだ。
短い廊下を行くと、すぐにリビングスペース。天井にはメダリオン。暖かみのある白熱電球が部屋を照らしている。壁は漆喰。格調高い雰囲気のテーブルやビロード張りの寝椅子、ソファがあり、部屋の端にはキッチンストーブやビリヤード台まであった。
「どうだった」
「だめだ。噂どおり、ガード固くてまいねーよ。霧は一瞬で消えた」
「そうか。なら明日、やはりはざまを追跡してみよう」
バロンが寝椅子、陽楽がソファに腰かける。
さて、どうしたものだろう。ボクは思案した。陽楽に見えていない以上、うかつにバロンに話しかけるわけにもいかないと思ったのだ。
話しかけて無視されるのも悲しいが、返事をしたバロンが陽楽に妙な顔をされることになるのも悪い。
そのとき、部屋の奥にある二つの扉のうち、一つがゆっくりと開いた。出てきたのは、薄ピンク色のワンピース型のパジャマを着た女の人。
その人を見て、ボクは思わず息をのんだ。化粧をほどこしていないすっぴん顔。それが、とてつもなくかわいかったからだ。
少女というほどの年でもないけれど、女性というにはまだ若い。背が高くて、華奢で、スラリとしている。華やかなのにどこか品のある雰囲気は、白黒のアンティークな映画に出てくる女優を思わせた。
ウェーブのロングヘアはめずらしいスミレ色。染めているわけではない。彼女も異世界の血をひく人で、それが地毛なのだ。
「おかえりなさい。エルザの城には行けた?」
「あらら、リディアちゃん。寝てても良かったのに」
「いいの。なんだか久々に時差ボケしちゃって、ちゃんと眠れなく……て……」
あくび混じりの彼女の言葉がぴたりと止まる。その視線は完全にボクをロック・オン。わなわなと震えながら、ボクを指差した。
「ね、ねえ、それ……なんなの?」
そう、リディアさんは見える人だったのである。
「あれー? リディアちゃんには見えてらの? 彼は見物クン、なんだかわがらねーけどついてきたんだ」
「つ、憑いてきたのっ?」
声をはりあげるリディアさんに、このままでは追い出されるとボクはあわてた。
まあ彼女のほうが正常な反応なんだろうけれど。バロンがおかしいだけだ。
「何かいるのか? わしにはなーんも見えんがな」
おおらかに陽楽が言った。
「陽楽には見えないの? この、ヘンテコなもやみたいな……。あ、あなた幽霊?」
リディアさんは口をぱくぱくさせている。
得体の知れないもんが勝手にあがりこんできたら、そりゃあ気味が悪いだろう。ボクはちゃんとあいさつしようと姿勢を正した。
「おどろかせてすみません。実はボク、気がついたらこの世界にいたんです。でも記憶がおぼろげで、名前も、元いた世界のことも思い出せないんです。おまけに他の人には見えてもいないんです。ご迷惑はかけないので、しばらくここにいさせてもらえないでしょうか」
リディアさんは、ちょっと気の毒そうにボクを見た。
「まあいいんでない? 迷惑かけねぇって言ってらし」
「そうねぇ、そういう事情なら……」
いつのまにか、バロンは寝椅子に涅槃像のポーズで転がっていた。ひとり首を傾げている陽楽に、バロンが事情を説明する。
考え込んでいたリディアさんが、はっと顔をあげた。
「そうだ、あたし聞いたことがあるわ。異世界移動能力者の中には、中途半端にしか能力を持てなくて、意識だけしか異界に飛ばせない人がいるって。異世界通信能力者っていうらしいんだけど、あなた、それなんじゃないかしら。あたしもはじめて見たから、どうしたらいいのかわからないんだけれど……。あたしたちで元の世界に帰してあげられるかしら?」
重要な情報に、ボクは身を乗り出した。けれどもそこに、陽楽が補足を入れる。
「自分がどの世界にいたのか覚えがなければ、正確な場所に帰るのは難しいんじゃないかい」
「あ、それなら……日本出身ってことは覚えてます」
言いながら、果たして『日本』という言葉が通じるのか疑問になった。けれども予想に反して、バロンがむくりと上体を起こし食いついた。
「あ、日本人なの? 俺のおばあちゃんも日本人だよ」
「え、本当に?」
ちょっとおどろいた。数多ある異世界の中で、まさか彼が日本人のクォーターだったとは。
「うん、津軽の人」
それでさっきから、微妙にイントネーションが変なのか。ボクは納得した。『わがらねーけど』とか、『迷惑かけねぇって言ってらし』とか、ちょくちょくなまった言葉が混じっている。
「だけど、ボクと話すときは標準語にしてくれるんだね」
「ん? そうそう。だってさ、訛ったまま喋ってても通じないだろ? 陽楽サンとリディアちゃんは大体理解してくれるからいーけど、そうじゃない人には標準語に直してんの。それにこの訛りって語気が強いっつーかなんつーか、よく『怒った?』って聞かれるからそのたんびに『怒ってないよ♡』って言わなきゃなんなくてめんどくせぇのよ」
訛ってなくても十分喋りのクセ強いだろ。さりげなくポプテを混ぜるな。
まあそれはともかくとして。
「日本を知ってるなら、すぐ帰れるんじゃ……!」
ボクは目を輝かせたが、リディアさんは「でもねぇ」と顔をくもらせている。
「んだ。日本っつってもパラレルワールドだば、たんげあるはんでな。間違えて別な世界に迷い込むかもわかんねーや」
そう言うと、バロンは壁際に置かれた四角いテーブルのところまで行き、コードを引っ張って電気スタンドをのせた。電気スタンドの周りだけがぼんやりと丸く光を放ち、部屋の薄暗さもあいまって、取り調べ室みたいだ。小さな羽虫が一匹、電球の周りをひらひら飛び始める。
「はい、こっち座ってー」
バロンはボクに向かい側に座るよううながすと、懐からサングラスを取り出し装着した。刑事ごっこでもやるつもりか?
おとなしく席についたボクを前に、バロンは足を組み、片肘をテーブルに乗せて身を乗り出した。
「カツ丼……食うかい?」
「結構です」
そもそもないだろ。この世界に、カツ丼屋。
「えーと、じゃあまず名前……はわからないとして、年齢は?」
「わかりません」
バロンはノートを広げ、万年筆でさらさら何かを書きつけている。
「住所は?」
「わかりません」
「職業は?」
「サラリーマン……だったような……でも、あんまり覚えてない」
しばらくのあいだ、バロンはノートに向かって筆を走らせながら鼻歌を歌っていた。聞き覚えのある曲――なんだったか――。
……犬のおまわりさんだ。
人を迷子の子猫ちゃん扱いしないでいただきたい。確かに何もかもわからないと答えましたけども!
「うーん、お手あげだなこりゃ!」
やがてバロンはペンを放り出し両手をあげて、そのまま伸びをした。
「名前、年齢、住所も不明! おまけに実体がないんじゃ身体的特徴がわからない。血液検査ができないから遺伝子もわからないし、指紋も取れないし、虹彩も見れない。ふつう、こういう異世界迷子はある程度そこから範囲をしぼりこんだうえで、行方不明者届が出ていないかをあたってくもんなんだけどね」
すみません、とボクは小さくなった。バロンがサングラスをさっと外し、首を振る。
「どこのゲートを通って来たかも覚えてない? 例えば、トンネルの向こうはふしぎな町でしたとか、トラックに異世界まで吹き飛ばされてきましたとか」
「いやほんと……気がついたら町中に立ってたんで……」
しばらく黙って成り行きを見守っていたリディアさんが、ぽつりと言った。
「だとしたら、やっぱり少しでも手がかりになる記憶を取り戻すしかないわね。家族のこととか、どういう暮らしをしてたかとか、せめて名前とか」
記憶を取り戻すことが、ボクの喫緊の課題というわけかあ。
「ま、そのうち思い出すんじゃないの? 焦るとかえって思い出せなくなるっていうしさ、それまでのんびりしてここにいれば? 気楽にいこうや」
バロンはさらりとそう言ってくれた。
「ありがとう」
三人に向かってボクはぺこぺこ頭を下げる。不安だけれど、異世界にくわしくて、しかも親切な人たちに出会えたことは相当ラッキーだ。
「気にすんなー」
バロンと話していると、深刻さが失せる。あまりの軽さに調子を狂わされることも多いけど、なんだかんだボクはそれに救われているのだった。
三人が寝入ってしまったあと、ボクはアパートの外へ出て、夜風の街を一人歩いた。
ボクは睡眠が必要ない身体になっていたのだ。では食事はどうかというと、微妙なところだ。
「何か飲む? というか、飲める?」と言いながらリディアさんが出してくれたお茶。試してみないとボクもなんともいえなかったので、おそるおそる氷の入ったグラスに口をつけてみた。
コクのある爽やかなお茶が喉をすべり落ちてゆく。冷たさが心地よい。思わず一気飲みして、ボクはグラスをテーブルに置いた。
なんだ、普通に飲食できるじゃん。
しかし彼らの目線はボクが置いたグラスに注がれたまま。ふとボクも視線を落とし、
「あれぇ!」
叫んだ。確かに今飲み干したはずなのに、お茶は変わらない姿でグラスになみなみと入っている。
「いや、ボクは確かに飲んだよ?」
「うん。俺も見てたよ、見物クンが一気飲みすんの」
「わしには何も変わらなく見えたな。グラスはずっとそこにあった」
つまり、ボクが起こしたアクションは、この世界に何の影響も与えないということだった。
そのあと、リディアさんはボクの体があるあたりに手をひらひらさせた。
「ふしぎねぇ、あたしにはもやみたいなものにしか見えないんだけれど、さっき飲んだお茶はどこにいくのかしら」
「ちょ、あの……リディアさん、ごめん、くすぐったい……」
ボクの存在は触れられない実体のないもの――たぶん思念体とかそういうやつ――らしいが、ボク自身にはちゃんと体の感覚があるのだ。
リディアさんの細い指が、通り抜けながらボクの頬や腕を何度もくすぐっていくのは、かなり妙な感じだった。
「あら、ごめんなさい」
リディアさんはすぐに指を引っ込めてくれたが、これはボクとしては相当首を傾げたくなる案件だった。なんか損じゃないかい? ぶつかっても相手は何も感じず通り抜けてゆくのに、ボクのほうは「うぇ」とか「グェ」とかなるんだぜ。
それからおかしな特性がもう一つ。バイクに乗ったバロンと並走して飛び、マーカラ通りからアパートに向かっていたときのこと。
突然、ボクの視界がバロンと同化するという出来事があった。いや視界だけではない。五感も、向かおうとする方角の意識も、全てが重なった。
両手にはバイクのグリップの感覚。全身に受ける風、背になびく黒のロングジャケット。
おどろいてあっと叫んだとたん、それは解除されボクは再びバロンの隣を飛んでいた。
感覚を共有したといっても、別に体を乗っ取り操れるとかではない。単に同じものを体験するだけだ。それに、バロンもボクが感覚を同化させたことには一切気づいていなかった。
ボクの存在があまりにも希薄で、あやふやすぎて、近くにいる誰かと重なってしまうのかもしれなかった。こののちも、ボクは何度もその現象を味わうこととなるのだけれど――。
そんなこんなで、ボクの生態は謎だらけ。
夜空――もうすでに白み始めた空を見上げる。ボクがこの世界へ召喚された意味を思ってため息をつく。だって何一つ干渉することができない。存在自体、気づかれない。まさに見物していることしかできないのだ。
ぼんやり歩いていたが、ふと目の前の店から灯りと音が漏れているのに気がつき近寄ってみた。窓ガラスからのぞいてみる。ナイトクラブらしい。ジュークボックスが置いてあった。若者たちが数人踊ったり飲んだりして騒いでいる。
扉が開いて、中からいっそう強い灯りが漏れる。出てきたのは一人の若い男。ずいぶん酔っていて、足元がおぼつかない。顔も真っ赤で視線が定まっていない。
案の定、彼はバランスを崩してよろめいた。とっさに支えようと手をのばしたけど、ゴワゴワした服の感触だけを残して彼の体はスカッと通り抜けてゆく。
派手な音をたてて転んだ彼を見て、店の中の仲間が笑い声をあげた。
「おい、飲み過ぎだぞ!」
「ははは、ちゃんと帰れんのかあ?」
酔っ払いは頭をかきながら立ち上がる。
ここでもボクの存在に気づく者はいない。ボクはおかしいような切ないような気持ちになって、ナイトクラブをあとにした。
ぶらぶら歩いていると、周囲はあっという間に明るくなった。街が活気づいてゆく。
落ち着いた色の背広の男性たちが、出勤のためかあちこちを行きかう。さっそうと歩く女性たちは、くるぶしぐらいまでの丈のレトロなワンピースに、みんな似たような髪型。
くるりとカールさせて頭に寄せるという……ボクのファッションセンスがなさすぎてうまくいえないが、控えめなサザエさんみたいなヘアースタイルだ。昨夜のドレスの女性たちとは異なり、職業婦人のようだ。
車はさほど多く走っていない。つやつやのボディ、まん丸のヘッドライト。古き良き時代のデザインって感じ。
異世界といったら、魔法に剣、勇者やギルド、魔物……そういうものばかりを想像していたけれど、こういう世界もあるんだな。たくさんの世界があるといっていたし、きっとどこかには、中世ヨーロッパ風のRPGみたいな場所も存在するのだろう。
素知らぬ顔で、時にはボクを貫通しながら歩いてゆく人たちを見ていたら、なんだか人恋しくなってきた。幽霊って、こんな心境なんだろうか。視える人を求めてさまよう気持ちが理解できてしまうような……。
ふわりと舞い上がり、ボクはアパートに戻ることにした。
開いた窓から最上階の部屋へ戻ると、すでに三人は起きていて、テーブルを囲んで談義しているところだった。
気配を察したのか、バロンが顔をあげてこちらを見る。
「うぇーい、おかえり見物クン。物見遊山でもしてきたの?」
朝っぱらからテンションの高いヤツだ。でも、バロンの気さくさに思わずホッとした。認知されるってすばらしいことだ。
「ちょっと散歩。何か大事な話でもしてた? ボクがいるとまずいなら、もう少し外に出てくるけど」
「いーよぉ、見物クンになら聞かれても別に大丈夫だろ」
軽い調子でバロンが答える。陽楽が「ともにいればいずれはわかるからな」と小さくうなずいた。
「それじゃあ一旦、昨日までにわかったことを整理ね」
リディアさんは化粧をしていた。そんなに濃い化粧ではないと思うのに、今朝はパリッとした大人の女性に見える。女の子ってすげぇや。
「今回のターゲット、エルザ・カルンスタインは一切正体不明。城に住んでいるとは聞くけれど、それがどこの世界にあるのかもわからないし自ら外に出てくることもない」
「昨日の宝石の買い付けも傀儡さやらせてたぜ。徹底してらんだ」
「しかし、人までさらっているとは初耳だな。……動機がわからん」
「そりゃ異世界からの人さらいの大半は、人売りだろうけどな。エルザの場合はそういう話ば耳にしねーんだいな」
飛び交う会話を頭の中でかみくだき、ボクは目を見開いた。とある仮説が浮かびあがったからだ。
彼らは異世界からやってきた正義の味方なんだ。そして、同じくどこかの異世界からやってきた化け物や悪人を人知れず退治しているに違いない。今回も、あの変な霧の向こうの世界へさらわれた子どもたちを助けに来たんだ。きっとそうだ。
急に彼らが尊く見えてきた。なんてすばらしい人たちなんだ。
子どもっぽいかもしれないけど、正義のヒーローって好きだ。幼いころに見たアンパンマンやウルトラマンに始まり、物心ついてくると仮面ライダー、今ではアイアンマンなどのアメコミものも大好きだ。
ボク自身は何のチートもなく無双もできず、存在そのものが意味不明だけれど、彼らの活躍が間近で見られるんなら異世界転送バンザイ、そう思える。
ドキドキしながら、ボクは彼らに質問してみることにした。おこがましいかもしれないが、ヒーロー活動を見守るにあたってもう少し彼らのことを知っておきたい。
「あのう、そのエルザなんとかってやつは、どんなやつなんですか?」
「なんだい急に敬語になって。まあそうだな、長年宝石の密売を続けてるけど、未だに異世界管理局も足つかめない正体不明の犯罪者ってとこかな」
宝石の密売。異世界管理局。ドラマチックなワードがそろってきた。その異世界管理局とやらが日本でいう警察的なポジションだとするなら、バロンたちはやっぱり秘密裏の組織なのか。
「大量に買い込んだ宝石を、もっと高値で売れる他の世界へ売っているの。関税もかからないし、買い付けた世界では安値がつくものでも他の世界では稀少だったりするから、うまい商売なのよ。もっともそんなのを許していたら、世界同士のバランスがめちゃくちゃになっちゃうから、異世界管理局が取り締まっているんだけどね」
リディアさんが追加で説明してくれる。
なるほど。確かにラノベでも現代知識チートなんかはよくある展開だ。自由に行き来できるなら、いくらだって異世界を利用して儲ける方法があるわけか。
「でも人売りっていうのは? どうしてわざわざ異世界から……」
「そりゃ、異世界に連れ去ってしまえば地元の警察が足取りを追うのは不可能になるし、奴隷にされた人間だって異世界移動能力がない以上絶対に逃げられない。人売り商人からしてみたら都合の良いことだらけなわけだ。それに……」
一瞬考えてから、バロンは言葉を続けた。
「いろんなリクエストを満たせるんだよ。例えば、ケモナーの大金持ちがいたとするじゃん? そいつが『金髪ツインテ猫耳メイドが欲し〜い!』とか言ったとする。異世界から探せば、その要望にピッタリの子を攫ってこれるってわけ」
「どんな例えだ」
「まあそこまでコアじゃなくても、怪力な奴隷が欲しいとか魔法が使える手下が欲しいとか、要望はいくらでもあるはんでな」
陽楽にツッコミを入れられながらの説明に、ボクは納得した。確かにそれは一定の需要があるだろう。
悪趣味な大金持ちか……典型的な悪役だな、ウムウム。
そいつらを成敗する《痛快! スカッと異世界》がこれから見られるわけか。
「けどそれだけ悪どいことをやってる犯人なら、その異世界管理局ってのももっと本腰入れて捜査して欲しいね」
ボクは感想をのべた。いきなり異世界に奴隷として売り飛ばされるとか、冗談抜きで恐ろしいんですけど。……まあボクに狙われるほどのアビリティはないだろうけど。
「まあねー。ただ無数にある異世界を全部管理するのはさすがに無理だし、能力者の中で異局員になりたいって奴もそこまでいるわけじゃないから、どうしても人手不足で後手に回りがちな組織なんだよ。ま、そのおかげで俺らは仕事がしやすくて助かるけど。今回だって、こうして異局の知らぬところでまんまと宝石を横取りできるって寸法よ」
正義のヒーローらしからぬ発言が聞こえたような気がした。ボクは聞き間違いだと思うことにした。
「あら忘れないでよバロン。そこらの宝石店にいくらでもあるような代物じゃなくて、『ヘヴンパール』のコレクションが目的でしょ? 数々の宝石を扱ってきたエルザが、それだけは絶対に手離さないといわれる幻の真珠……なんとしても見てみたいのよ」
今度は聞き間違いというわけにはいかなかった。
おかしいな、目的は攫われた人々の救出じゃなかったのか?
「あのー……バロンたちは一体どういう……」
「あらら、まだわかんないかい? 俺たちは盗賊。異世界をめぐって財宝をちょうだいする大泥棒さ」
……おまえらも犯罪者かよォ!
「どっどろ、いやあの……あ、そうか! わかったぞ! 君たちは義賊なんだろ?」
義賊。貧しい人々に財を分け与える泥棒。強きをくじき弱きを助ける、そんな存在。
ネズミ小僧やビリーザキッド――アンチヒーローだって良いじゃないか。
ボクは残る可能性に期待を寄せた。
「義賊? そんな言葉は自己満足の正当化じゃん。悪党なら悪党っていさぎよく名乗れや。俺は好きなよーに生きるんだ」
あっダメだこいつらヴィランだ。
ボクは膝からくずれおちた。
右を向けば人をさらう極悪密売人、左を向けばそいつから宝石をかすめようと企む泥棒。
渡る世界は鬼ばかり――
そんな言葉がボクの脳裏をよぎっていった。