萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部   作:戸ケ苫 嵐

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おっちゃん、日本の人やろ?

 目覚めたとき、空には二つの月が昇っていた。

“飲み屋のネオンか…? いや、赤と、青の月? 紫色の空…?”

 二つの月が作り出すグラデーションの美しさに、しばし目を奪われたが、その空に黒い縁取りがあることに気付いた。

 

 よく見ると、それは木々の陰であり、ここは森の中の、少し開けた場所であることが分かった。

 ついさっきまで街中に居たはずなのに、気が付けば森の中で、草の上に大の字とは。

 これは何かの冗談なのか?

 

 起き上がろうとした俺は、黒い塊が胸の上に載っていることに気付いた。

 危険な動物なら頸を噛んで来そうだが、その気配はないし、もぞもぞ動いているが大して重くはない。

 

「…なんだこりゃ?」

 疑問を口に出したとたん、黒い塊がぐるんと動き、顔が現れた。

「うわ」

 思わず叫んでしまった。黒い塊に見えたものは、つばの広いトンガリ帽子と、黒い頭髪、黒い外套が一塊に見えたものだった。

 

 顔が現れてみれば、それは童話に出てくる魔法使いのような姿の人物である。

 帽子のトンガリ部分は、中ほどで“くたっ”と折れていて、まさに童話に出てくる魔法使いだ。

 

 ちなみに俺は、結構最近まで“中折れ帽”というのは、この魔法使いの帽子のことだと思っていた。

 言葉通り中ほどで折れているから、間違いではないだろう。

 ない筈だ。

 

 話を戻すが、童話と違ったのは、中身がリンゴを持った老婆ではなく、大きな目が印象的な少女だったことである。

 

「目ぇ覚ましたな、おっちゃん!」

 なんと関西弁だ。

 

 街なかで倒れて、関西少女に助けられたか。

 などと考えていると、なぜだか分からないが、関西少女の眼に、みるみる涙が満ちてきた。

 

「おっちゃん、日本の人やろ? なぁ、そうなんやろ?」

 少女は、飼い主を見つけた犬のように、俺に顔を寄せてきた。

「あ…?」

「なぁて! 日本人なんやろ?」

 涙なのか希望の光なのか、目をキラキラさせながら、俺に詰め寄る。

 

「…そう」

 なにを訊ねられているのかは分かるほどに目は覚めたが、なぜ訊ねられているのかは未だ分からなかった。

 少女の剣幕に、タジタジしながら俺は答えた。

「…そうだ」

 

「…やったぁ! ようやっと来よったぁ!」

 少女は、弾けるように両手を挙げ、しばしの硬直の後、掲げた手をそのままに、ゆっくりと俺の胸に倒れこんだ。

 

 そのまま動かなくなる。

 

「…お、おい?」

 異変に気がつき、俺は慌てて身を起こそうとしたが、金縛りにかかったように身体が動かない。頭の中もグニャグニャドロドロだ。

 芋虫が蛹になったとき、一旦中身がクリーム状になったりするが、あいつらもこんな気分なのではないかと思ったりする。

 

 少女はと言えば、穏やかな寝息を立てていた。

「…なんなんだ? この子、俺が日本人だったらなんだって?」

 視線を上げる。

「それにあの月、あの空。気を失う前は街なかにいたはずなのに、なんで森の中にいるんだ?」

 分かるものがひとつもないのである。

 

 胸の上で眠る、小柄な少女の顔を覗き込んだ。

 月明かりに照らされた少女は、俺が仕えていた令嬢ほどではないものの、整った顔をしていた。

 十代に見えるが、詳しい歳はわからない。

 女の歳など、知りたければ聞けばいい思っていた。

 以前、相棒にそう言ったところ、朴念仁と呼ばれて笑われた。

 

「まぁ、この子が眼を覚ませば全部わかるか…」

 未だに頭の中は、かき混ぜられたように混沌状態で、色々考えることが億劫だ。それほど重くはなかったし、だいいち暖かいので。俺は少女を胸の上に載せたまま、再び目を閉じた。

 

 眼を覚ますと、胸の上の少女は居なくなっていた。

 

 周囲は既に明るくなっており、漂う白い靄に光の筋が射して、ペールギュントの“朝”が似合いそうな、いかにも森の朝といった風情である。

 公園の木立が森に見えたのかも、などと思っていたが、木立程度でこんな靄は出ないだろう。ここはどう見ても本物の森だ。

 

 夢ではない証拠に、少女がいないことを除き状況は昨晩のままなので、そこだけが夢だったとは考えられない。

 

 緊急性がない場合は、いきなり動いてはいけない。

 仰臥したまま身体のあちこちを順番に動かして、異常がないかどうか確かめる。

 幸い、身体は昨夜の状態から脱したようで、問題なく動かせるようになっていた。

 

「おいおい、俺を待っていたとか言ってなかったか…?」

 独語しながら起き上がった俺は、辺りを見回して少女の姿を求めた。

 

 今の俺には、自分の身に起こったことがなにひとつ分かっていない。

 訳知りらしき彼女だけが頼りなので、居なくなっては困るのだが、名前を知らないので呼ぶこともできない。

 

 俺のものではない荷物が近くに置かれていたが、状況から考えて、彼女のものと考えて間違いない。どうやら彼女は、ちょっと離れただけのようなので、少し安心した。

 

 俺が倒れていたのは大きな岩の陰だったが、その岩の向こうから、陽が射していることと、水音がしていることに気付いた。

 水音を聞いたせいで喉の渇きを覚えた俺は、音のするほうに歩を進めた。

 

 岩を回り込むと、太陽に照らされた水辺があった。

「ああ、太陽はひとつなんだな」

 まぶしさに、細い眼を細めながら、昨夜見た二つの月を思い出す。

 

 明順応した俺が眼を開いたとき、そこには川原と、さらさらと流れる透き通った水があり、その水で身体を洗う少女がいた。

 少女は、突然現れた俺に視線を向けたものの、さして驚きもせず、笑顔のまま長い黒髪を梳っている。

 

「おっ…」

 絶句。少女と眼が合ったまま、しばし凝視。

 ふと視界の際に、水辺に置かれた帽子と外套を認めた。

 そのときになって初めて、水浴びしているのがあの少女であることに気付き、慌てて顔をそらした。

 

「おっちゃん、おはようさん!」

 屈託のない笑顔を弾けさせ、大きく手を振る少女。

 

「す、すまん! かなりじっくり見てしまった!」

 言う必要はないと思われるかも知れぬが、俺は正直に告げた。

 ラッキースケベは、その後の人間関係にとって決してラッキーではない。

 それを認識しておかねば人生を誤るということを、俺は知っているのだ。

 

「別にかまへんよ? そこで見ててもろた方が安心やし」

 けろりとして少女は言った。

 

「見てられるか!」

 と言ったものの、既に穴が開くほど見てしまっていた。

「…いや、かなり見てしまったが、これ以上は色々ダメだ。向こうを向いているから、何かあったら叫べ!」

「んはは、わかったぁ」

 

 胸に載られても呼吸の妨げにならないほど軽かったから、子供だと思っていたのに。

 色々小ぶりであったものの、ちゃんと身体は女の形をしていた。

 あんなのずるいだろ。女の形をしているのは!

 俺は自分の両頬を、音高く平手打ちした。

 

「あ、朝風呂ってヤツか?」

 視線をそらしたまま、平静を装って言う。

「せやで。明るいうちやないと、夜はバケモンが出るさかいな。今まではずっと、昼間にうっつらうっつらするだけで、夜は起きっぱなしやってん」

 

「だから、昨晩はいきなり寝てしまったのか?」

「せや。昼間も絶対に安全てわけやないし、こっち来てからずっと寝不足やってんけど、ゆんべはおっちゃんのお陰で、ぐっすり眠れたわ。あんなん久しぶりや。ホンマおおきになぁ」

 

 自分だって身体が動かない状態だったのだから、昨晩”バケモン”とやらが出なかったのは、ただの幸運だったのだろう。

 ずっと寝不足だったのは可哀想だと思うが、買いかぶられては困る。

 

「こっち来てからと言ったが、ここは日本ではないのか? ここはどこだ? どうして俺はここに? なにひとつ分からんのだが…」

 横を向いたまま俺は言った。

 視界の外からは、キラキラとまぶしい光が誘ってくる。

 

「んはは。まぁ慌てんといてーな。なんやろな、髪洗っとかんと魔法の効きが良うない気がするさかい、今は大人しゅう髪洗わして」

 マホウ? 魔法だって? 

「なんと言った? 魔法? ここには魔法なんてものがあるのか?」

「そっからか。そっから説明せんとあかんのか。……まぁそやろなぁ」

やれやれといった声で答える少女。

 

「素っ裸でする話でもないし、後にしてや」

 まぁ正論だ。

「あ、ああ。すまん」

 “髪が魔法に影響する”そういうこともあるのか。

 言われてみれば、物語の中の”魔法使い”は、なんとなく髪や髭が長かったような気がした。俺は勉強は嫌いだが、図書室や図書館は割と好きだったのだ。

 

「おっちゃん、ついでに魚獲るから、ちょっと岩の陰に隠れといて」

「んぉ? おお」

 水浴びのついでに魚を獲る。

 なかなかワイルドな組み合わせで、隠れる理由も分からないが、俺は言われたとおり岩陰に隠れた。

 

ドゥン!

 

 水中で起こったと思しき、くぐもった爆発の音。

「なんだ?」

 少女のことが気になって、岩陰から覗こうかと思ったとたん、何かが降ってくる音がした。無意識に頭を手でかばったとき、足元に魚が落ちてきた。

 

「おっちゃん、もうええで」

 何事もなかったかのような少女の声。

 

「魚が降ってきたぞ? これは、キミがやったのか?」

 魚の尻尾をつまみ、岩陰から顔を出すと、少女は水に浮いた魚を泳いで集めていた。

 もちろん全裸のままである。

 

 俺は慌てて顔を引っ込めた。

「どこが“もうええで”なんだ!」

 

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