萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部   作:戸ケ苫 嵐

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間違いが起きたらどうするのだ?

 俺が風バイクの設計図ぽいものを描いている前で、ミスズは何事か考えながらグーパーしていた。決心したように口を開く。

「…なぁおっちゃん、魔法石作れるの、ウチだけやんか?」

 

「いまのところそうだな。少なくとも、俺たちが知っている限りはな」

 ミスズが何を言わんとしているのか、俺は考えを巡らした。

「ここの人ら、魔法石の便利さ知ってもうたやん?」

 

 俺は最初、ミスズは利益を独占することについて言っているのかと思った。

「魔法石を作る能力はミスズさんにしかないものだし、独占してしまうのは仕方のないことだろう?」

 

「せやから、ウチらが帰った後どうなるんやろかなって…」

 そういう話だったのかと、俺ははっとした。

「…む。確かに気にならないでもないが、それはどうしようもないな」

 

「……」

 黙り込んでしまうミスズ。俺はいつも大事な一言が足りない。

「あー、えっと、…だな。大丈夫だ、ミスズさん。どうしようもないというのは、”俺たちにはどうしようもない”ということだ」

 

「…?」

 首をかしげながら、大きな眼を俺に向けるミスズ。

「人間というものは、一度便利な生活を手に入れたら、失ったときに“元に戻るだけだ”で済ませたりできないものだ。だからなんとかして維持するに決まっている」

 

「なんとかって、どんなん?」

 問い詰めるようにミスズ。

「…例えば、輸入に頼っていたものが入ってこなくなったら、国内で作ろうとするよな? だから魔法石も、作れるヤツを捜すとか、似たようなものを科学的に作ろうとするとか…」

 

 自分でも信じ切れていないことを、他人に説くのは実に苦しい。

「例えば、イギリスの産業革命って習ってないか? 薪になる木を切りつくしてしまったから、仕方なく石炭を使うようになったんだ。そこから今の科学文明が始まった」

 

「…そうなん?」

「とにかく! 必要に迫られたら、人間というものは凄い能力を出して何とかするんだ!」

「…必要は発明の母って言うやつ?」

 

「それだ、それ。よく知ってるじゃないか」

「学校でガリバー旅行記読んだ」

「あ、ああ、ガリバーなら、俺も図書室で借りて読んだな。中身は殆ど忘れてしまったが、結構深くて難かしい話だったから、感想文を書くのに困ったのは覚えている」

 

 読んだのは本当だが、実は“必要は発明の母”がガリバー由来だということを忘れていたので、文脈から理解した。

 

「…ここ来たときな、みんな知らん言葉喋ってるし、ヤフーの国かも知れんて思うて、怖かったんや。ちゃんと話したらエエ人も居るのに、なんか悪いことしたやろかなって思う。もっと仲良うなっといたらよかったんかなぁ」

 

 ヤフーとは、ガリバーが訪れたとある国に住む、人間に似た獣のことである。

 彼らは食欲と性欲のためだけに生きているならず者だ。

 なお、”あのヤフー”は、これに因んで命名されたらしい。

 

「この国にも、洞窟の前に居たようなやつらが居る。何年も孤独に生きてきたミスズさんには悪いが、俺としては、キミがそんなやつらと関わったり、騙されたりしなくて本当に良かったと思う」

 

 俯いていたミスズが、顔を上げて俺を見た。

「でも、自分の気持ちとして、今までを取り返そうと思ったんだよな? だから、自分が帰った後のことを考えるようになったんだよな? うん、それはとてもいいことだと思うぞ」

 

 不意に、ミスズが立ち上がった。

「…ミスズさん?」

 ミスズは、テーブルを回って俺のそばに来たと思ったら、向かい合う形で膝にまたがった。俺の首に腕を回してしがみつく。

 

「おっちゃん、あんがとなぁ…」

 回されたミスズの腕に力が込められた。

「礼を言われるようなことは、まだしていない。むしろ俺の方が…」

 

「居るだけで嬉しいんやって。ウチがこんなこと考えるようになったんも、おっちゃんが来てくれたお陰やし」

「そういうことか。…絶対になんて大きなことは言えないが、いつかキミを護れるほど、強くなりたいと思う」

 

 以前から他者を護ることに慣れているため、突然降って沸いたミスズを、自分の身体よりも大事に考えるのは、職業的なものと考えていた。

 結局のところ、護られたいミスズと護りたい俺という、共依存の関係なのだろう。

 だが、それを超えた愛しさを感じているのも確かだ。

 

「そんだけやないよ。ホンマに、おっちゃんに会えてめっちゃ嬉しかったんや。今まで誰ともマトモに喋ってなかったさかい、話したいことようさんあったし。誰かと話すんはあっちに帰ってからかな、はよ帰りたいなって、ずっと思ってたわ…」

 

「……」

 俺は、だらりと垂らしていた手を、無言でミスズの背中に回した。

「あのな、ミスズさん…」

 

 孤独を拗らせると、それが解消されたときに必要以上に馴れ馴れしくなったり、媚びたりするものだ。…と言いかけたが、詰まらないことを言うのは止めた。

「…いや、なんでもない」

 

 口には出さなかったが、自分の心には刻み込んだ。この子はただ人の温もりが欲しかっただけだ。

 勘違いするな俺。

 

「みんなが怖く見えていたのに、どうして俺を信用した?」

「おっちゃんは日本の人やし。帰れるかもって、嬉しい気持ちにさせてくれたんやもん。騙されてもええわって」

 

「こんな可愛い子を騙すようなヤツは、俺がプチッてしてやる」

 しがみ付いていたミスズが身体を離した。

少し赤い顔をして、柔らかな笑みを浮かべている。

 

「おっちゃんとウチは、いちえんてくしょーやもんな?」

「一蓮托生な?」

「それや。ウチとおっちゃんは、どっちもむこうに帰りたいんやから、絶対に相手を裏切ったりでけんし、危のうなったら嫌でも助けんならんやろ?」

 

「その通りだ。少なくとも俺だけは、ミスズさんを裏切らない」

 とは言ったものの、俺はミスズほど“帰りたい”とは思っていない。

 俺は独身で、近い親戚も居ないため、帰りを待っている者は誰も居ない。

 

 身寄りがないからこそ、無茶な生活をしていられたのだ。

 さらに、配置換えや結婚話のせいで、令嬢や相棒にも捨てられたような気分になっていたため、ますます帰る気がなくなっている。

 しかし、少なくともミスズだけは帰してやりたいとは思っている。

 

「あんがとな、おっちゃん…」

 何度目かの礼を言うと、ミスズは俺の眼を覗き込んだ。あまり帰る気がないのがバレるのではないかと、俺は緊張した。

 

「…頑張ったな、偉かった」

 気まずさを誤魔化すように、手のひらを、そっとミスズの頭に載せて優しくスライドさせる。

 

 “いいことを教えてやろう。仮に、もしも、万が一、将来あんたが女の頭を撫でるようなことがあったら、絹ごし豆腐のように優しく扱え。手を無造作にポンと置くな。上からの衝撃は頸にくる。女の頸は弱いのだから、レコードの針くらいそっと乗せろ。そして髪が傷まないよう、撫でる方向に気をつけるんだ。逆撫でされたら犬猫だって嫌がるが、女はもっと嫌がるぞ。言うまでもないことだが、犯罪にならないように気をつけろ。”

 

 元相棒の言葉が、懐かしく思い出される。

 俺はフッと微笑んで、心の中で“役に立ったよ”と告げた。

「…んはは。手ぇ重いわ、頸折れる」

 

「えぇ?」

 “これでもダメなのか?”と焦って、慌てて放そうとした俺の手に、ミスズは自らの手を重ねた。

 

「…もっと撫でてや。優しゅうな。ウチ、ホンマに頑張ったんやから」

「ん。分かるぞ…なんて言えないな。…正直、子供がこんなところでひとり、どうやったら生き延びられるのか、ぜんぜん分からない」

 

「ウチも、忘れてもた。夢中やったし」

 俺は、そんなこと忘れてしまえと思った。

 帰れたなら尚更、忘れてしまえと思った。

 

「クラスいちのゲラやって言われてたのに、こんなんウチらしゅうないわ」

 その声は、少し鼻声になっていた。

 

 外からスズメぽい鳥の声が聞こえる。

「…なんでこうなった?」

 俺の腕を枕にして、ミスズが可愛い寝息を立てていた。

 

 こうしている場合ではない。

 俺は自分の身体を点検し、重大インシデントが発生していないことを確認した。

「んぁ、おっちゃんおはようさん」

 

 俺がもぞもぞしていたのに気付いてか、起き上がって伸びをするミスズ。

「なんでキミは、当然のように全裸で、なんで当然のように俺のベッドにいるのだ?」

「せやかておっちゃんの身体、ぬくいんやもん。枕が固うて高すぎるんと、宇宙人みたいな寝言いうのんはイマイチやけどな」

 

 俺の腕を勝手に枕にしておいて、この言い草である。 

「キミはもう子供ではなく充分大人だし、俺はキミの父ちゃんではないのだ。おっさんだが男だぞ。だいたいキミには婚約者が居るのだろう? 間違いが起きたらどうするのだ?」

 

「…間違いって、どんなん?」

「んぐ…」

 頸をかしげ、きょろりんとした眼で俺の眼を覗き込んでくる。

 

 これはからかっているのではなく、本気で言っている顔だ。

 この子に“間違い”について説明するのは、実に苦労するだろう。

 というか説明不可能だ。

 

 そして、実際に間違いなど起こしてしまったら、俺は一生後悔する。

 要するに、完全に詰んでいる。

「…なんでもない。俺は起きる」

 困る。本当に困るぞ。

 

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