異世界盗賊 ~What a wonderful world~ 作:玲寿
冷たい風吹く秋の午後。空に立ち込める雲は重く、街は灰色にくすぶっていた。
誰もいない裏路地なのを良いことに、バロンはでかい声で歌いながら石畳の上でステップを踏み歩いている。慣れたもので、バロンが踊りながら歩いていても陽楽は特に何も言わない。リディアさんはアパートに残って留守番中。
彼らが泥棒であったと発覚してからも、ボクは一緒に行動することをやめなかった。
……だって、しょーがないじゃないか!
ボクのことを認知してくれるのはバロンたちしかいないんだ。他に行くところだってないし。彼らが悪党だろうとなんだろうとついていくしかない。
「で、今日の夕飯何さする?」
ムーンウォークしながらバロンは言った。やたらとうまい。ひとつひとつの動きのキレが良すぎるんだよ。泥棒の姿か? これが……。
「そうだな、サンマだな」
「サンマ? 秋だから? しても売ってねぇでしょ、この国に」
「日本に行って買ってくればいい」
正気かよ。この国がどこだか知らないけど、いや、そもそも異世界なんだろうけど、夕飯にサンマ食べたいがために日本に行くのか?
「うーん、ま、いいけど・・・・・。ゲートを日本につなげてて、しかもちょうど季節が秋の世界っていうと……どこだ? C3510世界あたりだったらいけっかな」
バロンがあごに手を当て、小首をかしげながら何かぶつぶつ言いだした。
ひょっとして日本へ異世界移動するんだろうか。そんな簡単にできるものだったのか……異世界移動。なんだ、それなら最初から頼んでみればよかった。たとえパラレルワールドでも、似た場所に行けば何か思い出せるかもしれない。
「見物クンもついてくる? 日本」
ボクはすぐさまうなずいた。
バロンたちはさらに人通りのない草むらのほうへ進んでいき、今は使われていないらしい古びた井戸の前で立ち止まった。
「あったあった! ゲート」
「異世界への入り口って、そこらへんにあるもんなの?」
バロンと陽楽は井戸に取り付けられた蓋を外そうとしている。
「んだ。そこらへんにあるものの中に、ゲートとしての力を秘めたものがかくれてんだ。能力者はそれを見分けてゲートとして使う力ば持ってる。なんかやたらと同じんたとこに密集しててこんなにいらないだろ……ってときもあるし、逆に全然ゲートが見つからなくてヤバいときもある」
コンビニとか美容院みたいだな……。
二人は井戸の蓋を無理やりこじ開けた。間髪いれず、陽楽がひょいっと井戸の中に飛び込んでゆく。
「うわっ、何やって……!」
「だーいじょぶだよ、落ちたりしないって。この井戸はもうゲートになったから。ほら、見物クンも来いよ」
バロンも一切ためらわず、井戸の奥に消えてゆく。ボクはうろたえた。井戸に身投げしてお岩さんにでもなったらどうしてくれる。
……いやボク飛べたわ。
ボクは石の壁をまたいで井戸底へダイブした。
目の前が青白く光ったような気がする。直後に真っ白になり、今度は暗転。上下左右がよくわからない。不思議な感覚だ。
はっと気がついたら、目の前の暗闇に四角い切り込みみたいな光が見えた。
ドアだ。
押し開けると、一気に外の白い光がなだれこんで目がくらんだ。何度か目をしばたいて、ようやく明るさに慣れてからボクは辺りを見回した。
青空に紅葉。降り積もった落ち葉の放置された庭。ボクは古民家の勝手口から出てきていた。人ん家から出てきたのかと焦ったが、どうやらここはずいぶん前に空き家になった場所らしい。
屋根はひしゃげて割れているし、窓ガラスにもヒビが入っている。人の気配はまるでしない。
「よーし、ちょうどサンマが旬な季節だな」
そう言いながら、バロンは伸びっぱなしの生垣の崩れかけたところを見つけて道路へ出ようとしている。陽楽はすでに生垣をこえていた。
追いかけていくと、見慣れた景色が広がった。アスファルトの道路、カーブミラー、電線だらけの空。
うーん、まさしく現代日本。しかしボクの体はスケスケのままである。
「で、どこさ行く? クドーナノカドー?」
「いやここからならプラズマモールのほうが近い」
陽楽が指差す先。頭だけひょっこり見えているあの建物はイオンモー……。
なるほどね。やっぱりここはボクが知っている日本じゃない。確かにパラレルワールドだ。
神かくしってこういうふうにして起こるんだろうな。恐ろしや。
プラズマモールと呼ばれる大型スーパーの中へ入ると、家族連れやカップルでにぎわっていた。
食品コーナーでは、ポイント二倍デーの歌やコロッケ揚げたての宣伝アナウンスがスピーカーからひっきりなしに聴こえてくる。
買い物カートを押しながら連れ立って歩く銀髪と坊主はめちゃくちゃ目立っていた。いいのか? 泥棒がそんなんで……。
「夕飯の買い物は陽楽サンにお願いしていい? 日本に行くって連絡したら、リディアちゃんに買い出し頼まれたんだ。雑貨屋さ行ってこねぇば」
「パシリか、ははは」
バロンが懐からスマホを取り出し、リディアさんから送られてきたらしいチャットの画面を開いている。
「そー。愛用のシャンプーとリンスが切れそうなんだってさ。女の子の雑貨って高くね? 俺らだば三百円ので充分だいな。……あっ陽楽サンはそもそもシャンプーやリンスはいらないか。お兄さんトレンディだもんねー」
バロンはにやにや笑って片肘を陽楽の肩の上にのせた。ところが、陽楽はからかいを意にも介さず笑い飛ばした。
「トレンディ? ああ、ハゲのことか! ハゲでもシャンプー使うぞ! 頭皮洗うからな。リンスはいらん」
お笑いネタをぶった斬られ、バロンのほうが苦笑いする。
「マジレスすんな、そこは『誰だと思ってんだ? お坊さんだぞ』って返すんだよ! ていうか陽楽サンはハゲじゃないじゃん。丸めてるだけじゃん」
「ああ、でも毎回剃るのも面倒でな。いっそハゲたら楽かもな」
「その発言はアートでネイチャーな方々にいっぺん怒られたほうがいいと思うよ」
こいつらの会話、小学生男子レベルだ!
やめろ、それ以上公共の場で髪の話をするんじゃない。さっき薄毛のおっちゃんがおまえらの会話にすごい形相で振り返ってたんたぞ。ボクは見た。
そうこうしているうちに鮮魚コーナーにたどり着き、バロンと陽楽は分かれて歩き出した。ボクはバロンに着いていってみることにした。陽楽には見えないしね。
食品売り場を抜けるとフードコート。たこ焼きやハンバーガーのいい匂いがする。そこからエスカレーターで二階へ上がれば洋服屋や日用雑貨屋の並ぶフロアだ。値札をながめていて気がついたけれど、どうもこの世界は通貨が円ではないらしい。値札の数字には、見たことのない記号の単位が記されていた。こんなふうに微妙に差異のある世界を行き分けるなんて、よくできるものだ。ボクなら頭狂いそう。
お使いの品を買い終えたバロンはぶらぶらと店通りを歩き、大量のガチャポンが並ぶコーナーで足を止めた。
「ガチャポンだ!」
目を輝かせながらバロンはガチャポンに飛んでいく。やっぱり小学生だ。
でもまあ、気持ちはわからなくもない。大人になっても、こういうのってちょっとわくわくする。
モアイのフィギュアやキャラクターグッズ、小さな食品サンプル。種類豊富で、ながめているだけでもおもしろい。
「おっ、これいいな」
バロンがかがみこんだのは、マイ・ハート・ドアという小さな扉のキーホルダーが出てくるガシャポン。マイ・ハート・ドア……”私の心の扉”ねえ。
アパートのドアとか、教室のドアとか、いろんな種類のドアがあるらしい。
「どれ狙ってんの?」
小銭を取り出しているバロンに聞いてみた。
「女子トイレのドア以外ならなんでもいいかな。さすがに女子トイレのキーホルダーは持ち歩けない」
ボクは笑った。
「確かにね。でもバロンって泥棒なんだろ? わざわざお金出してやらなくたっていいじゃん」
すると、バロンはくるっとボクのほうを振り返って、芝居がかった口調で言った。
「いいか、見物クン。おまえはガチャポンというものの真髄をまるでわかっちゃいない。こういうのはな、どんなハズレを引こうとも、ありのままの運命を受け止めるからこそ意味があるんだ。すべてを根こそぎ手に入れたところで、なんの意味があるっていうんだい?」
「どんだけガチャポンに心血注いでんの?」
小気味いい音がして、丸レバーが回る。転がり落ちてきたカプセルを二つに割って、中のビニール袋を広げると。
「女子トイレのドアだ」
全十種類もあるのに……草。
「……まあともかく、本物の扉と同様のギミックとやらを試そうじゃないか」
バロンは手のひらサイズの扉を開こうと引っ張っているが、ちっとも動く気配がない。
「なんっっじゃこりゃ……硬くね? だーしてこった頑丈な女子トイレの扉が……あ、もしかして」
扉をひっくり返し、裏から押し開ける。するとあっさりと開いた。しばらく無言でそれを見つめ、バロンはしみじみ言った。
「やっぱり心の扉って内側からじゃないと開かないんだね」
名言っぽく聞こえるけど、女子トイレの扉握りしめながら言われてもシュールなだけだぞ。
バロンのポケットの中で、スマホの振動音がなった。取り出すと、ディスプレイにはチャットの通知。
「陽楽サンも買い物終わったってー。合流するべ」
来たときと同じように古民家の勝手口からゲートを開け、井戸を這い上がり(ゲートのもつ力なのか、ふわりと体が押し上げられる感覚がして容易に出られた)、今はその帰路である。
まだ夕方だけど、重い雲がかかっているせいでだいぶ暗い。街灯がつくまで間もないだろう。
右手に買い物袋を下げ、左手は黒ズボンのポケットに突っ込んで歩きながら、バロンは口笛を吹いている。
暗くなってから口笛吹くと、蛇だか泥棒だかが来るっていうよね。この場合は当人が泥棒だから無効なのか?
「あ、そうだ。このままマーカラ通りに寄って、はざまの追跡してく?」
ふとT字路で足を止めてバロンは言った。
「そうか……ここから遠くないな。戻るのも面倒だ。このまま行くか」
二人はブラウンストーン・アパートのある東ではなく、西へと続く道を選んだ。
歩くのがめんどくさくなっていたボクは、ふわふわと浮きながらバロンに問いかける。
「はざまって、何?」
「ああ、はざまってのはね、あらゆる世界を内包する空間のことさ。宇宙にたくさんの惑星が浮かぶみたいに、はざまにはいくつもの世界が浮かんでる。基本、異世界移動するときははざまはワープしてショートカットすんだけど、使用されたゲートの先がどこの世界に繋がっていたのか追跡するには、はざまから辿っていくしかな……」
バロンの言葉がとぎれた。向かう先からするどい悲鳴が聴こえたからだ。
バロンと陽楽の顔つきがさっと引き締まる。
「行こう!」
走り出した二人の背を追って飛んでいくと、夕べ見たときと同じ『マーカラ通り』の看板が見えてきた。
濃い霧が通りをまるごと包み込むように覆っている。そこに霞んで見える、一人の女性と、彼女を霧の奥へ引きずり込もうとしている男の姿。男には見覚えがあった。昨日の宝石バイヤーだ。
「誰かー!」
女性は必死に抵抗しているが、少しでも力をゆるめれば、その瞬間に霧に呑まれるであろうことは明白だった。
女性の足がぐきりと曲がり、勢いで脱げたパンプスが転がる。
「おいバロン、あの男は傀儡だと言っていたな。確かか?」
走りながら、陽楽が問う。
「ああ。人間じゃない。もっというと、生き物ですらない。幻術で造られた人形さ」
「そうか。なら、遠慮はいらんな」
二人が顔を見合わせてニヤリとした途端、ボクは陽楽の感覚に同化した。
――なんだこのパワーは……!?
感覚を共有してすぐにわかった。陽楽はとんでもない怪力の持ち主だ。
道に転がっていた、拳ぐらいの大きさの石を拾い上げる。ボクの身体――いや陽楽の身体は、きれいなピッチングフォームを描いた。鍛え上げられた筋肉というものは、満ちるエネルギーも、その可動域も、まるで違うのだということをボクは体感をもって知った。
「新しい顔よ! ソレーッ!(裏声)」
バロンのふざけたアテレコに合わせて、陽楽は思いっきり石を投げた。
時速何キロぐらい出ていただろう。豪速でまっすぐ飛んでいった石は、それこそアンパンの顔をチェンジする勢いで男の頭をぶっ飛ばした。
す、スプラッター!!
……と思ったが、やはり男はバロンの言うとおり生物ではなく、頭が吹っ飛んだとたん、魔法が解けるかのようにバラバラと骨になり崩れ落ちていった。それと同時に霧が消えてゆく。
良かった、ボクはあんまりグロ耐性がないんだ。これはこれでやべえ光景ではあるが、首が飛ぶよりはマシ。
陽楽との同化も解除され、ボクはホッと一息ついた。だが女性のほうはそうではなかった。顔から一気に血の気が引き、少し後ろによろめいたかと思うと、そのまま棒のように倒れた。
「やべっ」
ロングスライディングで駆けつけたバロンが、女性が石畳に頭をぶつける寸前ギリギリで受け止める。
「あっぶね」
痩せた中年の女性だった。はしばみ色の髪をしている。真っ青な顔でバロンの腕の中でうなされていた。
無理もない。いきなり目の前で”新しい顔チェンジ”が繰り広げられたら悪夢だ。
「やりすぎたか?」
陽楽が眉をあげた。
「いや、しょーがないよ、あの状況じゃ。しかしどうすっかねー。放っておくわけにもいかないし……病院に連れてく?」
「う、うーん……」
女性が顔をしかめ、身をよじる。思ったより早く意識が戻ったらしい。パチリと目を開けるのを見て、ボクらは肩の力をふっと抜いた。
「わ、わたくし、一体どうして……あ、さっきの男は?」
うろたえているが、陽楽の投球についてはスッカリ記憶から抜け落ちているようだ。
よし、このままなかったことにしよう――「追い払ったよ! 大丈夫!」と爽やかに笑うバロンから、そんな魂胆が透けてみえた。
「そ、そうですか……助けてくださりありがとうございま……ううっ」
言い切る前に、女性が口元に手を当て押さえきれない嗚咽をもらす。ボクらが驚いていると、女性はワッと堰を切ったように泣き出してしまった。
「どっか痛い? 病院行く? それとも警察のほうがいい?」
「い、いえ、病院は結構です……警察も、行ったところでどうしようも……」
ポツリと一粒、地面に黒い染みが落ちたのを皮切りに、バラバラと激しい雨が降り出す。 号泣する女性を、地面に片足だけ立膝の体勢のまま支え、バロンは困った顔で陽楽を見上げた。陽楽は、袈裟を取り外して頭上に広げ、女性が濡れないように雨よけにしながら、小首をかしげてバロンを見返す。女性にこうも泣かれると、彼らでもちょっとは面食らうらしい。
バロンは少し考え、口を開いた。
「お姉さんもしかして、霧の向こう側、見た?」
女性は一瞬ぴたりと動きを止め、目を見開いてバロンを見た。
「あなたもご存知なんですか? あの……霧の先に見えた得体の知れない城を」
「まあね。でもここにいたんじゃ風邪を引く。ちょっと場所を移して話さない?」
「ええ……」
「立てる?」
戸惑う女性に手を貸し、バロンは立ち上がった。
「ねじろ亭か?」
陽楽の問いに「うん」とうなずいて、バロンは通りを見渡した。
ゆっくりと灯りはじめた街灯が、雨に白くにじんでゆく。雨はますます激しくなり、袈裟一枚では防げなくなった。一瞬にして服に濡れジミが広がってゆく。
「ここは通り全体がゲートなんだな。発動せば霧が出るしくみか」
つぶやいて、バロンが何かをなぎはらうかのようにゆっくりと手を動かした。その軌道に沿ってわずかに青い光の残像が走る。
少しずつ、また辺りに霧が満ちてゆく。視界がさえぎられてゆく。おびえて肩を震わせる女性に、バロンは笑いかけた。
「大丈夫だよ。今度は安全な場所につながってるから」
濡れた石畳に響く硬い足音を確かめながら、ボクらは霧の中を歩いてゆく。ふいに音の感じが変わった。乾いて軽くなり、まるで木の床を歩いているみたいな……。
雨音がふっと途切れた。辺りに暖色系の光があふれ、かぐわしいコーヒーの香りがしてくる。
やがて霧が晴れたとき、そこはクラシカルな雰囲気の喫茶店の中だった。
天井から吊り下げられたミルクガラスのシャンデリアが、店内を淡いオレンジ色に包んでいる。飴色の壁には、いくつもの時計がかけられていて、そのすべてが違う時刻を指していた。
ボクらの存在に気がついて、カウンターの奥にいた人物が顔をあげた。褐色の肌に切長の目、古代エジプトとアラビアンナイトの世界観が混ざったみたいな服装。目から下が布で覆われているが、美人だというのはわかる。
「やあイライザちゃん。こんな格好で悪ぃね、邪魔していいかい?」
イライザさんはバロンの言葉に無言で微笑むと、店の奥へと引っ込んでいった。「いらっしゃいませ」すら言われてないが、大丈夫か?
……というのも、ボクら全員、髪の先からポタポタしずくが落ちる程度には濡れていたからである。迷惑だと思われたかな。
「ここは……」
女性は呆然として辺りを見渡している。そりゃあそうでしょうね。霧ん中歩いていって、いつのまにか喫茶店の中にいたら何が起きたかわかんないわ。
「泥棒のねじろ亭。いい店っしょ。ちょうど誰もいないし、ここならゆっくり話せるよ」
聞きたいのは多分店名じゃないと思うよ。
でも、女性がさらに質問する前にイライザさんが大量のタオルを手に戻ってきた。無口な人だから心配になるけど、ここに居てもオーケーということなのだろう。まあボクの存在はそもそも見えてないだろうけど。