萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部   作:戸ケ苫 嵐

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第二十五話 アカン、逃げるでおっちゃん!

 俺たちは三度、祭壇の前に立った。

 俺は虫のオブジェを祭壇の上に置いた。

「…何も起こらん…のか?」

 

 注意深く周囲を見回した後、最後に後ろを振り返ると、ミスズが地面に蹲っていた。

「ミスズさん?」

 

 爆発か何かが起こることを予測して,姿勢を低くしているのかと思っていたが、呼んでも起き上がらない。どうやら違うようだ。

「今度はミスズさんか! 苦しいのか?」

 

「…おっちゃん…なんか変や…」

 ミスズの傍らに膝を衝いて、背中を撫でる。

「気分が悪いのか? 吐くか?」

 

「ちゃう…ちゃうけど、…道が分かるようになったみたいや」

「…えっ?」

 間抜けな声を出してしまったが、それ以外の反応ができなかった。

 

「さっきそこに触ったとたん、ここの洞窟の道、こっから上の地図が見えてきたんや」

「なんだそれ、凄いじゃないか!」

「けど、ダブって見えてまうから、変な感じやねん」

 

「あー…」

 その気持ち悪い感じは理解できるが、どうすることもできない。

 俺は周囲に気を配りながら、ミスズの背中を撫でた。

 

「…前にテレビで見たことがあるが、景色が逆さまに見えるメガネをかけると、最初は頭が混乱して気持ち悪くなるが、人間の脳はすぐに慣れてしまって平気になるらしいぞ」

「ほんで? …どういうことなん?」

 

 俯いたまま、苦しそうに答えを返す。

「多分ミスズさんの場合、景色と地図の両方が見えるという状態は変わらないが、慣れると見たい方だけがくっきり見えて、もう片方は気にならなくなるとか、そういう状態になるんじゃないか?」

 

「あ、あぁ…そゆことか…」

 ミスズは苦しそうに言うと、勢いよく立って叫んだ。

「なったで!」

 

「はやっ!」

「はぁー、こんな風になるんか。ホンマにホンマや、両方見えてるけど全然邪魔にならんわ」

 

「若いからか? 驚きの慣れスピードだ…って言うか、なんでそんなことになったんだ?」

 とは言ったものの、答えは分かる。

 もちろん、ミスズが神に選ばれた勇者だからだ。

 

 でなければ、同じ異世界人でありながら、なんの取り得もない俺という存在の理由が分からない。

「そんなん分かるかいな。けど、便利なもんは使わせてもらうで」

 

「それには依存はない」

俺は言葉を切って頷き、後を続けた。

「…そうだな。差し当たり、ここが何階まであるか分かるか?」

 

「六階までやな。三階と四階は広くなってて、上のほうは山の形に合わせてだんだん狭くなってるから、六階は一部屋しかないで」

 虚空を見上げ、手で壷のような形を表しながら、ミスズは答えた。

 

 恐らく彼女には、立体映像みたいなものが見えているのだろう。

「凄い。無敵の能力じゃないか!」

「あとな、なんか光ってるとこが幾つかあるんやけど、なんやろ?」

 

「何色に光ってるんだ?」

「黄色やな」

「赤は止まれ、青は進め。黄色は注意か? 幸せが来るかも知れんが」

 

「なんで黄色が幸せやのん? 黄色言うたらニセモンの色やろ?」

「えぇ? 黄色は幸せだろう? どうして黄色が偽物の色なんだ?」

「……」

 

「……」

 話が通じなさすぎるので、俺たちは顔を見合わせて、互いに頸をかしげて無口になった。

「…じゃあ実際行ってみよう」

 

「おっちゃん、ちょい待ち!」

「おっとっと。…どうした?」

「近道やけどバケモンが居る道と、遠回りやけど安全な道。どっちがエエ?」

 

「そんなことも分かるのか?」

「通路の上に居るヤツはわかるけど、床から出てくるヤツは分からん。残念やけどウナボリは分からんてことやね。あー、分かったで。あの黄色いの、罠みたいや」

 

「そんなことまで!」

「けど分かりやすいヤツだけやから、あんまし役立たんかも知れん」

「いやいや、そんなことないだろう?」

 

 大概のことでは驚かないつもりだったが、これは完全にやりすぎだ。

 ミスズが神様に愛されているのは分かるが、こんなに簡単にしてしまったら、ゲームならクソゲー扱いされるんじゃないだろうか?

 

「けど六階な、上がる階段とかないし、天井もめっちゃ厚いねん。行ったら上がり方分かるんやろか?」

「二階みたいに赤い石では破れんか?」

 

「この床抜くほど赤い石使うたら、洞窟全体が崩れるかも知れんで?」

「それはやめとこう。飯の種を潰してしまったら、流石に互助会に恨まれるからな。…そもそも、五階まで行けるかどうかも分からん」

 

「今のウチらじゃ難しいやろかなぁ?」

 そう言った後、ミスズは慌てて付け加えた。

「…けど、他のやつの手助けは要らんで?」

 

「分かってるよ。俺とミスズさんは、ずっとふたりだ」

「んはは。さぁ元気よく、行ってみよう!」

 そう言ってミスズは、俺の脇に手を突っ込んで無理やり腕を組み、洞窟の奥を指差した。

 

「その奥、なんかおるで」

 ミスズの警告を受けて眼を凝らすと、前方で何かがキラキラと明滅していることに気がついた。手を伸ばし、赤い石を向ける。

 

 よく見るとそれ自体が光っているのではなく、赤い石の光を反射しているのだということが分かった。それはツヤツヤした歪な形状で、律動を繰り返しているため、光を反射する場所が逐一変化しており、明滅しているように見えるのだった。

 

 初めて見るモノなので、ウナボリにも警戒しながら近づくと、五メートルほど前で、そいつは蠢いていた。

 ネバネバしたアメーバのような、半透明のバケモノである。

 

「ミスズさん、アレはなんだい?」

「んん?」

 訝りながら俺の脇から顔を出して、前方を確認したミスズが血相を変えて叫んだ。

 

「アカン、逃げるでおっちゃん! アイツはイキタスってヤツや!」

 言うが早いか、ミスズは今来た方向に走り出す。

「イキタス?」

 

 チョーダに興味津々なミスズが“あかん”と言って逃げ出すバケモノ。

 しかも彼女はコイツと直接遭遇していないはずなのに、その危険性を知っているらしいのだ。今度は俺が興味津々になってしまう。

 

 しかし、ここはミスズに従って逃げることにする。

「おっちゃん何してん! はよ逃げんと…!」

 ミスズが振り返って強く手招きし、再び走り出した。

 

「なんであんなヤツが、こんな初級洞窟におんねん…!」

 すぐに追いつくと、ミスズはぶつぶつ呟いていた。

「あかんって、どうあかんのだ?」 

 

「アイツは石以外、大概のモンは溶かしてまうんや。草も鉄も布も、もちろん人間もや!」

 ということは、剣で斬りかかったら剣が溶けるというわけか。そもそも不定形生物に物理攻撃は意味ないのか。

 

「魔法は効かないのか?」

「効くけどアカン。爆発させてオツリ貰ろたら、そっから溶かされてまうし、焼いたら毒ガス出しよんねん!」

 

 毒ガスを出されたら、洞窟内では逃げ場がなくなる。

 確かにヤバイ。

 なお、オツリというのは飛沫のことと判断した。

 

「焼いても細切れにしてもダメなのか…とんでもないな」

「せやから近づかんのが一番なんや!」

 何が恐ろしいって、全然強そうに見えないのに、実は糞ヤバいっていうのが恐ろしい。

 

 強いやつは警戒色とか、めちゃくちゃ光るとか、義務として強そうに見える工夫をして欲しいものだ。

 

「ひゃあしんど。こんくらい逃げたらエエやろ。アイツらめっちゃトロ臭いさかい、すぐに逃げたら大丈夫って互助会で話しとった」

 荒い息を吐きながらミスズ。

 

 なるほど、やはり聞いた話というわけか。

「あそこから先の通路が探索できないが、命あっての物種か。遠くからなら倒せそうな気がするのだが、攻撃が通じないのではなぁ」

 

「けど、シブキ飛ばして来ることもあるんやて…って、おっちゃんソレ、どないしてん?」

 ミスズが指差す方を見ると、手にしていた片手剣の中ほどが溶けて、剣先がぐにゃりと垂れ下がっていた。

 

「うわ!」

「おっちゃん、ウチが逃げぇ言うたときに逃げんかったやろ? ぼけーっとしよるからそんなことになんねん!」

 

 どうやら逃げるのを躊躇しているうちに、イキタスのシブキとやらを食らってしまっていたようだ。

 それにしても、安物とは言え、鉄製の剣がこれほど無残に溶かされるとは。

 

 生身の場所に食らったら、ひとたまりもないだろう。

「けどな、片手剣はもう一本持って来ているし、安物だし…」

「あんっ?」

 

 ミスズがドスの効いた声とともに顎をしゃくる。

「…ううむ、すまん。申し訳ない」

 俺がペコリと頭を下げた勢いで、剣の先端が千切れて落ちた。

 

 …たまたまそこに居たチョーダの上に。

「あっ!」

「うおっ?」

 

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