異世界盗賊 ~What a wonderful world~   作:玲寿

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居眠り中に机を蹴ってしまう現象をジャーキングというらしい

 

 城の内部へは、二手に別れて入ることになった。

 バロンが招待状を持って正面から行くことで気を引く。そのすきに、陽楽とリディアさんが裏側の壁をつたって窓から侵入するという。

 

 さっそくボクらは城の近くの茂みにかくれ、堂々と玄関アプローチの段差をのぼってゆくバロンを見守った。

 

 一番上まであと一段、というところで城正面の扉が勢いよく開く。

 

「来てくださったのね!」

 

 城内からのまぶしい光に、ボクは目をまたたいた。パトリシアよりほんの少し年上に見える少女が、扉から飛び出しバロンに駆け寄っていく。豊かな金髪に、陶器のように白い肌、青い瞳。細い手足に、ふくらんだスカート。まるで動くフランス人形だ。

 

 あの子が、噂のエルザだろうか。宝石の密売やら誘拐やらの犯人がこんな子ども? そんなバカな……しかしここは異世界。きっと常識でモノを考えてはいけないのだろう。

 

「さあ、いらして。ずっと待っていたのよ」

 

 エルザと思われる少女は、はずんだ声でそう言い、バロンの手を取っている。

 

「この招待状くれたのは君?」

 

 少女に引っぱられ、城の中へ入りながらバロンは尋ねた。

 

「そうよ。私、エルザ・カルンスタイン。体が弱くてこの城から出られないの。それで長い間ひとりぼっちだったの。あんまりさみしいので、招待状を出しては誰か来てくれやしないかといつも待っているのよ。今夜はあなたが来てくださって嬉しいわ。さあ早く、お城へいらっしゃいよ」

 

 会話が聞き取れたのは、そこまでだった。二人は城内へと入ってしまい、扉が勢いよく閉められたからだ。

 

「これでしばらくあやつの目はゆるむだろう。今のうちに行くぞ」

 

 陽楽がささやき、リディアさんがうなずく。ボクら三人は足音を立てずに――ボクだけ飛んでるけど――すばやく城の壁際へと走り寄った。

 

「バロン一人で大丈夫?」

 

 ボクはこそっとリディアさんに聞いた。そう言いながらもボクが潜入組についてきたのは、万が一にもエルザにこの姿が見えることがあれば、いろいろと話がややこしくなるからである。

 

「平気よ。あの人なら何かあっても自分でどうにかできるから」

 

 当然のようにリディアさんは言い、ロープの強度の確認など準備を始めている。

 

 しかしさっきエルザが言っていたことが真実だとするなら、誘拐の理由は友達が欲しかったとか、そんなことなのか? まだ話が通じそうな相手だったし、話し合いでなんとかならないのか……待てよ、そもそもこっちが泥棒に入ってるんだった。

 

「じゃ、よろしくね」

 

 ぼんやり考えているうちに、準備ができたらしい。リディアさんの声でハッと我にかえると、壁の前で陽楽が構えていた。リディアさんが助走をつけて、陽楽が組んだ両手を踏み台に高く跳躍する。チアリーディングとかでみる技だ。

 

 リディアさんの身軽さと陽楽の怪力によって、相当な高さまで舞い上がった。ほぼ二階の壁に、リディアさんが両手に持っていたクナイのようなものを突き刺す。そこからスパイダーマンよろしく壁を華麗によじのぼり、あっという間に壁面にくぼんだ窓枠までたどり着いた。

 

 奥行きわずか二十センチほどのくぼみに腰かけて、リディアさんが窓の閉じ目に薄いカードを差し込む。

 

 カチャリと小気味よい音がして、鍵が開いた。観音開きの窓を片方ずつ手前に開いて、城内へひらりと身をひるがえして消える。直後、中からロープが放り投げられ、陽楽の待つ地面まで届けられた。陽楽は命綱もなしに颯爽とロープ一本で壁をかけあがり、同じように窓の向こう側へと姿を消した。

 

 ここまでわずか数十秒。あまりに手慣れた玄人技に、ボクはちょっとだけ引いた。この人たち泥棒ガチ勢だ。しかもリディアさんはトレンチコートにふわふわしたロングスカート、陽楽は法衣姿のまま。そんな格好でよく動けるな。

 

「来ないの?」

 

 窓からひょっこり顔を出して、リディアさんが小声でボクを呼んだ。ボクはあわてて舞いあがり、窓をくぐった。

 

 飛び込んだ城内はひどく暗かった。しかもせまい部屋だったので、あやうく顔面を壁にぶつけるところだった。

 見回すと、古い外観に反して天井には電灯があった。電気は通っているようだ。

 

「見て」

 

 リディアさんがささやいて、懐中電灯で近くの棚を照らした。暗闇の中、浮き上がるシルエット。段ごとにごちゃごちゃ置かれ、電灯の光を反射しているそれは、すべて宝石だった。

 

「これまたずいぶんと御座形な扱いだな」

 

 陽楽の言うとおり、かなり乱雑。真珠のネックレスなんかはダラリとぶら下がって今にも棚から落ちそうだ。

 

「これはルビー、こっちはオパール。アレキサンドライトもあるわ。まさか金庫に入れられてないなんて。モノは良いのにこんな扱い、宝石がかわいそう。エルザにとって、単なる金稼ぎの道具でしかないのね。……そんな人が、本当に極上真珠のコレクションなんて大切に持ってるのかしら」

 

 怪訝そうにつぶやきながら、リディアさんはひとつひとつ宝石を確認してゆく。

 

「さあなあ。エルザに関することはすべて噂に過ぎんからな、実際に見るまでわからんよ」

「そうよね。ともかく今は、誘拐された子どもたちを探すほうが優先だわ。だから……」

 

 リディアさんは柔らかな紙で手当たり次第の宝石を包み、すばやく詰め込めるだけのぶんをポーチへ入れた。

 

「とりあえず持ってけるぶんだけいただいていきましょう」

 

 ガッチリしてらぁ。

 だけど子どもたち優先というのは嘘ではないようで、宝石の回収は二、三分も経たないうちに切り上げた。

 

 陽楽は、背負っていた布包みから錫杖を取り出している。錫杖って、歩くたびシャンシャンシャンシャン音鳴らなかったっけ? と心配したが、これはそうではないようだ。熊よけじゃあるまいし、さすがに自ら侵入を知らせて歩いてるんじゃ間抜けすぎる。

 

 人がいないか警戒しながら廊下へ出る。廊下は窓がないぶんより一層暗くて、人の気配が全然しない。灰色の石壁がひどく冷たく感じられるし、どこからか吹いてくるすきま風も相まって、ボクは身震いした。

 

 陽楽とリディアさんは静かに各部屋の様子を伺って回った。どこもかしこもクモの巣やホコリだらけ。石造のキッチンはまるで使われた痕がない。生活感が皆無なのだが、本当にエルザはここに暮らしているんだろうか。

 

 何事もないまま、あっという間にこのフロアを調べ尽くしてしまった。城って、思ったほど広くないんだな。ベルサイユ宮殿とかは別格として、中世あたりの城ならこのぐらいの大きさが一般的なのかもしれない。これなら現代のホテルやデパートなどの施設のほうがずっと巨大だ。

 

「上の階へ行く? それとも下の階へ降りる?」

 

 リディアさんと陽楽が最後に調べた部屋で相談しているあいだ、ボクは何気なく廊下に出てぶらぶらと歩いた。あまりにも何もないので、ちょっと緊張感がゆるんでいたのだ。そしたら、曲がり角の先から急に男が現れた。足音も何の気配もしなかった。本当にヌッと、燕尾服を着てサングラスをかけた執事がそこに出現したのだ。

 

「ヒィ!」

 

 ボクはビビって硬直した。真っ暗な廊下で、いきなり『逃走中』のハンターみたいな男に出会ってみ。めちゃくちゃ怖いから。

 

 しかし、ハンター……いや男は、ボクの体をあっさり通り抜け大股で歩いてゆく。

 体当たりされたみたいで頭がぐらぐらした。でもそれも一瞬、すぐに気を取り直したボクは急いで男を追いかけた。その方向にはリディアさんと陽楽がいる。早く知らせないと。

 

 ……と思ったが、それは杞憂だった。

 

 二人はちゃんと近づいてくる気配を感じ取り、待ち構えていたのだ。男が部屋の扉を開けると、そこには野球のバッターみたいに錫杖を握りしめた陽楽が笑顔で立っていた。

 

 で、ボクが状況を呑み込むよりも早く、男の体はくの字に曲がって真後ろに吹っ飛んでいた。さよなら逆転ホームラン……。

 そして男はこれまでの傀儡と同様、バラバラの骨になって消えてしまった。

 

「エルザに勘づかれたかしら」

「どうだかな。ともかく、急ぐにこしたことはない」

 

 二人は上の階へ行くことにしたらしい。部屋を出て上りの階段へ向かっている。

 着いていこうとして、ボクはふと思った。傀儡にはボクの姿見えてなかったんじゃね? ということは、大手を振って歩いても誰にもバレないんじゃね?

 そうとわかれば恐るものは何もない。

 

「リディアさん、ボクは下の階を探しに行くよ。手分けしたほうが早いだろ?」

 

 ボクの声に、リディアさんは驚いた顔で振り返った。

 

「一人で大丈夫?」

「平気だよ。奴らには見えてないから」

 

 ボクはドヤ顔で答えた。リディアさんには表情まで見えちゃいないだろうけど。

 

「それなら、お願いするわ。でも気をつけてね。無理はしないで」

 

 うなずいて、ボクはさっそく階段を降りた。わずかな足音でも吹き抜けの高い天井まで響いてしまう石の螺旋階段だが、ボクは飛べるので通用しない。

 

 一階まで降りてゆくと、まずは細長い廊下。天井にいくつかの小さいシャンデリアが灯っているので足元ぐらいは見える。しかし一見豪華なシャンデリアなのに、積もっているホコリやクモの巣のせいでずいぶんとみすぼらしいな。

 

 エルザはずっとひとりぼっちだと言っていたから、人手が足りないのだろうか? 小さな城とはいえ一人で住むには当然デカいしな。でも、傀儡を召使いみたく使えるんなら、掃除や身の回りの世話をさせることぐらいできそうな気もするけど。それとも、興味がないんだろうか。汚部屋でも全然平気なタイプ?

 

 あれこれ考えながら廊下を進んでいくと、またしても傀儡男と遭遇してしまった。さすがに目の前に現れた瞬間はひるんだけど、やっぱりボクには気づかないようだ。

 

 無表情で歩いているその周囲を、ぐるぐる回りながら飛んで観察してみるもまったく何の反応もない。こうなると怖くもなんともないぜ。君、案外いいサングラスしてるね。

 

 ゲームの裏技プレイをしてるみたいな気分になって、ちょっと楽しくなってしまった。いかんいかん、調子に乗ってる場合じゃない。ちゃんと子どもたちを捜索せねば。

 

 傀儡男を追い越し、さらに奥へと進む。するとそのうち、かすかに音楽が聴こえてきた。近づいてゆくと、ぼんやり辺りが白っぽく明るくなってくる。

 

 はっきり音楽が聴こえるところまで来たら、大きく開かれた扉があった。こうこうとした明かりがそこから漏れ出ている。のぞきこんでみたら、そこは大広間。おとぎ話の挿絵のごときダンスパーティの会場だった。

 

 それにしてもめっちゃ人いるじゃん。ひとりぼっちとか言ってなかったっけ? ひょっとして、ここで優雅に踊っている人たちも全員傀儡なのか?

 

 ボクは大広間の中へ入り、規則的にくるくるワルツを踊る紳士淑女の合間を歩いた。じろじろ見ても、誰も何も言わない。ここでもボクの姿が見える者はいないようだ。

 

 しかし全員無表情で、生気がまるで感じられない。エルザはこんなふうに傀儡にダンスパーティさせて、虚しくないのだろうか。まるで人形遊びじゃないか。

 

 テーブルの上には、きちんと料理やお酒も並べられているし、楽団の傀儡までいるのだ。誰一人食べたり飲んだりする者はいないのに。

 

 ふと、二人の男がボクの目に止まった。背が高いのと、ぽっちゃりしたのと。なんだろう、どこかで見たかな。ボクはこの世界で交流した人なんてほとんどいないから、そう印象に残るような人物もいないと思うけど。

 

 まばたきすらせず規則的に踊る彼らをながめていたら、おぼろげに記憶が蘇ってきた。そうだ、タキシードを着ているからわからなかったけれど、彼らはこの世界に来てすぐ見かけた警察官だ!

 

 なんでこんなところにいるんだ。

 いや、思い返せば彼らはこの誘拐事件を追っていた。レイチェルさんのように、マーカラ通りにまでたどり着いてしまったのだとしたら、傀儡に捕まっていてもおかしくない。

 

 そして、この目のうつろさはどう見ても正気じゃない。何か術みたいなものにでもかけられているんだろうか。

 

 そこでボクは思い当たって、あらためてパーティの参加者の顔を観察した。

 ……やっぱりだ。よく見れば、十代の、まだ子どもといえる年齢の人間が混じっている。ひょっとして彼らが誘拐された人たちなのでは?

 

 しかしこれ、大丈夫なんだろうか。誘拐されてから何日だ? まさかずーっと踊らされてるわけじゃないよな。それにすごく顔色が悪いんだけど。想像したかないけど、その……すでに死体で、術の力でゾンビのごとく動かされてるとかだったら……。

 

 なんとか彼らの無事を確かめられないか。ボクは心臓の音を確認しようとして、背が高いほうの警察官の胸あたりに頭をかがめて近づいた。

 

 ところがどっこい、彼らは周りなんか気にせず踊っているわけだから、ボクの頭はすぽっと警察官の胸辺りに埋もれる形になった。

 そして、ボク自身も何がなんだかわからないうちに、再び同化を引き起こすことになったのである。

 

 それは不思議な感覚だった。ふわふわして、暖かくて、まどろんでいるような……。

 学生時代の授業中や会議中、とてつもない睡魔に襲われたときの感じに似ている。まったく意識がないわけじゃないんだけど、とにかく眠くて朦朧として、周囲の状況も音もぼんやりとしかわからない。

 

 起きなくちゃとは思うのに、このまま完全に意識を落としてしまえたらどんなにいいかと思ってしまう。

 

 ああ、もうこのままひたすらまどろんでいたい……。

 …………。

 はっ!

 

 危なかった。彼らの感覚に取り込まれて、ボクまで動けなくなるところだ。

 でも収穫はあった。彼らは生きているし、苦痛を感じているわけでもない。ひとまず安心だ。

 

 それに、これはたぶんパトリシアにかけられていた催眠術と同じだ。刺激を与えさえできれば、すぐ術は解けそうな気がする。どんだけ眠くても先生に当てられた瞬間飛び起きたり、上司に咳払いされたとたんに背筋が伸びるあれだ。何かしらの危機感みたいなもの……それがあれば。

 

 だけど問題は、今のボクじゃ彼らに刺激を与えるどころか、見えてもいないし聞こえもしないということだ。

 

 うーん、誰かを呼んでくるしかないだろうな。

 バロンかリディアさんに伝えて、陽楽にも協力してもらえれば、案外あっさり人質の解放はできそうな気がする。

 

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