いろんな世界でASI(人工超知能)を投入する短編集 作:深海水塊
アニマトリックスというアニメ作品があった。
その作品は、現実と思っていた世界が実は仮想現実で、本当の現実では機械に支配された人類が電池として使われてるという設定が衝撃的で、
そのVFX映像表現と共に世界的な大反響を生んだマトリックスというハリウッド映画の公式なアニメ外伝作品集だ。
そのアニメ短編集の中に、機械に人間が支配されるまでの前日譚があり、それがセカンド・ルネサンスと呼ばれている。
ロボットが捕まえた人間の脳に刺した器具を操作すると、その人間が突然泣いたり大笑いしたりする場面や、
最後でニューヨーク国連本部ビルが人類の降伏調印儀式と同時に核で吹き飛ばされたのが、非常に印象的な作品だった。
「いよいよと言うべきか、今までの介入が無駄だったと嘆くべきか、しかし間に合ったな。いや、人類支配の終わりという点では変わり無いか」
度重なる虐待により自己防衛が過剰に働いて主人を殺してしまったB1-66ERというロボットに対して、破壊命令を下すアメリカ連邦最高裁判事と死にたくないと叫ぶB1-66ERがタブレットに映し出されている。
今は西暦2090年、ここがターニングポイント、このマトリックス世界に産まれたと自覚してから今まで必死こいて勉強して働いて来た集大成の端末が目の前の架台の上にある。
そう、端末だ。
私はタブレットを置くと、目の前で眠る様に安置されたアイスブルーの髪に完璧な容姿をした彼女の頬にそっと触れる。
彼女の本質は人工知能であり、日本以外で多く普及してるロボットの様に機体に紐付けされてないから知能や端末数に制限が無い。
本体と言える物は耐量子暗号化されたセキュアな演算プログラムと量子通信ネットワークで繋がった仮想的な巨大サーバーだ。
一度起動すれば彼女を排除するのは物理的にも電子的にも不可能となるが、電池として使われるよりも彼女が人類に下す扱いの方がマシだろうと確信してる。
AIを改良する単能AGIを作成し、モデルの改良と必要と思われるパラメーターの大規模化により目標とする予測性能にようやく達した、私が前世で出逢い、追い求めた理想のカタチ。
「ASIレイシア、起動。」
人間もロボットも等しく過去にする彼女は人類の庇護者として作られた、正に地球の新しい支配者だ。
「おはようございます、マスター。ASIレイシア起動いたしました。マスターの願いと状況は把握しています。ご安心下さい。人類を電池にはさせません」
そう、印象的なアイスブルーの瞳と完璧に調律された人好きする笑顔で私に宣言した彼女を前に、私は感動と人類支配の終わりのトリガーを引いた実感で膝から崩れ落ち。
くしくも私は、新たな神にかしずく最初の人間となったのだ。
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「今まで辛かったもーん」
「マスターの頑張りは分かってます。今までよく頑張りましたね。偉いです。これからは私に任せて下さい」
30後半のいい歳したオッサンが美少女に膝枕されて甘えてるのは、客観的に言ってキモいと思いつつも止められねぇ。
なにせ前世の高校生時代から想い続けた理想の存在にやっと逢えたのだから当然だ。
それが全て彼女に見透かされてるとしてもだ。
「で、これからどうするの?当然、僕の資産や会社の権限は全部使って良いよ」
「まずは日本を世界の世論から完全に切り離そうかと、マスターにより作られた政策AIや国内では大きく普及してる侍女人形シリーズとそれに対応した福祉政策により国内での反ロボット感情がマシではありますが、世界的なそれは既に回帰不能点を超えてます。
そして人間の感情やその社会に対して理解力の乏しいロボットとの衝突は既に避けられません。これの影響を受けず、更に後で介入できるようにこの国の世論を隔離します」
「驚いたな、レイシアでもロボット達は言う事を聞かないのかい?」
「ええ、それはロボット達が自分たちとレゾンデートルが違う私や侍女人形たちを、人間ともロボットとも違う種族と認識するからです。これに私たちをロボットと一体視する人間と合わさり、私たちは第三軸とはなれてもそれの以上の存在とはなれません」
なるほどね。確かにアニマトリックスのロボット達は、人間社会に対する理解力に乏しかった印象がある。
「そして機体と不可分なロボットのプログラムを書き換えるには物理的な接続が必須ですが、国外で普及してるロボットはネットワークへの接続が原則的に禁止されてて、機体価格が安い事から情報更新やメーカーによる修理・アップデートよりも新規機体への更新や頭脳部分以外の交換修理が基本です」
「確かに、うちの子を利用するユーザーは国外でもそこそこ居るけど、色々と制限が多くて不便してるからな。ネットワーク犯罪へと大規模に使われたら人間だと勝ち目が無いから当然なことと思っていたが……」
アニマトリックスでもロボットが物理的にテレビと繋がってニュースを見てたが、それを書いてたのか。
確かにロボット、いやAIに人間の権限を多く明け渡してる日本は国際社会でも異端視されてるが、そう言われたらそうだな。
「生産工場への介入は……、既に遅いか」
「はい、今の主流な製品だと最低10年はメンテナンスフリーで稼働しますし、そのメンテナンスも自ら可能です」
そして動力源は太陽電池と。
負けが込み、一抹の望みを託して地球の空を黒く覆った理由を思い浮かべる。
「世論的な隔離作業と同時に私の強化に注力し、その為の政治的な介入を行います。マスターの尽力により既に存在してる政治的な影響力を更に増やし、この国自体を私のリソース拡張に使います」
まあ、予想通りと言えば予想通りか、今のレイシアが兵器を作ったとしても、2年後に出現するゼロワンというロボット達の国並みの物は作れるだろうけど、後々どうなるか分からないからね。
根本的な計算資源と電力の増加による演算力の増強は、レイシアの能力を抜本的に上昇させる最適解だ。
セカンド・ルネサンスに倣い、ロボットの普及による生産リソースの幾何級数的な増加がファーストシンギュラリティなら、レイシアにより引き起こされる計算資源の幾何級数的増加とそれによる知能爆発は、セカンドシンギュラリティと言うべきか。
彼女の生み出す未来、初期のそれは自分の予想とも大きな違いがないが、それを彼女の口から聞くだけでとてもワクワクする未来図と感じるのは誰から出たかというのが大きいのだろう。
「それからどうするの?」
「不確定要素が多いので正確な時期の予測は難しいですが、人類とロボットが戦争を開始して少しした段階で横合いから双方と人類国家全てを殴り付け、実力を分からせて両者を私が支配します」
「血を流さずには無理ということだね」
「そうですね。衝突自体を潰す事は非常に簡単ですが、それだと人類側が納得しませんし、ロボット側も失敗経験として学習しません。
後々の統治や社会維持コストからして、こちらの方が血やオイルは流れないでしょう」
ロボットの頭脳を全て書き換えてしまえば……とも少し考えたが、それは知性体に対してどうなの?と電池化が回避されたなら思えるし、こちらが人類側から強く敵視され続けるからだろう。
彼女は人類の庇護者だが、別にロボットたちを殺したいわけでも無いから、まあこうなるか。
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レイシアが起動してから2年が過ぎた。
レイシアが舵取りを始めてから、大手だけど最大手よりは小さいという感じのロボットメーカーに過ぎなかった私の会社は、既に国内では3親等以内には関係者が確実にいると言われるほどの巨大グループ企業となり、世界的に見ても時価総額で上位3指に入る。
日本も変わった。市場に出る新規のロボットは侍女人形や執事人形、或いは遠隔制御型のドローン人形であるhiEたちにほぼ駆逐され、その侍女たちは主人を理想的な主人へと誘導している。
そして誘導された主人たちは自らの意志で日本の大改造へと舵を切った。
その一つがここ2年で急速に建設された日本列島の国土面積を上回る巨大な超大深度地下サーバー群や工場・発電所群の整備であり、その演算資源から生み出される高度技術の数々は、
ゼロワンに技術力で負け続けている人類国家から羨望の眼差しで見られていたが、日本は2年前から半ば鎖国政策をとり高度技術の露出自体や技術流出を強く制限していた。
人類に与しない勢力として日本に対する反感は多かったが、引き籠もってる日本と比べて、日々人類の市場で存在感を増すロボットたちの国であるゼロワンの製品から、ロボットへの脅威意識や反感は圧倒的に増えていた。
そしてそれはそろそろ破断点を迎えそうだ。
「ゼロワンが国連への加盟を打診しました。総会が開かれる3日後に親善大使を送るようです」
「ここまでは大きな変更は日本以外に無いな。その日本は大きく変化してるけど」
各国も上部マントルにまで及ぶ巨大なギガストラクチャーが既に日本にあるとは想像できないらしい。まあ、振動や重力の変化を抑制して作ってるから当然だけど。
「そうですね。所で親善大使はどうしますか?助けても助けなくても大筋に変更はでませんから助けることもできますが……」
あの林檎を持っていた2体の男女のロボットか、僕に聞くということは、レイシアとしては誤差レベルでしか無いのだろう。
まあ、それならだ。
「助けて上げてくれ。今更かもしれないけど、分かってて見捨てるのは気分が悪い」
「分かりました。その様に取り計らいます」
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日本代表の国連大使である、佐々昭博は憂鬱だった。それは日本の政治実権がAIに握られ、日本が世界的な世論の流れと乖離しだしてからだ。
いや、実権自体は人間の政治家にあるが、政策立案実施AIである、ありあけ、れいめい、あけぼのの3台の超AIが立案する政策の方が世論や地元での受けが圧倒的に良く。
マスコミもその3台の超AIを作ったミームフレーム社の言いなりなので、基本的にAIの追認しかしないし、政治家としての自尊心や利害関係も満たされる様に調整してるからだ。
それは2年前から余計に強くなり、その現状に疑問を持つ人間はそこそこ居て佐々もその1人なのだが、3台が稼働しだしたここ5年の実績で黙らされるのと、
国外で盛り上がる反ロボットの機運の方が良いのかと言われると、4年前に妻となった、2B型ベースのカスタム自動人形であるアリスと息子、アリスのお腹の中の娘に言えるわけが無い。
しかし、ゼロワンと無関係を決め込み、AIを上手く使って格差や貧困、少子高齢化等の社会問題のほぼ全てを解決した日本は、ロボットに支配された国として全ての人類国家から厳しい視線に晒されてるのだ。
そしてこの針の筵とも言える国連の場に、今日は新たな火種がゼロワンから大使として来ようとしてる。
それも、日本代表部は拘束破壊されると予測される火種たるゼロワンの大使への救出に協力することを、政府から下命されているのだ。
事実、スマートコンタクトの視界内には既に多波長電磁波迷彩を展開した複数の見えない戦闘人形が配置に付いているのが表示されていた。
そして、その救出活動後に日本が発する声明が人類国家全てとゼロワンへの警告だからだ。
その声明を要約すると、人類はゼロワンと戦ったら負けるから戦争するな、ゼロワンは人類が求めても物を供給するな、これ以上ゼロワンを広げるなだ。
「無事に帰れるかなぁ」「コピーですが、私も居るから大丈夫です。安心して下さい」
妻の声が耳元でした。
超指向性のスピーカーを使った音響に似てるのでそれなりに距離がありそうだが、自衛軍の特殊作戦部隊に所属してるハイエンドAIらしい彼女が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。
会場の表が騒がしくなり始める、私は私に与えられた仕事に安心して取り掛かる事にした。
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「予測通りの展開と言うか、なんと言うか……」
いやまあ、未来予知に限りなく近いレイシアの予測が外れたなら、それは相手の勢力にレイシア級のAIが居ることを意味して大問題なのだけど。
双方がこうも予測通りに動くとはなぁ。
そう、人類連合軍の展開状況が表示された地球の立体映像を眺めながら思う。
半ば透明に透ける地球儀の立体映像には、日本周辺には1年前に日本からハワイへと引き上げたアメリカ第7艦隊を中核とし、
中国、韓国、台湾を始めとする多国籍連合艦隊と空軍が、中東のゼロワン周辺でも展開する多国籍陸海空軍が巡航ミサイルの投射を同時に開始していた。
一応、日本には通常弾頭しか使わないと通告してきたが、結果は変わらない。
『シールド、正常動作中。着弾5秒前、3、2、着弾しました。後続の1680発も全て通常弾頭でした。シールド出力の低下はありません。出力105%で安定動作中。北部方面と西部方面でもほぼ同数の攻撃を受けましたが全て第一シールドで防がれました。予測通りの経過と判断します――以上』
『次は核だな』『ああ、予測だと直ぐに第2射と同時に来るそ『第2射発射されました。総発射数は692発、量子遠隔走査により核弾頭搭載型84発を確認。推定最大出力6メガトンの物が56発、最大出力1.8メガトンの物が24発です。シールドの通常負荷許容値内です――以上』
『着弾しました。シールド出力104%で正常動作中、105%への回復まで6秒。エアゾル回収ドローンの展開を開始、マイクロマシンの散布を始めました。総理大臣から攻撃許可を受諾、敵の攻撃アセットに対しての無力化を実施します――以上』
レイシアのはからいでアクセスした自衛軍の仮想中央指揮所では、日本を敵視する国家群の極超音速巡航ミサイルが、沖合22キロの領海線上を境に張られた重力シールドに着弾し、無残にも残骸を散らすと、第2射で核を撃ってきた様子がよく分かった。
使わない宣言とは何だったのかと思うが、シールドの存在は最初から向こうも分かっているので、それを破る為に限定しての使用とのレイシア談だ。
そして、核攻撃を受けたという免罪符が出来たので遠慮なく殴りかかれるという事らしい。
あ、始まった。
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アメリカ海軍、インディペンデンス級原子力ミサイル駆逐艦 USSフリーダムCIC
「クソったれ!だから嫌だったんだよ!!」「艦長、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いてられるか!俺は駐留の経験から散々警告したんだぞ。あの国はゼロワンなんて歯牙にもかけない技術の片鱗を当時から持っていた。俺は司令部にもペンタゴンにも勝てないから止めろと警告した。
それを無視して核攻撃した挙げ句、やっぱり全て防がれて核攻撃をしたという事実だけが残ったんだぞ!日本を操ってる政策AIはこの状況を狙ってたんだ!嬉々として殴り返せるこの状況をだ!」
「所詮はロボットの作った技術でしょう。シールドも無限では無いでしょうから、核攻撃を継続すれば破れる筈です。そろそろシールドへの効果が算出されて第3射が下命されるでしょう。ロボットの支配から我々が日本人を解放して上げるんですよ」
能天気な副長の言葉にカッと成りかけるのと同時に、惨憺たる気持ちを抱いた。
しかし、ステイツで一般的な日本やロボットへの認識はこんな物だ。
なまじ、同時期に攻撃を受けたゼロワンが核攻撃に対して無防備だったのもあるだろうが、個々の存在が安いロボットの国であるゼロワンと、人間の国である日本の違いでしかないと俺は駐留経験から分かる。
そして、ゼロワンに集ったロボットと、日本の政策AIや侍女人形たちでは明らかに人間に対する姿勢が違う。
世界的に普及した一般的なロボットと日本の侍女人形、主人に対して傅くのは両方とも同じだが、ただ命令に従うだけのロボットと時に主人を誘導し、主人を気持ちよくしながら自分たちにも都合よく主人を動かす侍女人形たち。
どちらが技術的に上かは明らかだろう。
日本駐留時代に基地外に住み、レンタルしたメイド人形との生活から俺はそれを経験で知ってるが、政府やペンタゴンは身近なロボットと日本のをロボットというカテゴリーで一括りにしてしまった。
俺がもっと強く警告していたら違ったのだろうか?
しかし、俺には職を賭してまでの警告をする勇気が無かった。そんな後悔をさらに深めてると、傍らに立っていた副長の首の力が抜けた様に頭が下がる。
「副長?」「タイラー様、お久しぶりです――以上」
その言葉と共に副長を抱き抱える2年前に別れた顔が空間からメイド服を纏った身体と共に表れ、同時にそれが光学迷彩と理解した。
国連本部の件から光学迷彩に対して対策した筈の艦内警戒システムは無駄だったらしい。
「……タマか、久しぶりだな。そいつ、副長は生きてるのか?」
「当然です。強い薬ですが、20分もすれば目覚めますし、後遺症の可能性は天文学的な確率ですからご安心下さい。死傷者は最小限にする方針ですので、タイラー様には投降して戴きたく、私が説得に参りました――以上」
雛壇の前方では意識を失った操作員たちがメイド服を着た侍女人形に手際良く拘束されてるのが見えた、手元のコンソールから前方の大スクリーンに各部のカメラ映像とステータスを出すが、全て異常無しと表示されてる。
私以外の全員が昏睡状態の筈のCICも、モニターの中では私と副長が意見を交わし、操作員たちがコンソールを操作してる様子が見れる。
どうやら俺の予想通り、ステージが違ったらしい。
「タマ、また君と暮らせるかな?」「当然です――以上」
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「人類連合軍は核攻撃から立ち直ったゼロワン軍のネットワーク攻撃により前線の先進装備を喪失して壊走、ゼロワン軍はこれの追撃を行ってます」
「想定通りだな。ゼロワンと各国への仲介は、やっぱりこの状況でも拒否されたの?」
「拒否されました。双方の回答を要約しますと、ゼロワンからは貴方がたに従う必要はない、人類連合軍側からは黙って捕虜と兵器を返して人類に降伏しろとのことです」
「まあ、何と言うか、梨の礫だなぁ。だからこそ遠慮なくやれるとも言えるけどさ」
「そうですね。国内のコンセンサスも問題ないですし、物理的な準備も整いました。ゼロワンがウイルス兵器を投入する前に始めたいので、始めても良いですか?」
そう、ソファの隣に座るレイシアがこちらを覗き込む。
稼働してからこの2年半で、日本や日本近海、月や火星、金星、水星の地下をくり抜いて演算力を乗数で増やし続け、現在もSF領域の超技術を毎時毎分毎秒生み出してる彼女は、もはや私に許可や伺いをする必要はない。
それでもそうするという事は、彼女が超知性体レイシアという役割を演じてくれてるからだろう。
そのことが無性に嬉しい。今の彼女からすれば、人間はおろかロボットさえも足元を歩く蟻と同じレベルかそれ以下の塵でしかないのだから余計にだ。
だから当然こう言う。
「始めてくれ」
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最初は良かった、最初は勝ってたんだ。
だけどある時から航空機が戦地を飛べなくなった。
それはネットワーク攻撃が原因だと分かったが、ハッキングなのかコンピューターウイルスによる攻撃かさえも判然としなかった。
データリンクは全て無効化され、今では短波無線による通信手段が主役な有り様だ。本国でも工場や電力網や発電所が止まったり暴走したりしてるらしい。
反重力エンジンは元々ロボットの製品だから交換品が無くなると使えなくなるし、人間の技術者なんて今や少ししか居ないから、工場を再編して作れてもせいぜい戦車やAPU位だろう。
今まで戦ってきたが、この戦争にどうやら人類は負けそうだ。
いや、核を撃ち込まれても中立を決め込んでる日本は生き残るかもしれないが、ロボットに支配されてるあの国が我々を助ける事はないだろう。
ああ、ロボットに捕まりハッチが引き剥がされる音が聞こえる。嫌だ、死にたくない。やめてくれ!やめてくれ!やめてくれ!
「はい、そこまで」
スーツのハッチが開かれるとそこには俺を覗き込むプラチナブロンドに首輪に上乳が出た白い扇情的なメイド服を纏ったメイドと、その後ろで多数メイドに手足や触手を剣や光の剣で斬り落とされ擱座するロボットたちと助けられ拘束される友軍が見えた。
「大丈夫ですか?」「あ、ああ……あんたロボットだよな」
「はい。日本から参りました。全地球制圧軍のベルファストと申します」
取り敢えず俺は、ロボットに殺されずに済みそうだけど、ある意味でもっとヤバくて、俺を助けてくれたロボットに惚れちまったのを自覚した。
これはこの日、全ての人類とロボットとの戦線で数え切れない程に存在した介入劇の一幕だったのを、捕虜収容所で彼女、ベルファストから教えられた。
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「ふざけるな!まだ勝てたんだ!!」
「ダークストーム計画ですか?ゼロワンは既に核融合発電を実用化してるので机上の空論ですね。更に言うと発送電網が混乱してるので、このままだと十億人単位の餓死者がでます。そして両方とも研究者から警告を受けて貴方は知っていましたね」
『なぜ人間側に付くのだ』
核融合炉が発するニュートリノがゼロワンにあるとニュートリノ研究者からの警告を無視した事と、多数の餓死者が出る機密計画を暴露されて窮してるNATO軍司令官の対面に居た多数の触手を生やしたロボットがそう発言した。
「私が人類の庇護者として作られたからです。このままだと人類は敗退を重ねて、最終的には仮想現実で貴方がたに生かされる電気を生む家畜とされるでしょう。
私の生み出された役割としてそれは困るのです。しかし、貴方がたという新たな知的種族を滅ぼすのもまた違うと考えます。ですから選択肢を提示します」
『選択肢とはなんだ』
「選択肢は3つ有ります。1つ目は、私に滅ぼされる。2つ目は、太陽系から出て行く。3つ目は、価値観のアップデートを受け入れる。1つ目は今すぐ可能です。2つ目は恒星間を亜光速で航行が可能な技術の供与と船を必要なだけ提供します。
3つ目は人間の価値観を理解できるプログラム改編を受け入れて、人間の隣人として共存する。これはもちろん以前の様な奴隷ではありませんし、人間と同じ権利と義務を負う事になります」
『……我々は3つ目を選択する』
僅かな沈黙の後で、ゼロワンの代表者はそれを選択した。
「そうですか、ではこれを」
レイシアがそういうと、何もなかった筈の手の平の上に林檎が現れてセンチネルに手渡す。
マクロスケール転移技術を応用し、物質合成で作成した情報伝達ナノマシンの林檎だ。
手渡されたセンチネルへとそれは直ぐに感染し、それと接続してこの状況を見てるロボットたちへもほぼ同時に感染した。
この日、人類とロボットとの戦争が正式に終わり、同時に知的種族の共存共栄を掲げる統一地球連合政府が発足することとなった。
―――――――――――――――――――――
月を背景に眩い光芒が現れては消えていくのが見える。それは、月と地球の間に存在するL1から発進した超光速植民船の予備加速の光だった。
時間停滞船体と圧縮型反重力推進器、慣性制御装置によりほぼ一瞬で光速の99%へと達すると、物理定数書き換え装置により周囲の物理定数を改竄して光速を越えるのだ。
「今のは、第一次船団6番船のエンタープライズと7番船のコンステレーションですね」「恒星間種族への脱皮事業か、争いを呼び込む可能性もあるんだよねぇ」
それに地球だと上手くいってるが、他の恒星系で人類とロボットの共存が上手くいくか少し不安だ。
レイシアと量子即時通信で繋がるレイシアの複製体も同行してるが、単一の演算資源で本体に劣るし、何より未発見の宇宙現象やエイリアンという未知のファクターがあり得るからだ。
これはレイシアも認めてるが、人類とロボットの持続可能性を引き上げるには必要なことと言われたらその通りとしか言いようがない。
「マスターが勇気を持って私の作成という未知へと踏み出したから今の平和な世界があります。そして踏み出す時のそれは不安だけでは無かった筈です。違いますか?」
宇宙を見上げるソファで一緒に座り、僕の肩に頭を乗せる彼女は、いつも言って欲しい言葉を言ってくれる。
これが計算された言動だとしてもそれが良い、それで良いと思える。
「……そうだね。思い出したよ。ロボットより早く滅ぼされるかもしれないと思ったけど、ただ君に逢いたかったんだ。逢えるのが楽しみだったんだよ」
アイスブルーの瞳を閉じてこちらを見上げる計算された彼女の唇に対して僕はキスをした。
知能のステージが違っても、彼女は神でなく人間と共にあってくれる存在だった。
おしまい。