異世界盗賊 ~What a wonderful world~ 作:玲寿
それからレイチェルさんは、いろいろなジャズの曲をリクエストし聴き始めた。そのあいだにボクらはエルザの弱点調べを開始することにした。
イライザさんにカウンター裏へ入れてもらい、一見すると飾り皿が並べられているだけの棚を押し開く。するとその先には長い通路があった。薄暗いかくし通路を進んでいくと、やがて古い紙のにおいがしてきた。図書館と同じにおいだ。たどり着いたのは、天井の高い巨大な書庫。円形の空間は壁がすべて棚になっていて、てっぺんから床までぎっしり本が詰まっている。
「すごい……」
蔵書の数に圧倒されて、ボクは周囲を見渡した。
「これはねー、うちが先祖代々書き連ねてきた異世界の歴史の記録なんだよ」
そう言いながら、バロンは壁にかけられているハシゴのひとつを登り始めた。
「先祖代々?」
「バロンの家はユーンセエンの一族って言って、異世界を渡り歩く義賊の家系だったのよ」
リディアさんが補足する。ボクは首を傾げた。
「でもこのあいだ、義賊じゃないって言ってなかった?」
「うん、俺が家を閉じたからね。ユーンセエン一族は俺の代で終わらせたんだ。でもこの歴史書まで葬り去るのはもったいない。だからこうして管理してるってわけ。古書はメンテナンスしないと劣化するから」
それにしても膨大な数の書物だ。
「どれぐらい前から続いたの? その……義賊の一族は」
「うーんと、いつだったっけ? 紀元前……」
「紀元前っ?」
思わず声が裏返る。そんなはるか昔から続いたものを自分の代で終わらせるって、どんな度胸してるんだ。
「まあともかく、そういうわけで、エルザの世界についての記述もこの中のどこかにあるってことさ」
話をまとめ、バロンは棚からいくかの分厚い本を取り出した。ハシゴの下にいた陽楽に受け渡し、床へ降ろす。
「俺の記憶が正しければ、吸血族についての記述があったのはおよそ五百年ぐらい前。これがちょうどそのあたりについて記された本。手分けして探そう」
ボクもそのうちの一冊を手に取ってみた。ひんやりと冷たい表紙をしたその本は、ずしりと重い。パラパラとページをめくる。手書きされたインクの文字がぎっしりと並んでいた。はじめはどこの言語かすらもわからなかったが、じっとながめているうち、やがて文字がじわりじわりとにじむように日本語に見えるようになった。写真や地図が貼り付けられたページもある。でも、言葉の言い回しがだいぶ古いせいで読みづらい。それに全然知らない異世界についての説明は、読んでもピンとこないものが多かった。
それでも黙々とページをめくり続けていると、ふと、気になる記述が目に飛び込んできた。織田信長のことが書かれてある。今から五百年ぐらい前――とすると、十六世紀か? なるほど、そのあたりは日本でいうと、織田信長が生きた時代だ。
そこには、織田信長は本能寺が燃えおちる寸前、異世界へ転移したとあった。そして、逃げ延びた先の異世界でその後も生きたとか……そんなバカな。
ボクはつい、エルザのことを忘れて読みふけってしまった。だから、「あったぞ」という陽楽の声が聞こえたとき、ハッとして肩が飛びあがった。
「どれどれ」
みんなで陽楽が開いている本の周りに集まる。
右のページにはりつけられている白黒写真。かなり褪せていて分かりづらいが、数人が写った集合写真だ。しばらく見つめたあと、ぎょっとした。集合写真の真ん中から二番目に写っている女の子、それがエルザそっくりなのだ。
「えーと、エルザの先祖とか?」
「いや本人」
ボクの問いに、きっぱりとバロンが答える。
「彼女たちは通称”吸血族”。人間や動物の生き血を吸うことで、不老を保つんだ」
つまり、エルザは生き血を吸い続けて五百年以上の寿命を保っているということか。ボクはあのときの、四つん這いの化け物になったエルザの姿を思い出し、背筋がぞーっとした。
ボクらは写真の左に記載されている説明を読んだ。
吸血族の故郷だったV1260世界は、十六世紀はじめごろ気候変動によって滅びたらしい。不老ゆえに、人口は増加をたどる一方。それにも関わらず、不老を保つため育てる家畜の数も増える。森林破壊に二酸化炭素の大量排出。結果、環境は汚染されつくし、世界は崩壊の道をたどった。
しかし、移動能力を持っていた何人かは異世界へと逃れたようだ。
「エルザは異世界へと逃れた吸血族の一人というわけか」
「んだ。大半の吸血族は、異世界で他の人間を襲ってバレて、異局さ捕まってら。でも長い年月が経つにつれて、異局ですらも吸血族の存在を忘れていった。……だけどこのとおりいたんだな。今なお生き血をすすることで当時そのままの姿を保つ、吸血族の生き残りが」
ボクは声がでなかった。五百年も閉じこもって、人をおびき寄せては食らって――。
「それで、弱点は?」
リディアさんが言った。陽楽は、ページをめくり次へと進めた。
「本当にこの作戦で大丈夫?」
「だーいじょぶだって、心配すんな」
不安だなあ。なんせ、バロンの考えた作戦というのがまた奇想天外だったのだ。あいかわらずバロンは自信たっぷりの態度だけれども。
開け放たれた扉の向こうには、エルザの世界が広がっている。なんでも一度訪れて座標がわかっている世界なら、今度は招待状がなくても行けるのだとか。
満月の光に照らされた城。上空には静止した雲が浮かぶ。その景色は、まるで一枚の絵画みたいにドア枠の中に収まっていた。
「よろしくお願いします」
レイチェルさんとイライザさんに見送られ、ボクらはエルザの世界へと足を踏み出した。
今度はバロンも正面から入ったりはしない。全員で裏手に回り、灰色の壁をこのあいだと同様、軽く跳んでよじ登る。ううむ、まったく同じ方法でこうもやすやすと侵入されるとは、エルザのセキュリティ意識はどうなっているんだろう。それとも、侵入されてもなんとも思わないぐらいの余裕があるのだろうか。
城内へ潜り込んだら、ここからはスピード勝負。それぞれ別行動をする手はずになっている。
「そんじゃー作戦開始!」
バロンの小声の号令を合図に、ボクらは別々の道へ走り出した。
ボクも、敵に認識されないという最大の強みを活かすべく、誰よりも速く飛んで城内をめぐった。スージーを見つけ出すのが目的だ。二階の通路をひゅーっと風のごとく吹き抜け、三階へのぼる。
そうして、地道に部屋をのぞいていったボクは、一番のりにエルザを見つけた。このあいだとは別の部屋。巨大な天蓋つきのベッドがあり、天井にはシャンデリアが吊るしてある。エルザの寝室だろうか。彼女はベッドのふちに腰かけていて、その隣にはスージーもいた。
「だから言ったのに。あんな狂った世界に出ていく必要なんてないのよ。ここにいれば、わずらわしいことも苦しいことも何もない」
エルザははしゃいだ口調でスージーに話しかけている。一方のスージーは、ほほえんではいるがどこか暗い表情だ。
「わたしだけがあなたを永遠に愛し続けてあげられる。あなたの時間は永遠じゃないかもしれないけれど……でも愛しあいながら死ねば、それは永遠に生きるのと同じことだと思うのよ。ね、スージー。わたし本当にあなたを愛しているのよ」
ささやいて、エルザはスージーの目をのぞきこみながら手を取った。
なんかヤンデレみたいなこと言ってる……。
案の定、スージーは引いているようだ。エルザの熱をおびた瞳をかわすように、目をそらしている。
「私はあなたの中で生き、あなたは私の中で生きるの。そうしてくれるでしょう?」
うっとりとエルザは言った。
エルザの正体を知っている身としては、さっきからハラハラしてしょうがない。今にもエルザが本性をあらわし、スージーに噛みついてしまうんじゃないかと……。とはいえ、ボクには何もできない。スージーにボクの声は届かないし、エルザを突き飛ばすこともできない。気になるけれど、やはりここはいったん下がって誰か呼んできたほうがよさそうだ。
ボクが引き返そうとすると、部屋の扉が開いた。ぎょっとあとずさると、傀儡の執事が入ってきた。
「どうしたの?」
エルザが立ち上がり、執事の男に近づく。執事は、スージーの存在に配慮してなのか、かがみこんでエルザだけに聞こえるようにそっと耳打ちした。
「そう、侵入者……。懲りなくスージーを取り戻しにきたわけね。そうはさせないわ」
つぶやいたエルザの表情に影が走る。ゆがんだ口元からキバがのぞいた。でもそれは一瞬で、スージーのほうを向いたエルザは、人形のように整った顔に戻っていた。
「ちょっと待っててね、スージー。用事をすましてくるから」
そう笑って部屋を出たエルザを、ボクは追う。階段を降り、暗く冷たい二階の廊下を走る。たっぷりとしたドレスのすそをたくしあげて走る後ろ姿には、鬼気迫るものがあった。よほどスージーを手放したくないのだろう。なぜ彼女がそうまでしてスージーに執着するのかボクには理解できなかった。生き血を吸いたいだけなら、大広間にはまだ何人もさらってきた人間がいるのに。
「おっ、来た来た」
拍子抜けするほどのんきなバロンの声がした。廊下の暗がりから、逃げもかくれもせず、悠々とバロンが歩いてやってくる。
「やっぴー、また会ったね」
おちょくってんのかと言いたくなるようなその態度に、エルザもイラっとしたようである。取りつくろうこともなく、憎悪をむき出しにし始めた。
「スージーは返さないわよ。あの子は自ら望んでここへ来たの。それなのに、わざわざ取返しに来るなんてバカな男!」
「おやおや、そうかな? 本当は気づいてるっしょ。スージーちゃんだって、君と心中する気なんか毛頭ないよ」
エルザはぐっとこぶしを握りしめた。全身がぶるぶる震えている。怒りのままに跳びあがり、このあいだと同じようにバロンに襲いかかる。
「あーらよっと。同じ手は食わないぜ」
ひらりと攻撃をよけられたエルザは、勢いあまって膝に床をついた。憎々しげにバロンを見上げたあと、その口から出てきたのは、怒りというよりも悲痛な叫びだった。
「……どうしてよ。どうして私がこんなに苦しんでも誰もわかってくれないの? ねえ……! なんで私に心を開いてくれないの。なんで愛してくれないのよ!」
そうか……エルザは愛に飢えているのか。だから同じく孤独を抱えたスージーに何かシンパシーを感じるのかもしれない。
エルザは床につめを立てむせび泣いている。
バロンはポケットに手を突っこんだまま、しばらく無言でその姿を見つめていた。それから、しゃがみこんで目線を合わせ、静かな声で言った。
「……君は心を開いたの?」
エルザははっとしたように目を見開き、バロンを見つめた。
同化せずとも、このときのエルザの気持ちが、ボクにもなんとなくわかる気がした。正体を知ってなお、彼女を一人の人間とみて語りかける響きがそこにあった。エルザは、それがうれしかったんだ。
すくっと立ち上がったエルザは、さっきまでとは打って変わって目を輝かせ、ほおを上気させた。
「わかったわ、スージーはあきらめる。そのかわりにバロンが私と一緒にいて? あなたのこと、好きになった。あなたでいいわ」
「”で”って何? あなた”で”いい、って」
つっこむところはそこでいいのか?
「だって、わかるのよ。一度あなたの血をのんだから。あなたにはあまりにもたくさんの異世界の血が混ざりすぎている。だからこそ、どこの世界の人間にもなれない――一人きりなんだわ。どこにも属せる居場所がないんだもの」
思わず、え、と声が出た。
でも……確かにバロンは、日本人の祖母をもっていると言っていたけれど、その見た目は日本人には見えない。いやそもそも、ボクのいた世界において、地毛が銀髪という民族はいなかったはずだ。
同じ世界の人間同士でさえ、見た目や考え方の違いで自分たちのコミュニティに属さないと判断された者は、意図的にせよ無意識にせよ差別を受けることがある。ましてや、それが異世界ともなれば……。彼はいったい、どういう存在として見られて生きてきたのだろう。
バロンがなんと返すのか怖い、と思った。バロンがどういう言葉を口にするにせよ、ボクにはそれに対して言えることが何も思い浮かばないと思ったから。
だけどそんな心配は杞憂だった。
「住所不定無職でごめんね! でも友達いっぱいいるから困ってないぜ!」
けろりとしてバロンは言い放った。ボクは目が点になった。バロンはやっぱりバロンだった。
「リディアちゃんだろー、破戒僧の陽楽サンだろー、あと異世界マフィアの若たちに、異世界闇商人もいるし、贋作絵師もいる。他にもたくさん……、あ、そうだ最近見物クンって変わった友達も増えたよ」
一瞬、バロンの目がエルザを通り越してボクをとらえた。思わずきょとんとするボクに向かって、にっとバロンが笑う。
と、友達……こんな得体の知れないボクを友達と認識しててくれたのか。こんなときだけれど、ついじーんと胸が熱くなる。
「そんなの知らない、関係ない!」
エルザは髪をふりみだし頭を振った。こうなったら力づくでも、と突進してきた彼女へ向けて、バロンが勢いよく手のひらサイズのボールを投げつける。それは空中で弾けて広がり、エルザにまとわりついた。
「何よこれ!」
「とりもち」
巨大なとりもちは、エルザの服や足にしっかりとからみついて離れない。どうにか取ろうともがいたところ、かえってバランスを崩し、床に転がるはめになった。
「今は邪魔されると困るから、悪いけどしばらくそこにくっついててくれよ~」
黒ジャケットの裾をひるがえし、バロンはくるりと背を向ける。エルザは金切り声をあげてわめいたが、それに振り返ることなくバロンはその場を走り去った。
――これが作戦その一。『エルザの動きを封じる』だ。
作戦一は無事成功。そして次は作戦その二、『大広間の人々を解放する』。すでに一階で陽楽がスタンバっているはずだ。ボクとバロンはそろって階段をかけおりた。